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    マトマトマ

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    マトマトマ

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    当社比糖分過多

    アルバムに差し込む春光 春風が花々を揺らしながらその匂いで季節の訪れを告げ、暖かな陽射しは優しく降り注いで照らすものを長閑に温めている。そんな穏やかな環境の中を、隣を歩く少女と手を繋いでゆっくりと歩く。
     見渡す限りの花園を一歩一歩楽しみながらなんでもない会話をして、時折握り込んだ手の感触を確かめながら笑い合って、そんなふうにたまの休日に遊びにきていたのだ。
     
     そして今は丁度太陽が一番高いところに登ったので、ちょっとした休憩時間をとっている。大きな木の木陰にピクニックシートを置いて、朝に早起きして用意したお弁当を広げた。
     
    「んー!?おいしい!!」
    「そう?よかった」
     
     彼女はお弁当を広げるなり目を輝かせて、けれどもどれを食べるか逡巡した後に、大きな唐揚げを一つ口に運んだ。するとふやけていた表情がさらに緩んで、大きな舌鼓を打ってくれた。彼女は食事をする時いつも幸せそうに食べるけど、その表情だけでもどうやら彼女の口にもあったみたいとわかってとても安心した。
     
    「これも、これも、全部美味しい!もー、手がとまんない!」
    「どうどう、落ち着いて。そんなに急がなくても大丈夫だから」
     
     中身は彼女が殊更好きだと言っていたものをたくさん詰めた。せっかくのこうした機会なんだから、彼女の幸せそうな表情を少しでも多く見ていたかったからだ。
     
    「リツカも食べないとなくなっちゃうよ?」
    「残しておいてくれないの?」
    「手が止まんないんだもん。だから、ね?リツカも食べよ」
     
     そう彼女に促されるまま、彼女が初めにしたときのように大きな唐揚げに箸を伸ばして、ぱくりと口に運んだ。
     うん、美味しい。我ながら自信作なだけのことがある。カリカリとした食感は若干失われているが、それでも十分味が染み渡り、風味が残っている。
     この一週間、この日が定まってからずっと地獄の料理教室に通い詰めた甲斐があったというものだ。正直、生き残るためはともかく、おいしくするための自炊などしたことがなかったから心配だったし、今でも不安はあるが、そこはこの上なく良い師匠に巡り合うことができたのだろう。
     
    『そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫でち。お料理で大切なものは、何よりも心。マスターはそれを初めから持ち合わせていたのでちからね』
     
     始まりと終わりに言われた、『心』という言葉。最初はそんなものだよなと腑に落ちた言葉が、今なら師匠の言葉をもっと深く理解できた気がする。
     
    「幸せだ」
     
     もっきゅもっきゅと次々に少女が口に運ぶのを傍に、思わず呟いてしまう。それほどまでに、この時間が幸福で楽しくて仕方がなかった。
     
     ……と、そう考えていたのだが。
     
    「ねぇ、リツカ。このお弁当、リツカが作ったの?」
     
     ふと、あれだけ手を止めることなく続けていた指先を止めて、彼女が聞いてくる。
     因みに、彼女にはこのお弁当についてなにも教えていない。努力は秘するものであって見せびらかすものでない、なんてちっぽけな意地があったからだ。
     
    「参考までに、どうしてそう思ったのか聞いてもいい?」
    「だって食堂の味によく似てるけど、今のカルデアにこの味をつける人いないもん」
     
     天晴れ、というべきか。食い意地の為せる技、ともいうべきか。それほどまでに彼女の舌が染まっていた事実に少しだけ背筋が凍った。
     けれど冷静になってみれば、バレてしまったのならしょうがない。どうせ後から伝えて彼女の驚いた表情を見るつもりだったし、この際よしとする。
     
    「はい。作りました」
    「やっぱり!でもすごいね、リツカ。こんなに料理上手だったんだ」
    「でしょ?ここ一週間、頑張って練習した甲斐があったよ」
    「え、練習してくれてたの?」
    「……あ」
     
     観念したように事実を認めたら、彼女の素直な賞賛の言葉と表情にちっぽけな意地まで綺麗に洗い流されてしまったことに気づく。そこまで言うつもりもなかったのだが、それは自分の心がどうしようもなく浮き足立っている証明でもあるのだろう。
     
