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    mikittytanaka

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    mikittytanaka

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    🐬ジェイカリ☀️
    卒業式で別れるところから始まるジェイカリの続き。卒業から二年経ってアズールのもとを訪れるカリムくん。まだ続きます。
    *捏造カリム父がちょっと喋ります。
    *カリムくんに奥さんがいます。奥さんは出てきませんが、それなりのことを致してるんだなと察せられる言葉が出てきます。

    #🐬ジェイカリ☀️

    いつかあなたと2「カリム、考え直してみないか。他にも何か方法が…」
     この世に生を受けて二十年余りになるが、こんなにも憔悴しきった父親の顔を見るのは初めてだ。そんな父親の様子に心を痛めながら、それでもカリムはキッパリと首を横に振った。
    「いや、これしかない。」
     一度深く息を吸う。
    「——当主の座を継ぐ前に、事故死か、暗殺か…どちらにしろオレが死ぬしかない。とーちゃんだって本当は分かってるだろう?アジームのためを思うなら、これが一番だって。…もともと、この歳まで生きてこられたこと自体運が良かったんだ。思ってたより長くとーちゃんやみんなと楽しく過ごせてオレは幸せだったよ。」
     なんてことないように笑うカリムに、とうとう父は項垂れて両手で頭を抱え込んだ。カリムの死後、その死の秘密を一人で背負わせることになってしまうことが申し訳なくて、その背を労わるようにさする。けれど父もいつか分かってくれるはずだ。この方法以外にないのだと。
     カリムの脳裏に、ふとターコイズブルーの髪色がよぎった。どうか幸せにと願ってくれたあの声が聞こえた気がして、カリムの唇が僅かに震える。

    (ごめん。ジェイド、ごめん。)

    「——これが一番いいんだ。」

    (こうするしか、ないんだ。)




     カリムがアズールに会いに歓喜の港を訪れたのはNRCを卒業してから二年後のことだった。歓喜の港には、オープンしてまだ間もないモストロラウンジ三号店があった。遠く離れた珊瑚の海の本格的な郷土料理が食べられるとあって、ラウンジは連日大盛況のようで、その噂は遠く熱砂の国にまで届いていた。
    「忙しいって断られるかと思ったけど…よかったなぁ。」
     お前もそう思うだろと足元の絨毯を撫でると、ふりふりと前方のフリンジを元気に振って返事をしてくれる。こうやって絨毯に乗って遠くへ出かけるのも久しぶりだ。実家に戻ってからというもの、あれやこれやと現当主——父親に挨拶回りに連れ出され、空いた時間はみっちり経営学の勉強。休憩時間も常に人がついて周り、昼間だけでなく、NRC卒業と同時に迎え入れた妻と過ごす夜も、一人で過ごす夜も、寝室の扉には常に兵が控えている。
     一度、こっそりと絨毯で抜け出して砂漠の月見を楽しんだところ、誘拐か刺客かと大問題になってしまった。その日の当番だった護衛にご無事で何よりですと大泣きされた時には、悪いことをしたなぁと非常に後悔したし、今は各国を飛び回っているジャミルからも相手はオレじゃないんだぞとしっかり釘を刺されてしまった。その後からはどこへ行くにもちゃんと報告をするようにしたのだが、絨毯で出かけようとすると未だに良い顔をされない。ジャミルでもあるまいし、空を飛ぶ絨毯について来れるような護衛はいないからだ。
     防犯上好ましくないですと苦言を呈されれば、カリムももう子どもではないので頷かざるをえない。とは言え今まで五回飛び回っていたところを二回に我慢する、という具合だったので彼らの悩みは尽きないようだが、それでも遠出はしないようにしていた。
     今回のように歓喜の港へ、しかも一人で絨毯に乗っての訪問は特例中の特例だ。間違っても家の者に…特に勘の良いジャミルにアズールとの話が漏れないようにしなければならなかったので、友人の元を訪れるのに護衛はいらないと言い張った。侍従たちは難色を示していたが、最終的には父親が取り成してくれて、渋々と引き下がってくれた。

