【内容ご紹介】
『落花流水のエチュード』
小説/R-18/文庫サイズ/カバー付き/全200P/900円(会場頒布価格)
■どんな本?
・門弥の《馴れ初め、いろんな初めて、同棲まで》を書いた長編
・門倉視点からの馴初め短編(書き下ろし)
・加筆修正したWeb再録を含む《同棲後ゆるゆる甘々日常》短編集
・全体的に食事シーン多め
・成人向け描写あり/相変わらずの雰囲気方言/冬に出るのに夏の話
■もっと詳しく
・「落花流水のエチュード」
馴れ初めから同棲するまでの長編(三章構成)です。サンプルはこちらから抜粋しています。
1章はpixiv掲載分の「落花流水のエチュード」を大幅に加筆修正したもの。
2章と3章は書き下ろしになっています。全編通して弥鱈視点。
二人でなんかして、ご飯食べて、少し悩んで、仲良くなるまでの甘めな話。
・「片道切符のタブロー」
門倉視点からの馴初めを書き下ろしました。同棲後に当時を思い出す門倉のお話。
・「名称未設定のプレイリスト」
短編集。同棲中のお話「いろいろ食べる2人の短編」と、一部ポイピクから加筆修正して再録。
食べるシーンとか、えっちなシーンとかいろいろ少し追加しています。
一話だけですが書き下ろし有り。
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【本文サンプル】【1】 弥鱈はサボりにサボって溜めまくった書類仕事を、今日こそ片付けなければと、手を動かしていた。座りっぱなしで固くなった体を大きく伸ばして鳴らしながら、窓へ目を移す。気がつけば、外は真っ暗になっていた。
十一月も半ば、早くも冬が顔を覗かせたらしく、乾いた寒い日が続いている。残りわずかとなった業務を終わらせようと、再度集中してモニタを見つめていると不意に執務室の扉が鳴る。
「どうぞ」
モニタから目を離さずノックに応えると、意外な人物が視界の端に入ってきて思わず顔を上げる。
「門倉立会人?」
「失礼します。お忙しいところ申し訳ないのですが、弥鱈立会人にご相談が」
門倉は書類を小脇に抱え、わざとらしい言葉使いで話しながら、デスクへ近づいて小首を傾げた。何事かと詳しく聞けば、次の立会いに必要な資料を、自分に確認して欲しいと言う。
「何分、不得手な分野の知識が必要なものですから……専門知識が豊富な弥鱈立会人に、一度ご確認頂きたいと思いまして」
部屋に入ってきた時からずっと、怪しすぎる。こんな頼み事をするような人間だったろうか。警戒心を抱きながら、ちらりと顔色を窺う。門倉の黒々とした長髪、その隙間から見え隠れする額の傷跡が不意に目に入った。
何やら前頭葉の損傷より、身体能力が飛躍的に向上して「化けた」とか、「もう以前の門倉ではない」とか何とか言われているらしいが、とりあえず今のところ怪しいだけで、こちらに危害が及びそうな気配は無い。立会いに関することなら、まぁ、仕方ない。恩を売るつもりで、書類を受け取る。
「……すぐ確認します。少々お待ちいただけますか」
資料に目を通している最中、何故かソワソワとむず痒い感覚がした。ヤンキーは嫌い。常々門倉に言い放っている言葉だが、ヤンキーが嫌いなわけであって、門倉の立会人としての振る舞いが気に食わないわけでない。一応先輩ではあるし、號数も上だ。実際強いし、何かあっても門倉に任せておけば何とかしてくれるだろうと思っている。だから、多少は尊敬しているし、どんな人間か気にはなっていた。そんなこと、口が裂けても絶対に言ってやらないが。そんな門倉に頼られるという滅多にない状況に、少し緊張しているのだろうか。
そもそも門倉の「揺るぎない自信が崩壊し歪み這いつくばる姿」にしか関心が無かったはずなのに、最近間近で見た「覚悟を持って勇ましく戦う姿」に、別の関心が湧いてしまって調子が狂う。大きな身体、屈強な腕から繰り出される猛々しい一撃は、見ていて痛快だ。相手を打ちのめすたびに、特別に誂えた長い上着の裾がはためき、さらりと長い髪が顔に影をおとす。その瞬間は正直、息を飲むほど美しい……いけない、集中しないと。首を振って余計な考えを振り落とし、資料に目を通す。
