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    マトマトマ

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    マトマトマ

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    クリスマスに書いたぐだモル

    二度目の冬、三度目の夏「もうすぐ、ですね」
     
     がやがやと、自分達どころかここ一体を取り囲む周囲の喧騒。その中でも彼女の銀鈴の声音だけはとても簡単に拾うことができて、不思議と笑みが浮かんだ。
     
    「うん。そうみたい」
     
     端末の時計にチラリと視線を落として、それが彼女の言葉通りあと少しで定刻になることを確認する。そして端末を覗いたように隣の彼女の眼差しと表情をチラリと覗き見ると、それが期待に和らいでいることを悟って、自分も同じように空を仰いだ。
     
    「でも、よかったの? こんなところで見るなんて」
     
     空に満開の花々が咲くまでの、手持ち無沙汰なこの時間。別に何も話さず、隣にいる彼女とただ時間を共有するでもよかったが、周囲の喧騒さえなければお互いの呼吸音さえ聞こえてきそうな距離と、今日一日殆ど離すことがなかった手の温もりが嬉しくて、そんなことを聞いてみた。
     
    「わかりきったことを聞くのですね」
     
     大きな川の土手に所狭しと並んだシートたちの中で、端の端にある自分と彼女の二人分の大きさしかないシート。認識阻害の術式を張っているとはいえ、そこに自分と手を繋いで腰を落ち着けて、催しで手に入れた様々な景品や綿菓子を抱える姿は、言ってはなんだが……女王たる彼女には似つかわしくない、ように見える。
     だというのに、彼女は見上げた湖の瞳の色を変えず、そうやって楽しげに言って見せた。
     
    「ん……、確かにそうだったかもしれないね」
    「そうですよ」
    「ふふ。君が言うなら、そうなんだろうね」
    「ええ。それでいいのです」
     
     自分が考えていたよりもずっと穏やかで優しいその表情を見たら、自然とまた自分も笑みが溢れて、繋いだ手の指先をぎゅっと握った。
     すると彼女はそれに応えるように身体を寄せて、こてんとその銀色を預けてくれた。
     
    「疲れてないかい?」
     
     そしてふぅと息を吐く彼女のどこか脱力した様子に、前回……いつかの夏の時期に、共にこうして祭りを回った時のことを思い出して、その時と同じことを聞いてみる。
     
     今回の催しは前回のような一日中押されて押してを繰り返す程の賑やかさはなかったが、それでもその一歩手前ぐらいの賑やかさを持っていたのは確かだ。
     故に共に回る以上仕方ないとはいえ、基本的に賑わう人々の表情を遠くから眺めていた筈の彼女にとっては、この人混みは辛いものだった筈だ。
     
    「……正直、疲れました。やはりこれほど多くの人間に揉まれながら歩くというのは、数回の経験で慣れてしまうものではないようです」
     
     前回の彼女は、夏だったからかいつも以上にその表情が崩れないよう頬に氷を貼り付けていた。
     ……まぁ氷といっても、初めて自分達が出会った時のような分厚いものではなく、それは薄氷のように薄いもので、ふとした瞬間に溢れる表情はとても可愛らしいものだったのだが。
     だがそれでも目の前にいる女性はどんな時でも女王という威厳を忘れない為か、その時の彼女はこんな風に正直な言葉を返してくれることはなく、所謂一般参加に紛れただけの女王様だった。
     
     それが今、こうやって本音を溢してくれているということは、――それだけ彼女が自分に寄り添ってくれている証、なのだろう。
     
    「でも、前回と同じで楽しめたみたいでよかったよ」
    「ええ、もちろんです。我が夫」

     貼り付けた氷の下の表情は、前回も今回も……それどころかいつだって、多くの優しい感情が溢れているようにしか見えないのだから。
     
    「私の疲れなんて……あなたと共に過ごす時間を手放す理由になど、決してならないのですから」
     
     言葉と共にほんの少し下から覗いてくる蒼い瞳。
     宝石のように美しいそれに吸い込まれるように水面の奥にあるものを覗き込むと、やはりその下には柔らかな色があった。

    「俺も君と一緒に来れて、本当によかった」

     その季節違いの日差しのような色が寒さに凍えそうな胸を再び温めると、自分の寒さに強張る頬もあっという間に溶け落ちたのだった。
     
     そんな他愛無くも愛おしいほんの微かな時間が経った頃、前方から人々のどよめきが響いてくると、それが合図となった。
     
    「始まりましたね」
    「うん」
     
     二つの青い瞳が視線を向けた先、夜の闇を払うようにパッと光の花が咲き乱れると、それから数秒後、腹の底から響くような音が澄んだ空を震わせた。
     
    「これを見るのはまだ二回目ですが……おそらく何度見ても、飽きないのでしょうね」
     
     不意に溢れる彼女の言葉に、自分も頷く他ない。
     自分達が見つめる先で、次々と打ち上げられる色とりどりで形の違う花火達。それが炸裂し、煌めいた次の瞬間には光の花となって夜空を彩っていくと、それらの美しさと迫力に観客たちの歓声が上がる。
     そしてそれは、そんな光景を眺める夫婦も例外ではなかった。
     
