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    mikittytanaka

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    🐬ジェイカリ☀️
    卒業式で別れたジェイドくんとカリムくんの続き。これにて終了!
    ※カリムくんの捏造パッパが喋ります
    ※奥さんたちはアジーム家で幸せに暮らします

    #🐬ジェイカリ☀️

    いつかあなたと3 カリムがアズールのもとを訪ねて来たあの日から、まんじりともせず過ごしていたジェイドに待ち望んだ声がかかったのは、数週間後のことだった。
    「カリムさんから連絡がありましたよ。お父様と相談した結果、ユニーク魔法の譲渡契約はカリムさんご本人ではなく、お父様が締結することにしたそうです。」
    「…そうですか。上手くいったんですね…。」
     ジェイドの肩からほっと力が抜けた。
    「安心するのはまだ早いですよ。これはほんのスタート地点に過ぎません。」
    「分かっています。」
    「どうだか。お父様がこちらにいらっしゃるわけにも参りませんから、僕たちが熱砂の国へ行くことになります。僕とジェイドが一度に抜けると店は厳しいかもしれませんが…カリムさんのためです、フロイドも我慢してくれるでしょう。」
    「えぇ。フロイドはやれば出来る子ですから。」
    「やるまでが大変な奴ですがね。」
     アズールが肩をすくめた。
    「…いずれにせよあなた次第です、ジェイド。本当にカリムさんを説得できるんでしょうね?」
    「もちろんです。」
     ジェイドは大きく頷いた。舞台は整った。
    「今度こそカリムさんを引き摺り落として見せます。」





     初めて訪れる熱砂の国は活気に溢れていた。大通り沿いには隙間なくバザールが並び、少しでも店先の商品へ視線を向ければ店員から威勢の良い声が次々と投げかけられる。ギラギラと容赦なくこちらを焼きつくそうとする太陽に辟易していたジェイドだが、この国は気候だけでなく住んでいる人間まで熱気を放っているように感じられて、どうも肌に馴染まない。観光で一時とどまるのであればまだしも、とてもじゃないけれど生活の拠点とすることは出来そうになかった。カリムの育った国。賑やかなことが大好きなカリムは、きっとこの町によく馴染むはずだ。その姿をジェイドが見ることはたぶん一生ないだろう。
    「ジェイド、ぼうっとしないでください。この先の広場にカリムさんが迎えの車を回してくださっているはずです。あまりお待たせする訳には参りません。急ぎますよ。」
    「えぇ、すみません。承知しました。」
     踵を返しアズールの後に続く。こめかみから汗が流れ落ちた。ジェイドは今日、カリム・アルアジームの息の根を止めに行く。