    「たしかこの辺だって言ってたけど…お、あれか?」
     ひょいと絨毯から身を乗り出して地上を見下ろせば、先ほどまで豆粒大だった建物がひとつまたひとつと肉眼で見えるほどの距離になってきた。その中に、巻貝のようなシルエットの白い建物を見つけてカリムは目を凝らす。徐々に近づいて来た建物の脇に、見覚えのある青年が立ってこちらを見上げている。
    試しに大きく手を振ってみれば、向こうも手を振りかえしてくれた。
    「おーーーい、アズールーーー!!」
     目標を見つけた絨毯がぐんぐんと速度を上げると、あっという間にアズールが苦笑して眼鏡を上げる仕草まで見えるようになった。地面に着くのが待ちきれなくて、カリムは地上数mの高さで絨毯から飛び降りた。少しばかりじんじんと足が痛んだけれど、気にすることなくアズールに駆け寄る。
    「アズール、久しぶりだな!!」
    「危ないですよ、カリムさん。…お久しぶりです。相変わらずお元気そうで何よりです。」
     柔らかく目を細めるアズールは、二年前よりも顎のあたりが少しシャープになり、前髪をオールバックにしたその姿はまさに各国に人気レストランを次々にオープンするやり手の実業家と言ったところだ。
     絨毯は久しぶりの遠出に興奮しているのか、そのまま一人で飛び去ってしまった。アズールとの話が終わる頃には戻ってくるだろうと手を振って見送る。
    「店、忙しそうなのにごめんな。」
     アズールに促され、カリムは扉をくぐって店内へと足を踏み入れた。ランチタイムが終わり、ディナータイムまでクローズされている店内には人の気配はなく、海底を思わせる少し暗めの照明がまるでオクタヴィネルのラウンジのようで、ひどく懐かしかった。
    「とんでもない。カリムさんのお願いとあらばいつでも時間をつくりますよ。三号店をこんなに早くオープン出来たのも、カリムさんと、カリムさんのお父様のおかげですからね。」

     ナイトレイブンカレッジでは四年生になると校外での実習が行われる。実習先は生徒が学校の掲示板に貼り出された実習先の中から希望する場所へ応募をすることが殆どだが、中には生徒自ら企業へアプローチをして独自の実習先を見つけてくる者もいて、アズールもその一人だった。アズールは、カリムにアジーム家での実習をさせてもらえないかと直談判してきた猛者中の猛者だ。アジーム家ではそれまで実習を受け入れた前例はなかったが、せっかくアズールほどの魔法士が興味を持ってくれているのだからと父に相談したところ、カリムの友人であればと一も二もなく許可をしてくれた。実際に実習期間中のアズールの優秀さには父も舌を巻いたようで、卒業後も縁が続き、このモストロ・ラウンジの三号店もカリムの父が出資を行っていた。
    「いや、それはアズールの努力の賜物だよ。アズールの経営計画がちゃんとしてるからとーちゃんだって出資したくなったんだ。卒業してまだ二年なのにアズールは本当にすごいよなぁ。」
     てらいなく褒めるカリムに、アズールが面映そうに肩をすぼめた。
    「それを言うならカリムさんだって。来年にはお父上からアジーム家当主の座を引き継ぐご予定なのでしょう?ニュースで見ましたよ。」
    「あぁ…そうなんだけどさ、オレはまだまだだよ。頑張って勉強はしてるけど、当主になってからもしばらくはとーちゃんに教えてもらうことが多そうだ。」
     眉を下げて頭をかくカリムにアズールがここぞとばかりににこやかに微笑みかける。
    「ご心配ごとがあればこの僕が相談にのりますから、いつでもご連絡くださいね。」
    「ありがとう!アズールは本当に良いヤツだなぁ。」
     店内奥に設置されたVIPルームの扉へ手をかけたアズールが、ふと動きを止める。

    「…カリムさん。本日は特に人払いも必要がないとのことでしたが…間違いありませんか?」
    「あぁ、大丈夫だぜ。」
     軽く頷くカリムを晴れた青空の様な瞳が見つめる。
    「この先に誰がいたとしてもよろしいのですよね?」
     少しばかり緊張した様子のアズールに、カリムの唇が穏やかな弧を描いた。
    「あぁ。…気を遣わせて悪いな、アズール。オレなら大丈夫だ。」
     ポンと親しげに肩を叩くカリムは、アズールの知る頃と何も変わりはない。けれども、決定的に変わってしまった関係がある。…この部屋の中で待つ人間との関係だ。カリムから会って話がしたいと連絡をもらった時、このことをジェイドに伝えるべきなのかとギリギリまで悩んだ。悩んで悩んで悩み抜いた結果が、この中にある。知らず詰めていた息を吐いて、アズールは扉にかけていた手に力を込めた。

     カリムは、徐々に開いていく扉をじっと見つめた。本当は、会うべきではなかった。けれども、ずっと会いたかった。これが本当に最後になるかもしれないと分かっていたからこそ、余計に。だからこそアズールに約束を取り付けた時に、カリムの訪問はジェイドやフロイドにも内密にした方が良いかと問われてどちらでも構わないと答えてしまった。アジーム家の人間とし考えれば本来の目的のためにはアズール一人で十分だったはずなのに、気付けばそう答えてしまっていた。ジェイドが自分とまた会っても構わないと思ってくれているかも分からなかったが、もしそう思ってもらえたらと心のどこかで期待してしまった。アズールを悩ませてしまって申し訳なかったとは思う。それでも運を天に…いや、この場合はアズールに任せて、会えるか会えないかどちらに転んでも後悔はしないと決めてやってきた。