「問題ないと思います」
気を取り直し真面目に確認したが、全く指摘箇所がない。さすが門倉と言ったところか、かなりしっかりと作り込まれている。念の為、参考になりそうな書籍を棚から手に取って、差し出した。
「後半の内容ですが、更に理解を深めたいのであればこちらの書籍が良いかと」
「ありがとうございます」
話す機会も滅多にないし、まあまあ歳も離れている。業務以外で話した記憶は、説教か、口喧嘩か、こちらが悪態をつく時、その程度しかない。今日もこれで、何事もなく会話は終了、門倉は自分の執務室へ戻る……はずだが、一向に立ち去る気配がない。
「まだ何か」
「弥鱈立会人、ぜひ御礼をしたいので……どうですかこの後、一緒に食事でも」
「……へ?」
【2】(略)
「なあ、昼間あんなに見とるなら声掛けぇよ」
「用もないのに話しかける人なんて居ないでしょう」
「用もないのに見るやつもおらんじゃろ」
「……今度、休憩中なら声かけます」
門倉はその答えに満足したのか、それ以上なにも言わずに目を細めて煙草を吸っている。こちらに煙がかからぬよう、少し横を向いて煙を吐き出した。その仕草が好きで、つい見つめてしまう。変に沈黙してしまった気がして、次の言葉を考えていると個室の扉からノック音が聞こえ、先ほど注文した酒が運ばれてきた。さっそく門倉が置かれたジョッキを手に持ったので、同じように手にする。
「おつかれさん」
「お疲れ様です」
ジョッキの軽くぶつかる音がして、お互いひとくち酒を飲む。もう、二度と一緒に食事を摂ることはない思っていたので、いつもの光景が戻ってきたことに安堵した。門倉は、一緒に運ばれてきたお通しをつつきながら口を開く。
「そういえば、次の休みいつじゃ」
「次ですか? 来週の水曜ですね」
「わしも休みにするから、一緒にどっか行こう。昼間から、どっかで待ち合わせして」
どこがいい?とスマホを取り出し、咥え煙草でなにやら確認している。昼間から、待ち合わせして、この男と出かける……? しばしの間、思考が止まった。痺れを切らした門倉が眉間に皴を寄せている。
「付き合うとるならデートもするじゃろ」
「うわあ……」
あまりに似つかわしくない単語に、ついつい変な声を出してしまった。改めて口にされると、キツいものがある。しかも、昼間から外で門倉と会うのは初めてで、どう振る舞えば良いか分からない。
「何が不安かちゃんと言うてみい」
ああ、もうバレている。匂いが色で見える共感覚で、多少の感情なら色で分かると後から聞いた。神だとか運命は、門倉に何て属性を追加してくれたんだと思う、迷惑すぎる。
「理由まではわしも分からんからね、ちゃんと言うて」
以前なら適当なことを言って逃げている場面だが、素直に自分の気持ちを言葉にしても良いと、何があっても好きだと、そう言ってくれた門倉の優しさに報いたくて、最近では話す努力をしている。とはいえ、あれこれ言葉にするのは気恥しさがあって難しい。そんなもだもだしている気持ちを飲み干すように酒をあおった。
「昼間から外で会うの初めてじゃないですか」
「そうね」
「だから……門倉さんを楽しませてあげれるか自信がないです。どこに行くのが良いか、もさっぱり分かりません。でも」
「うん」
「でも、一緒に出かけるのが嫌なわけじゃないです、むしろたの――」
酒の勢いを借りすぎたか、思わぬ本音も漏れそうになり手で口をふさぐ。ちらりと門倉の顔を伺ってみれば、蹴り飛ばしたくなるほど素敵な笑顔をしていた。門倉はその顔のまま、テーブル越しに両手を伸ばし、こちらの頬を挟んでむにむにと弾力を楽しんでいる。最悪だ、もう。
「そんな事心配せんでも、一緒に居れれば楽しいじゃろ」
「クソ……どうなっても知りませんからね……」
(略)
「弥鱈、さっきも言うたじゃろ? 雰囲気って大事やからねって」
