All night to you -Prolog───だから、そのすべてを奪わせて。
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───Hey、Mr.依頼内容は?
類の相方である瑞希は目元を仮面で隠した状態で口角を綺麗にあげて笑った。依頼を受けるのは瑞希で類は頷くか首を振るかしか行わない。
「あっ、えーと、えっと!だな、これは、繋がっているのか!?」
画面上には瑞希と同じくして仮面を被った男と背後に二人立っている。だが、三人ともフードを深く被っており見目は分からなくしているようだった。中央の人物は慣れていない様子でカメラに近づき左側に立っている人物に下がるように手でいなされている。繋がってますって、という声が左手の男から響く。
類と瑞希への依頼自体は初めての客。ではあるが、この慣れていなさはこういった殺人の依頼自体が初めてといった風だ。
瑞希は肩を竦める様にしてから笑う。
「ミスター、画面からは30cm以上顔を離して話してね、定規の貸出は行ってないからその辺は自分でよろしく!」
等と冗談を言ってみせるが目の前の人物は分かっているのか分かっていないのか、
こくん、と大振りな頷きをしてみせる。
繋がっているならいいんだ、繋がっているなら!と独り言まで大きいらしい。
あはっ、と笑った瑞希は佇まいを直すと綺麗に整えた指を搦めその上に仮面で隠してはいるものの"とびきり可愛い"顔を置くと首をこてんと傾ける。
「それでは、改めて聞くよ?ミスター、依頼内容は?」
そう言われ目の前の人物は佇まいを直しこほん、と一つ咳払いをしてみせる。そうして大口を開けて言葉を紡ぐ。ボイスチェンジャーを掛けているのはこちらも同じである為多目に見るがかなり仰々しい動きをするものだ、と類は思う。
「こ、この度はよろしく頼む!今回の依頼としてはマフィアのボスである天馬司を殺して欲しい、というものだ。」
事前に資料を送ってきてきたのであろう依頼人からの資料を瑞希は類へと一部手渡す。
類は資料を手渡されこくり、とひとつ頷く。
「資料は貰ってるからね、それは把握してるよ。事前資料はボクたちもやりやすくて助かっちゃうなー」
「こういった依頼は初めてだからな、事前に必要なこと等が更にあるのであれば教えて欲しい…!」
やはり殺人の依頼は初めてか、と類は思いながら足を組む。
瑞希に視線が行っているのだから少しくらい体勢を崩してもお怒りになる依頼主様でもなさそうだ。
「んー、いや、大丈夫だよ。殺すのはこの天馬司だけでいいの?側近もいるみたいだけど、こっちは放置?」
「嗚呼!そうだな、その二人は、放置で構わない。」
そう答えた男に瑞希は資料を見やる様にしながら声を出す。見定めるようにしているが類には分かる、瑞希は今機嫌がいいのだ。
「ふーん、」
「む、何か不足があっただろうか、料金が足りないだとか、」
目の前の人物はそう言うがそれに対して瑞希はううん、大丈夫大丈夫と微笑んで見せる。
そうして対応している瑞希を横目に類は書類に視線を落としてぴたりと動きを止める。
そして、首だけをゆっくりと傾ける
首を傾げている類に気づいた瑞希はキャスターの付いた椅子を地面を蹴って動かすと類の耳元に口を寄せる。
「どうかした?」
「ん、少し気になることがあって」
と類がそこまでで切ると瑞希はパッと前を向く。
「失礼、ミスター!相方と少し話をしたいから、待って欲しいんだけど大丈夫かな?」
「あぁ!もちろんだ!構わない!」
ありがとね、と言って瑞希はマイクの音量を一度切る。
向こうも音声を切ったのか向こう側の音も消え去る。左手の男がまたしても操作したらしい。
瑞希は類の目を見ると首を傾ける。
「それでどうしたの、類」
「僕、この天馬司、いや、司くんと会ったことがあるよ」
「えっ、それって不味くない?」
「まあでも、10年も前の話にはなるんだけど」
「10年前って、ボクとも出会って間もないくらいじゃない?」
「あぁ、あの時は暗殺者になる前だったからね。そう、それこそこの司くんの家庭教師をしていたんだ」
