輪廻逆走燐くんの目が年々柔らかく蕩けていくことに気付いていた。
杜山さんとの未来を最終的に選ばなかった彼とは、任務から遊びから大人になるまでにやるようなことは二人やみんなで色々やった。
墓からご遺体が起き上がるヨーロッパの森と偽物のゴーストに追われる日本家屋風の建物で同じように笑い転げた。いや、森の方は誰かが軽率にサラマンダーに火を吐かせたことで、ご遺体のガスに引火して屍(グール)が弾け飛びながら迫ってくるサイコホラーに様変わり。転げるように泣き叫び走ったので、笑うどころではなかった。正しくは、後からこの話をしたら、あまりにもな出来事すぎてだんだん面白くなってきて……居酒屋で吐くほど笑ったのだ。酒が入っていたので許してほしい。黙祷。
と、まぁこんな風に高校の序盤では考えられない笑える日々を紡いできた俺らは、というか俺は、処刑が保留され続けている彼の青い瞳の透き通ったところに星屑を見出すようになっていた。透き通った朝の空だった彼の瞳に、あのクソみたいな森の奥にあった湖に反射する無数の星屑を見る。湖で腕に飛んだ腐った汁を流す俺に「ヤバかったな」って笑いかけた彼を見る。慈愛が混じり出した幸福を見る。これはあかん。ほんまにあかん。
自意識過剰ではない自信があった。人の顔色を読むのだけがずっとずっと得意だった。ありがとう試行錯誤した幼少期よ。こんなのは大人になるほど身に着けづらい。
俺は彼の中で最高のマブダチで居たいのだ。共に生きてはそうは在れない。人生に深く関わらないこの距離感が理想的なのだ。
「てわけでなんか案ない?」
「つくづく度し難いな貴様は」
大事な内緒話は夜魔徳くんとするって昔から決まっていた。
結局人生の大口顧客となった時の大悪魔は、面白い方へ手を貸してしまうことを知っている。燐くんに面白さで勝てるとは思えない。
なのでこちらは一蓮托生の(ため、俺を助けるしかない)大悪魔にお願いするのだ!
「ほんまはどうにか角を立てずにフェードアウトしたいねんけど」
「無意味な質問をするな」
「う、いじわる〜〜」
「付き合ってやってるだけありがたいと思え」
フンッと錫杖の先でそっぽを向く悪魔に、ごめんごめんと謝る。フェードアウトなんて選択肢はない。どうせ勘付かれて、行き場がなくなる。分かってるのに聞くのは甘えてるだけだ。
「じゃあスッパリ消えるんは?」
「今生は難しいだろう」
「ええ、流石に死にたないんやけど」
「来世も血縁なら相談に乗ってやる」
「嘘つき、運良く生まれんとあかんやん」
「ハッ、文句は最初の志摩に言え」
「それに来世はあかんねん、多分長生きやし」
「身体の保つ魔王の落胤か」
「俺絶対まだ来世あるし」
「煩悩まみれやもん」と志摩が頭を抱えるのを、夜魔徳は冷めた目で見た。
「来世に記憶なしで飛べた人居る?」
「知らん」
「魂で見分け付くんやろ〜!」
「似た魂はあるが同じかは知らん、輪廻は我らにはないからな」
「悪魔〜〜〜!!」
「悪魔だ」
うう〜〜〜ん、と唸る志摩に悪魔が囁く。
「魂が近い者を乗っ取る、というのは悪魔の所業だな」
「ん?」
「悪魔の受肉、というのはつまりはそういうことだ」
「ほん」
「人間同士なら相手の意識を眠らせる程度だろう」
「夜魔徳くん、流石に俺、他人の人生乗っ取る気ぃないわ」
「面白くなると思ったがな」
「それに、それやと夜魔徳くん着いてこんやん」
「貴様の兄の子がいるだろ」
「それはキモいわ!!てか、ウチ引っ掻き回していっぱい戦ってほしいだけやろ〜」
「そもそも戦えると言ったのは貴様らだ」
この戦闘狂悪魔め、小さい頭の頬と思われる辺りをつついて、はたと気付いた。
