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    Ishmael_said

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    真夜中の冒険 ユウリとビート(非恋愛)

    琥珀の雪夜というと、さしていい記憶がない。決して暗いのが怖いわけではないし、夜は幽霊が出るだとか、そういう類の恐怖ではない。では「全く問題ない」と言えるか?そう問われたのなら、ビートは少し迷うだろう。
     毎日太陽は東より出て西に傾き、月が出て、それの繰り返し。どこにいても独りだったけれど、それ自体は辛くなかった。いつか、真っ当な評価が下される日が来ることを疑うことなどなく生きてきた。脳裏に染み付いた戸惑いが鬱陶しくて、辟易としているだけだ。
     夜と、冬。目の前に横たわるそれに、どこにも行けないで立ち尽くしている。

    「豪雪で空飛ぶタクシーもガラル鉄道も運休、だってさ」

     スマホロトムから聞こえるラジオニュースを確認したと見えるユウリがそう言った。シュートシティはスタジアム、リーグ本部。ジムリーダー勢の興行公式戦後、観客も大半がはけた頃、ガラル地方は暴風雪に見舞われている。事前の予報を大きく外れて、一日早く来た冬の嵐に交通機関は全麻痺、少し外に出ようものなら全身を横殴りの猛吹雪に苛まれることだろう。
     今回参加したジムリーダーたちは運の悪い数人が残っていた。それぞれ手持ち無沙汰そうにスマホを見るなり、窓から視界の怪しい外を眺めたりと様々だ。

    「これは、余程急に天候が変わらない限りシュートシティで一晩明かさないと無理そうだね」
    「キバナ、どうにかできないの?」
    「流石に冗談だろ?ガラル全域なんだぜこの嵐。オレのコータスでも分が悪いっつの……うーん、ロンドロゼの空き部屋は……電波が死んでやがる、どうするダンデ」
    「未成年がいるしな。本来は送り届けるべきなんだが、今はリスクの方が大きい。最悪スタジアムの設備を使うしかないだろう。バトルタワーに行く手もあるが、ここからじゃ遠すぎる」

     大人たちが何やら会議している横で、外を見ようとうろうろ動き回るユウリの首根っこを引っ掴む。彼女は上にあるビートの顔を、首を傾けて仰ぎ見た。

    「どうしようねビートくん」
    「どうしようも何もないでしょう。大人しく嵐が去るのを待つしか……」
    「違うの、何かお泊まりみたいでワクワクする」
    「馬鹿でしたね。今更すぎる気づきです」

     何で、と不満そうにするのをしかめた顔で見下ろせば、多少なりと反省したようで、ユウリがしょげかえる。

    「不謹慎なのはわかってるんだけど。不安がるよりは、楽しんだ方がいいかなって」
    「能天気すぎてため息が出る……まあ狼狽られても困るけれど」
    「でしょ?ねえ、こんなに人がいないスタジアム珍しくない?」

     確かに、と観客用のキャットウォークや、観客席に繋ぐ道を見遣る。売店もロビーも、常とは違う閑散とした空気を保っていた。

    「ねえビートくん、探検しよう!」
    「はあ?見慣れてるでしょうが」
    「だあれもいない観客席、静まったスタジアムには見慣れてないでしょ?」

     くい、とユウリが袖を引く。その目がきらきらと光るので、ビートは吸い寄せられるように一歩たたらを踏んだ。

    「……あなたが、バトルしてくれるなら」
    「それでいいなら、いいよ。やろう」

     チャンピオンの少女曰く、"真夜中の冒険"はこうして始まった。


     ぐるり、円を描いて観客席を一巡するようにだらだらと歩く二人の間に言葉はない。この豪雪の影響で、普段なら開け放たれている天井は締め切られていた。ユウリが不規則な足取りで先を歩くのを、さほど離れず歩く。
     リーグ戦においては強く電光を放つスポーツ照明もなりを潜めて、会場はずいぶん狭く暗く感じられる。あやふやな視界の中、歩くたびに足に座席が当たるので、ビートは声をかけた。

    「ユウリさん、灯りがないと足元が危ないのでは」
    「んー?あ、確かにそうだね。あ、でも今あかり出せるのシャンデラしかいないな」
    「良いじゃないですか」
    「良いの?鬼火でホラーっぽくして」

