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    やきが氏

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    やきが氏

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    閑話3



    「優しくていい香りね。
    …花の香りだけじゃなくて外の匂いがするわ。」
    「吊るして使うらしい。
    そんなに強く香らないから狭い部屋に使うか、陽の当たる窓辺に吊るせとさ。」

    花弁と何種類かの木の葉を乾燥したものが詰まった薄い荒織りの袋からは優しい花の香りと深い緑の香りがした。

    「良ければ貰ってくれ。
    俺は使う場所がねぇから。」
    「あたしが貰っちゃっていいの?
    乾燥した香袋とはいえ、花を贈るなんてちょっとアレねぇ。」

    濃い青色の細紐で口止めされた手のひら大の袋を膝に下ろして彼女は片眉を上げてラーシュを見上げた。
    「いや言いたいことはわかるんだが、……あんたにも是非って…その、あの人がな…」

    長椅子で自分に寄りかかる肩から黒髪を退かし、弄びながらラーシュは少し気まずそうに言う。
    「え?なに、あたしが男のいじくり方あんたに教えたってこと話しちゃったの?」
    彼女は香袋を握りしめてぎょっとした顔を作る。
    「いや、言い方…
    話したというか…まぁ、そういうこと聞いたっつったら、先生見つけるの上手だなと言われちまって。
    感心されたというか…笑われたというか。」
    「あらま〜…なんというか…」
    「香袋というんだな、それ。
    頂きものの花を乾かしたのが大量にあったみたいで、うちの奴らも一緒になって作ってたぜ。花だけじゃなくてなんか、草とか葉っぱも入ってる。
    あいつらは自分の女にとか、母親にとかな。
    俺は要らねえっつったんだが、お世話になっている方がいるはずです、と言われちまって…。
    あんたが黒髪だと言ったら紐もどこからか持ってきて青にしてくれた。
    頭にくっつけるわけじゃねぇのにな。」

    「草と葉っぱって……じゃあ、貰うわ。
    ありがとう。
    嬉しいわよ?こういう香りのある贈り物っていうのは。」
    「よかった。
    そういうのの善し悪しがいまいち分からないもんで、荷物を開ける度にいい匂いがして落ち着かなかったぜ。」
    「その人は詳しいの?香りものというか、香水だとか室内香とかに。」
    「どうなんだろうな?
    聞いたことないが、
    香水だとかをつけてることは今まで一回もないし…うーん。
    ただ植物を乾燥させてるのは見るから、いい香りのものなんかはついでにじゃないかと思う。
    主立った乾燥物は保存料だと思うがな。
    よく分からん。
    仕事部屋にも天井からいくつもなんかがぶらさがってたし。」
    「そう。
    あたしはどこに吊るそうかしら。
    優しい香りだから他のと混じらない所に置きたいわ。」
    「なんだったか……気持ちが落ち着く香りらしくてな、落ち着いちまって仕事にならなかったらいけないから、仕事場には吊るさない方がいいっつってた。」
    「あら、じゃあ寝台の枕元にでも吊るそうかしら。」
    「ああ、そういうのがいいんじゃないか。」

    ラーシュは手先で弄んでいた彼女の黒髪を離し、柔らかな肩に両手をまわしてスルスルと撫でた。
    「それで?
    満足した後、布団じゃなくてこっちの長椅子に座りたがったってことは何か聞きたいことがあったんでしょ?」
    「うん、布団に横になっちまうと眠くなるしな。」
    「なぁに?長くなりそうな質問なら薄い酒かお茶用意するわよ?」
    「いや、用意してもらってる水でいい。」
    「シラフの方がいいってことね。」
    「そうだな、…あの、なんつーか…ちん〇から、……」

