愛とか恋とかやめてくれあれはまだ高一の秋。
騎士の実習で行った森の奥。
「ぐっ……!」
「お前のっ、炎がっ!!!」
「ぃってぇ……良いぜ、気が済むまで刺せよ」
青い炎に恨みを持つ騎士団の男を、
「ぅ……ぁ……」
「え、おい!!」
あいつが黒い炎で昏倒させた時に遡る。
『愛とか恋とかやめてくれ』
「あぶねぇだろ!?志摩!!」
昏倒した男を抱き留めて怒鳴る。刺し傷の血がその男にも垂れるが、頭から倒れるよりはマシだろう。そもそも刺したのはこいつだし。
それよりも、と顔を上げると、まろい垂れ目に柔らかな口角が現れる。男の後ろに音もなく現れて黒い炎を刺した志摩は、教室と変わらず笑っていた。
「あはは、奥村くんのがやばない?」
「大丈夫なの知ってんだろ!」
「でもいたそ〜〜」
錫杖を肩にかけてちょっと眉をしかめる志摩がいつも通りすぎて、なんだか気が抜けてしまう。「まじで何やってんだよ」なんてため息混じりにぼやきながら、男を地面に寝かせているとあっけらかんとした声が落ちた。
「気分悪いから寝かせただけやで」
「は?」
「知っててもムカつくやん」
声の軽さの割に意外なことを言うので目線を上げると、デフォルトの笑みに反したじとっとした瞳とかちあった。月の光を反射した瞳は、俺のもう治りかけている腹を通って抱えている男を捉える。
「青い炎が気になるのは仕方ないだろ」
「仕方ないからなに?」
「あ?だから、なんだ、その、俺が受け止められる分はって」
サタンと俺はもちろん違うが、みんながあの青い夜を忘れられないのは分かる。サタンはいつかぶっ倒すが、その怒りは今は俺が受け取る。それは俺の意思だけど、志摩は途端に「ひえ〜〜」と顔を崩しに崩した。
「なんだよ」
「ドン引きやわ」
「はあ!?」
「きっしょ〜〜〜」
「き、きしょい!!???」
「そらそうやろ、何の道理もない復讐をしゃーないなって!きも!!」
「言い方ひどくねぇ!?」
「あんな、俺、奥村くんのそういうの一番嫌」
「え」
「あんたみたいな人にそんなん一番やってほしくない」
ここまでずけずけモノを言う志摩は結構珍しくて、燐は思わず瞬いた。基本、自分に影響がなければ放っておくタイプなのは、この半年でなんとなく分かっている。いつもするようなげろげろ〜という顔ではあったが、目が嫌悪に満ちていた。
「そういう顔もできんだな」
「かっこええ?」
「今死んだ」
「なんやねん〜〜!」
叫ぶ志摩を置いて、なかなか起きない男を揺する。
「いつ起きんの?」
「もうすぐやろ、置いといたら?」
「やべぇだろ」
「そのナリの燐くんが失神した人連れてくんもやばない?」
血で染まったセーターは、たしかにあまりに事件の臭いがする。てかこれ買い替えじゃないか?
「セーターっていくらくらいすんの?」
「正十字学園セーターは19,800 円(税込)やで」
「たっっっっけ!!???」
これメフィストから出んのか???、と頭を抱える横、志摩が「あ」と漏らした。
「今度から俺がおる時は寝かすわ」
「えぇ」
「せやから呼んでな」
「めんどくせ〜」
「友達やん?お願い♪」
笑ってはいるが、心底機嫌が悪いって書いてあって。驚きに引っ張られるまま、「気を付けるわ」と頷いたのだった。
・・・
様々なことが終わって、一番大きな戦いの後処理がひと段落着いたのは秋頃だった。その間一緒に復旧作業へ行ったり、残党を討伐したり。世界の命運と共に生き残った燐は、騎士団に戻った志摩とみんなと一緒にドタバタと日々を過ごしてきた。
当然認定試験もあって、なんだかんだ全員が受かって、泣きながらパーティーをしたのは記憶に新しい。高校生の間は東京配属のため候補生の時と変わらない毎日だったが、燐はある日、はたと気付いた。あれ?