「類が〜?」
頭いいのは知ってるけどさ?と訝しげな目を向ける瑞希に対して口元に手を当てて類は笑う。
「ふふっ、とは言っても殺しの方だよ。銃の扱いだとかそう言った所をね」
「はぁ、まあ、マフィアに生まれてたらそんな事も勉強する事になるか」
ボクは自分で覚えたけどな〜と冗談めかすように笑う瑞希にまあまあ、と類は微笑む。
「うん、勉強の方も教えてはいたけれど、主には殺しの勉強が多かったかな」
そう思い馳せる様にした類に対して瑞希は少し眉を下げて類を見た。
「…どうする?断る?」
類が嫌なら、と瑞希は言ってみせるが類は首を振る。
「……いや、構わない。殺しの依頼を出されるほど恨まれるような人間になったのであれば問題なく殺せるよ。」
類は目を伏せるようにして過去を思い返す。
天馬司という男、いや類の知る中では男の子、少年は明るく、天真爛漫で、銃を持つことすらも嫌がり人を殺すなどこの先一度も無いことを類が願うような子供であった。
それが殺しを依頼されるまでの人間になった事を喜ばしく思うべきか悲しく思うべきか。
類は首をふるりと振る。そして瑞希を安心させるようにに、と口角を上げた。
「それに報酬額がいいんだろう?」
瑞希が類を連れて依頼の話を聞く時は決まってそうだった。
それにほ、と安心したように瑞希は肩を撫で下ろすと同じようにに、と口角を上げた
「ん〜!まぁ、実は…ね!マフィアのボスを殺すって依頼だからある程度は吹っかけてもいいかなぁ、って思ってたんだけどその予測のなんと三倍の値段!逃すのは惜しいって思っちゃってさ〜。」
「では、受けようじゃないか。僕としてはそろそろ新しい薬の材料を新たに手に入れたいと思っていたんだよねえ」
「なら、決まりってことでいい?」
「もちろん。」
類は椅子に腰掛け直し瑞希は体制を整える。
そしてマイクのミュートボタンを切るだろう。
「失礼、ミスター!」
そう、瑞希が声をかけると慌てた様にした中心の人物とまたしても左側の人物がボタンを押しているようで「ほら、これで喋れるんで」「お、おぉ!助かるぞ!」といったやり取りが入っている。咳払いをして見せる中央の人物はそれで、と口を開く。
「その相方とやらの意見はどうだろうか?」
「うんうん!待たせてごめんねー?相方からもオッケー貰えたから、さ!この依頼ボク達が受けさせてもらうよ!」
「そうか!それは有難い!」
「いやいや〜こちらとしてもいい報酬額を渡して貰えそうで……いい取引になりそうだね、ミスター。」
じゃあ、と瑞希はパチン、と指を鳴らす。
「そちらに今から契約書を送らせてもらうよ、コール番号貰ってもいいかな?」
「あぁ、勿論だ。」
そう言うと事前に用意していたのか男はスラスラと番号を言ってみせる。
それを聞いて動き出すのは類だ。
言われた番号にこちらからの契約書を送り付ける。
そこには今回の報酬額が記載されているが確かに瑞希の目が眩むのも分かる値段が記載されており類もまた笑んでみせる。
これはいい薬の材料が買えそうだ、等と考えながら。
送られたのはその場の部屋なのか中央の右側に立っていた男が動き出しそして無言のまま中央の男に書類を渡す。
「オーケー、書類が渡ったらそこに記載して貰いたいのはそちらのさっき言ってくれた番号とミスターのお名前でも書いておいて!」
「了解した」
サラサラと男は記載しているのが類にも見える。
類は送信機の前から離れずそのまま立って待つ。
「そちらをそのまま先程の番号に送ってくれるかな?」
淡々と瑞希は続ける。
それに対して右側の人物はワタワタとして見せるが左側にずっといた人物が動き出し何とかその書類がまた転送されてくる。
類はそれを受け取り瑞希にコクン、と頷いてみせる。
「オーケー!ミスター!これで契約は完了!ボク達は君たちの殺しを必ず完遂すると約束しよう!」
そう言って瑞希は胸に手を置きふふん、と笑ってみせる。
其れに対して中央にいる人物は少し間を空けてから頷いた。
「………………あぁ、頼りにしている。そうだ、一つ質問があるんだが、いいか?」
「ん?あぁ、もちろん!質問コーナーをしておけば良かったね、」
