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    mayo

    @mayonaka_rom

    さめしし壁打ち練習用
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    ありがとうございます☔️🦁

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    mayo

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    さめしし。ハロウィン少し前の日常もなんだかんだでいちゃついてる。

    Before Halloween  リビングの扉を開けた途端、バターの甘い香りが鼻腔をくすぐった。目に飛び込んできたのはダイニングテーブルに敷かれた情緒のかけらもない作業用のブルーシート。その上に鎮座する巨大なカボチャは、菓子に加えるにしても煮物にするにしても大きすぎて、村雨は思わず首を傾げる。
    「それは食えないぞ」
     キッチンから家主の声が飛んできた。菓子作りの真っ最中らしい、使用中のオーブンから漂う匂いもやはりカボチャ特有のそれ。怪訝な目つきに答えるように、獅子神が「こっちは食べる方。もうすぐできる」とオーブン用のミトンを嵌めた。

     テーブルを反対側に回り込んでみれば、カボチャの前面には目鼻と口が雑に彫られている。ジャック・オー・ランタン。ハロウィンの装飾だ。くり抜いた中身は綺麗好きの獅子神によってすでに片付けられた後だったが、ブルーシートにこびりついたままの汚れを見れば、作業時の悪戦苦闘ぶりと惨状が一目瞭然。
    「真経津だな」こんな突拍子もないことをやらかす友人は一人しかいない。
    「朝から大変だったんだぞ。あ、床も掃除したけどスリッパで歩いてくれ」と念を押され、キッチンカウンターへと近づいていく。マーブル模様の天板に置かれたのは湯気を立てるパイだ。
    「シナモン、クローブ、ナツメグ……だな」
    「正解」
     オレンジ色のフィリングの香りから芳醇なスパイスを嗅ぎ分けると、獅子神がにんまりと笑った。持ち前の嗅覚を肉以外の食には一切発揮することのなかった村雨である。香辛料の類に詳しくなったのは目の前で料理の腕を振るう男の影響で、それを分かっているからこその笑顔だ。ついでに食欲をそそるのはスパイスだけではないことをカウンター越しに教えてやりたいが、料理の片付けに忙しい男はくるりと背を向けてしまった。
    「真経津も途中で飽きちまって。オメーが来るのわかっていれば頼んだんだけど」
     手先の器用さは自負しているが、造形センスに関してはいささか難がある。甥姪たちと一緒に作り上げた粘土細工に集まった疑問の目を思い出し、無言でかぼちゃの頭をぽんと叩いた。ヘタの部分は切り取られて蓋となり、中には乾電池式の蝋燭が仕込まれている。なかなか本格的だ。
    「どこかへ飾るのか」
    「もう少ししたらな」
     エプロンを外しながら片目を瞑ってみせた。

     獅子神の住む閑静な住宅街に個人経営の英会話教室ができたのは、この夏のことだ。近所といっても区画が離れているから、看板を見かけても特に気にもしてなかったというのだが。
    「少し早いけど今日ハロウィンのパレードをするんだとよ。お菓子を配る家も募集してるっていうから協力してやろうと思って」
    「珍しいことだな」
    「期待してたら可哀想だろ」
     言った後で「っていうか真経津が勝手に返事してたんだよ」とは想定内のネタばらし。
     適当にやるもんだからあちこち飛び散って大変だった、としかめ面をしているが、菓子とカボチャが重いからと電話を受けて、マンションまで迎えに行ったらしい。請われるまま養生シートからカッターまで用意してやる姿が容易に目に浮かぶ。
     だというのに肝心の真経津はいない。菓子とカボチャを用意したことで彼のなかでは目的達成してしまったようだ。
    「まあ、子どもが子どもに菓子を配ってもなあ」
    「あなたが配るのか」
    「園田達も休みだし、オレしかいないだろ。オメーも手伝う気か?」
    「子どもの相手なら慣れている」
    「それは親戚だけじゃねえの」
     豪快に笑い飛ばしながら渡されたティーカップに口をつけると、シナモンの良い香りが漂ってきた。教区のボランティアによる菓子を注文したことへの感謝として天堂が置いていったとか。
    「当直前にはカフェインありの方が良かったか?」
    「いや、大丈夫だ」
     勤務が始まればカフェインを水代わりに飲むことになる。今は胃を休めるのも悪くない。
    「パイももう少し冷めたら食べられるぞ」
     そろそろかと立ち上がりかけた獅子神の横顔に手を添えて、おもむろにこちらを向かせる。菓子よりも食べたい物があると言葉に出さずとも、意図を読んだ瞳がすうっと細められた。
    「……時間、間に合うのか?」
    「あなたが協力してくれれば」
     親指を顎に滑らせると、手首をがっしり掴まれた。
    「ダメに決まってるだろ。あと少ししたら子どもが来るんだぞ」
    「あなたの子どもでも、私の子どもでもない」
    「逆にそうだったら余計に問題だわ。とにかく今はなし」
     なおも強引に顔を近づけると、反対の手が伸びてきて頬をぷにっとつままれた。獅子神以外がやったのならば指の一本二本は飛ばされるであろう狼藉。許されているのが自分だけだと気づいているのか、垂れたまなじりはしてやったりという笑みを隠そうともしないものだから、村雨の渋面は深くなるばかりだ。
    「おやつの時間だぞ、先生」
    「……クリームはたっぷり添えるように」
     妥協に妥協を重ねた要求だけは忘れずに。