「志摩って高校終わったら京都帰んの?」
「そうちゃう?」
可もなく不可もない、いつもの雑談の顔だった。表情の変わらなさにも驚いたが、それより志摩が近くに居なくなる可能性に思考が止まってしまった。
「なんでお前が疑問系やねん」
「フェレス卿の方はええんですか?」
「なんも言われてへんけど、まだ一年ありますしねぇ」
「鍵もあるんやし出張所やろ」
「そもそも続けはるんですか?」
話が入ってこない。志摩はずっと近くにいると思っていた。それはおかしい。だって京都組はもっとずっと一緒にいるのだ。なのに、なんで。
あの日の心底機嫌が悪そうな志摩の顔が頭に浮かんだ。
あ、そっか。志摩だけが、きもいって言った。俺がああやって傷付くのを気持ち悪いって。しえみも雪男も勝呂も子猫丸も出雲も怒ったり泣いたりするだろう。
でも、あの夜知らない誰かをただ寝かせて、罵ったのに次も寝かせると言った。俺が受け止めることも反撃することも逃げることも、何にもしなくて良いと言ったのだ。
その気持ちが側にあってほしかった。志摩のその気持ちが、側にあると良いなって。
なるほど、俺、志摩のこと、
「好きだ」
目の前にある顔に溢した。
「へ?」
頬杖をついた間抜けヅラだって可愛くってどきどきしたので、自覚した瞬間恋なのだと気付けた。
「好きだ」
だから、もう一度確信を持って言ったら、その瞬間、ドサリ。志摩以外全員がぶっ倒れた。
「な、おま」
「……あ〜〜、燐くんの黒歴史の拡大を阻止してんから感謝してや」
志摩の背中には極彩色の黒い炎。みんなを一旦オトしたのだと容易に分かった。呆れた表情に気絶させたという戸惑いはない。あれ?俺やばい奴好きになっちゃったか?
・・・
旧寮の食堂で勉強会をしていた最中だったので、それぞれを空き部屋に寝かせて……もちろんこれは、「燐くんのせいやねんから」という理不尽な言葉でほとんど俺がやらされた。
「おかしいだろ」
「お、坊重いのに早かったやん」
「お疲れさま〜」と勝手知ったるキッチンでコーヒーにミルクを淹れながら手を振ってくる。勉強会など開催する内に候補生メンバーは自由にするようになっていた。
燐用のカップにも注がれたコーヒーをキッチンカウンターから引ったくって食堂の椅子に腰掛ける。キッチンカウンターの向こう側で砂糖を入れている志摩は、さっきの、告白めいたものにまだ何も言ってくれていない。それでも、垂れ目が瞬くのを見守るのは心地良かった。
「見過ぎ」
ちらっとこちらに流される瞳にどきっとして、はじめてこいつ顔だけは良いんだっけと思う。そのまま、口が答えを欲してまた動く。
「好きだから」
「ん〜〜、友達じゃなくて?」
小首を傾げて困った風に笑う。その余裕ぶった感じが癪に触って一際大きい声が出た。
「恋愛だよ!!!」
「うるさっ」
「お前のせいだろ」
ため息を吐いてコーヒーを飲めば、片耳を塞いでいた志摩は「拗ねんといてや」とちょっと笑う。
「なんでそう思うん?」
「なんで!??いや、だって、どきどき?したから」
「憧れもどきどきやんな」
「お前に憧れとかはねぇよ」
「ひど!他には?」
他?他と言われて、恋愛の好きって何だろうと考える。答えを探すようにまじっと志摩を見れば、瞳が重なって薄い栗色が瞬いた。これちゅーできるな、と気付いて、急に顔に血が上る。わ、まじでこいつに触りたい、かも。うわ〜〜!!って思考がまとまらなくなって頭を抱えた。
「それは好きじゃなくてもできるやん」
「はえ!?」
「分かりやすすぎるやろ」
志摩から呆れた声が飛んできて、思わず叫んだ。顔を上げれば、声通りの顔で肩を竦めている。
「性対象ってことならいくらでもおるやろ?」
「せっ!?お、お前がエロ魔人すぎんだよ!」
「ほんまに恋愛?好きって何か理解してる?」
「じゃあお前は理解してんのかよ!?」
エロ本大好き野郎に恋愛について説かれたくない。偉そうなことを言う志摩に問いただす。その瞬間、さっきまでの呆れなんかは全部吹き飛んで、にっこにこの笑顔が現れた。
「そんなんわから〜〜〜ん!女の子はかわいい♡」
「なんだよそれ!!!」
「わからんから俺、好きとか♡」
とろけるような笑みだった。迷いのない最悪の本音に正直引いていて、志摩は「その顔やば」とか言っている。
あぁでも相変わらず最悪な奴なのにかわいいが優っている。俺ってマジでヤバいのかも、と冷静さを求めてすすったコーヒーは苦かった。