    「でもリツカ、そんな時間なかったんじゃないの?」
    「……うん。それでちょっと悩んでたら、マーリンが手を貸してくれて。夢の中でちょっと、ね。だからちゃんと包丁握ったのは、昨日が久しぶりなんだ」
    「さ、流石花の魔術師。本物はやっぱりやることが出鱈目だね」
     
     彼女の言葉にそうだね、と大きく首肯する。自室で一人悩みながら床についたその夜、紅閻魔先生を連れて夢に出てきたときの驚きは忘れられない。
     ……あと感謝しつつもちょっと怖いのも事実だ。今回はちらっと目が向いた先に悩む自分の姿を発見したから手助けをしてくれたらしいが、
     
    『なに、プライバシーは尊重するとも。まぁ覗き見が趣味の夢魔に言われても、信憑性なんてないかもしれないけどね!』
     
     とは本人の談である。本当に信頼できるか怪しいところなので、正直やめて欲しい。
     
    「……でも、そっか。練習してくれてたんだ」
    「アルトリア?」
     
     とそんな振り返りを頭の中でしていると、目の前の少女の様子が少しだけおかしいことに気づく。
     
    「リツカだって、が、頑張ったんだからご褒美、欲しいよね!?」
    「え、ご褒美?そ、それは欲しいけど、どうしたの?一回落ち着いた方が」
     
     ぷるぷると震えだし、いつのまにか表情が真っ赤になる少女。そんな少女が矢継ぎ早に言葉を捲し立てれば、心配にもなるというものだ。
     
    「あ、あーん……」
    「……ぇ」
    「だ、だから!あーん……」
     
     彼女が箸を使って摘み上げた卵焼きを俺の口元に持ってくる。けれどそれは、きっと勢いで乗り切ろうとしている彼女の表情そのままに震えていた。
     そんな様に一瞬呆けてしまう。けれど相変わらず耳まで真っ赤に染まった頬と必死な表情を見れば、彼女がどれだけ勇気を持ってくれたのかわかるから。
     
    「ぁ……」
     
     彼女の言葉に甘えて、差し出された卵焼きをぱくりと頬張る。先ほど食べたはずのそれは、ふわりとした柔らかな食感と控えめに感じる甘み、それから仄かな出汁の香りが鼻腔に届くはずが……この時ばかりは、なにも感じなくて。
     
    「ふふ。美味しい、でしょ?」
    「……なんで君が得意気なの?」
    「――だってリツカの心、最初から視えてたんだもん」
     
     そう言って心底大事そうに微笑んで自身の胸に手を当てる少女の表情は、きっともう一生忘れられないだろう。そう思ってしまう程に、少女の表情はひどく可愛らしくて、愛しくて、どうしようもないほどに胸が苦しくて。
     
    「……最初からわかってたんだ?」
    「うん。どうしたって隠しきれないくらい、わかりやすかったんだもん」
     
     ――なるほど。完敗だ。どうやら、どうしようもなく最初から負けていたようだ。
     
    「ううん。そんなことないよ、リツカ」
     
     柔らかで温かい風と共に、細い指先が伸びてくる。それは頭を撫でて、頬を撫でて、最後に指先を絡めて、少女は未だに赤いその頬でまた笑った。
     
    「わたしだって、ね。もうずっと胸焼けしそうなくらい、苦しいから」
     
     囁くような声と共に、視界が鮮やかな翡翠に彩られ唇に甘い感触が走る。昼時なのにまるで夢のようなその感触に酔いしれながら、手ずから用意したお弁当を彼女の手によって最後まで食べさせてもらったのだった。
     
     
     それから幾らかの時間がたち、茜がさす夕刻になった頃。散々と言って良いほどに訪れた場所を巡り、現地の人の教えを受けながらちょっとした工作をしたり、プラネタリウムで共に宙を見上げたり。
     さまざまな体験をしたあとに、名残惜しく昼頃に訪れた花園を再び歩きながら帰路についていた。
     