    「とても綺麗です」
     
     再び漏れた彼女の言葉に自分もまた頷いて応えると、自分の視線は自然と彼女の方に引き寄せられた。
     
     花火を見上げる彼女の湖のような瞳は、薄暗い闇に上がっては消え、また打ち上がる光の火花を映す度に様々な色を写していって……まるで多くは言わない彼女の内側を、その水面に反射しているかのようで。
     
     ――正直、花火なんかよりずっと君の方が……
     
     
     
    「……リツカ。折角の機会なのです。私の顔ばかり……見ていなくても良いでしょう?」
     
     そんな湖の美しさに暫く魅入られてしまっていたことを、自分の青色を写してくれたその瞳と銀鈴の声音が教えてくれた。
     
    「ごめん。……あまりにも、綺麗だったから」
    「……もう。緩みすぎです」
     
     彼女が苦笑混じりに零したそんな言葉は、きっと自分への呆れも含んでいたのかもしれない。
     だがそれでも、自然と伏せられる眦と少しだけ朱の差した頰を見ると、そんな心からの気持ちを彼女に伝えることができてよかったと思えた。
     
    「リツカ。あなたは、楽しめましたか?」
    「もちろん」
     
     やがてラストスパートを告げる一際大きい花火が冬の夜空を美しく明るく彩ると、隣に座っていた彼女が自分の名前を呼んだ。そして花火の音に掻き消えてしまいそうな静かな声で尋ねてきたか、自分も彼女と同じように空を仰ぎながらそう答えた。
     
    「すこし、嫉妬してしまいますね」
    「俺は、君の作った花火も見てみたいよ?」
    「ふふ。ええ、いつかはやってみてもいいでしょう。ですが、」
     
     彼女はそう言いながら、握っている反対の方の手に抱えた沢山のものを静かに見つめた後、この時間最後の大輪の花が咲き乱れる空を仰いだ。
     
    「こうして、偶には女王としてよりも……ただ一人の妻として、あなたの隣に居たいのです」
     
     握り込んだ掌がやけに熱く感じるのは、きっと冷えた風に当てられただけではないだろう。
     
     ――だってきっとこうしている今も、彼女の眼差しの先では、この日の思い出が輝いているのだろうから。
     
    「リツカ」
     
     辺りに響く花火の炸裂音と、冬に吹く風の音に紛れてしまいそうなほど微かな銀鈴の声音。それが自分の三つの音を確かに奏でたのが聞こえてきて、彼女の方を振り向いた。
     するとそこには、穏やかな表情のまま自分を見上げる彼女の姿があって、次の瞬間にはその小さな唇がふわりと微笑んで。
     
    「――――――」
     
     その唇が音を為さないまま、今度こそ自分にだけ伝わるように言葉を為すと、夜空に咲く沢山の煌めきの中、二つの影が交わった。
     
    「………」
     
     最後の大輪の花が夜空に咲いて、その火が燻り消えてしまっても、自分達はただジッと唇を重ねたまま動けない。
     重ね合わせた唇から互いの体温を交換しあって、こうしていつまでも触れ合っていられたらどれだけ幸せだろうと、そんな想いが頭を占めたからだ。
     
    「……終わり、ですね」
    「……うん。あっという間だった」
     
     だがそれでも時が来たのを感じ取ってそっと唇を離すと、丸一日という長く短い楽しい時間の寂しさを共有するように、くすりと笑い合う。そうして互いの視線を触れ合わせて静かに息を吸い込むと、胸を満たす熱と冷たく乾いた空気を肺いっぱいに混ぜ合わせた。
     そしてそれを吐き出してから、最後にもう一度だけちらりと視線を交わすと、まるで示し合わせたかのようにもう一度互いに空を見上げた。
     
    「帰りましょうか」
    「そうだね」
     
     冬の夜空には雲ひとつないが、あれだけ綺麗に咲いていた花の名残はどこにもなく、見える星も都会の光によって疎らに煌めいて見えるだけで、これといって変わった様子はない。
     
    「――俺たちの居場所へ」
     
     だが、その変わり映えのない限りある虚像の空でも、それを同じ色の瞳で共に見上げられることに思いを溢れさせながら、自分達は仲間の待つ場所への帰路に着いたのだ。
     
     ▽  ▽  ▽  ▽  ▽

    「もうすぐ、ですね!」

     夏らしく少しジメジメした空気を振り払うように、弾むような銀鈴の声音が夜空に響き渡る。
     賑やかで華々しい音楽と共に進行してゆく祭りの賑わいの中で、少し道から外れた場所で共に空を見上げる自分の奥さんは、上機嫌にそう告げてきた。
     
