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    Ishmael_said

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    Ishmael_said

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    ガラル同期組がクリスマスに待ち合わせ 主にビート

    回遊する夜 世間はすっかり祭典なのだな、と思いながら、ビートは熱い息を吐き出した。それはたちまち白く空中にほどけていく。日の暮れ始めた街の中、電飾がちかちかと瞬き始めるから、眩しくってしようがない。年の末の空気が、嫌いだった。
     ビートの生まれ故郷も、ここガラルも、クリスマスとなれば白や赤に埋め尽くされていくのは変わらない。宗教も慣習も関係なくごった混ぜにしているような、最早形骸化したものではある。一つ確かなのは人々が浮かれていること。目前にあるクリスマス、家族の団欒を楽しむために、あらゆる施設が休業する。ビートの勤めるアラベスクスタジアムも、明日はすっかり閉め切る予定だ。
     スーパーが閉まってしまうので食材を買い込んだり、当日のための料理やケーキを作ったり。慌しいが幸せそうな喧騒の中、彼は聳える時計塔を見た。文字盤は夕方の五時をさしている。街灯に寄りかかって、橋からワイルドエリアを見渡す。あたたかいダウンを着ていても寒いけれど、雪は降って来ない。

    「おっ、ビート!待ったか?」

     背後からかかる声に、ビートは少し肩を浮かしてからゆっくりと振り向いた。少し離れた場所に少年が立っている。彼は鼻の頭を赤くしながら駆け寄った。

    「なんですか。ぼくは呼ばれていやいや来ただけであなたと待ち合わせた記憶なんて無いんですが」
    「はいはい言ってろよ。そのうちユウリたちも来るからここで待ってようぜ」

     少年の名をホップという。ビート自身には彼と仲良くする気はないのだが、ジムリーダーになってからというもの、博士の助手として活動するホップとはどこかしらで関わることは避けられず、また、避けるほどのものでもない。そうしたら結果的に、かつてのジムチャレンジ同期と時間を共にすることも増えていったのは計算外だった。それも、ビートにとって積極的に避けるものでもないのだけれど。

    「オマエ時間厳守だよな」
    「あなたたちが遅すぎるんだ。このぼくを誘っておいて調子に乗りすぎですよ」
    「オレは早く来ただろ!女子二人は……ん、今メッセージ来た、もう着くってさ」
    「フン」

     スマホロトムをしまって、ホップは寒気にさらした首を埋めるようにコートを寄せる。ビートはそれを鼻で笑ってそれから、また時計を見た。視界の外からホップがオマエは良いよな首つまってて、だなんて言ってくるのをしっしと手で払う。
     早く時間よ過ぎろと、目的に打ち込むことで時が過ぎることを待つばかりだったのは、結局のところ自分は寄り添ってくれるポケモンを除いて、一人だったから。クリスマスの夜、誰もいない街を、孤児院のささやかな祝いにも馴染めずに駆けた日があった。
     ビートは、同居中の師であるポプラとその日を過ごすことになっている。彼女は今日チャンピオンに呼ばれた、と彼が報告すると、少し笑って行っておいで、と言った。この季節に、こうやって誰かが来るのを待っている感情を知るなんて、過去のビートは想像もしなかっただろう。
     「あ、来た」、ホップがそう言っておーい、と手を振って合図する方向に目を向ける。同じく手を振りながら歩み寄ってきたのは、ユウリとマリィだった。

    「ホップ、ビートくん。一足早いけどメリークリスマス!」
    「寒か……」

     ユウリは白いタートルニットにふわふわのコートと赤いコーデュロイのスカートを、マリィはいつもの革ジャンの中にくすんだピンクのケーブルニットワンピースに薄いストッキングを履いている。二人とも、普段より少し大人びていた。知らず腰の引けたビートの脇腹を、ホップがつつく。

    「おーい。何ぼーっとしてるんだよ」
    「……っるさいなあ!あと触らないでくれますぅ!?」
    「ビートくんはあったかそうだねえ」
    「あたし絶対もっとぶ厚いやつ着てくるべきだった」

     ぶるぶると震えるマリィとユウリに、ホップが実にいい笑顔で「雰囲気変わっても似合ってるな」、などと言っているので、ビートはしらっとした目でそれを見る。

    「こんなところでたむろしていても埒があかないし、どこか入るか」
    「早う行こう。寒過ぎる、こども用マルドワインが飲みたい」
    「寒いのわかってたでしょうが。あなた馬鹿ですか」
    「わかっちゃいたけどずっとやかましいな」

     寒い寒いと、お互いにそれだけを言いながら笑い合う見覚えのあるこどもたちを、道ゆく人々が微笑みながらすれ違っていく。ビートには不思議だった。

    「寒い、と言って寒いと返ってくるのが、そんなに楽しいですか」
    「ん?」

     隣を歩いていたユウリが覗き込むように目を見た。街の極彩色をその髪が照り返していて、また肩が浮くような心地になる。
     彼女は本当に疑問に思っていそうなビートに笑いかける。

    「そうだね。嬉しいし、楽しいよ」
    「寒いのが?趣味悪いですね」
    「合ってるけど違うよ、人聞き悪いなあ。おんなじ場所にいて、おんなじ寒さの中で歩いてるのが!」

     それを聞いて、黙り込む。変なの、と呟いて、また息を吐く。湯気のように浮かぶ息が空に消えて、歩きながら見上げた。夕日はとうに沈んで、空は夜を連れてくる。
     ビートはぽつりと、寒い、と口にした。それにユウリがそうだねえと返して、マリィがやっぱりあんたも寒いんじゃなかと、と悪態をつく。ホップがそれにけらけら笑いながら前をいく。

    「ビートくん」
    「……なんですか」
    「楽しいこと、これからもいっぱいあるよ」

     ユウリの笑顔が、また、冬の空気に明滅するようだった。指先のかじかむのが寂しくないのも、何故なのかと聞きたかった。
     ひらひら、降ってきたものが頬に触れて溶ける。二人して空を見上げたので、ホップとマリィも立ち止まって同じようにする。雪が、降ってきた。

    「クリスマスではないけど、メリークリスマス感がもっと出るね」
    「なんだそのメリークリスマス感って」
    「それ言うならホワイトクリスマス感やなかと?」
    「どっか入るとか言ってたのに立ち止まってどうするんですか……」

     雪。別段、それを特別だと思ったことなどない。冬になれば必然とある。ビートはこの季節が嫌いだった。家族の団欒など、ないものを尊ぶことは今もできない。

    「綺麗だなあ」

     誰に言うでもなく呟かれた言葉をおいかけて、そうですね、と言った。例えばないものを望むべくもないとして、今ここにあるものは、何なのか。ビートに不思議なことがいくつもある。
     こんなに寒いのに嫌ではないことがこそばゆくて、少し目を閉じた。早く行くぞ、と手を引かれて歩き出す。季節は今、光の中にある。
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