    「——アズール!ジェイド!悪いなぁ、忙しいのに家まで来てもらって。」
     リムジンから降り立つと、絢爛豪華を絵に描いたような宮殿の前でカリムが待っていた。その屈託のない満面の笑みを見ていると、まるでこの間ラウンジで見せた泣きっ面が幻だったかのように思えてくる。
    「とんでもない。大事な商談のためですから。こちらこそお時間を作っていただきありがとうございます。…それにしても相変わらずカリムさんのお宅はすごいですねぇ。」
     感心を通り越していっそ呆れているかのようなアズールの声を聞きながら、ジェイドは初めて見るアジーム邸に圧倒されていた。学生時代、アズールが実習から戻る度その規格外の邸宅の話しを聞いていたのだが、これは想像以上だ。アトランティカ記念博物館よりも広いかもしれない、と言ったアズールの言葉を話半分に聞いていたのだが、嘘ではなかった。熱砂の国の中枢を担うと言っても過言ではない“アジーム”をまざまざと見せつけられた気分だ。けれどカリムは何とも思っていない様子で頓着なく二人を促した。
    「そうか?さ、二人とも入ってくれ。中でとーちゃんが待ってる。」
    「それでは失礼いたします。」
     カリムに案内されるまま石造りの回廊を何度も曲がり、細かな紋様が刻まれた一際大きな扉の前にたどり着く。散りばめられた宝石が眩く光を放ち、この扉一枚あれば一生遊んで暮らせるだけの価値がありそうだ。カリムはひるむことなくその扉を押し開けた。
    「とーちゃん、アズールとジェイドを連れてきたぜ!」
    「失礼いたします。」
     広々とした室内には会議でも開けそうなサイズの円卓があり、その奥にある執務机には一人の男性が座っていた。三人の姿を見て、にこやかに立ち上がる。
    「アズール君、久しぶりだね。元気そうだ。店は繁盛しているようだね。」
    「お久しぶりです、アジームさん。おかげさまで三号店も軌道に乗ってきたところです。本日はお時間をいただきありがとうございます。」
    「こちらこそ呼び出してすまないね。今日はよろしく頼むよ。」
     ジェイドは、朗らかに笑う男——カリムの父親をじっと見つめた。ジェイドには及ばないが、背が高く大柄な男だった。肩幅が広く胸板もしっかりとしていて、顎髭を蓄えていることもあり外見はカリムとはあまり似ていない。けれどその表情と赤い瞳はカリムにそっくりだった。威圧的な訳ではないのに、自然とこちらの背筋が伸びてしまうような雰囲気がある。
     カリムの父親は、アズールから無言で自分を観察しているジェイドに目を移し、息子に似た色の瞳を柔らかく細めた。
    「君がジェイド君か?カリムから話は聞いているよ。はじめまして。」
    「はじめまして。ジェイド・リーチと申します。この度はお招きいただきありがとうございます。」
     深々と頭を下げるジェイドにカリムの父親は笑いながら手を振った。
    「そんな堅苦しい挨拶は必要ないさ。…アズールくん、早速だけど本題に入ろうか。すまないが午後から予定があってね。」
    「承知いたしました。」
     二人が円卓に着座するのを見届けて、カリムが口を開いた。
    「…じゃあ、二人が契約している間にオレとジェイドは出かけてくる。とーちゃん、アズール、よろしく頼む。」
    「気をつけて行ってくるんだぞ、カリム。」
    「分かってるって!もう子どもじゃないんだから大丈夫だぜ。」
     今にも部屋の外へ走り出しそうなカリムに、アズールが声をかける。
    「本当によろしいのですか、カリムさん。あなたのユニーク魔法の譲渡契約ですよ。対価を確認してから行かれるべきでは?」
    「だいたいの打ち合わせは済んでるからな。細かいところはとーちゃんに任せるよ。オレよりとーちゃんの方が交渉上手だからさ。」
    「そりゃあお前にはまだまだ負けないさ。任せておけよ、カリム。」
     豪快に笑い合う親子にアズールが眼鏡を上げた。
    「カリムさんが良いとおっしゃるのならば、このまま僕とお父様で契約を結ばせてもらいます。」
    「おう!よろしくな、アズール。…さ、行こうぜジェイド。」
     カリムに手を引かれながら、室内に残る二人に一礼をする。

    「ジェイド君。」
     向けかけた背に、カリムの父親の声が投げかけられた。張りのある落ち着いた声だった。
    「…カリムのこと、よろしく頼むよ。」
    「…かしこまりました。」
     目尻に皺を寄せるその顔を見て、カリムも年を重ねればこんな表情をするのだろうかと、ふと思った。