「契約の反故等は行わない、安心してくれ」
「あぁ、それは良かった!契約交わしてすぐはい、なしでーす!はボクたちも疲れちゃうからね」
この時間はなんだったのー!ってさ?と瑞希は悪戯に首を傾げる。
が、その姿を見ているのか見ていないのか中央の人物は口を開く。
「……もし、殺せなかった場合は、」
その言葉で場が、少なくとも類のいる場は温度を下げる。
類はあーあ。という気持ちで送信機の前で腕を組む。
瑞希の口角がゆるりと上がる。
「あー、それ聞く人、いるんだけどさ。嫌いなんだよね、ボク。期待するつもりないなら最初っから頼むなよ、ってさ。」
そう、思うわけ。
言葉を丁寧に切りながら机をコツコツ、と瑞希の綺麗に整えられた爪が叩く。
目をつい、と細めた瑞希に対して前にいた男が少し焦ったようにして「それは、」と口にする。
だが、瑞希は言葉を遮るようにして続ける。
「こっちもさ、一応依頼成功率が保身になる訳。その辺ボク達は100%なんだよね?だから、安心してもらっていーよ、」
まぁ、もし。と瑞希は口を停めない。
ちらりと類を見るが類は勝手知ったるかのようにそのまま続けて、と手を瑞稀の方へ流した。
「失敗した場合は好きにすれば?殺すでもなんでも、ボクも相棒も好きにしていいよ」
「……そうか。この度は失礼なことを聞いてしまいすまない」
「ん、いや?いいよ〜!初めての依頼でしょ?」
「あぁ、そうだな。勝手を分かっておらず失言してしまったこと謝罪させて欲しい。」
「うんうん、ボク達もやっすい仕事してるわけじゃないからさ……ちゃんと仕事はするよ、では、ミスター。質問コーナーは終わりでいいかな?」
「あぁ。」
「では、その天馬司が死ぬその日をお待ちくださーい!」
アデュー!と瑞希はそのまま通話をブチリと切ってしまう。
そして椅子に項垂れるように倒れるとはぁ、と大きく溜息をついた。
「面白い依頼だと思ったのにさー、最後の最後で萎えちゃった……」
「まあまあ、仕方ないよ。」
「はぁーあ!まあ、そうだね、仕方ない!切り替えていこー!」
「ふふ、それで舞台なども情報は来ているんだろう?」
「勿論。じゃなかったら類連れてきてないよー!」
「だろうね、それで?」
「うん、まず打ち合わせから始めよっか」
類と瑞希は頭を突き合わせこの度の"天馬司を殺す"為の作戦会議を始めるのだった。
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「司センパイ、通話切れました」
画面が暗くなったのを確認して右側にいた人物、こと東雲彰人は一言呟いた。
それに対し中央に置いてあるPCの前で突っ伏するのが今回殺しを依頼した依頼人、そして殺されるはずの人物───天馬司。
その司は大きく声を上げる。
「はぁぁああ!!!緊張したぞ!最後の言葉で契約をなしにされるかと!」
「最後のはナイでしょ、俺もないわーって思いましたもん」
司の言葉に彰人が言葉を返せば左側にいた人物、青柳冬弥がこくりと頷きながら司を見る。
「ですが提示していた報酬額が良かったのでしょうね、断られなくて良かったです。」
「うむ!そうだな!それに、あの質問はせねばならなかっただろう」
そう司が言えば後方にいた二人は同じくして頷く。
「んー、まぁ、そっすけどね」
「最重要事項ですから」
「……あぁ、殺せなかった場合、好きにしていいようだ。」
足を組み、優美に依頼を聞いていた男を司は思い出す。神代類、かつて司に殺しを教えた男。
司の初恋の相手、愛しくて堪らなくて、自分のモノにしないと気が済まない、そんな相手。
喉を鳴らすようにして司は笑う。
「待っているぞ、類。俺を殺しに来てくれ」
やっと見つけたんだからな、
そうして笑う司の表情は確かにマフィアのボスとして君臨せしめるものだった。
類の為に頑張ったんだぞ、
嫌いな殺しを覚えて、上に立つ為に何だってした。
かつて花を一輪類に渡した少年とは思えない笑みが暗い画面に写り込む、
それを見て類にはまだ見せられないな、と独りごちる。
通話が切れていてよかった、と司はゆるりと笑った。