屋上腹筋譚〜様々な被害者を生んで〜昼休み、屋上にて。
「あのね、司くん、折り入って頼みがあるんだ」
真剣な表情をした類に司は首を傾げた。
「どうした、類。お前らしくもない、いつもの類であれば頼みと言いつつもう実験はスタートしていたりするのに今日はやけに殊勝じゃないか」
「失礼だな、司くんは。」
「本当のことだろう。」
そうは言いつつも司はもう既に話を聞く体勢に入っており腕を組んで類の言葉の先を待つ。
だが、少し言いずらそうにんー、まぁ、その、と言葉というよりも音を重ねる類に司は先に口を開く。
「まあ、なんだ。話してみろ!未来のスターであるこのオレ!天馬司が類の演出は勿論のこと!相談、頼み、悩みまでも全て!12000%の結果で応えてやろうではないか!」
「ふふ、大きく出たね、まあ、演出にも関することには、一応、なってくる」
演出の事である、というのに類が言い淀むのは珍しい事である。それに対し類の演出の事となれば未来のスター事天馬司が黙っているはずもない。
胸に手を当ててキラキラと目を煌めかせた。
「ならば、相談相手はオレ以外ないだろう!」
「ん、む、まあ、そうだね、そもそも司くん以外には頼みにくい話だ」
「では!」
「ふむ、そうだね」
顎に手を当ててむ、と考え始めた類は何かを思案するようにしてはコクコク、と頷く。
では、と口を開いた類に司はぴたりと動きを止めることとなる。
「───腹筋を触らせて欲しいんだ、司くん」
.
「ん、む、なんと言った?」
「だから、腹筋を触らせて欲しいんだ、司くん。聞こえなかったかな?」
「いや、すまない、聞こえなかったわけではない、驚いただけで」
パチ、パチと目を瞬く類にあー、と司は天を仰ぐ。そして先程類に言われた言葉を反芻するように口を開いた。
「腹筋」
「そう、腹筋。」
「触りたいと」
「そう、触らせて欲しいんだ。ほら、パワードスーツがあるだろう?」
と、そこまで類は言うとスゥ、と息を吸って言葉を重ねる。
「あのスーツの改良を行いたいと思っているんだ。必要な筋肉を必要なだけ鍛える。負荷を掛けすぎないようにする為の改良ともいえるだろうね以前もそう言った面には着目してスーツを作ってみたのだけれど使用者が直接いた訳ではなく作成したものだ。僕の筋力と司くんの筋力は違うだろう?同じく鍛えているとしてもね、その為には実際に司くんの筋肉に触れてどういった改良が必要なのかを確認したいんだ。そして出来るのであれば他の人にも使用出来るようにデータを手に入れたい。僕の体でデータも取って見たんだけれどやはり足りなくてね。ともすれば司くん本人からデータがあれば万事解決、と言った訳さ。」
「待て待て、途中から頭に入ってきているか自信がなくなったが、なるほど、ふむ、解った。理解は出来た、確かに必要な事だと、そう、だな、」
司は、はぁ、と息を着く。
それを溜息と取ったのか、眉を八の字に曲げた類は怒られて耳を折った猫のようになっている。
違う、と司が言うその前に類は口を開く。
「勿論、難しい事かもしれない、これは君のパーソナルに触れると言った話だ。データともすれば君と体格の似た人にお願いすればいい話ではあるしね、僕に身体を触れられるのが嫌だということであれば、」
「───やる!!」
司の一等大きな声が屋上へと響く。
パチ、と類の目が瞬かれる。
「……い、いいのかい?」
「勿論だ!類の頼みともすれば叶えるのは未来のスターであり誰よりも類の演出に付き合ってきたオレ以外ないと言えるだろう!!」
「…ふ、ふふ。うん、うん!ありがとう」
「オレに出来ることであれば何だってするぞ!」
そうして司は大きくハーッハッハ!と笑った。
嬉しそうな類はノートとシャープペンシルを取り出すとカチカチとその先を尖らせた。
───そんな役目、他の誰にも渡せるはずがないだろう。類に触れられる等、そんな役目、
仄暗い独占欲に近いものを覚えながら司は類へと向き直る。
「では、オレはどうすればいい?」
「リラックスしてくれたまえ、司くんが鍛えているのは知っているからね、まずは服の上から触らせて貰ってもいいかな?」
まずは、?と言葉のひとつに首を傾げながらも司は大きくこくん、と頷くといいぞ、わかった!と応えるのだった。