     そういう問題だろうか。表情の見えないまま沈黙したビートをよそにユウリがモンスターボールからポケモンを出す。

    「どうする、『シュートスタジアムに怪炎!真夜中に漂う人魂のウワサ……』ってニュースに載っちゃう?」
    「そもそも、ここぼくらと他のスタッフ以外いませんけど。ゴーストタイプのポケモンがいるんだなで終わりでしょう、本当にそうかはともかく」
    「ビートくんはお化けが怖くないんだ」

     ユウリがシャンデラに鬼火を出すように言うと、ぼう、と火がともる。赤、橙、そしてそのポケモンの炎の青。それに照らされて、周囲が少し形をあらわす。いつもは観客で埋め尽くされている椅子の色は青いのだなと、ビートは不意に思った。消え入りそうに、時に揺らぎながら意思を持っているかのように、ユウリにもビートにも触れず漂う。

    「ゴーストタイプだって解明される前は未知の恐怖だった。今は違う、それだけのことでしょう」
    「今は解るから怖くない?」
    「何一つ解らないよりは」

     逆説的に、理解できないものは、恐ろしい。
     かつてを夢に見たって、だからどうするということはない。ビートの歩みは止まることはない。

    「──もう探検は満足ですか。いたいけな子供じゃあるまいし、そろそろお開きにしましょう。約束、果たす気はあるんですよね?」
    「えー、早いなあ。でも良いよ。寝る気にもなれないから。やろうか、誰も見ていない、わたし達だけのスタジアムで」

     ユウリが「シャンデラ、サイコキネシス」と命じた瞬間、彼女の体が宙に踊った。ビートも追ってサーナイトを繰り出す。手すりの向こう、勝敗を踏み締めるための地面にゆっくりと着地する。
     鬼火に浮かび上がる少女の表情が、緩んだ顔から決然と引き締められていくのを見ながら、ビートは唇が歪むのを感じていた。

    「サーナイト、ムーンフォース!」
    「シャンデラ、シャドーボールで相殺して」

     胸躍る戦いが夜を忘れさせる。ビートの孤独を埋める。ユウリがビートの指示にしてやられ歯噛みし、鮮烈に笑う時。それは確かに、いずこかに置いてきた風穴に、満ちていく。
     ああそうだ、と思った。行く宛のない感情を見つめるより、こうしていた方が余程。



    「……おーい。お二人さん」
    「もう一戦、もう一戦だけお願いします。あともう少しで何かわかりそうな……」
    「ねむい」
    「そりゃそうだろうよもう夜中の一時、良い子は寝る時間だぜ?じゃなくて、吹雪が落ち着いてきたからオレ様呼びにきたんだよ!バトルすんなコラ」

     わしっとキバナの大きな手がビートの頭を抑える。ユウリが気の抜けたようにずっと上にある男の顔を見上げた。

    「外、天気良くなったんですか」
    「あー、数時間前のがバカみたいにな。つうかお前らどんだけここでバトルしてたんだよ、水分とれ水分」
    「キバナさん、さっさと、手を離してください!」

     ぱっ、と離され、ビートは頭を震わせて乱れた髪をよける。ユウリがぱっと笑って手を合わせた。

    「じゃあ、帰れますね!あ、でも、ロンドロゼに泊まった方が早いかな」
    「やめとけ、この吹雪で予定外の宿泊客も多い。遅かろうが家に帰りな。送るか?」
    「あ、いいえ!アーマーガアがいますから」
    「ビートは」
    「ぼくもギャロップがいますので。少し負担はかけてしまいますが、早駆けして帰ります」

     ロビーに向かって歩くと、すでにカブ、ルリナ、ダンデが帰る準備をして待っていた。三者共々、陸の孤島状態をどうするか迷っていたところを、あっさり嵐が去って一安心といった様子だ。
     時間もずいぶん遅いし早く帰ろう、という話になり、外に出る。見渡す世界は、一面の銀雪に覆われていた。
     ほう、と吐く息で手を温めながら、ユウリが階段を降りていく。それに倣って、ビートは雪を踏み締めた。人々も寝静まる夜だ。視界に満ちる白が全ての音を吸い取ってしまったみたいだった。 

    「こんな時間にビートくんと一緒にいるの、なんだか新鮮だなあ」
    「今更ですね」
    「うん。でも、良いね」

     おやすみが言える。ユウリが、そう笑う。小さな子供のような笑い顔だった。

    「……そうですか」
    「へへ、じゃあ、帰ろうか。ビートくん、おやすみ!またね〜」

     おやすみなさい、呟く言葉が羽ばたきに消えていく。
     真夜中の非日常を愛せ、とでもささやくような淡い街灯に、積もった雪が真白く照らされていた。
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