     夕闇が迫る頃、獅子神はカボチャを玄関ポーチのわかりやすい部分へと出した。門扉の外からも見えることを確認してスイッチを入れると、人工的に揺らめく灯りが外壁をぼうと照らした。オレンジ色に発光するおばけのカボチャは幻想的で、なかなか悪くない。こうしたイベントとは無縁の幼少期を過ごした獅子神だったが、浮かれる子どもの気持ちもわかる気がした。
     すっかり秋めいて涼しくなった風に乗り、子ども達のはしゃぐ声が聞こえてきた。いつ来てもいいように菓子は用意済み、あとは目印のカボチャを頼りにパレードを先導するスタッフがインターフォンを押すのを待つばかりだった。
     扉を締めて靴を脱ぎながら、パイを食べ終えてからはソファでうたた寝をしている男のことを考えて苦笑する。袖にされたことがつまらなかったのか、単に疲れていたのか。どちらにしても、そろそろ起こしてやろう。
     リビングへ戻りかけ、廊下に置かれた紙袋に目を留めた。ハロウィン当日の深夜に叶が配信予定のホラー映画鑑賞会のための小道具。獣の耳を模したカチューシャと、ピンで腰に留められる尻尾が袋からはみ出している。そこまでやる必要ないかと思いながらも鏡の前に立ち、ためしにカチューシャを頭へ着けてみた。ふわふわとした灰色の毛に覆われた耳は狼男のそれだろう。大のおとながコスプレまがいのことをしても何が楽しいのやら、微妙な顔をした鏡の中の自分と目が合った。
    「──なかなか似合っている」
     突然かけられた声に飛び上がりそうになった。
    「なんだ、起きたのかよ」
     振り返れば村雨が廊下に立っていた。面白いものを見たという風に口角を上げている。浮かれ気分を目撃されたバツの悪さからついぶっきらぼうな態度になるが、気にする素振りもなく「外さない方がいいな。コートを取ってくる」と、家主のプライベートルームの方へ去って行った。

     ドアフォンがパレードの来訪を告げたのはその直後のことだった。カメラに映るのは魔女の帽子をかぶった若い女性たち。今になって男所帯で菓子を配るのは不適切だったのではと心配になってきたが、断るわけにもいかない。
    「オレしかいないんですが大丈夫ですか?」
     人当たりの良い園田か他人に警戒心を抱かれにくい真経津でもいればマシだったのだが、自分の他はもっと人当たりの悪い男しかいない。用意した菓子を掲げて不審人物ではないことを伝えると、頭ひとつ近く背の高い獅子神のさらに上方へ目を向けて笑顔を見せた。似合ってますよぉ、という黄色い声に頭につけたカチューシャの存在を思い出して急に恥ずかしくなってきた。しかし向こうも慣れたもの。気を揉む獅子神を尻目に背後に向かって「せーの、」と声をかけた。
     トリック オア トリート!
     獅子神家の広い三和土が甲高い歓声に包まれた。列になって次々と入ってくる子どもたちは、差し出されたカボチャ型の容器からどれを掴むべきか悩んで手を足も止めてしまう。その度にスタッフや獅子神が手渡すのだが、「やっぱりこっちが良かった!」とかえって大騒ぎになる始末。
     一人で大丈夫なのかと聞いてきた村雨が何か言いたげだった理由がようやくわかった。内心で慌てふためく獅子神だったが、スタッフは彼を危険のない人物と判断したらしい。列の後方を確認したいからと言い残し、揃って玄関の外へ出て行ってしまった。制御の効かない子ども達を前にひとりオロオロしていると、
    「一列で並ぶように」
     背後から落ち着いた声がした。
    「村雨」
     そのまま出掛けるつもりでいたのだろう。黒いロングコートを身につけた村雨がいつの間にか玄関まで出て来ていた。狼狽える獅子神とは対照的に、落ち着いた大人が来たことで子ども達の様子が一変する。
    「……吸血鬼さんだ!」
     誰かが叫ぶと、他の子ども達も目を輝かせて賛同する。痩せぎすでほぼ黒一色の服を着た村雨は確かに吸血鬼の仮装をしているように見えなくもない。しかもこれから夜の外出だ。あまりにぴったりな形容に笑い出しそうになるが、村雨は澄ました顔で隣に立ち片手を挙げてみせた。
    「目を瞑って片手を出し、握った分だけを持って帰るように。一度に食べすぎないようにな」
     子ども相手だからと容赦はない。いつもと変わらぬ無表情で伝える村雨にハラハラしたが、意外にも子ども達は真剣な面持ちで頷いていた。
    「子どもの相手なら慣れている」と豪語するだけあって、病院で鍛えられた手腕は実際見事なものだった。村雨の言いつけをきちんと守った子ども達は片手で菓子を握りしめると、示された通りに玄関の外へ出ていく。もたついて団子状態になっていた列が見る見るうちに解消していった。
     最後尾につけた年嵩の子どもたちに列の終わりを見出し、獅子神はほっと息を吐いた。
    「来年はぜってえ引き受けねえ……」
     はしゃぐ声とともにゆっくりと閉まっていく玄関ドアを眺め、壁に寄りかかって呟く。
     村雨は何も言わずに獅子神へ腕を伸ばした。どこまでも甘い男だ。きっと来年もこうして子どもらを迎えることになるのだろうと予感しながら。
     背後でかちゃんと扉の閉まる音。
     こうして少し早いハロウィンのもてなしは終わったのだった。

     その後。
     吸血鬼さんと約束したから。そう言って菓子を小分けにして食べる姿に保護者たちがいたく感謝したらしい。
     スタッフ達は他に人がいたのかと首を傾げつつも、イケメン狼男に再会するためのクリスマスパレードを企画する忙しさから気に留めることはなかった。
    「吸血鬼さんが狼男さんにキスするのを見たよ!」
     という女の子のひと言についても。
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