そう応えたことを数分後すぐ様後悔しそうになるのだが。
すり、とニット越しに類の手が司の腹に触れる。
掌全体で優しく撫でるように動かされるそれは擽ったい。
「ふ、温かいね、司くん、」
「っ、ぐ、」
引き続き昼休み、屋上にて。
流石に扉を開いてすぐのところでするのは誰かが来た時に羞恥がある、と言った司により二人は日陰へと体を潜り込ませていた。
指でツー、となぞる様に腹筋を辿る。
「流石、鍛えているというか」
「オレは未来のスターとなる男だぞ、筋トレやトレーニングは欠かさず行っている。それに類が体幹を鍛えろと言うからだな、」
「ふふ、そうだね、応えてくれて嬉しいよ未来のスター」
擽ったい、のは間違いなく擽ったい。
弾力を楽しんでいるのかトン、トンと指で弾いたり、腹筋の筋に指を通したり、としている類の目はキラキラと輝いている。昼間の太陽が眩しいからという理由だけではもちろんない。
探究心、好奇心、それ等は神代類を構成する上で必要なものだと言えるだろう。
それが全面的に前に出ている今、司が類を止められるわけがなかった。
(耐えろ、堪えろ…!天馬司!類は純粋な気持ちでオレに触れているのだから、不純なことを思ってはいけない、そう、素数を、考えよう、そうしよう、2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、59、6…1…あれ合ってるか?合ってるよな?)
そう司の中での思考が一度途切れた時、ふわりと類の香りが司の鼻腔を擽る。
後ろ手で自身の体を支えていた司に類がぐい、と至近距離で近づいていたからだ。
「なっ、類」
「ん、む…どうしたんだい?」
そう首を傾げる類の首筋が目にはいる。
司よりも開けられたボタン、そこから見える薄らとした鎖骨。
興奮しているのか紅潮した頬。司の腹に手を置きぐ、と指に力が篭っているのが服越しでも伝わる。
「あ、あ、いや、えっと」
二の句が告げなくなっている司に対して少し考えるようにした類はあの、と告げる。
「戸惑っている所悪いんだけれど、服の上からではデータがやはり取りにくいから直接触らせてはくれないか」
「へ!?」
「勿論嫌であれば断ってもらって構わない。」
そう言う類の目は真剣そのものである。
それに応えなければ男が廃る、とまではいかないのだが司の答えはいつも一つ。
応える以外、ないのだ。
「……嫌では、ない!大丈夫だ、」
「本当かい?……であれば、お言葉に甘えて……」
そういうと類は更に司へと身を寄せる。
地面に手をついて触りやすさを優先したのか司の膝を割るようにして体を寄せる類の目には司の腹筋への興味しか映っていない。
(目をキラキラさせよってからに……)
司は点を仰ぎたくなる想いだった。
類の期待には勿論全て応えたい、でも、それであってもうら若き男子高校生である。
セーターをあげて、ズボンに入れていた服を引き抜き素肌が外気に触れる。
寒い季節ではないにしても外で腹を出すなどなかなかない経験である。
それこそショー衣装でもないのだ、羞恥は司にもある。それに、好きだとから愛しいだとか思っている相手に触れられていふのだ、緊張もする。
(後は……)
と司は思考する。
類の発言があまりに司の理性に右ストレートであったりアッパーであったりを与えてくる。
大変宜しくない。
「あは、今ぴくってした、緊張してるの?」
「そう言えば声をかけるのもいいと言う話があるけどあれって本当なのかな、ほら、大きくなぁれ、大きくなぁれ」
全て語尾に♡マークでも着いているのかと疑いたくなるような甘さである。
(耐えろ、耐えろ、耐えろ、そう、オレは不屈の精神を持つ男、未来のスター…天馬司!大丈夫、耐えるんだ…………………)
「司くん(の腹筋)はかっこいいねぇ」
「司くん、力込めてみて、わぁ、すごいね、ふふ、」
そうして微笑む類。
司の腹筋に直接その細く長い指が触れてさわさわ、と優しく撫でてくる。
時折意地悪をするかのようにぐ、と押し込んではふふ、と類は笑う。
そうもしていればフツリ、と理性の糸は簡単に切れる。
「───類、」
司は名前を呼んで類の腕を掴む。
司の目はつい、と細められその瞳の中に類を閉じ込める。切れてはいけない理性の糸が切れた瞬間、司の中にある熱が大きく膨れ上がり───
