サンタに贈るプレゼント「リツカ、それって……!?」
「そう……サンタだよ!」
ある日、いつも入り浸っているマスターの部屋の扉を開けると、そこにはふふんと得意げに胸を張って笑う彼の姿があった、
その姿は赤と白、二つのもこもこなコントラストを纏い、頭には赤い帽子を被っていて……要するに彼はこの時、まごう事なきサンタクロースの正装スタイルを纏っていた。
「それで?」
「……あれ、テンション低め?」
「わたしの格好見てよ」
「…………ごめんて」
いかにもな季節にいかにもな礼装。テンションが上がるのはわかるし、実際それを着る彼の姿は可愛いと思う。
だが彼がその礼装を羽織っているということは、季節は当然12月。それに対して、彼の前に呆然と突っ立っているわたしの装いはいつかの夏の装い。
「寒くないけど寒いよ」
「だ、だよね。見ててもそう思うよ」
周回で求められる力の関係上、今はこの姿でいて欲しいと言われてから数日間が経った。
凡そ水着と言われるものの上からパンツやパーカーを羽織っているとはいえ、片足とお腹から胸のあたりまでのほとんどを出して、ごうごうと大雪が降る中を練り歩かされては、流石のサーヴァントと言えども気が引けた。
「アルトリア、風邪引いてないよね?」
「え?わたしはサーヴァントなんだから……」
「いいから、おいで。確かめてあげる」
そういって腕を広げた彼は、自分で誘ってきたくせにその頬を若干赤く染めていて、側から見れば、わたしではなく彼の方こそ風邪を引いてしまっているように見えてしまうのではないだろうか。
「仕方ないなぁ、リツカは」
だがこの瞳で覗き見た彼の思惑に乗らない理由もなかったので、わたしはにやにやと笑みを浮かべながら、潔く彼の腕の中は飛び込んだ。
「わ、やっぱりすごいもふもふしてる」
「でしょ?着ててとっても気持ちいいんだよ」
ぎゅっと、そのまま二人でお互いの手を背中に回しあって抱き締め合う。布を纏っていない肌に彼の纏う触り心地のいい布が触れるのが気持ちよくて、自然と喉が鳴った。
加えてぽんぽんと背中を優しく撫でられる手の感触は、いつどんな時でも変わらない心地いいもので――それだけで、ちょっとした心のささくれも収まりそうになってしまった。
「機嫌、直してくれた?」
「……なんのこと?」
別に、わたしは機嫌を悪くしてなんていない。
ただ、なんだかここ最近は……というか彼と出会ってからずっとになってしまうのかもしれないが、わたしは彼のこの温かさに絆されて、なんでも簡単に許してしまっていた気がするな〜なんて、ほんのちょっとしか思っていなかっただけで。
「そう?じゃあ、この膨らんだ頬はどうしたんだい?」
彼の胸の中で首筋を擽られて、思わず見上げてしまった青い瞳。
相変わらず優しい色を帯びたその瞳は、指先でわたしの頬を突いて空気を吐き出させると、今度は楽しげに細められた。
「……リツカの気のせいだよ」
その姿を見ても、別にわたしはなんとも思っていない。
ただこうやって、彼のどんな無茶振りもどんなわがままも、彼の前では自然と首を縦に振ってしまうようになっているのに、彼はその穏やかな表情を誰にでも見せてしまうんだよな〜……とも、特に思っていない。
「ふーん。じゃあ嘘つきで悪い女の子には、サンタさんからのプレゼントはお預けだろうね」
「え、もうくれたんじゃないの?」
「どうだろう。少なくとも、俺の方はまだもらってないよ」
腰に回した手で離れることは出来ないようにしておきながら、人の頬と唇をその温かな指先で撫でて、くすくすと笑う彼。
……全く、これでは大人のふりをする悪い子供がそもそもどちらの方だったのか、わかったものではない。
「……リツカだって、こんな季節に女の子にこんな格好させるなんて、よくないと思う」
「それは確かに」
「でしょ?だからわたしたち二人とも、サンタさんからプレゼントなんて貰えないね」
だからこれは、ちょっとした意趣返し。
ほんの少しだけずるくてわがままなサンタさんに、わたしだけが特別なプレゼントを贈れるように。そうしてそのお返しを、わたしだけが独占できるように。
「じゃあ……うーん、どうしたらいいのかな」
「……目を閉じて良い子にしてれば、サンタさんが来てくれるかもよ?」
「ふふ、なるほど」
彼はわたしに言われるまま『これでいいかな』と、一度その青色を瞼の裏に閉じ込める。それを確認したあと、わたしも自身の瞳を閉じて、より一層深く彼の大きな身体に自分のそれを預けた。
すると自分たちの息遣い以外何も聞こえてこない静かな部屋の中では、まるで時が止まったかのようにお互いの存在以外何も感じられなくなってしまって。
「ねぇ、リツカ。さっきの、嘘だからね」
ほんの少しだけ残っていたわだかまりも、するりと簡単に口から出てしまう。しかも、それすら胸に広がる温かさと共に、他の感覚――視覚や聴覚、嗅覚すらも、ゆっくりと溶け混ざってしまいそうだった。
「うん、わかってるよ。――いつもありがとう、アルトリア」
そんな境界線がわからなくなるような感覚を十分に楽しんでから瞳を開くと、もうこれで満足してしまいそうな表情が彼にも浮かんでいて、思わずくすりと笑みを浮かべてしまう。
――けれども、今日はクリスマス。ならば、この胸に広がる充足だけでは足りないと訴える自身の心に従って、最後に一番特別なプレゼントを贈るのだ。
「んっ……」
少しだけ意地悪だけど、優しくて温かくて――わたしが大好きで仕方がない彼に、この想いが少しでも伝わるよう、彼の唇にわたしのそれを乗せた。
「アルトリア」
うっとりとしてしまいそうな唇の温かさの次は、彼に名前を呼ばれて、今度はわたしが瞳を閉じる番。
顎に添えられた手にそれを促されると、眼前に広がる青色がまた見えなくなることを少しだけ名残惜しく思いながら、そっと帷を降ろす。
「っ……」
すると程なくして、ずっとずっと欲しかった彼からの甘いプレゼントを、わたしはしっかりと受け取った。
その柔く触れてくれた温かいものを、また十分に堪能して喉を鳴らすと、わたしたちは自然と青い瞳と翡翠の瞳を突き合わせて、贈りあったものに込めた意味を微笑みあった。
「大好きだよ、アルトリア」
「わたしも、大好きです。リツカ」
そうして今度こそ彼の優しさを独り占め出来た快感と、再び唇に掛かった吐息の熱に愛おしさが募るのを感じると、――わたしたちは二人きりの雪の夜に、また一つ忘れられない冬の思い出を刻んだのだった。