    「……。」

     言葉が出なかった。開いた扉の向こうに姿勢の良いスラリとした立ち姿が除いて目が離せない。オクタヴィネルの寮服によく似た黒のスーツに紫のシャツ。耳元で揺れるピアスもあの頃のままだ。ターコイズブルーの髪は薄暗い照明の下て美しく艶めいていた。二色の瞳は柔らかくカリムを見つめている。夢にまで見たジェイドだ。上から下までじっくりと眺め回す。

    「お久しぶりです、カリムさん。」
    「うん…久しぶり、ジェイド。」
    「…少し、痩せましたか?」
    「えっそうか?自分では意識してなかったけど…忙しかったからかもしれないな。」

     カリムは身体を見下ろしながら、ジェイドと普通に会話が出来ている自分にホッとした。ジェイドを見たら、あの卒業式の翌日の明け方のように自分を抑えきれず、もしかしたらまた泣き出してしまうのではないかと思った。確かにジェイドとの再会に心は沸き立っているが、まだカリム・アルアジームのままでいられている。このままなら、きっと大丈夫。上手く話が出来るはずだ。内心胸を撫で下ろすカリムに、後ろから声がかけられた。
    「ねぇ!感動の再会すんのはいいんだけど、早く中入ってくんね?」
    「フロイド!」
     振り返れば、いつのまにか左手にグラスの乗ったトレイを持ったフロイドが立っていた。
    「ラッコちゃ〜ん元気そうじゃん。とりあえず中入って座ってくんね?アズールもいつまでもドアマンやってねーで声掛ければいいのに。」
    「僕はお前より空気を読むんだよ!」
     ムッとしたようにフロイドに言い返したアズールが、改めてカリムをVIPルーム内へと促した。部屋の手前側にはボトルがズラリと並んだ黒を基調としたカウンターがあり、その奥に重厚な革張りのソファと大理石でできたローテブルが設置されている。カリムはアズールと向かい合ってそのソファに座り、アズールの隣にはジェイドが腰をおろした。フロイドは三人の前にグラスを並べると、ポンポンと軽くカリムの頭を叩いた。
    「オレ、ディナーの仕込みで忙しいから。またね〜ラッコちゃん。」
    「おう!ありがとな、フロイド。」
     ヒラヒラと後ろ手を振って答えるフロイドが出ていくと、アズールが隣に座るジェイドを気にしながらも口を開いた。

    「…それで、カリムさん。本日はどのようなご用件ですか?」
    「あぁ、うん。そうだった。アズール、昔オレのユニーク魔法を褒めてくれたの覚えてるか?」
    「カリムさんのユニーク魔法…オアシス・メイカーのことですか?もちろん覚えていますよ。少ない魔力で大量の水を生成できる大変価値のある魔法でしたから。」
    「そっか、良かった。実はさ、オレのユニーク魔法をアズールにもらってもらえないかと思って。」
     なるべく軽い口調を心掛けてそう言えば、アズールとジェイドは揃ってぽかりと口を開けた。

    「「えっ?」」

    「…えぇと、オアシス・メイカーを僕に?」
    「うん。」
    「もらう、と言うのは…」
    「そのまんまだぜ!オレ、実家じゃあほとんど魔法なんて使わないからさ。ただ持ってるのももったいないかなって思って、アズールにあげようと思って来たんだ。」

     カリムのユニーク魔法は、少しの魔力でたくさんの美味しい水を出せることだ。ジャミルに言わせれば花の水遣りにしか使えないようなどうってことない魔法でしかないけれど、カリム自身はこの魔法を気に入っていた。それこそ草木に降らせれば花々はつやつやと命を輝かせるし、空に散らせば晴れた空に虹が出来て小さなきょうだいたちは大喜びしてくれる。宴で舞いながら披露すれば客人は沸き立つし、遊び疲れた後に飲むオアシス・メイカーの喉越しも最高だ。役に立たないお遊戯のようなユニーク魔法だと言われても、カリムはそれだけで十分だった。このままカリムと共になくなっても構わないかと思っていたのだが、最近ふとあのウィンターホリデーのことを思い出したのだ。
     カリムのオアシス・メイカーを英雄ものの魔法だと褒め称えてくれたアズール。その意味はイマイチ分からなかったけれど、同じ二年生の寮長で、勉強も学年でトップクラスの優秀なアズールにそう言ってもらえて、そんな場合ではなかったけれど、くすぐったい気持ちになったのを覚えている。だから、このままカリムがこの魔法を持っていってしまうよりも、アズールに有効活用してもらえたら嬉しい。そう思って今日アズールを訪ねてきたのだ。そこまで考えて、あっと声がでた。