    自分の肩をなでる男が少し気まずそうにしていたのでなにか繊細なことを聞いてくるのかと思ったら、

    「…は?なに?」
    「バシャッてなんか吹き出すことあるか?
    水みたいなのが。」

    彼女はどう返答するか考えてぎゅっと香袋を握りしめた。
    「…………まってまって、それ、あんたから出たってこと?」
    「いや、俺じゃなくて、」
    「あんたの遊び相手からから出たってことね。」
    「あぁ。
    なんか、本人は吹き出す予感わかるみたいで、慌てた感じで止めろって言われたんだが。
    止める理由がわからなかったからそのまま続けてたら、
    なんか面白いくらいパシャッて出たもんで。」
    「自宅の寝室でそんなことになったの??
    後片付けが大変だったんじゃない?」
    「部屋が汚れるって言って騒いだんで、胴体抱えてそのまま風呂場に行って再開した。」
    「自宅にお風呂場があるような人なのね。
    というか、わざわざ移動してまで続けたってこと??」
    「初めて見たもんで、面白くてつい。
    でも風呂場に行ったあとはあんまでなかったなぁ。
    あれって、なんなんだ?
    本人これまでになく声出てたんでもっと見たかったってのもあるが、何が出てんのか気になっちまって。」
    「…いやいや、潮ふいたってことよね…?
    何したの…あんた。」
    「潮…あれがそうなのか……って言っても、俺自身その現象目の当たりにしたこと無かったんでなんとも言えないんだが、潮吹きって実際あるんだな。
    伝説かなんかだと思ってたぜ。」
    「どんな伝説よ。
    …本人はなんて?」
    「本人は、なんつーか…プンプンしながら…」
    「恥ずかしがってたとか?」
    「いや、たぶん世の中に恥ずかしいことなんか一個もなさそうな人なんでそれは無いんだが、ほんと、なんつーか…」

    ラーシュは少し考えて言葉を選んでいたようだが、選べなかったのか首を横に振って口を開いた。
    「こんなの放尿と同じだ、人間の腹の中に、まとまって水分貯めとく場所なんて膀胱しかない。腹の中で液体がまとまった量で急に発生するわけない、絶頂で腹の筋肉がバカになって漏れ出てるだけのはずだからやめなさいっつってた」
    「あらあら、情緒ないプンプンねぇ。」
    「とはいえ鼻筋赤くして息切れしながらガタガタの声で言ってたから悪くはなかったけどな。
    風呂場から戻ったあとも珍しく動きたくないっつって服も着ずに変な寝相でそのまま寝てたしな。」
    「ちゃんとギュッてして寝た?」
    「は?いや、別の部屋で寝た。
    布団いっぱいに手足広げて揺すっても起きないほど寝てたし狭そうだったから布団かけて放置した。
    オレは敷布の洗濯もして疲れたんでな。」
    「んもぉ、なんでよ。
    一方的にちゅっちゅしながらぎゅってして寝たらいいのに。」
    「あぁ、」
    「あ、もしかしてちゅっちゅはしたのね?」
    「いや、してないが、しばらく顔は眺めた。
    いい眺めだった。
    寝てるくらい静かな方があの顔には似合うんだよな。
    起きてる時はずっと表情がうるさいから寝てる時くらいしか。」
    「騒がしい人なのね。」
    「下手したらなんかしてる最中にも説明が始まってしばらく中断するしな。」
    「…なんの説明?」
    「指突っ込んだ時、内蔵がどうなってるかの説明とかされた。」
    「あっははは!
    なに、それは余裕!?それとも混乱してる!?」
    「あの人の脳みその仕様としかいえねぇかな。」
    「変わった人ねぇ。
    でもね、たぶん、その人が喚いてた通りだと思うわ。」
    「ん?あ、パシャって出るやつがか?」
    「そう。
    内臓のことはよく分からないけど、その……感覚としては似てるのよね…」
    「無色でにおいとかもないお湯みたいなやつだったぜ?」
    「うーん…そうなのよねぇ…だからよく分からないんだけど、でも、じゃあほかの何?て話でしょ。」
    「どんな感覚で………ん?てことは姐さんもそれ出来るのか?」
    「できる、できないって言い方は間違ってる気がするけどさぁ。
    狙ってそうできるかと言えばちょっと違うし。
    でもそうね、感覚はわかるわよ。」
    「………発動条件は??」
    「どういう聞き方なのそれ。
    …うーん…まずは気持ち良くないと無理。
    それと、まぁ、こういうことお客に話すことじゃないんだけど、自分が興奮してないと無理ね。
    …あ、でも癖がついたらバシャバシャ吹き散らかす人もいるから一概には言えないかも。」
    「一体どこにそんなに水気が?」
    「それがわかんないのよね。
    だから仮説として、遊び相手さんの予想となるわけ。」
    「なるほど…」
    「基本的にイッたあとの方がでやすい気もするわ。
    これは私の体感だからホントのところは分からないけどね。」
    「ふぅん、自分で調整とかは出来なさそうな感じだったし、体調とかも関係あるもんなのかもなとは思ったが…。
    はははっ、口に入れてる時とかになったら大変そうだ。」

    疑問が少し晴れたのか明るい顔で笑う彼に、彼女は見上げながらニヤッとする。

    「ぁん、その話は聞いてないわね、口に入れたの?」

    新たな情報が色々と出てくるものだ…。
    「あ、そういやそれもだった、なぁ、姐さん、普通に考えて真っ直ぐな肉を真っ直ぐ口に入れるの難易度高過ぎないか?」

    「真っ直ぐな肉って……あんたこそ言い方どうなのよ。」
    「喉の方まで入れるって自殺行為じゃないか?絶対無理なんだが…」
    「というか意外。
    そんなことしたげたの?
    …口髭はそってからしたんでしょうね?」
    「…なんか、されるばっかりじゃダメな気がして。
    髭はそのままだった。
    やっぱ髭は痛いよな?
    それにあっちはすげー奥のなんかこう、上顎より奥にちん〇当てて咥えたのにオレは出来ないとかちょっとなぁ。」