    「あー、楽しかった!偶には本物じゃない夜空を見上げるのも面白いね!」
    「そうだね。シミュレーションもいいけど、やっぱりこういうのは独特の良さがあるし。今度ダヴィンチちゃんに頼んで、カルデアにも作ってもらおうかな」
    「あ、それいいかも。わたしなんか、今まで見上げるだけでそれがどんな星かなんて知識は全然なかったし」
     
     ここに来た時と同じように、なんでもない会話をしながら普通の恋人達のように手を繋いで歩く。こんなどこにでもあるようで、どこにもない宝物を、今日だけでいくつ作っただろうか。
     
    「……本当に、楽しかった」
     
     この時間が終われば、また元の場所に戻る。それが本当に惜しい。
     今の本来の居場所が悪いわけではない。ただただ素直に、もっと彼女とこうしていたいというのが偽りのない本音だった。
     
    「リツカの気持ち、よくわかるよ。……でもわたしはね、あの夏からこうやって時々思い出を振り返る時間が、だいぶ好きになっちゃったみたい」
    「ん、……今日はどれくらい写真撮ったの?」
    「わかんない。でも、ほら。こんなにたくさん撮ったよ」
     
     肩を寄せ合うほどに近づいて、彼女の持つ写真機を共に覗き込む。そこには、景色だったり、人々の様子だったり、笑い合う自分たちの表情だったり、とにかくたくさんの思い出が煌めいていて。
     
    「だからね、もう立ち止まることも、前に進むことも、なにも怖くないの。
     全部大切で大事な、わたしの旅なんだって思えるようになった」
     
     淡い表情で自身が撮った写真を見つめる彼女の言葉。それにどこまでも果てしない共感を得ながら、今日一日のことを振り返って……ふと、そうだ、と今更ながら思い出す。
     
    「今日のアルトリア、本当にすごく可愛いかった。その服も、髪飾りも、これ以上ないくらい君に似合ってて、とっても好きだ」
    「な……ぇ、え!?な、なにきゅうに!?」
    「ずっと思ってただけで、言葉に出来てなかったからさ」
    「だからって、こんないきなり言う!?」
    「ダメだった?」
     
     淡く繊細な表情から一転、ころころと変わる表情が印象的な少女であっても、こんないきなりの告白に目を白黒させる経験なんてなかったのだろう。夕陽に照らされた表情で、あわあわと口元をふやけさせる表情はこの上なく愛おしくて。
     
    「……だよ」
    「アルトリア?」
    「だめだめ、だよ。……やりなおして、よ」
     
     ぼそりと呟いた言葉は蚊の鳴くような小さな声だったけれど、確かに自分の耳には届いた。
     ――なら、すべきことは一つだろう。
     
    「アルトリア」
    「ぁ……」
    「君の容姿も、性格も、仕草も、表情も。今日はとにかく全部がきらきら輝いてて、ずっと胸が苦して。
     君と一緒にここにいられて、本当に良かったと思ってる」
     
     鮮やかな翡翠が濡れた夕焼け色に染められて、ひたすら綺麗だった。それを真正面から見据えて、偽りのない本音を、今日一日中溜め込んだ思いをそのまま伝えた。
     
    「っ……わた、わたしも、今日リツカと二人だけでここに来られて良かったって思ってる。リツカが作ってくれたご飯も、リツカとここを歩いて楽しんだ記憶も、何もかも全部、わたしの大切な宝物になったよ」
     
     自身と同じようにこちらの瞳をまっすぐ見据え、辿々しく伝えてくれる少女の言葉。それがやはり、どうしようもなく愛おしくて堪らなくて。
     
    「っ……」
     
     その鮮やかな翡翠が閉じられたのと同時に、柔らかな感触を奪う。胸の囀りがおさまるまで昼間にも感じたその感覚に酔いしれてから、再び元の他人のいる世界に戻った。
     
    「……また、来ようね」
    「うん!」
     
     そうして茜色に染められた頬を、二人で更に染め上げながら帰路に着く。子供のような宝箱に新たなたくさんの鮮やかな思い出を敷き詰めて、並んで歩く手のひらを離すこともしないまま、自分たちは元の世界に帰ったのだった。
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