――—―日和殿下と付き合って数ヶ月。
告白したのは自分から。殿下は自分のことを嫌いと言っていた頃よりかは友好的に接してくれるようになったが、ただそれだけ。なのに自分が好きになって、気持ちを無くそうと奮闘したものの逆に抑えきれなくなり、殿下に終わらせてもらおうとしたらなぜか付き合ってくれた。自分のこれまでの行いを思い返しても、殿下の自分に対する扱いを思い返しても、青天の霹靂としか思えない。うれしい、というよりかはどうして、何故、という気持ちが大きかった。
今はあの頃より殿下の恋人になったことが現実味を帯びてきたが、まだ殿下から好きだと言われたことがない。何を思って自分と付き合ってくれているのか。でも付き合った途端、自分にもあの甘い笑みを向けてくれたり、今までよりもわかりやすい気遣いをしてくれて好意を持ってくれているのはわかる。突然だったので最初はかなり驚いたが。戸惑いながらもせっかく得た好機を無駄にしたくはないので、うまくいかないなりに殿下との時間を大切にしている。
…本当は殿下の本心を知りたいが、知ってしまったらこの関係も終わってしまうような気がして未だに聞けていない。いつか終わってしまうとしても、できるならば長く夢を見続けていたい。らしくもなくそう思ってしまうぐらいに巴日和が好きだ。
「茨!」
まただ。殿下は最近仕事の空き時間に副所長室にいる自分の元にやってくる。これも付き合う前にはなかったもの。しかも大体何かしらの手土産付きで。
「やあやあ!日和殿下!お疲れさまであります!今日はどうなさったので?」
「どうもこうもないね、茨の顔を見に来ただけだね。ほら!シナモンで期間限定のスイーツが出てたから一緒に食べようね」
「はあ……では紅茶の準備をしますので、お掛けになってお待ちください」
…日和殿下が自分に会いに来てくれて喜んでいる自分のなんと単純なことか。気持ちが浮ついて顔が緩みそうになる。こんな自分を気取られたくないので、何事もなさそうにして事務所にあるドリンクサーバーへ向かう。
あの人は自ら手に取るお菓子は甘さ控えめだったりする。こうして自分が淹れにいく時は紅茶に砂糖を入れない。『わがままなお姫様』ではない『巴日和』を知れたようでまた喜んでいる自分と、もしジュンに頼むなら砂糖とミルクを入れるように頼むのだろうか、この事をジュンも知っているのか、小さな嫉妬を抱える自分がいる。
自分の中がいろんなものでぐちゃぐちゃになってきたが、手元にあるプラスチックのカップの中にはティーバッグから温かいお湯にゆっくりと紅茶が抽出されていくのが見える。殿下からの愛が何もない自分に染み込んでいっているような、自分のこのぐちゃぐちゃした感情が抑えられなくなっているような。……もし、自分の感情であるならば、ちょっとした渋みですらも殿下に飲み干してほしい。
「お待たせいたしました!もう少し置くと良い頃合いかと」
「ありがとね!ぼくもスイーツの準備ができたからこっちにおいで。茨はどっちがいい?」
準備してくれていたのはスコーンとひまわりがついたドーナツに店舗でよく見かけるチャイプリンが2個。プリンはこういう時いつもあるし、毎回お互いが食べられるように人数分。あとは大体限定のもの。忙しくしていて行く頻度は高くないのに今のシナモンのラインナップについては殿下からの差し入れやサークルでの椎名氏の話でわりと詳しい。
「…では、こちらで」
「ドーナツね、はい!……ふふ、ひまわり、ぼくみたいでしょ?」
そう。選んだのは今殿下が言った通り。ひまわりが日和殿下を彷彿とさせたから。ただ、それだけの理由でドーナツを選んだ。それを早々に、しかも本人に言い当てられてひるんでしまった。
「え、あ……そ、そうですね!ひまわりみたいに明るく、綺麗な殿下そのものですね!」
「………」
「殿下…?」
「いや、きみと付き合うようになってからいろんな茨を知れてうれしいね」
「まあ……今、夢を見てくださっている間だけはあなたの…恋人、になれるので」
「……なに、それ」
「…あなたが自分と付き合ってくれるなんて、夢じゃなきゃあり得ないということですよ。自分から告白しておいて、ですけど」
「………」
…この関係が終わるとしたら、殿下が夢から醒めるまで。先ほどまで甘い笑みを浮かべて、自分とティータイムを過ごそうとしていたのに。殿下から目をそらして紅茶を見ると、そろそろ渋みが勝る頃合いだろう。
飲み干して欲しかった渋みが、夢から醒めるきっかけになってしまうかもしれない。
「……最初はね、本当に茨がぼくのことを好きなのかわからなかったんだよね……きみは食えない男、だからね。でもそのよく回る口が告白の時は全然役に立ってなかったし、逆にそれがきみが本気ってことの裏付けだと思った。だから、茨を信じて付き合ったんだね。
それなのに茨は恋人になったのに全然うれしそうにしてないし、むしろ告白してくれる前よりちょっと距離ができちゃったから寂しかったけど……信じようと決めたから。きみをよく見てみたね」
…殿下の方を見ると目が合う。殿下はいつも裏の意図まで汲み取れてしまう。そんな目が初めは苦手だった。でも、それを知った上での殿下の行動が優しさに溢れたものだと気づいてからはなんだかむずかゆくなった。優しさを向けられるのに慣れていない自分は持て余してしまった。
「会いに行っても前みたいにすぐ切り上げたりせず、少し手を止めてぼくと話してくれるようになった。ただ、ぼくたちはそんなに共通の話題がなかったから長話はできなかったけど、それをもどかしそうにして次はもう少し長く話せるような話題を見つけてくれてたよね。
ぼくも茨と話せることが増えたのがうれしかったし、その時に見せてくれた表情をもっと見たかった。もっと茨を知りたくなったから会いに行くのをやめなかった。……知れば知るほど、きみに落ちたね」
…自分を見つめる殿下の瞳が、甘さを増したような気がした。
「本当に自分が思わないと言いたくなかったから遅くなっちゃったんだけど……
ぼくは茨のことが大好きだね。告白してくれてありがとう。……夢から醒めても、ぼくは茨と一緒にいるからね」
「…殿下は、本当に自分を、そう想ってくださってるんですか」
「うん。…まだ信じられない?」
「はい…信じたい、ですが、実感が……」
「ならこれから毎日伝えるね。伝えられなかった今までの分も、たぁくさん!」
「え、」
「…あと、また……きみからも好きって言ってもらえるとうれしいね」
「……」
殿下の甘さにのどが渇く。渋みがひどくなった紅茶を一口飲み、一気に夢から醒めた心地がした。
「自分…いや、俺、も……日和殿下のことが――—――」