    「…もしかして必要なかったか?いらなかったら無理にとは言わないけど…」
     そうだった、せっかくならばと思って来たけれど、今のアズールはオアシス・メイカーを欲しいと思っていないかもしれない。どうしようかとアズールを伺うと、少し呆然とした様子だったアズールは我に返って、強い語気でいいえ!と否定した。
    「いらないだなんてとんでもない。カリムさんのユニーク魔法は素晴らしいものです。喉から手が出るほどに欲しいですよ。」
    「そうか、良かった。それなら…」
    「しかし、またどうしてです?何故今このタイミングで?」
     顎に軽く握った拳をあてて、アズールが品定めするようにカリムを見つめる。横目でジェイドの表情を伺うが、ジェイドは思案顔のままだ。どうやら口を挟む気はないようだと見てとって、アズールはカリムとの会話を続ける。
    「カリムさんは命を狙われることもあるのでしょう、大事なユニーク魔法を失くしてしまっては困るのではないですか?」
    「それが、今は四六時中護衛がついてるから、そんなに危険もないんだ。もし何かあったとしても、オアシス・メイカーは元々花の水やりとか宴の余興くらいにしか使ってなかったから、役にも立たないしさ。別にオアシス・メーカーがなくなってもオレは全然困らないぜ。他の魔法があれば十分だ。」
     からからと笑うカリムに、アズールの眉間の皺は深くなった。
    「カリムさん、楽観的過ぎるのではないですか?後で返してほしいと言われても、僕と契約してからでは遅いんですよ。」
    「これでも結構考えたんだ。このまんまだともったいないけど、オレには使い道も思いつかないしさぁ。アズールならオアシス・メイカーを役立ててくれるだろうって思って。オレがただ持ってるよりも、アズールに有効活用してもらった方がずっと良い。」

    「…それなら、カリムさんがユニーク魔法を手放す必要はないのではないですか?」

     じっと二人の会話を聞くだけだったジェイドが発した言葉に、カリムの肩が小さく跳ねた。ふむ、とアズールもジェイドの言葉にひとつ頷く。勿体つけるように足を組み替え、ゆっくりと口を開いた。
    「…ジェイドの言う通りです。オアシス・メイカーは今のままカリムさんがお持ちになって、その魔法を使って僕と起業しませんか。悪いようにはしません。アジーム家時期当主が、その座に着く前から才能を発揮したとあれば評判になる。お父様も大層喜ばれることでしょう。」
     ジェイドの言う通り、今後もアジーム家と繋がりを持てるのならカリムから魔法を取り上げるよりよっぽどいいはずだ。アズールはそう思ったが、カリムは首を横に振った。
    「それは出来ない。出来たらいいなとは思うけど…オレ、ほんとにすごく忙しいんだ。これ以上なんかやれって言われたらパンクしちまうよ。」
    「内容も聞かずに?あなたの負担は出来る限り減らすよう考慮いたしますよ。」
    「残念だけどな。」
     申し訳なさそうに、けれどもキッパリとカリムが言い切る。
    「だから、アズールにオレのユニーク魔法をもらってほしいんだ。」
     アズールは瞳を眇めてカリムを見つめた。赤い瞳はアズールの知らない強い光を放っていた。学生時代、いつも大らかに笑っていたカリムからは見て取れなかったその眼差しに時の流れを感じ、幾許かの寂寥が募る。二人の間にある手のつけられていないグラスの中で、溶けた氷がカラリと音をたてた。
    「…そこまでおっしゃるのならわかりました。カリムさん、あなたは本当に後悔しませんね?」
    「あぁ、もちろんだ。ありがとうアズール!」
     ホッと笑顔を見せるカリムに、アズールがピシャリと言い放つ。
    「けれど、ただで頂く訳には参りません。僕が行うのはあくまで契約。あなたのユニーク魔法に見合った対価をご用意いたします。カリムさんは何をお望みですか?…オアシス・メイカーに見合った対価というと僕もすぐには決めかねますが…」
    「あっ」
    「…カリムさん。」
     まさか、と睨みつけると、案の定カリムは対価のことを考えていなかったようだ。呆れて肩をすくめるアズールに、カリムは腕を組んで考えこんでしまった。
    「うーん…あげることばっかり考えてたからなぁ。オレ、別になんもいらないんだ。それじゃあダメか?」
    「駄目です。きちんと見合った対価と交換しなければ。契約とは、そう言うものです。」
    「そっかぁ…」
     上客中の上客相手であってもアズールがイライラと机を指で叩きたくなるほどの時間をかけて考え込んだあと、カリムは諦めて肩を落とした。
    「ダメだ、何も思いつかない!出直してもいいか?契約ってことなら、とーちゃんにも相談してみるよ。決まったら連絡するから。とりあえず、オレのユニーク魔法はもらってもらえるってことでいいんだよな?」
    「えぇ、それはもちろん。カリムさんからのご連絡をお待ちしております。お互い実りある契約になることを願っておりますよ。」
    「あぁ、よろしくな!」
     アズールの差し出した手をカリムが両手でギュッと握る。軽く頷いて、アズールはそのまま腰をあげた。
    「——では、カリムさん。名残惜しいのですが僕はこれで失礼させて頂きます。」
    「えっもう?…そっか、店もオープンしたばかりで忙しいよな。そんな時に悪かったな。じゃあオレも——」
     慌てて立ちあがろうとしたカリムは正面のジェイドに強く腕を引かれて、バランスを崩してそのままテーブルに手をつく格好になった。
    「カリムさん。そんなに寂しいことをおっしゃらないでください。今度は僕とお話ししましょう。」
    「ジェイド…」
    「ジェイド、あまり乱暴な真似はするなよ。」
     そう言い残してアズールは部屋を出て行ってしまった。