    「それにしても熱砂の国とは本当に暑いところですね。」
     アジーム邸を出た途端、容赦なく照りつける太陽にジェイドは一瞬目が眩んだ。たちまち額に汗が浮かんでくる。
    「ジェイドの故郷は寒い場所なんだっけ?たしかにこの街の暑さは慣れないと辛いかもしれないなぁ。…外に行くのはやめるか?家の中は涼しいし、宝物庫でも案内してやろうか。」
     いえ、とジェイドが被りを振る。
    「カリムさんのお宅の中だと使用人の方々がたくさんいらっしゃるので落ち着きません。…せっかくのデートなのに。」
     薄く微笑むジェイドに、カリムが眉根を寄せた。
    「…ジェイド。本当にごめんな。」
    「何を謝ることがあるんです?最後にデートして欲しいと言ったのは僕ですよ。僕は今日という日をとても楽しみにして来たんです。だからどうか、カリムさんも楽しんでください。」
     ジェイドがそう言うとカリムの顔は一瞬歪んで、すぐにニッコリと笑みを形作った。
    「…そうだな!せっかくのデートだから楽しまなきゃ損だよな。」
    「そうですよ。」
     ちょんちょん、と何かがジェイドの足をつつく。
    「絨毯さんも、今日はよろしくお願いしますね。」
     見下ろせば、魔法の絨毯がジェイドの足元で房をふっている。任せろ、と言うように低空飛行をしたままその美しい生地を大きく膨らませた。胸を張っているつもりなのかもしれない。せっかくのデートなのでどうしても二人きりが良かったのだが、アジームの跡取りが護衛もつけずに人の多い街中を歩き回る訳にもいかず、カリムが旧友との再会を邪魔されたくないのだと交渉に交渉を重ねた結果、絨毯で空の旅であれば、と渋々護衛の許可を得たらしい。護衛してまわるのが難しい絨毯は、逆を言えば暗殺者による追跡も容易には出来ないから、という苦肉の策らしい。
     勇ましく房を振る絨毯にジェイドの心に不安がよぎる。
    「…あの、絨毯さん。お手柔らかにお願いしますね…」
    「アハハ!ジェイドは空が苦手だからなぁ。絨毯、張り切ってるとこ悪いけどなるべくゆっくり飛んでくれ。絹の街の良いところをちゃんとジェイドに案内したいんだ。」
     絨毯は二人の腰あたりまで浮かび上がると、早く乗れとでも言いたげにゆらゆらと揺れた。


     上空に浮かび上がって、カリムと並んで街を見下ろす。
    「どうだ?絹の街は?綺麗だろう!」
    「えぇ、本当に。流石は観光都市です。石造りの街並みが太陽の光を反射して非常に美しいですね。」
     見渡す限り美しく整備された街並みが続き、街を走る水路は青々と澄み渡っていた。今日の絨毯の機嫌は悪くないようで、カリムの言いつけ通りにゆったりと飛んでくれている。いつ急発進するかも分からないのでまだ気は抜けないが、吹き抜ける風は心地よく、今のところはジェイドも空の散歩を楽しむことが出来ていた。高台にあるカリムの家から、街並みへ近づいていく。アジーム邸の近くは緑が多かったが、バザールの近くまでくると徐々に人波が増えて来た。
    「バザールの屋根もすごくカラフルなんですね。それぞれ色が違って華やかというか、まとまりがないというか…」
    「そうなんだ!少しでも周りの店より豪華に見えるようにってどんどん派手にしていったらこうなったらしい。今じゃこの街の名物なんだぜ。」
    「確かに目で楽しむのにはうってつけかもしれません。先ほどはバザールの中を歩いてきましたが、とても活気があって驚きました。」
    「そうだろう?本当はバザールを案内出来たら良かったんだけど…ジェイドにオレのお気に入りの店のココナッツジュースを飲んで欲しかったんだよなぁ。」
    「おや、それは残念。」
     またの機会に、とはお互い言わなかった。ただそっとジェイドはカリムの手のひらに自分の手を重ねる。カリムは首を傾げるようにしてジェイドの顔を見たが、その手を振り払うことはしなかった。
    「カリムさん、あれはなんですか?」
    「あぁ、あれは——」
     その後もジェイドが気になるものを見つけてはカリムに質問したり、カリムのおすすめのスポットを見に行ったり。カリムは意外と博識だ。説明は大雑把だが、この街の歴史に自分の思い出を織り交ぜて面白おかしく語ってくれたとおかげですっかり引き込まれてしまった。付き合っていた頃もお互いの子供の頃の話をしたことはあったが、実際に絹の街を案内してもらっていると、まるで幼少のカリムを今この目で追いかけているかのように鮮やかに想像出来た。
    「カリムさんは本当に昔から天真爛漫なお子さんだったんですね。」
    「えー、そうか?普通だろ?」
     普通じゃないですよ、と心の中で呟く。あなたの生い立ちでそんなにも真っ直ぐに育つことなんて。数えきれないほどの悪意に晒され、何度命を落としかけても、まるで光の中しか歩いたことがないみたいに笑える人間なんて、あなた以外にはいない。カリムの言うように、カリムが稀代の商家の長男として生まれただけの平凡な人間だったらこんな風には思わなかった。——こんなにもカリムを欲しいと思う必要はなかったのだ。
     ジェイドの胸元でスマホが振動した。一度、二度、三度。アズールからの合図だ。ジェイドは思わず目を閉じた。突然黙りこんだジェイドに、カリムが気遣わしげに声を掛ける。
    「大丈夫か?もしかして酔っちまったか?一度どこかに降りて…」
    「いえ、大丈夫です。…絨毯さん、あまり人の居ない場所に案内していただけませんか?なるべく静かな所に。」
     絨毯が波打って了承の意を伝えてくる。足元が揺れる心許ない感覚は、ジェイドには少し…いや、かなり恐怖を覚えるものだったが、唇を噛んで耐える。