門倉が少し離れて行ったかと思えば、顎を捕まれ、唇が重なる。緩く閉じていただけの唇は簡単に突破されて、舌がゆっくり前歯をなぞった。急な刺激に身体が跳ね、つい声が漏れる。こちらからも舌を絡ませようと口を薄く開けた時、門倉が離れていった。きっと今、酷く物欲しそうな顔をしている。身体を重ねる行為になんの意味もないと思っていたが、今はこんなにも門倉に触れて欲しい。
今夜は泊まっていかんか、と耳元で囁かれる。身体へ響く低音にも体が反応して、一瞬言葉に詰まった。
【3】(略)
こんな事いくら考えても意味が無いので気を紛らわせようと窓を見れば、見慣れない景色が流れていた。結局、南方の提案通り港の方へドライブするかということになったのは昨日の事だ。都内よりも綺麗な外の空気でも吸って、この気持ちを少しの間でも忘れたい。
「窓、開けてもいいですか?」
「すまん煙かった?」
運転席を見れば、確かに門倉がもくもくとタバコ吸いながら運転していた。今日は運転もあり、珍しく眼帯をしておらずサングラスをかけている。サングラスをすると途端に柄が悪くなるので笑えてしまうが、まあよく似合っているから嫌いじゃない。
再度流れる景色に目を向ければ、外は九月に突入したのにも関わらずまだまだ夏の雲が浮かんでいて、真っ青な空には秋の予感を全く感じさせない太陽が輝いている。まだ朝で、そこまでの暑さを感じないのが救いだった。遠くに海が見え始めている。
「いえ、海が……」
門倉が意外そうにこちらを一瞬見て、窓を開けてくれた。開けた窓から外気が入り込んできて、都内で感じるのとはどこか香りが違う、生ぬるい風が髪を微かに揺らす。海に思い入れがある訳ではないが、水族館へ行った時から門倉に似合う気がして興味があったのは確かだった。外の風を、もう少し感じたくて更に大きく窓を開けてみる。
「うわ」
思っていた以上に強く風が吹き込んだ。そういえば今日は髪を縛っていなかったな、と思った時には既に遅く、門倉は笑いながら暴れ回る自身の髪を片手で抑えている。
「だからちょっとしか開けんかったのに……前がよう見えんわ」
確か車にはヘアゴムがあったはずだが、探るのも面倒くさいのでポケットから取り出す。髪縛るもん忘れたと時折言うので、ポケットにヘアゴムが常備される事になって久しいが、今日も役に立ってしまった。その間にも車内に流れ込んでくる外気からは、ほんの少しだけ夏の香りがする。
「前髪だけ縛ってあげましょうか」
「変に跡付くからやめて……ちょっと一瞬ハンドル持ってくれん?」
差し出された手にヘアゴムを渡したあと、言われた通りに助手席からハンドルを支える。門倉は周囲を確認した後、一瞬ハンドルから手を離し、手ぐしでサッと整えた毛束をくるくると慣れた手つきで括った……ああもう、こんな些細な仕草すら絵になる。
(略)
文句を言いながらもテキパキとナスの素揚げを用意して、味噌汁を作る門倉の手元を見ている。無駄なく動く手から、気付けば料理ができているのを見るのは結構面白く、いつも眺めてしまう。
調理が一段落した門倉から、ランチョンマット、箸置き、箸を手渡され、それをいつも通り敷いて配置する。いつの間にかこの行為にも慣れた。雰囲気は大切、以前言っていた門倉の言葉が思い出される。最初は揶揄していたが、今となっては納得だ。どんなに雑な料理でも、食べる環境を整えれば立派な食事になり変わる。逆もそうだろう。だから、この準備も大切にしたい。
テーブルの準備が出来たのを確認した門倉は、小鉢に出来るもんも少しあったよと冷蔵庫から数品取り出して小皿に盛り付けていく。
「米どんくらい食う? 自分でよそう?」
「普通で」
「おどれの普通がわからんが……このくらいでいい?」
「いいです」
しょうもない事だが門倉の考える普通が知れてなんだか嬉しい。そんな事を噛み締めている間に、真っ白い酢飯の上に真っ赤な鮪が盛られて丼が完成した。その丼、小鉢、白身魚の刺身が乗った皿がキッチンから手渡される。それぞれを並べている間に、味噌汁の入った椀を両手に持った門倉がキッチンから出てきた。椀のために空けていた場所に、門倉がそれを置き、お互い席に着く。
「我ながら美味そうにできた」
「いただきます」
「召し上がれ」