    「「……。」」

     カリムはおずおずと自分の腕を掴むスラリと形の良い手からその持ち主へと視線を上げた。間近にある元恋人の整った容貌に息を呑む。アズールとは、不審がられることもなく上手く話すことが出来たと思う。けれど、ジェイドと二人になった途端、何を話せばいいのかわからなくなってしまった。こんなのカリム・アルアジームらしくない。気持ちばかりが焦って、とにかく何か話をしなければと話題も見つからないまま口を開いた。
    「あのさ、あの…」
    「そう言えばご結婚されたんですよね。おめでとうございます。…まぁもう二年も前のことですから今更かもしれませんが。」
     魚が跳ねたかのようにびくりと大きく肩を揺らしたカリムの手の甲を名残惜しげに撫でて、ジェイドの手が離れていく。カリムは取り戻した腕を抱え込んで気が抜けたようにソファに座り込んだ。
    「あぁ、うん…ありがとう。」
     よりにもよってジェイドの口から、それも一番最初にこの話題が出てくるとは思わなかった。
     カリムは、NRCを卒業すると同時に幼い頃からの婚約者との結婚を発表した。世界的に有名なアジーム家の嫡男の結婚は各国で話題となりニュースに取り上げられていた。卒業から半年ほどで三人の妻を迎え入れた後、ここ一年以上はハレムにそれ以上の女性が増えることはなかったが、その全てをジェイドは把握しているに違いない。
     カリムは、バクバクと早鐘のように打つ心音がジェイドにまで聞こえているのではないかと心配になり、胸が痛むほど強く押さえつけた。ちゃんと元恋人から結婚の話題に触れられた気まずさを感じただけに見えているだろうか。…他の何かを感じ取られはしていないだろうか。
     指の先から冷えていくような感覚に唇を戦慄かせるカリムに気付いているのかいないのか、ジェイドが軽く小首を傾げた。
    「お忙しい様ですが、ご実家での生活はどうですか?」
     カリムは話題がそれたことにホッとした。
    「——あぁ、楽しいよ。卒業したばっかりの頃はオレが家にいるのが珍しいからってきょうだいたちが何回も部屋まで遊びに来てさ。たまにかーちゃんやとーちゃんまで混じってるから笑っちまうんだ。」
    「ご家族の仲がよろしいんですね。」
    「うん。とーちゃんの仕事についていくか、それ以外は朝から晩まで勉強ばっかりだからあんまり構ってやれないんだけどな。なんならNRCにいた頃より勉強してるかもしれないなぁ。生徒はオレ一人だから居眠りも出来ないし。」
    「おやおや。」
     クスクスと笑うジェイドに、カリムの身体の強張りも解けてきた。
    「…今日はジャミルさんはご一緒じゃないんですか?」
    「ジャミルは卒業してからずっと世界中にあるうちの子会社を飛び回って研修してるんだ。今は…たしか輝石の国にいるんだったかなぁ。オレも卒業してからはほとんど会ってないぜ。」
    「そうなんですか。お二人は常に一緒にいるものだと思っていました。」
    「ジャミルは優秀だからなぁ。ずっとオレの傍にいる訳じゃないさ。あと二、三年もしたら戻ってきて当主付きになるんじゃないか?」
    「それは心強いですね。その頃にはカリムさんが当主になっているのでしょう?」
     抑揚のない口調のジェイドに、カリムは一瞬、喉が張り付いたように声が出せなかった。
    「…あぁ、そうだな!ジャミルが戻ってくるのが楽しみだぜ。」
    「ふふ、そうですね。では、今日はどなたといらっしゃったのです?」
    「今日は絨毯と一緒に来たぜ。」
    「おや、お供の方も連れずにお一人ですか?」
    「うん。うちには魔法士も少ないし、絨毯について来れるやつもいないからさ。」
    「なるほど。魔法が使えたとしても、あの絨毯さんの飛行スピードに着いて来るのははなかなか難しいでしょうね。」
     そういえば昔、一緒に絨毯に乗った時にジェイド、酔ってたっけ。ジェイドもカリムと同じことを思い出しているのか苦い顔をしていて、それがなんだか嬉しかった。
    「ジェイドは最近はどうなんだ?」
     ジェイドは軽く腕を組んで宙を見つめた。
    「僕ですか?そうですねぇ…新店舗をオープンする度に勤める国が変わるので各地のグルメを堪能出来るのは悪くありません。」
    「ジェイドはよく食べるもんな。」
    「それに、行った先々で写真集で読んだことのある山を巡ることも出来るのでなかなか充実していますよ。…カリムさんが誕生日にくださった写真集です、覚えていらっしゃいますか?いつかは全制覇したいと思ってるんです。」
    「あぁ、もちろん覚えてるぜ!まだ持っててくれてたんだな…嬉しいよ。相変わらず山が好きなんだな。」
    「えぇ。ただ、最近は休みも取れないのであまり行けてないんです。」
    「ジェイドも忙しそうだなぁ。けど、相変わらず三人とも仲が良さそうで安心したぜ。」
     アズールと、ジェイドとフロイド。久しぶりに三人の顔を見ることが出来て本当に良かった。
    「そうですか?あまりに代わり映えがしないので僕は少し飽きてきましたよ。」
     わざとらしく肩をすくめるジェイドにカリムは思わず声を上げて笑った。他愛無いやりとりが、学生時代に戻った様で楽しかった。そんなカリムを見てジェイドも優しく目を細め、おもむろに口を開いた。