「神代センパーイ、部品?廊下に落としてました、よ、」
「お困りかと思……」
ガチャリ、と開かれた屋上の扉。
それに気づかない程司は力を込めて類のことを見ていた、ふーっ、と息をゆっくりとつく。
だが、一瞬は驚いていた類には二人の後輩の姿が映るのだ。
ぱちりと一つ目を瞬かせるとその名を呼ぶ。
「あ、東雲くん、青柳くん」
呼ばれた彰人の目には司が類を日陰で今にも押し倒そうとしている様子にしか映らない。
「なに、して」
「あぁ、これはね、」
と類は何の気なしに応えようとした時は、と司の目が覚める。
類の手を掴んでいる手をパッと離すとハーッハッハッ!!!と綺麗な笑顔を貼り付け立ち上がる。
「彰人と冬弥じゃないか!!!!!!!」
声量のバグでも起こしたのかと思う程の大きさ。
それ程までに司は混乱していた。
正直に言おう。司の司は今、極限状態を迎えようとしていた。
急に立ち上がった司に対して類は何があったのか、と思い立ち手をするりと抜くと司は勢いよく立ち上がる。類からは体をくるりと反転させた。
そうすれば、自然と向き合うのはやってきて呆然としている彰人と冬弥に至る。
「あ、あれ、司くん、どうしたんだい」
「嗚呼!!すまないな、類!!!熊を!狩りに!!!!」
「あぁ、御手洗か。」
こくん、と納得したように頷いた類。
もうどうしたらいいのかわからずクラウチングスタートを決めようとしている司。
向かい合ってどう声をかけたらいいのかわからなくなっている冬弥。
今ある状況を伝えるべきか迷った挙句、言葉が先行して出てしまう彰人の四人がここにいた。
「司センパイ勃───」
「熊を!!!!!!!!!狩りに!!!!!!!!!!!!行ってくるぞ!!!!!!!!!!!」
そう言うが否や司はクラウチングスタートを切ってしまう。うぉおおおおお!!!!という大きな声を響かせながら風を切って行ってしまう。
「おやおや、行ってらっしゃい、そんなに急いでいたのかな、それなのに腹を押してしまったのは申し訳ないことを……」
とひらひらと手を振る類に対して頭をポリポリと掻きながら彰人は近づく。
「司センパイ、大丈夫すかね。マジで熊狩りに行きそうな勢いでしたけど」
「うーん、悪い事をしてしまったかもしれない……」
そう宣う類に対して冬弥は優しく微笑むと胸に手を当てて「大丈夫です」と類に言ってみせる。
「司先輩の事ですから神代先輩にされて嫌だ、とか駄目だ、という事はないと思います。」
そう安心させるように言葉を紡ぐとそれで、と続ける。
「先程は何をしていらっしゃったんですか?」
「オレも気になるんすけど、なにしてたらあんな事になるんすか」
顔を真っ赤にしてクラウチングスタートを切っていた司の姿が冬弥と彰人二人の仲でフラッシュバックする。
まあ、興奮した姿を好きな相手に見せる訳にはいかない、とくるりと振り返り男としての何かを守ったのだろうからそれを引き合いに出す程出来ない後輩では無い。
むしろ配慮の出来る後輩なので彰人と冬弥は先程の事は触れずとして類に伺いを立てる事としたのだ。
「あぁ、うん、司くんが行ってしまったから、仕方の無い事ではあるのだけれど腹筋を触っていて……」
「腹筋?」
「え?司センパイの腹筋触ってたんすか?」
すぐ様聞き返した冬弥と(何されてんだあの人、それであの結果、なるほど、嗚呼、南無三。)と色々と理解をした彰人がちらりと目をお互いに合わせる。
「それは、何でまた」
「青柳くんには紹介した事があったかな、と思うのだけれどパワードスーツという物を発明しているんだけどそれの改良を行いたくてね。それの使用者は司くんとなる、だから司くんの腹筋に直接触れてデータを取ろう、という話だったんだよ。初めは服の上からだったんだけどやはり直接触らないとデータが取りにくくてね……。
他被験者が必要という訳では無いけど様々なデータがあるに越したことはない。僕自身のデータだけでは足りないと思った結果あの様な状態だったというわけさ」
また一息でペラペラ、と話し始めた類に対して先程まで目を合わせていた相棒たち二人はお互い理解をしたようにこくりと頷きあって類を見た。
「冬弥」
「あぁ、彰人。わかってる。」
