かたしろ 二人で資料館の掃除をしていると、須賀くんが何かを思い出したように「あ」と呟いた。
「どうしたの?」
「しぃちゃん、倉庫に見てほしいものがあって」
須賀くんが鍵を取りに行ってくれたので、先に二階へ向かうことにする。資料館の廊下は肌寒いが、三月が近づき、だいぶ過ごしやすくなった。外の梅はもうほとんど散っている。
雑然とした倉庫に入り、須賀くんが取り出したのは、大きくて古びた木の箱だった。
「桐箱?」
「うん。ケンジさんたちが置いていったもので……」
中から緩衝材を取り除くと、小さな冠が目に入った。
「あ、お雛様……!」
しかも、包まれた人形や桐箱の数からして、平飾りではない。ぼんやりとした幼少期の記憶を辿る。たしか、五段くらいあったのではないだろうか。
「雛壇やぼんぼりもこの部屋にあるはず……ずっと出してないから、埃をかぶってるだろうけど」
須賀くんは少し申し訳なさそうに言うが、こんな大きなものをそのまま残しておいてくれただけでもすごいことだ。家を資料館にするにあたって、置き場に困るものは沢山あったはずだ。
女雛をそっと手にとった。人形自体も古いものに見える。お母さんのものだったのかもしれない。
まだ村に住んでいた頃、この広いお屋敷に雛人形が飾られていた光景を、うっすらと思い出した。食卓に並ぶ、ちらし寿司、蛤のお吸い物、可愛らしいひなあられ。そういえば、都会の給食に出るひなあられは甘かったけれど、お母さんが買ってくるひなあられはしょっぱいものも混ざっていた。何年か越しに謎が解ける。
「残して、くれてたんだね」
以前、須賀くんは、両親のものはもうあまりないと言っていた。
でもあれは、きっと、私を早く村から追い出すための口実だったのだろう。
この家には、お父さんとお母さんの思い出が色濃く残っている。
アルバムも、ウェディングドレスも、この雛人形も。
おじいちゃんと須賀くんが、残してくれていた。
戻ってくるかもわからない、覚えているかもわからないのに。
「ねえ、須賀くん。よければなんだけど……」
○ ○ ○
児童室にやってきたあーちゃんが、丸い目を輝かせていた。
「おっきなおひなさま!」
須賀くんに手伝ってもらいながら、人形の状態を確認しつつ、雛壇を組み立て、ろくに触ったことのない雛道具を飾るのは骨が折れた。
この形代を、お父さんとお母さんはどんな気持ちで飾っていたのだろうか。
いま私の隣には、私を守り、私が守りたい、大事な人がいる。
約束のなくなった森のそばで、この雛人形を一緒に飾れたことを、今度のお墓参りで伝えようと思う。
いままでの感謝を、沢山込めて。