    「——それで、カリムさんはいつお亡くなりになる予定なんですか?」

     まるで天気の話でもするような穏やかさと不釣り合いなその内容に不意をつかれたカリムの笑顔が固まった。

    「おや、まさか当たりですか?」
    「…いきなり何を言うんだ、ジェイド。そんな予定なんかある訳ないだろう。」
     カリムはなんとか声が震えないようにするので精一杯だった。けれど、もう分かっている。先ほどのカリムの反応でジェイドは確信を持ったはずだ。
    「だって、おかしいでしょう。ここはあの学園とは違います。いつどこから狙われてもおかしくないのに、次期当主がたった一人で他国を訪れるなんて不用心が過ぎます。ニュースで見るあなたは常に護衛に囲まれていました。…アズールとの取引を家人の誰にも知られたくなかったのでしょう?」
    「オレだって魔法が使えるんだ、一人でも大抵のことは対処できる自身はあるぜ。」
    「そうですか?だとしても来年にはカリムさんが当主になるご予定だというのに、随分と他人事のように話されていた気もします。」
    「そうだったか?まだ実感がないんだ。こんなんじゃダメだよなぁ。もっとしっかりしないと。」
     ハハ、と二人ぼっちの部屋にカリムの笑い声が虚しく響く。仄暗い照明に照らされたジェイドの影が大きくなったように見えた。
    「カリムさん。」
     どこまでも優しく響くジェイドの声が怖い。
    「あなたは今日、アズールにご自身のユニーク魔法を譲りにいらしたんですよね。それは何故ですか?」
    「…さっきも言っただろう。実家にいるとあまり使わないし、オレが持ってても役に立たないから、」
    「でも、カリムさんはお好きでしょう。」
    「え?」
    「ダンスをする時も、宴をされる時もよく使ってらしたじゃないですか。貴方がとても楽しそうにオアシス・メイカーをお使いになることは、僕でなくても知っていますよ。それを役に立つとか立たないだとか、そんなくだらない理由で手放すはずがないでしょう。…この先、使えなくなる日が来ることをあなたは知っている。違いますか?」

    ——兄さま、虹を見せて。
     幼いきょうだいたちの声がする。

    「…やめてくれ」
     カリムが弱々しく首を振った。

    ——寮長、オアシスに雨を降らせて見せてくださいよ!
     はしゃぐ寮生たちの声がする。

     カリムは耳を手で覆った。

    ——綺麗ですね。
     ジェイドの声が聴こえる。

    ——陸に上がってから雨も虹も何度も経験しましたが、これほど美しいものは見たことがありません。カリムさんが創ったものだからそう思うのでしょうか。
     こちらを愛しげに見つめるジェイドの眼差しも。