    自分の顎髭を擦りながらそういう彼に彼女は乗り出し気味になってしまう。
    「まってまって、あんたのそれを、喉の奥までは無理よ?ちょっと暴力的すぎて死ぬかも。
    ぇ?ずポって飲まれたの?」
    「俺も驚いた。
    完全に勃つ前だったけどな。」
    「そもそもあたしたちだってよっぽどじゃないとそんな奥まで飲み込まないわよ。
    ……あんたみたいな無茶してこない男ばっかりじゃないから、こちらからの采配だけでどうこうしてるわけじゃないけどね。
    口開けとくのって結構疲れるから、それに関しては慣れるしかないわ。」
    「やっぱりそうか。
    じゃあもう出来るだけやりたくねぇなぁ…。」
    「ねぇ、その人舐めるの上手なの?」
    「そうだな、…うん。
    気持ちよかった。
    なんか、力が強い、つー感じかな。」
    「口の?」
    「全体的に。……いや、違うな…なんかこう、力が強いって言うか、全体的に硬い。
    ゆっくり触られても、硬いから強いように思うのかもな。」
    「なるほどね。それは考えたこと無かったわ。
    ……その人って、全身ガチガチに硬いの?
    前に聞いたみたいに、あんたより強いんならそれも頷けるけど」

    ラーシュは手のひらを回して抱き寄せている柔らかな二の腕をさすり、軽く掴んだ。
    「骨みたいな硬さじゃなくて肉の詰まった硬さなんだ。
    こんなふうに指が埋まる場所は無いな。
    …全体的に、あの変な感覚なんて言ったらいいんだろうな。
    見た目が優しいから何かを期待して触ると現実に引き戻される感じがしてちょっと気持ちが萎えるというか…。」

    二の腕を撫でながら胸元に落ちている黒髪をちょいっと指で拾う。
    「髪だけは柔らかい。
    ただ、邪魔ではあるな。汗でペタペタはりつくし。」
    「長髪にしてる人なのね。
    確かに一緒に布団に入るのにある程度長いと邪魔っけよねぇ。」
    「正直、見た目はいいけどなぁ長い髪。」

    指にかけた黒髪を辿り、艶のある黒髪を彼女の耳にかける。
    「…うん、
    こんな感じで耳にかけてるとこ見たいんで我慢してる。」

    「ぷふっ、なにそれあんた可愛いとこあるじゃない。」
    「本人にはめんどくさくて言わないけどな。
    あんまり言われたくもなさそうだし。」
    「すごく長いの?髪」
    「背中の下の方まである。
    ありゃいざとなったら2〜3本抜いて釣り糸に使えるな。便利そうな頭だ。」
    「あ〜、そういうことは考えたことなかつたわ。」
    「髪ってのは案外強いからな。
    紙縒って使えば余程大物じゃない限り行けるだろ。
    案外面白そうだ。」
    「何色の髪か知らないけどそれって魚から見えたりしないの?釣り糸って何色でも釣れるもの?」
    「目立つとたしかに釣れねぇな…結構はっきりした金髪だが、よっぽど太く編んで使わねぇ限り釣れるんじゃないか?
    やったことありそうだから今度聞いてみるか。
    ……いや、あの人の場合、釣るより潜って取った方が早いかもしれねぇな…」

    「野性的ね。」
    「ははは、そうだな。
    なんせ、遠くから弓で鳥を射るより、走っていってレッドボアを剣で刺した方が確実に夕飯にありつけるって言うくらいだからな。」
    「何回聞いても人物像が掴めない人ねぇ、」
    「現実離れした人間なんざ、世の中にごまんといるぜ。
    でもまぁそういう男たちと知り合うと、平凡な人間で良かったと思うことも少なくないからなぁ。」




    「今日はこのまま甘えん坊さんの寝かたしたらどう?」
    「もっとほかの言い方してくれ…今すぐ居住まいを正さなきゃいかん気になる…」
    ベッドの枕際に座る彼女の太ももの上に頭と片腕を預けてウトウトしていたラーシュが、パチッと目を開けた。
    そして一度身を起こし枕に頭を乗せて仰向けに寝直した。
    「別にいいのに。」
    「いや、でもどうせ夜中に仰向けにしてくれてるだろ?」
    「あら、気がついてたのね。」
    「助かるぜ。」
    仰向けのまま目を閉じるラーシュの肩口に胸元を寄せて体の上に掛布を引き上げてやると、彼は少しだけ腕を動かして彼女の胴に触れた。