「最初に夜魔徳くん誘った人が居るねんな」
「ああ」
「それって俺のご先祖さんやんな」
「それ以外誰が居る」
「つまり昔にも志摩の血は居ると」
「……!」
「血が同じなら着いてきてくれるやろ?」
「相変わらず悪知恵が働くな」
「それほどでも♪」
つまり、自分と近い魂の先祖を乗っ取れば夜魔徳くんもついてくる。その時代で生きれば良いわけだ。今の身体がどうなるかは謎だが、先祖であれば罪悪感もない。自分がこんなことになっているのは過去の積み重ねなのだから。
「ちなみにこれって可能やんな?」
「全ての時は常に此処にあるからな」
「それがいつもほんまに分からんねんけど」
「現在過去未来は常に同じところにある」
「それは何の教えなん?」
「ただの事実だ、この次元の貴様には分からんだろうがな」
「ふ〜〜ん。ま、ええわ。できるんやったら話が早い!早速やるで!!」
「貴様のそういうところだけは好ましい」
ハハハと悪魔がひと笑いするのに釣られ、ふへへと笑えば、目の前には信頼する真っ黒い大きな悪魔。小さく呼んでいたはずの悪魔は、彼の意思でいつもの3倍の大きさになっている。炎がひるがえる部分が極彩色に流動して煌めく。綺麗だなぁと思ってる内に、光を吸うブラックホールのような真っ暗闇に飲み込まれていた。
・・・
黒い炎に身を委ねていたと思ったら、急に瞼の向こうが明るくなった。え、と思って目を開くと、そこは勝手知ったる勝呂家の寺の境内だった。
「ほな行きましょか」
自分が呼びかけられたと思って振り向くと、めちゃくちゃ子猫丸に似た男が立っている。しかし、子猫丸より一回りくらい大きくて、どんな夢?と思ってまじまじ見てしまう。困った顔をした男は、「なんですのん」と少し照れた。
「え、ドッキリちゃうよね」
「何言うてはるんです?」
「いや〜」
きょろりと見渡すと、そこここに人が居る。参りにきたおばあちゃんに作務衣を着た若衆、小さい子も居て、祟り寺と呼ばれるようになった今では考えられない和やかさだった。本堂自体も心なしか綺麗な気がする。
「今って何年?」
「え?そりゃ、1980年ですけど」
「頭でも打ちました?」と聞いてくる男を見てると、自然と口が動いた。
「ボケッとしとったわ、行こか猫さん」
「ほんならええですけど」
ゆっくりと、こちらの身体の記憶が頭を巡る。身体の知識が残るなら助かった。俺は志摩の傍系の長男。目の前に居るのは、三輪本家の四男。志摩廉造としての記憶が正しければ、この人が子猫さんの祖父になるはずである。
「意外と近い時代やなぁ」
とやはり記憶より木目の綺麗な山門をくぐった。
みたいな感じで戻る志摩くん。この時代に飽きたら次、と割と楽しく戻っていく。
現在では昏倒した志摩くんをみんなが心配している。燐くんは野生の勘で志摩はここにいないって分かる。メフィストはそれを面白がって、過去に戻る志摩の話をする。メフィストは全ての時間に存在する不変の時なので、夜魔徳くんとのやりとりを見ていたわけではないがこうなるのは知っていたようだ。じゃあ持っている"神隠しの鍵"で追いかけよう!となるが、「志摩くんでない志摩くんを見つけられますかね?」と。捜し方教えろよ、と言うが、志摩くんは自分に頼らず行ったのに手を貸すのはフェアじゃない、ここまでだと断られる。「青春はなにも10代で終わりなわけではない、励んでください⭐️」
そうして、雪男と話して、「兄さんってやっぱり志摩くんのこと好きだよね」というようなくだりをする。みんなから餞別に電子辞書やレーション、その時代の服に見える服などを与えられて鍵移動スタート!