互いを見ていた彼等が急にこちらを見た事によって話が途切れる。ゆっくりと類は首を傾げた。
「?二人ともどうしたの」
彰人と冬弥の二人はずい、と類へと近づき彰人はニィ、と笑う。冬弥は優しく微笑む。
対照的に見えるが志を同じくしている狼であることには全く違いがない。
「俺らの腹筋も触っていいっすよ?セーンパイ♡」
「神代先輩のお役に立てるのであれば、お手伝いします。データを集めているということであれば、データは多くあった方がいいですよね?」
そして二人してブレザーを脱ぎ去る。
「え、そんな、」
はわ、と指を口にあてる類だがいいのかい?という気持ちが隠せていない。
神代類の探求心と好奇心を煽る最高の発言である。
「ま、オレと冬弥も鍛えてるんで…しかも、アレじゃないっすか?比較?データ取るならそういうの良いって言いますよね」
「はい。俺と彰人は似ている訳ではないですし、比較対象としてお役に立てるかは分かりませんが、良ければどうぞ」
そうしてチラ、と腹筋を見せられれば後は先輩としてのプライドと知りたい、触れたい、の好奇心の天秤が類の前に現れる。が、そんなものそもそもとして類にはないに等しかった。
ぺたぺた、と類の手は二人の腹筋を交互に触る。
時たまなぞり、優しく触れ、そうして恍惚の表情で笑う。
「ふふ、ふ、うん、司くんとはまた違っていいねぇ、二人とも。やっぱり歌とダンスを重点に置いているからか、腹筋だけではなく足の筋肉もすごいし、ん、うん、すごいな…かっこいいよ」
対して触られている2人は天を仰ぎぐ、と何かをこらえるように黙りこくっていた。
(これ耐えてた司センパイすげー…色気とかそんなレベルじゃねーじゃん…)
(神代先輩はデータを取っていらっしゃるのであって邪魔をする訳にはいかない、そう、いかない)
等である。
二人の気持ちをまとめるのであればエロい、助けてくれに至るのだが。
(そろそろ手出してもいいか?オレら頑張って耐えただろ、)
(神代先輩…………………………)
と二人の後輩が必死に頑張っている最中
バンッッッッ!!!
と屋上の扉が弾け飛び飛んでいくのではないだろうか、と心配になる程の勢いで扉が開かれ腰に手を当て仁王立ちをした司が戻ってくる。
「待たせたな!!!類!!!!続きを…」
とスッキリした顔で司が類を見るのであれば現在後輩二人の腹筋を触っている天才演出家がそこに居た。
先程までドヤ顔をしていた司の顔がどんどんと萎んでいきくしゃくしゃに歪んでいく。
「あ、やべ」
「あの、司先輩、」
そうして、司は大きく声を上げた。
「う、浮気だぞ!!!!類!!!!!!!」
「う、浮気!?!失礼じゃないか、司くん!」
「オレというものがありながらお前は!腹筋があれば誰でもいいのか!?」
「誰でもという訳ではなく、だね、東雲くんと青柳くんは信用できるから!!」
そう顔を突合せ大声で喧嘩し始めた事にあーあ、と思ったのは彰人だった。
始まったか、というか戻ってくんの早、である。
そして「あの、」と小さく手を挙げたのは冬弥だった。
そうすれば可愛い後輩の声を司も類も聞き逃すはずがなく動きがピタ、と止まり「「どうした/んだい?」」と声が重なる。
「お話中にすみません。神代先輩を司先輩から取る、なんてつもりはなかったのですが、パワードスーツの強化に協力したかっただけなんです。俺も、彰人も。」
「む、まあ…それは有難いとオレも思うが。」
「そして、腹筋を神代先輩に触って頂いたところで、俺がデータを取るとかそういった話ではないのですが、神代先輩の腹筋も触ってみたいです」
「え、僕の?」
「類のか!?」
それは、と何故か司が迷って手をさ迷わせるが類はこくん、と頷き
「うん、構わないよ」と答えを返す。
「いいのか!?!?」
「どうして司くんが驚くんだい…僕が触らせて欲しいと言って君たちのものを触らせてもらったんだ、それで僕が断るのはおかしな話だろう」
司は冬弥、彰人と目を合わせる。
良いのか、そんな事が、と司の目は語っているがいいって事なら、と笑う彰人と興味津々な冬弥の前には無力である。
そして、据え膳ともあれば食わないわけにはいかないのだ。
「───では、いいんだな?類。」
「あぁ、構わないとも。」
そうして自身の服をズボンから引き抜いた類はにこりと笑った。
.