    ぷよぷよと柔らかくて温かい。
    そしてすべすべしたものに触れるとなんとなく嬉しい気持ちになってしまう。
    そして目を閉じていると温かくて眠気を誘う。

    「くすぐったい触り方だけど、あんたの触り方は乱暴でなくていいわね。」
    「…やっぱし、そんなもんか…
    あの人に初めてあった日に、大騒動の末、野郎ばっかし3人、庭で濡れ鼠の下着一枚になっちまってな」
    「うーん………ちょっと印象強すぎる初対面ね…」
    「そん時服が乾くまでの雑談で、…体のでかい男の腕は重いから、女の肩に腕をまわす時は重さをかけずに触れるだけにしろと言われたんだ。
    言うこと聞いてよかった……
    こんくらいなら重くねぇか?」

    腹に置かれた分厚い手のひらが少し撫で動かされた。

    「あんたってほんとに、
    意外な可愛いこと言うのねぇ。
    くすぐったいのは変わらないわよ。
    あと、別に重たくないから触ってて。」
    置かれた手に自分の片手を重ねて撫で、もう片方の手で頭を抱き寄せて目元に唇をつけた。
    「出発の時間前に起こしてあげるわね?」
    「……いや、いつもみたいに明け方にしてくれ…」
    「なに言ってんの。
    長く話してたからそれだと寝る時間が短かすぎるわよ。」
    「別にそれでもいい。」
    「わかった。じゃあ、そぉっと起こすわよ?
    起きなかったら出発まで寝せとくからね?」
    「意地悪だな」
    「ちがう優しいの。
    ほらほら、時間がもったいないからおやすみなさいして。」
    「ちょ……ガキじゃねぇんだから…」
    「子供に半裸で寄り添ったりしないわよ。」



    …はい、寝た。
    さてと…


    金髪、長髪、野性的、…
    これまでに聞いてたものと合わせても……いやむしろ合わせると人物像が全然想像つかない。
    ちょっと情報量が多すぎるわよね。

    硬筆で紙束にサラサラと書き付けながら彼女は堪えきれずくすくす笑った。
    どんな男と遊んでるのこの筋肉は。

    それにしても、珍しい昆虫を見つけてきた子供くらいその人のことを語るから面白い。
    飽きるまでつっつき回すのよねぇ、子供は虫を。
    でもこの筋肉がつっつき回そうとしてるのは手練の男だからどっちがつっつき回されるかは分からないとこよね。
    絵面がわかってきたのがちょっと楽しいわ。

    というか…自宅にお風呂場があるならやっぱり商人よねぇ?
    腕っぷしに覚えのある商人もいるとは思っていなかったけど。
    そしてあまり聞いたこともないけれど…。
    それも横ですかすか寝ている筋肉よりも強い商人なんてどういう商売……あ、もしかしたら商売品の特性上、腕力や戦闘の能力が高くないと務まらない商業があるのかしら。
    この筋肉がこの店に立ち寄るようになった経緯も、依頼として請け負った商人の護衛の道順によるものらしいし。
    だからその遊び相手と会った後に来る時もあれば、明日その人が住む街に着くと言って来る時もある。

    たぶん、遊び相手のいる所はドランだと思う。
    商人が商道を通って行く目的地はここらではだいたいドランだ。
    ダンジョンしか無い街だが、人が集まるという点ではこの上ない商売場所だろう。

    この小さな町にも何件か商家がある。
    さっき筋肉にもらった香袋のような自然なものを扱っているところはほとんど無いが、香水の材料を採取する所が街の周りにあるのでそういったものを中心とした店が多い。
    それから小間物類の職人も沢山住んでいる。
    ドランを経由してこの店に来る時と、
    ドランに着く前にこの店に来ることがあるのは、ドランを挟んだ反対側にも特産品を持つ小さめの街があるからだろう。

    客の商売足への詮索はしないが、髭筋肉と金髪美形の人物像を浮き上がらせる背景としては知りたい内容でもある。

    ……強くて、綺麗で、長い金髪を耳にかけているところが見たくなるような……細身で、
    あまり見た事ないからはっきり言いきれないけれど、まるでエルフみたいな人ね。
    でもまぁ、それはないか…
    エルフの男は誘っても乗ってこないって聞いたことがある。
    エルフは良くも悪くも一途なたちの人が多いと聞くし、奔放に遊んだり、まして今寝ている筋肉が語ったような事はしないような気がする。

    ほんとに一体どんな人と遊んでるんだか…。
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