寒夜の決意寒い。
急に気温が下がったため、羽毛布団と薄めの毛布に身を包むことしかできない。少しの熱も逃すまいと布団に包まり、体を丸めて広いベッドで小さくなる。
「なんで、こういう寒い日に限って、あの人は帰ってこないんだよ…」
夏の間も暑苦しいほど肌を密着させ、鬱陶しかった発熱装置もとい門倉雄大を今シーズン暖を取る目的でこれほど求めたことはない。
『すまんのう弥鱈。今から、会員様に勝利祝いで一杯どうか…と。…帰り遅うなるわ。あったかい布団と毛布は出しといたから、お風呂入ったら冷える前にお布団入ってあったかくして寝ーよ?』
「了解です。布団ありがとうございます。…まあ、そんなこと言われなくても寒かったらどうにかしますけどねぇ〜」
『はいはい、最初だけで終わらせりゃかわいーで終わるっちゅーに。終わったらすぐ帰るけど、先寝てるんよ。』
そんな電話が来たのが5時間前。
それから夕飯を食べ、デイリークエストを消化し、風呂に入って布団に来てから早1時間。眠れない。
元々入眠が苦手ではあったが、冷えるとさらに眠りに入れなくなる。
電話口で寒くてもどうにかなると啖呵切った手前、寒さで眠れない自分が滑稽に思えてくる。
(湯たんぽを出そうか…いや、この布団を今開いたら部屋の寒気が流れ込んでくる…それは嫌だ…この熱を逃したくない…暖房…リモコンが、ない…)
絶望的だった。もう眠ることに集中するしかない。目を閉じて羊を数え始める
(羊が1匹…羊が2匹…)
順当に柵を飛び越える羊を数えていく。
(羊が976匹…この羊たちは…ローテーションで走らされているのだろうか…それともこれだけの数の羊が本当にいるのだろうか…)
眠れなさすぎて思考がおかしな方向で走り出す。
(門倉さんが978匹…門倉さん…が…)
脳内で羊が柵を飛んでいる映像が門倉に置き換わる。とてもシュールである。
笑顔で柵を飛び越える今欲する相手を思うと、笑いが込み上げてくる。どこか身体中の寒さも和らぐ気がした。
「…どくらさんが…ふふ…2280匹…」
「だーれが2280匹なの。そこは2280人でしょ」
「え?」
急に自分以外の声が聞こえ、思わずガバっと布団を捲り、起き上がる。
「かど…くらさん?」
「そーよ、2281人目のかどくらゆーだいよ。ただいま」
「おか…えりなさい…?」
「そんなにワシの人数数えるのに夢中だったの?返事もなかったからすっかり寝てると思っとったわ」
「いつ、帰って…?」
「もう30分くらい前ちゃうんか?シャワーも浴びたし」
「…そうなんですね…、酔いも覚めてるみたいで、お疲れ様でした」
「ん。ありがと。ほいで、悠助くんはどーしてワシの数を数えてたんかな?」
労いの言葉もほどほどにニヤニヤと見つめてくる。いつもなら、煩いですねと一蹴するところだが、今はそんなことどうでもいい。
驚愕の状況に忘れていたが、すっかり布団の熱は空間に逃げ去り、せっかく数えた2280匹の門倉さん虚しく眠気は跳ね飛び、肌に感じる寒気は当初の冷たさを取り戻していた。
一刻も早く暖が欲しい。
ベッドの端で弥鱈を見下ろす門倉の方に体を向けて、両手を差し出す。そのまま視線を上げて門倉を見上げる。
「門倉さんが恋しくて数えてました」
「…やけに素直やん」
揶揄うようなにやけ顔から照れを含んだにやけ顔に変化する。髪を掻き上げ、目線を外さずにゆっくりと近づいてくる。
広げた両手を握られ、身を引き寄せられる。ふわっと香るボディソープの香りと同時に一刻前までの寒気が嘘のような温もりに包まれる。
抱き抱えられた状態でベッドに横たわると薄い毛布と羽毛布団が掛けられ、おでこに優しくキスが落ちる。収まった腕の中、門倉の服を小さく握る。
「めちゃくちゃ冷たいやん。ちゃんとあったかくしいって電話で言ったやん」
「門倉さんがいないと私冷えちゃうみたいです〜、あ〜門倉さんほんとにあったかいですね〜、この時期…最高…で…す……………」
「ん、え?弥鱈?」
「…………ッスー…スー」
温もりとここまでの努力が実を結び、眠りに落ちる。健やかな寝息を立てて、温かな夢の中で2280人の門倉雄大と遊ぶ夢を見ているのは弥鱈しか知らない。
「…はー…こんな可愛い子放って、これから飲み会なんて行けへんやん…」
冬の夜に、寝息を立てる愛おしい人を抱き、その熱を共有する門倉がひっそりと帰宅時間を早めようと決心したことを弥鱈が知ることになるのは、少し先のお話。
この日以降、「雄大くんが冬の飲み会に参加する率が下がった」と黒服の間で話題になったのはまた別の話。