「ふっ、くく、あは、はははっ!!!」
結果として、司、彰人、冬弥が食らったのは類の普段を思わせない大きな笑い声だった。
それこそ最初の方こそ「んっ、擽ったいね」等と色っぽい声が支配していたが次期に、いや、段々と類の声に笑いが混じり始めそして最終的には大きく口を開けて笑う形になってしまったのだ。
極度の擽ったがり、とも言えるのだろうか。
腹をなぞられ腹筋を押され、としていけば類はもうダメだった。
ひぃひぃ、と笑う事に精神を使い切っているのかいつもの穏やかな雰囲気さえどこかへ飛んでいってしまっている。
「おい、あまり暴れるな類」
「ふははっ、だって!」
「神代センパイ、あぶね、」
「んっ、ふふ、あっ、ダメ」
「神代先輩、こしょこしょ」
「あははははっ!!」
ついに擽り始めた冬弥に類は大きく笑った。高らかな笑い声が響き時折堪えるような声が響く。
「あー!もう!危ないぞ!類!」
そう叫んだ司に対して類はすまないすまない、と笑い混じりに答えた。
類は180cmのしっかりとした体格である。
暴れようものなら被害を被るのは三人である。
人を傷つけたとあれば悲しむのは類である。
彰人は類の腕をぐい、と掴む。冬弥も同じくして類の腕を掴んだ。
「これじゃ触れないっすよ、センパイ」
「司先輩、俺と彰人で神代先輩を抑えるので司先輩が触ってください」
「えっ」
司は目を見開き心は一つ。いいのか……………………?である。
その気持ちのまま、目で類をついと見ると三人の動きが止まったからか笑いが収まり目尻の涙を拭っている所だった。
「ん、ふふ、あぁ、すまない、うん、どうぞ?」
彰人と冬弥に腕を掴まれた事も気にしないというかのように類は司に笑いかけた。
後ろにいる後輩二人に顔をチラリと向ければこくん、と頷かれ背水の陣である。
誰か止めてくれ、誰も止めてくれない、そうか。
ともすれば、と司は覚悟を決める。
「触るぞ、類」
そう司が類へと体を寄せた。
その時。
「神代先輩~!」
「類~いる~!?ボクが昼に来たから杏とご飯食べよって言ってるんだけど、類も一緒にど、……」
タイミングの悪さというものは重なるものである。冬弥と彰人によって掴まれた手、類に触れるべくして体を寄せ手を服へと伸ばそうとしていた司。それらが白石杏、暁山瑞希の目にバッチリと映りこんだのだ。そうして二人は大きく口を開けて叫ぶ。そう、分かりやすく例えるのであればまるでクリスマスに一人取り残された少年が強盗に出くわした時のような形相である。
「「わーーーーーーーっ!?!?!?!」」
そう叫んだ二人の行動といえば早かった。
瑞希は三人の肩をひっぺがし杏は類の事を庇うようにして抱きしめる。
引き剥がした三人に対して瑞希は「お座り!正座!!!!」と地面を指さすだろう。
勿論、地面はコンクリートである。
「えっ、瑞希、白石くん?」
「る〜〜い〜!?!何してんの!?!」
「三人も!何してる、な、何してるんですか!?!」
「いや、あの、」
「まあ……こう……」
「神代先輩、すみませんでした。」
驚いた表情の類、床を指さしたまま振り返った瑞希、彰人と冬弥を怒ろうとしたら先輩もいて吃る杏、反省しています、と顔に大きく書いてあり呻きながらゆっくりと正座する司、顔を逸らしつつ正座をする彰人、頭を下げて綺麗な正座をする冬弥でこの状況は生み出されていた。
カオス空間とはまさにこの事である。
一通り叫びきった瑞希はハァハァ!と息をつく。
「ごめんごめん、類受けでもなかなか見ない構図でボクびっくりしちゃった、結構多そうな構図なんだけど少ないんだよね」
「ごめんね、瑞希何を言っているかわからないよ」
「神代先輩!?何してるんですか、あの、え!?」
ぎゅ、と抱きついた杏に類はえっと、と頬を指で掻く。
