甘え上手な兎さん「ねぇ、アルトリア」
柔らかなベッドの上でふるふると羞恥に縮こまる少女に向かって、手を差し伸べる。
俯いているせいで表情は見えないが、きっとその表情は頭でしゅん……と垂れるもう一つの耳や、美しい金の髪の隙間からわずかに覗く耳から窺えるように、これ以上ないくらいに真っ赤になっているのだろう。
「その服、とっても似合ってるよ」
偽る事のない本音を告げて優しくその手を取ると、彼女は偽の耳と共にその身体をビクッと跳ねさせるが、未だその顔を上げてはくれなかった。
だがそれでも、まるで熱でもあるかのようなその指先は、しっかりと自分の手を掴んでくれて。
「ほ、ほんとう?おかしく、ない?」
「もちろん。……初めて見たときはちょっとびっくりしたけど、やっぱりよく似合ってるよ」
「っ……び、びっくりって……?」
「君がこういうの着てくれるとは思わなかったからさ」
ふるふるとその小さな身体を震わせているからか、声まで震えてしまいそうになっているのがなんとも愛らしくて堪らない。
もともと表情豊かではあっても、引っ込み思案なところがあった彼女のことだ。友人に唆されたとはいえ、自らこの服を着ることを選択するのにはとても勇気が必要だっただろう。それが分かった上で、改めて通常霊基の彼女にこの部屋でそれを見せて欲しいと言った時の困惑した表情は、いい意味で忘れられないものとなってしまった。
だが、彼女はそれでも――
「……うん。本当に可愛いな、って思う」
「っ……」
真っ赤な彼女に釣られて、こちらもなんだか言葉を辿々しく告げてしまったことは許して欲しい。
好きな子が自分の頼みを聞いて、それ通りの格好をしてくれるんだから、声は上ずるし、胸だってうるさくなる。
「……えへへ。ありがとう、リツカ」
それにやっと俯いていた顔を上げてくれたと思ったら、羞恥に震える顔をそれでも喜びで満たしてくれたのだから、これ以上のことはない。
だからその表情を見て、自然とまた自分も笑みを浮かべながら――少し、いや大分調子に乗って、あるお願いをしてみる。
「え、えー!?や、やだ!!」
「そこをなんとか……!」
「っ……さっきまでは一目見れればもう十分って思ってたじゃん……!!」
自身の二つ目の願いを聞いた彼女は、その翠玉の瞳を驚きと困惑に揺らすが、自身としてはこの好機を逃す訳にもいかない。
「だって君のその姿を見たら、やっぱりもう一度って思っちゃったし、あのときと今じゃ状況が違うからさ」
「……」
驚きと困惑に揺れているとはいえ、そこに完全な拒否が見えないことをいいことに、ここぞとばかりに自分の欲望を吐き出してみる。
すると、最初はむすー……と唇を尖らせていた彼女も、またぽっと更にその頬を赤く染めて――最後はぎゅっと瞳を閉じて深い息を吐いた。
「じゃ、じゃあ……リツカがわたしのお願いを、なんでも一つ、聞いてくれたらいいよ」
「なんでも?」
「うん。……だめ?」
恐る恐るといったようにこちらを上目で見る瞳は未だ羞恥の涙で潤んでいて、それを目にするだけで心臓がまたとくとその鼓動を早めるが……彼女の勇気を振り絞って提示された言葉に、頷かずにはいられなかった。
「でもお願いって……」
「――で、デート、しょ……?」
「――」
「っ……ふ、二人だけで、また遊びに行こう?ピクニックとか、レストラン……とか、そういうところ」
彼女が発した言葉に思わず目を点にすると、それに対してまた思わない単語が飛び出してきて、心臓の鼓動はどんどんと高まっていく。
「アルトリア」
「べ、別に張り合うつもりじゃないんだよ!?……で、でも、わたしもリツカとそういうところ行ってみたい、なって……思ってて……」
頬を赤くしたままに言い訳を連ねるように言葉を重ねる彼女は、しかしその途中から段々とその声を小さくしていってしまって、最後には上げてくれていたその表情さえ俯いてしまった。
しかし、握られた手の強さは相変わらず変わらないどころか、懇願するように強めれて――まったく、もう友人という関係ではないというのに、彼女は相変わらずだ。
「――もちろん。一緒に行こう、アルトリア」
「っ、リツカ」
だが、『二人だけで共に行きたい』なんて言葉を彼女の口から聞けたのは、その関係の変化のお陰でもあることに気づくと、恥ずかしさと同時に胸の奥底から湧き上がる喜びもあった。
だから未だ震える小さな手のひらを優しく握り返して自身の意思を伝えると、彼女はまたその翠玉の瞳を覗かせてくれた。
「き、決まりだからね!あとでナシとか言うの、ナシだからね!?」