    「…もうやめてくれ、ジェイド。」
     耳を塞ぎ、イヤイヤと子供の我儘のように首を振り続けるカリムの肩を掴み、ジェイドは無理やり視線を合わせようとする。
    「僕は、あなたと別れたあの日、言いました。カリムさんに幸せになってほしいと。…カリムさんは今幸せなんですか?僕の目を見てそう言い切ることは出来ますか?」
    「……っ」
     カリムの瞳から熱い雫が頬を伝い落ちた。自分が死ぬしかないのだと父と話したあの日から、ずっと大丈夫だったのに。どうして今になって涙が溢れるのだろう。カリムにとって、死は身近なものだった。今までずっと隣り合わせだった死が、少し先で待っているようになった、ただそれだけのことのはずだ。むしろ、自ら定めた死は今までのように他人の悪意と憎悪に晒されていないだけ苦しくない。そのはずなのに。
     肩を掴むジェイドの手が熱い。
    「僕があの時あなたの手を離したのは、想像したからです。あなたがたくさんの子どもや孫に囲まれて穏やかに笑う未来を。あなたが大事にしているアジームという名の下で、たとえ僕とではなかったとしても幸福な未来を描くことができるのならと思っていたのに、そのアジームこそがあなたを蔑ろにするというのなら、僕にください。アジームに切り捨てられたあなたの全てを。」
     ジェイドの瞳は燃えていた。怒りか悲しみか憐憫か、カリムへの愛か。その全てを煌々と灯らせた瞳に、カリムは堪え切れずに嗚咽を漏らした。
    「…違うんだ、ジェイド。」
    「何が違うんです。」
    「とーちゃんは反対したんだ。でも、オレが決めた。アジームのために、オレが、オレを切り捨てることを決めたんだよ。」
    「…何故です。何故、そんなことを。」
     ジェイドの声は地を這うほどに低く、ほとんど呻き声のようだった。食い込むほどに掴まれた肩が痛い。

    「…お、オレ…」

     カリムはごくりと唾を飲み込んだ。胸が潰れてしまいそうだ。何度も口を開けては閉め、浅い息を繰り返して、ようやく一言捻り出した。

    「…こ、子供が出来ないんだ…。」

     ジェイドが息を呑む音が聞こえた。

    「ジェイドも…知ってるだろ、オレ、卒業してすぐに奥さんをもらったんだ…オレは、次期当主だから…跡継ぎをつくるのも大事な務めなんだ。でも…」
     上手く呼吸が出来ずにあえぐように続けた。
    「二年経っても、子どもが出来ない。三人いる奥さん、誰にも。…たぶん、毒の影響だと思うんだ。オレ、小さい頃から何度も毒を飲んで倒れてきたから。」
    「…診断を受けた訳ではないのでしょう?それなら…」
    「もしかしたら、時間をかければ子どもを授かるかもしれない。けど…その子にも毒の影響がないとも限らない。アジーム家の次期当主として…そんなリスキーなことは、出来ない。」
     唇を戦慄かせるカリムに、ジェイドが顔を曇らせた。
    「だとしても。カリムさんにはごきょうだいがたくさんいらっしゃるでしょう?何もカリムさんの後継が実子である必要はないでしょう。」
    「とーちゃんも、そう言った。だけど、ダメなんだ。もしもオレに子どもが出来なければ後継者争いはオレのきょうだいたち全員…いや、その子どもたちまで巻き込むことになる。そうなったら、どれだけの人が苦しむか分からない。…そんなことは出来ないよ。」
    「ならば、あなたがアジームを捨てればいいでしょう。その名を捨て、家督は弟にでもくれてやればいい。そうして僕の元へ来てください。」
     ジェイドの熱い手がカリムの手を握り必死に縋る。けれどもカリムはゆるゆるとかぶりを振った。また一粒、カリムの瞳から涙が溢れた。
    「…それも出来ない。アジームの家は、代々生き残った中の長子が継いでいるんだ。生きて家督を譲った人はいない。もしオレが生きたまま当主の座を弟に譲れば不満を持つものが現れて、絶対に派閥争いが起きる。オレにその気がなくても、オレの名を語って弟を害そうとするヤツが必ず出てくる。…きょうだいたちを、そんな危ない目に合わせる訳にはいかない。」
    「…だから、死ぬっていうんですか。家族を、アジームを守るために自分はどうなってもいいって言うんですか。」
     馬鹿らしい、と吐き捨てたジェイドの手を、カリムは掴まれていないもう一つの手のひらでそっと包んだ。
    「ジェイドは馬鹿らしいと思うかもしれない。けど、アジームを守るためにはこうするしかないんだ。オレが当主になる前に暗殺されて、弟が家を継ぐ。これが、アジームにとって一番良いんだ。あの日、ジェイドじゃなくてアジームを選んだオレの、これが答えなんだ。」
     ごめん、とひたすらに泣きじゃくるカリムにジェイドは何の返答もせず、ただ俯いて重なったカリムと自分の手のひらを見つめ続けた。