「と、とりあえず白石くんは離れた方が、僕も男だし…」
「離れていいんですか!?危なくないですか!?」
「大丈夫だよ!?」
驚愕する杏に更に驚く類がそこにいた。
と、とりあえず離れて…と優しく肩を押すが杏は抱きつくのはやめたものの制服は離さない。
「うーん、ともかく!」
わかってる!?類!と瑞希は類の肩を掴む。
「そこの三人は狼なんだよ!?弟くんはツンデレ装いながら虎視眈々と類を狙ってるし冬弥くんは「神代先輩、ダメですか?」の一言でで類を押し切れちゃうし、二人とも牙が鋭いから噛みつかれると痛いし、司先輩は…司先輩こそ狼だよ!?ドロドロに類を甘やかして絡めとっちゃう!なんと言っても…独占欲がすごい!類なんて一口でパクッと行かれちゃうよ!?」
「おい、暁山、類に要らんことを吹き込むな」
「そうだそうだ、あと装ってねぇわ。」
「暁山、流石にその一言だけで落とせるとは思っていない。」
「否定できないケダモノたちは黙っててください~!」
順に司、彰人、冬弥、瑞希である。
とはいえ、と瑞希は考える。
おそらくこの3人は被害者だ。自分が巻き込まれることこそ少ないが一度のめリ込めば周りが見えなくなってしまうことは知り合って仲良くなって"そういうモード"の類に1度であってしまえば分かる事だ。
彼等は類に煽られた被害者である事を思えば同情の余地ありか、と僕も正座しようか?瑞希、と首を傾げている昔馴染みに対してはァと瑞希はため息を付くことになるのだ。
(まあ、それはそうとして煽られて手を出そうとした事は許せないけど)
同情三割、報復七割かなあ、と思いつつ瑞希は類に優しく手招きをして見せる。
「類〜、やっぱ類も三人にごめんなさい、しないとだよね?」
「この状況を作り出してしまったのは僕だからね、彼等と同じく正座をするのも厭わないさ」
「うーん、いや、それよりもして欲しい事があるんだよね」
「して欲しいこと?」
そう首を傾げた類に対して瑞希は耳打ちをするべく手を口元にあてる。
そうすれば勝手知ったるかのように膝を曲げて耳を寄せる類に瑞希はほくそ笑みながら"作戦"を伝えるのだった。
.
.
斯くして、瑞希と入れ替わった杏が三人に対し「彰人と冬弥はお互いに止めあってよ!天馬先輩は自分で自分を止めてください!」
と正座している三人に向かって声をかけていた。
それぞれ「はい…」「その通りだな…」と声を萎ませながら答えていた。
そんな中、杏の肩にぽん、と手が置かれる。
瑞希である。
「まあまあ、杏。三人も反省してるみたいだし、後は類がごめんなさいして終わらせよう」
「神代先輩が…?」
と首を傾げた杏の肩を引き瑞希は杏を一歩さがらせる。
杏は瑞希が言うなら、と1歩下がりそれに対するように類が一歩前に出る。
類はえっと、と声を出しそうして続けた。
「ごめんね、三人とも、僕のせいで、」
そういうと類はゆっくりと三人の前に足を踏み出す。
司、冬弥、彰人の視線が上に上がっていく
えっと、と少しようにしながら腹にする、と手を置いた類は首を傾げながらお詫びと言ってはなんだけど、と口を開く。
「僕のこと好きにしていいから」
ね、と首を傾げる。
「は、」
「え?」
「あ?」
後ろにいる瑞希がてへぺろと表情を作り杏は天を仰いだ。
「「「あ、暁山ーーーーーーッッッ!!!!!」」」
三匹の狼の咆哮が飛んだそうな。
後日
「私の幼馴染が大変失礼しました。先日あったことは全て無に期して頂き、そして記憶から消去して頂けますでしょうか。そして、先日あった発言については、全て、全て忘れろ、」
と、しょぼくれ『私は凄く怒られたので反省しています』の掛札をかけた類の腕を掴んだ草薙寧々が菓子折りを持ってそれぞれの元を訪れたそうだがそれぞれ「はい……」と答えるしかできなかったそう。