     ――明後日、とある神社の近くで開かれる大きな祭りを見に行こう。
     
     そんな約束を目の前の彼女としたのが数日前の事。
     普段から仕事に家事にと、自分以上に忙しく動いてしまう彼女を息抜きに誘った。
     だがそれをした時、何故か彼女はそれまで以上に動き始めてしまって慌てたものだが、『あなたと特別な時間を一緒に過ごせるほうが、何倍も大事ですから』なんて言われれば、彼女の手を取って共に残りのタスクをこなす他なかった。

    「うん、もうすぐだ」

     そして今、きらきらと期待に揺れる湖の瞳が隣で瞬いている。普段から落ち着きのある彼女からはあまり考えられないその様子に、いつしかと同じような笑みが溢れた。

    「そういえば、リツカはここに来たことがあったんですか? 地元でもないのに、やけに詳しいですよね」

     きっとその質問は彼女にとって、この手持ち無沙汰な時間をやり過ごすための、ただのなんでもない質問だったのだろう。
     それか、もしかしたら夏の活気溢れる場の雰囲気や自分達の装いに浮かれてしまっただけで、普段だったらその問いを思っても口にすらしなかったかもしれない。

    「え? まぁ、うん。……実は一度だけ、あるんだ」

     だが、その問いは自分にとって無くして久しい愛しい色を思い起こすもので、返す言葉が自然と固くなってしまった。

    「……そう、ですか」

     そんなただ遠くを見つめて答えた自分の答えに、彼女もまた少し言葉を濁すと、微かな笑みと共に視線をまた賑やかな方へ戻した。
     その様子には小さな―――にも似た声色が滲んでいて……申し訳ないと思う以上に、今まで気づけていなかった彼女の愛情深さを改めて感じられずにはいられなかった。

    「っ……」

     だからこの特別で楽しい時間に、そんな感情を芽生えさせてしまったお詫びをするように、繋いだ指先で引き寄せる。そして彼女の細い肩を抱いて、互いの息遣いまで聞こえてきそうな距離まで体を寄り添わせた。

    「り、りつ……」
    「ほら、始まるよ」

     そして、その数秒後。――ぱぁん! と、破裂音が何発か鳴り響いてから、冬の空に大輪の華が咲き乱れる。それは今の一瞬のもやもやを忘れさせてくれるほどに美しくて、心の奥に温かい日の日差しを思い起こさせてくれた。

    「――綺麗ですね」

     茹だるような季節とその気温に、彼女にとって自分の温度が邪魔にならないか少し心配だったが……呆然と彼女が呟いた小さな声に、同じ気持ちを共有して頷いた。

     冬の寒さを包み込むように大輪の花が空に咲けば、次は少し型が違う花火が続けて打ち上げられる。それに負けじと木を飾る花も鮮やかさを増していき、夜空はあっという間に彩られていった。

     そうして暫く、皆が皆空を見上げていた、そんな時だった。

    「……リツカ。リツカは、楽しめましたか?」

     不意に繋いでいた掌が僅かに動いたかと思うと、銀鈴の声音が自分達の間にあるものを確かめるように、その瞳を揺らめかせて尋ねてきた。

    「ふふ。君も、わかりきったことを聞くんだね」

     その不安げに揺れた瞳にまたしても申し訳ないと思いつつも、それでもそんなものは杞憂でしかないよと告げる。
     
     ――だって、彼女と交わした思いは今も忘れていないし、目の前の君への気持ちも、微塵も変わっていないのだから。

    「―――――、トネリコ」

     そうやって空で色づく沢山の煌めきと、それを映す湖色の二つの瞳に愛しさを募らせると、今度は自分でそっと、彼女の名前を呼んだ。

    「……相変わらず、ずるい人ですね」

     すると、彼女は優しく笑って『次はちゃんと聞かせてください』と囁くと、自分と同じようにそっと名前を呼んでくれた。その笑顔に確かな幸せを感じていると、彼女は視線を再び夜空へと戻し、その水面に色とりどりの花を写していった。

    「本当に、綺麗だね」

     夜空に次々咲いては散るのを繰り返す花々は、それを写す水面をいつまでも彩り続け――気づけばいつの間にか、最後の花を咲かせてしまった。

    「……さて、そろそろ帰りましょうか」
    「そうだね」

     それを見届けた彼女の名残惜しげな言葉に自分も腰を上げて……最後にもう一度空を見上げる。

     するとその夏の夜空は、あの時と同じように雲ひとつなく、あれだけ綺麗に咲いていた花の名残も、もうどこにもなかった。
     
     だが、それでもそこに見える星だけは、輝く星々が成す形も、その煌めきも、あの時とは違っていて――

    「帰ろう。――俺たちの家へ」

     その違いに胸を割くような寂しさではなく、確かに彼女がいたということに温かな思いが溢れたことに安堵すると――もう一度この思い出を胸に焼き付けて、彼女たちの手を引くのだった。
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