     ややあって頭を擡げたジェイドの瞳は、ゾッとするほど冷たい色を宿していた。

    「カリム・アルアジームさん。あなたのお気持ちはよく分かりました。最後に僕の願いを一つだけ聞いてくださいますか?」

     なんだ、と返したカリムの声は掠れていた。

    「あなたのユニーク魔法をアズールへ譲渡する契約を交わす日に。——カリム・アルアジームさん。僕と最後のデートをしてください。」
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    😭😭😭💕💞
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    mikittytanaka

    DOODLE現パロでチャッキーパロな🐬☀️。チャッキー(チiャiイiルiドiプiレiイ)とカエルの王子様を足して5で薄めたようなお話。魔女の呪いで人形に魂を封じ込められてしまった🐬くんと出会う☀️くんのお話し。
    再録サンプル ピピピ、ピピピ…
     規則的に鳴り響くスマートフォンのアラーム音に、うぅん、と唸ったカリムの眉間に皺がよる。もう朝なのか、起きなければいけないな、朝ごはんは何にしよう、卵はまだあったかな。脳の半分以上は眠りに浸かったまま、ぽつりぽつりととりとめもない考えが浮かんでは消えていく。あぁ、けれどこの心地良いまどろみからまだ抜け出したくない。せめて、あと五分だけでも……。シーツを顎の下まで引っ張り上げ、ころりと寝返りを打つ。
     ピピピ、ピピピ…
     そんな気持ちとは裏腹に、覚醒を促すアラーム音は鳴り止まない。カリムは薄らと片目を開けた。とにかくアラームを止めなければ。スマートフォンはどこだろう。カーテンの隙間から差し込む光は部屋全体を照らすには程遠く、枕元をごそごそと手探りするもなかなか目的のものに当たらない。そういえば昨夜はベッド脇のサイドテーブルで充電したままだったかもしれないと思い出したカリムは、サイドテーブルへ手を伸ばそうと、仕方なく上体を起こした。その瞬間。
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    mikittytanaka

    MAIKING🐬ジェイカリ☀️
    卒業式で別れるところから始まるジェイカリの続き。卒業から二年経ってアズールのもとを訪れるカリムくん。まだ続きます。
    *捏造カリム父がちょっと喋ります。
    *カリムくんに奥さんがいます。奥さんは出てきませんが、それなりのことを致してるんだなと察せられる言葉が出てきます。
    いつかあなたと2「カリム、考え直してみないか。他にも何か方法が…」
     この世に生を受けて二十年余りになるが、こんなにも憔悴しきった父親の顔を見るのは初めてだ。そんな父親の様子に心を痛めながら、それでもカリムはキッパリと首を横に振った。
    「いや、これしかない。」
     一度深く息を吸う。
    「——当主の座を継ぐ前に、事故死か、暗殺か…どちらにしろオレが死ぬしかない。とーちゃんだって本当は分かってるだろう?アジームのためを思うなら、これが一番だって。…もともと、この歳まで生きてこられたこと自体運が良かったんだ。思ってたより長くとーちゃんやみんなと楽しく過ごせてオレは幸せだったよ。」
     なんてことないように笑うカリムに、とうとう父は項垂れて両手で頭を抱え込んだ。カリムの死後、その死の秘密を一人で背負わせることになってしまうことが申し訳なくて、その背を労わるようにさする。けれど父もいつか分かってくれるはずだ。この方法以外にないのだと。
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    mikittytanaka

    MENUジェイカリ。学生の間だけと期限を決めてお付き合いをしているジェイドくんとカリムくんが卒業式の日に別れるところから始まるお話。

    ずーっとこのお話が書きたくて色々いじくってたんだけど、書きたいところまでまだまだいけない感じなので途中まで。ジェイドくんとカリムくんが別れるところまで。
    いつかあなたと「オレもジェイドのことが好きなんだ。だから、すっごく嬉しい。」
     桜が花開きはじめたあの春の日。頬をほんのりとピンクに染めて、蕾が綻ぶかのようにはにかむカリムの笑顔を今でも思い出す。
    「——けど、付き合うには条件がある。卒業式の日に別れてほしいんだ。その先の未来を約束することはできない。オレは、アジームだから。…それでも良ければ、オレと付き合ってほしい。」

     人魚の一世一代の告白に条件を突きつけるとは、人間とはなんと傲慢なことだろうかと、その時のジェイドは驚いた。けれど、別に構わなかった。それならやめますというのも自分としては釈然としないし、何より卒業式を待たずして関係を終わらせている可能性は大いにある。この気持ちが一過性のもので、一度手中におさめてしまえば満足するかもしれないと、それならばそんな条件など何ら問題ではないと、カリムの手を取ったあの日。ジェイドは、あの日の自分の判断を後悔している。
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