はじめに行った先は新聞の年代で調べると大正時代らしい。場所は京都、街中で身のふりを悩む燐。しかし近くにいるはずだときょろきょろしていると、悪魔と遭遇。剣を抜くのはやばいか?と思っている内に学ランの少年が倒してしまう。振り向くと、その顔は志摩……のようで志摩ではない。しかし確実に血縁であった。一方、志摩の方はめっちゃ燐くんに似てる!?となっているがまさか居るわけないので、大丈夫やった?と声を掛ける。いろいろあって二人であんみつ屋に行ったりしてお喋り。燐に似ているのもあって、燐の話をする志摩。そこで、やっぱお前志摩じゃん!?となって、は??燐くん!???となり志摩は脱走。そのまま時代を高飛びしてしまう。
そこからはもう追いかけっこで、明治で帯刀を騒がれたり、江戸で斬り合ったり、団子屋で休憩したり。燐はどんどん気配を読めるようになって、志摩くんをガンガン見つけるので途中から過去についたらすぐ過去へとなっていく。
石器時代も乗り越えて、恐竜も飛んで、ついに湖の前の地に生える一つの葉っぱになってしまう。
大気構成がおそらく違うのだろう、燐は「俺だから来れたんだぞ」とその草をなじる。草はただそこにあるだけである。燐はこの旅とか今までの志摩との楽しかったこととか、自分が前にした過去の旅とか、家族のこととか、志摩のこととか、とにかくいろんな話をした。レーション食べながら、太陽と月が交互に自分たちを見守ってくれていて、それが綺麗だという話もした。志摩は聞いているのかいないのか、風やたまに降る雨で相槌を打ちながらだんだん成長していく。燐は、虫がやってきたら、志摩は嫌だろうしなと遠くへ放ってやる。燐は、いろいろ話して、最後に、好きだって言って。その草に慎ましやかにあった蕾が開いたので、「やっと諦めたんだな」って笑って「帰ろうぜ!」っつって根からその花掘り起こしてちゅってして、鍵挿すとこなくない???って絶望する。
しかし、一つ瞬きのうちにそこは理事長室。「これはお祝いですから⭐️」とされて、「さんきゅ」「そんなことより会いに行かなくて良いんですか?」って言われて花持ったまま志摩が居るはずの病院に向かう。土ごと持ったままで病室に入ると雪男が居て、「それおこられなかったの?」と言ってきて、「志摩は!?」ってベッドの膨らみを見れば頭まで布団を被っている。フルーツ用の器を雪男が出してくれたので花を載せて、土を払ってその布団を剥がそうとするがぎゃーって言いながらめちゃくちゃ抵抗されるけど燐くんが勝つ。「おっまえこんなけ手間かけさせといて〜〜!」そしたら志摩くんめちゃくちゃ泣いてて「え!?い、痛い?大丈夫??」「だから嫌やってん〜〜!!なんか涙止まらんねん〜〜!!!」「痛いとかじゃないらしいんだけど、目が覚めてからずっとこの調子なんだよね」「えええ???」困惑しながら燐は志摩くんを抱きしめてあやす。「ええ〜〜ん!!なんでこんな優しくすんの」「言っただろ、好きだって」「過去にまできたんこわい〜〜!!!」「こ、こわ!??仕方ないだろ!??」「うわ〜〜ん!!おれもすき〜〜!!」「え!!!え!!!????」「僕を見ないで兄さん。とりあえず異常なしの報告してくるから」「あ、置いてくなよお前」「こんなとこ居れないでしょ」「うわ〜〜ん!雪ちゃんも行かんで〜〜!!」「なんでだよ!お二人でどうぞ」「ふ、ふふ」「笑ってんだろ志摩」「ふふ、涙止まらんけどおもろい」「なら良かったけど」「迎えに来てくれてありがとう」「おう」
おわり