そっとぎゅっと 「うーん今日も疲れたなぁ。」
なんだか身体が重い、今日はいつも通り学校に行って、バスケ部に顔を出して、少しだけ図書室でお勉強をした。そんなに体力を使うようなことはしていないのになんでだろう。
先輩たちに優しくしてもらって、ヒロ君の蛮行にお説教して普通なのに。頭がぐるぐるする、今日は推しの配信あるけど早く寝てしまおう。明日の仕事に影響が出たらアイドル失格だもんね。
そんな考えを巡らせながらやっと自室の扉を開けたところで意識が途切れてしまった。
「こんな時間に何があったのでしょうかぁ」
「確かに、普段あまり呼び出されない時間帯ですね」
「うむ、藍良が来ないけどなにあったのかな」
日付が変わりそうな頃、寮のミーティングルームにALKALOIDの3名が招集されていた。
目の前には、事務所の上司で、ここにはいないメンバーと同室の英智が難しい顔をして座っている。
「集まってくれてありがとう、早速だけど本題に入らせてもらっていいかな、ことは一刻を争うから」
「かまいませんよ、俺たちもこれがただならぬ雰囲気であることは、何となく察せられますから」
年長者の巽が先を促した、一彩は藍良に送ったメッセージの返信が来ないことを心配してさっきからスマホを見つめていて、マヨイも一緒になっている。
「話が早くて助かるよ、白鳥君が今日体調を崩していてね」
「なにかあったのか」
テーブルに身を乗り出した反動でいすが後ろへ倒れて大きな音が響いた。
「天城一彩君、今は夜遅いから落ち着こうね」
「うむ、すまない」
「多分、ダイナミクスの不調だと思うんだ、彼も最近目覚めたばかりだからまだ不安定だしね」
確かに、藍良はSubである、しかも最近発現して抑制剤のコントロール中だ。
「たまたま、ライブに行く前だった零がケアを試みたんだけど、彼、僕たちには畏敬の念というか、神様みたいに思っているところがあるからね、うまく信頼関係をつくってやれなくて、Sub Dropしかけてしまったんだ」
ケアを行うためのPlayはDomとSubの信頼関係が結ばれていてこそ成立する。きっと弱り切った精神には零のDomは刺激が強すぎたのだろう。
「佐賀美先生にも来てもらったんだけど、同じだったから抑制剤と安定剤を飲んで今は眠ってもらっているんだよ」
保健医であり、Swichでもある佐賀美は、パートナーのいないダイナミクス性の簡単なケアと抑制剤の管理を行っている。しかし、元トップアイドルという肩書があるため、結果は零と同じになってしまったのだ。
「私たちのユニットは一彩さんがDom、藍良さんがSub、そして私と巽さんがNomalですねぇ」
「そう、だから立場も対等で絆も結ばれているであろう一彩君にケアをお願いしたいんだよ」
「僕にできるのだろうか」
「今まででもPlayをしたことはあるだろう」
「ああ、佐賀美先生にしてもらったことはあるよ」
「じゃあ手順はわかっているね、明日の朝、抑制剤を飲まずに部屋においで、零は今夜から明日は帰らないし、僕も早朝にはでかけるから、鍵は開けておくよ」
じゃあ言うべきことは言い切ったから、と英智は立ち去ってしまった。
「Nomalの俺たちまで呼び出されたのは、一彩さんの不安を和らげて明日に備えさせろ、ということですな」
「そして、明日のお仕事は私たち二人だけになるからそのつもりでということですねぇ」
「先生はプロだから僕が暴走してしまった時にはSafeWord をしっかり使って止めてくれる。でも、慣れない藍良を傷つけてしまったらどうしよう」
「大丈夫ですよ、一彩さんは優しい人ですからきっと無茶なことはしないでしょう、思いやる気持ちを忘れないことです」
「うむ、わかったよ」
翌朝、薬が効いていない感じはあったが、そんなに興奮することもなく扉を開くことができた。
Glareを少しだけ出しながら近づくと、藍良も目を開けてこちらを見た。
「藍良すまない、こんなになるまで気づかなくて、今からケアをしたいんだけど、いいかな」
焦点が合わない気がするが、どこか恍惚としていて、受け入れる心の準備はできているんだろう。
「Safe Wordを決めてほしいよ」
「ラブくない、がいい」
「わかった、確認のためにもう一回いいかな」
「ラブくない」
最初よりはしっかり発音できているから、覚醒はしている。
「無理だと思ったらすぐに言うんだよ、僕も加減がまだよくわかっていないから」
「わかったぁ」
藍良が横たわるベッドに腰かけて、気持ちを切り替える。
「起きて、隣に座ってほしいよ」
すると今まで、心ここにあらずだったのが急に起き出してバタバタと座った。
「よくできたね、気分は悪くないかい」
「ん、大丈夫」
摺り寄せてくる頭を優しくなでてあげる。
「ねえ、今どんな気持ちか教えて」
「んとね、いっぱい命令してほしい、褒めてほしいそのためなら何でもするから」
「何でもするから」に理性がぐらつくのがわかった、今ここで流されてしまうと、目の前のSubを傷つけてしまう。
「こら最後の言葉は言ってはいけないよ」
一瞬腕の中の肩が震えた。うるんでしまった瞳が痛々しい。
「怒っちゃったの」
「怒っていないよ、ごめん。でも、まだ力をうまくコントロールできないから、協力して」
「わかった、気を付ける」
「よしよし、いい子」
えへへ、と笑ってまとう空気が変わるのを感じた。SubSpaceだ。
「藍良はいつも頑張っていて、僕に色々教えてくれて。とってもいい子だよ」
そのあと、しばらくは他愛ないことを話してもらったり、腕の中に思いっきり閉じ込めてみたりしてPlayを楽しんだ。
「さあ、もうおしまいの時間だよ、いっぱいコマンドを聞いてくれてありがとう。おかげで僕も元気が出たよ」
「ふふっそうなのぉ」
とろっとろにとろけてしまいそうで、壊さないようにできるだけ優しく触れて精いっぱい甘やかして。
そのまま、また眠りについたのを確認してからそっと横たえ、Glareをきった。
後日。
「ヒロ君こないだはありがとう。おかげで今すっごく元気だよ」
「つらくはなかったかい」
「大丈夫、今までで一番気持ちよかったよ」
いつもの調子に戻ったことで、メンバーも先輩たちも喜んでくれて、それが僕にもとても嬉しかった。
「あの、これを受け取ってほしいんだけど、いいかな」
そう言って取り出したのは青い石がはまったピアス。
「本来ならば首輪というかチョーカーみたいなのを付けると安心するらしいんだけど、その、あまりにも目立つと思って、これならいつもつけていてもいいかなって」
「これを、俺に」
「うん、嫌でなければ、これからもケアをさせてほしいし、このままパートナーになってくれるといいなと思って」
まだまだ未熟なところは多くて、嫌な思いをさせてしまうこともあると思うけど。
「ありがとお、大切にするよ。つけてみてもいいの」
「ぜひ」
いつもつけているピアスを外して付け替えるとまるで僕の一部が藍良になった気がして恥ずかしかった。
いいパートナーになれるようにこれからもがんばらないといけないな。