「うん、大丈夫。でも、それも俺のお願い聞いてくれたらだけどね」
「っ……!ほ、ほんの少し前のことなのに忘れてたぁ……」
ぴんと立たせていた癖っ毛や偽物の耳が、なぜこうまで彼女の感情に比例して動き続けるのか、毎度のことながら不思議に思う。……が、見ていてとても飽きないものなので、思わずその反応を確かめるように言葉を連ねてしまうのは、仕方ないことだろう。
「うぅ……ほ、本当に、今するの?」
「デート、行くんでしょ?」
「っ……そ、そういうことじゃ、なくて」
頬をまた林檎のように赤くしながら、どこか納得しないようにぽつぽつと言葉を連ねる彼女。さっきまではとても愛おしくて堪らないものだったが、目の前に餌をぶら下げられた今では、どうしても気が急いてしまって。
「アルトリア」
「っ……!わ、わかったから……ちょっと待って……」
握ったままの手を引いて、彼女の細い身体を腕の中に閉じ込める。そしてもう逃げ場がないことを告げるように、その赤い耳に向かって彼女の名前を呼んだ。
「すぅー、はぁー……リ、リツカ……」
「うん」
彼女が自身の胸の中で息を吸って吐くことを繰り返すと、あるタイミングで意を決したようにその翠玉の瞳で自身の瞳を覗き込んでくる。
そして最後に、真っ赤になった頬の熱が頭にまで回ってしまったかのように熱い息遣いで自身の名前を呼んで――
「――愛しています。わたしの、わたしだけの『ご主人様』」
瞬間、囁かれた言葉と同時に潤んだ翠玉の色が視界いっぱいに広がって、――同時にとても柔らかい感触が、ふにっと自身の唇に重ねられて。
――どくん、と痛いくらいに心臓が一段と早鐘を打った。
「……キス、までは、お願いしてなかったのに」
「……うそつき」
だからなんとかその熱を落ち着けようと、既に自身の胸に潜り込んだ愛しい何かをぎゅーっと抱きしめる。そして自身の鼓動を早める最大の原因となった予想外の嬉しい攻撃に、ちょっとだけ唇を尖らせると、拗ねるような声音と共に背中に回された腕の力が更に強められて……どきり、と嫌な音が胸で鳴った。
「……じゃあ、この後したいことまで、もしかして見えちゃってた?」
「うん、見えてた……」
ぽつりと告げられた言葉で、自身の下心が丸見えになってしまってたことに思わず空を仰ぎたくなるが……それでも彼女が今自身の胸に身体を預けてくれている意味を悟って、また名前を呼んだ。
「アルトリア」
「……リツカ」
すると彼女は顔を上げて、もう一度これ以上ない程に赤くなった頬で、熱に浮かされたように名前を呼んでくれて。
――だから、それが自然と自分たちの合図になった。
「んっ……」
繋いだ手はそのままに、彼女の金の髪の結び目を支えるようにして、お互いの距離を縮める。そして柔らかな感触をもう一度味わうように、お互いの熱を交換するように、その時間に酔いしれた。
「……デート、いつ行こっか」
「ん……ふ、ぁ……いつでも、いいよ……んっ……」
背中に回された彼女の手が健気に縋り付いてくるものだから、繋いだ手を一度解いてより近く彼女を抱き寄せる。
そして両の手が背中に回されたのを確認すると、また優しくその柔らかな唇に自身のそれを重ねていく。
「――りつか」
それを何度か繰り返すと、気づけば羞恥に潤んでいた翠玉が、今度は熱に浮かされたようにその眦を下げて――はやく、と強請るように名前を呼ばれて、また心臓がどくっと一層大きく鳴り響いた気がした。
「……明日は、無理そうだね」
その翠玉の瞳と自身のその鼓動に促されるまま、抱えた彼女の身体を横抱きにして、ふわりと柔らかなベッドに押し倒す。
そして眼下に広がる艶やかな金の絹と、水色のエプロンドレスのコントラストに自然と喉を鳴らしながら、そんなことを呟いた。
「……優しくしてくれたら、いけるかもしれないよ?」
「……わかって言ってるでしょ」
「あっ、んっ……ふふ……」
眼下の彼女は、わかりやすいほどに欲を宿した瞳を見上げながらそんなことを囁いてくるので、その悪戯っぽい唇を塞ぐようにキスを落とす。
するとまた、いつかの夏のような熱く甘い口づけが交わされて、――ぷはっと離されたお互いの唇からは、互いを求める熱だけが残された。
「ーー大好き、りつか……」
眼下の潤んだ翠玉が優しい笑みを浮かべると、自身の身体は吸い込まれるように彼女の柔らかな熱へと溶けていって――彼女もそれに応えるように、その身体を預けてくれた。
そうしてお互いが互いの温もりに落ちていくようにして夜が更けていくと……当然、少女が溢した願いが叶えられたのは、翌週のこととなったのだった。