天国のガールズサイド、その祝祭の前日譚「奥村くんも?」
「おう」
「「はぁ〜〜〜〜……」」
昼休み、ダンパ相手探しで学校を駆けずり回った末悲しみのまま訪れたいつものお昼スポット。そこで、同じ顔した志摩と崩れ落ちた。
はじめは一緒に女子に声を掛けていたが、途中で逸れてからは俺一人……声を掛けられる女子もほとんど居らず、途中子猫丸の救援もあったが、惨敗してお昼を食べにきたのだ。
昼休みはもう半分以上終わっていて、勝呂と子猫丸どころか庭にいる生徒もまばら。みどりきれい、とたそがれる隣で志摩がおもむろにメロンパンを取り出したので、そういえばとこちらもお弁当を広げてのそのそ食べはじめた。しばらく無言で食べていたが、志摩がぼそりと口を開く。
「なんでや……うちめっちゃかわいいやろ……」
「そりゃ女子には関係ないだろ」
「女子もかわいい女子好きやからね!?」
「へーへー」
志摩が「その辺の男よりうちの方が絶対ええやん!」と主張し、女子をダンパに誘っているのはみんなが知っていることだ。
「男子も誘えば良いじゃん」
「イケメンはもう彼女持ちなんもあるけどぉ」
「なんだよ」
「この学校の男子、みんなうちのことお笑い担当やと思ってるんやもん!」
ぴえん、とカーディガンの袖で目尻をおさえる志摩に、「そうか?」と言いながらたまご焼きを分けてやる。調子良くすぐ笑顔になって「ありがたや〜!」と食べる姿は、いかにも女子って感じだ。代わりに、弁当箱の蓋にメロンパンの端っこのサクッとしたところを置くところも。でも、
「志摩って彼女って感じじゃないよな」
「どにが!?」
「圧こえぇよ」
「いや、わかってるねん、これは男兄弟故のやつやって」
「そうなのか?」
「昔から周り男だらけやから、男子ノリで友だちになってまうんよなぁ」
ぼやきながら2個目のたまご焼きを狙うので、弁当箱を背中に隠してやる。
「ええや〜ん、奥村くんのお弁当美味しいねんもん」
「……しゃーねぇなぁ」
「やったー!!」
ピンクのツインテールを弾ませて喜ぶ志摩は、2個目のパンであるちぎりパンのひとかけを代わりにと置いた。俺と志摩は友だちだし、ノリの良い奴だからこうやって騒げるけど、こういう末っ子らしい甘え方みたいなのはモテそうだなって思う。雪男もそういうところあるけど、外では完璧超人でモテてるから男はまた違うのかもしれない。
「志摩はわざと友だちみたいにしてんだと思ってたけど」
「そんな器用なことできへんよぉ」
じゃあ無意識なのか。へらっと笑う顔からは判断ができなかった。ちぎりパンを頬張って、薄茶色の目がにやりとこちらを見る。
「奥村くんは誘える女子少なそうやもんな〜」
「う、うるせぇな!仕方ないだろ!」
「良い人やのにねぇ」
「お前こそ女子同士なんて誘いやすいだろ」
「およよ、みんな男子が良いねんて……」
「そもそも女子同士で入れんのかよ」
「うちがちゃんと男装したら通ると思うねん」
「なんだその自信」
「絶対あの理事長さん、そういうの好きやもん!」
「う〜〜〜ん」
たしかに、頭に浮かぶメフィストも「面白いならOKです⭐︎」って言っている気がした。
「っていうか絶対うちの方がその辺の男子より強いのに……」
「みかりんもあきぽんもまきちゃんも……」と友だちの名前をぶつぶつ呟く志摩は、祓魔塾でも前衛だ。ヘタレではあるが、一般の男子よりはおそらく強いだろう。しかし、強いだけでモテるならば。
「俺だってそうだろ!」
「うちは強い上にかわいいねんで!??」
「だからなんだよその自信は」
「まぁうちは奥村くんのかっこいい人ランキング圏外ですけども」
「は?なんだそれ」
「覚えてへんならええです〜」
そっぽを向いた志摩のつむじに「なんだよ」と聞いても返答はない。なんだそのランキング。たしかにお前は圏外だけども。
「男装したら強くてかっこいいのに〜〜!」
「はぁ、なんとかダンパ参加したいよな」
「うちもライブ観たいし、青春もしたいよぉ!」
「めちゃくちゃ楽しいそうだもな!!」
規模の大きすぎる文化祭にとにかく参加したい!でも、もう人の手札は使い切っている。手当たり次第に声を掛けるか?それとも……一瞬過ぎった考え。それはお互いだったのかもしれない。志摩の薄茶と俺の青が交差する。先に口を開いたのは志摩だった。
「そんな妥協の負け試合でええんか!!!??」
「声でか!」
「漢ちゃうんか!!」
「うるっっせぇなぁ!!」
とんでもないボリュームで叫び、二人で肩で息をする。周りの目が気になったが、幸いほとんど人はいなかった。しかし、志摩から男だろって言葉が出たのには驚いた。
「お前、男だ女だ言うの嫌いなくせに」
「へ?」
「耳いてぇ〜〜」
「そんな感じでとった?」
「そりゃわかんだろ」
「そうなんや」
トーンダウンした志摩が目線を下げる。
戦いの場で、志摩は前衛だから前に出る。シュラだってそうだけど、京都の三人の中で志摩だけがそうなのってはじめは不思議だった。志摩の家が武闘派だって聞いたけど、みんな兄ちゃんだったし。
女はって言葉を聞くたびに、志摩はちょっと眉根を寄せる。でも、かわいいことや女子ってことにはこだわってる。このおかしさは多分、言われたくないことだろうと思う。
志摩が仕切り直しのようにパッと顔を上げて、俺の目をぐっと見た。
「でも!今の"おとこ"は男じゃないから、漢字の漢で"おとこ"!心意気の話やから!!」
「わかった、わかったって!」
否定しないんだってちょっと驚いて、その圧を受け流す。志摩はオープンだし顔に出やすいけど、言わないことがあるって最近ちょっと分かってきた。
「高校生活なんて一瞬やん、妥協はなしやで!!」
これは本気の言葉で、俺にブッ刺さった。未来がどうなるか分かんねぇけど、はじめて参加する高校でのイベントを楽しみ尽くしたい!
「そう、だな。本気でやんなきゃな!」
「その意気やで奥村くん!最高の文化祭にしよ〜〜!!」
笑顔で両手をこちらに向けたので、俺も手を合わせた。ハイタッチしたその手は小さかったけど、パチンッと良い音が鳴った。
そう、俺が魔王の息子って知った上で、最初に友だちだって言った奴なのだ。かっこよくはないけど、面白くて楽しい友だち。悪い奴じゃなかったはずだ。
バリバリバリバリ、ヘリコプターのでかい音が響く。キラキラしていた会場とは似ても似つかない夜の中だった。黒い炎との一瞬の邂逅。あいつから出たとは思えない忠告。俺の友だちはスタッフのパンツスーツを着たまま、ピンクのツインテールをなびかせて、いつもの笑顔でへらっと闇に消えたのだった。