     絨毯が止まったのは絹の街を抜けて砂漠をしばらく進んだ、小さなオアシスの上だった。

    「ジェイド?…突然どうしたんだ?」
     戸惑ったようにカリムがジェイドを見つめる。
    「カリム・アルアジームさん。あなたにお願いがあります。アジームを捨てて、僕と一緒に生きてください。」
     カリムの表情が揺れる。一瞬伏せられた目は、すぐに炎を灯してジェイドを射抜いた。
    「…それは出来ない。この間も言っただろう。オレが生きているとアジームにとって良くないんだ。」
    「カリム・アルアジームが死んだ、という体裁が整えばいいのでしょう?アズールならあなたの死を偽装することも可能です。誰にもバレません。それなら良いでしょう?」
    「そんなこと簡単に出来ることじゃないだろう。」
     聞き分けのない子どもに言い聞かせるように、諭すように穏やかな声だった。けれどその口調とは裏腹に、カリムの手は強く拳を握っていて、我慢しているのはどちらの方かとジェイドは思う。
    「確かに簡単ではないかもしれません。ですが、あなたもアズールの優秀さを知っているはずです。彼の力を持ってすれば、叶わない望みはない。」
    「だとしても、オレはそんなことアズールに頼むつもりはない。」
    「あなたは頼まなくても、他の方はどうでしょう?」
    「え?」
    「アズールから、契約が無事に完了した連絡がありました。あなたのユニーク魔法の対価として、お父様が望まれたものはなんだと思いますか?」
    「それはアズールの店の利益の一部と、珊瑚の海との貿易の仲介…」
     そこで言葉を切ったカリムは、ハッと大きく目を見開いた。
    「まさか…」
     顔色を失くすカリムに、ジェイドは人間ではあり得ない鋭く尖った牙をみせて笑った。
    「あなたがおっしゃったのでしょう?お父様は、あなたがお亡くなりになることに反対していた、と。僕が頼んでアズールからお父様に連絡してもらったんです。カリムさんがお一人で対価を決めてしまう前に。カリムさんご本人ではなく、お父様と契約が出来るように誘導して欲しい、と。あなたの命が助かるのならと一も二もなく協力してくださいましたよ。」
    「ジェイド!!」
     カリムの怒鳴り声に、絨毯が僅かに揺れた。
    「オレは、そんなこと頼んでない。なんでそんな勝手なことするんだよ!!」
    「わかりませんか。」
     肩を怒らせるカリムに、ジェイドがひたと静かな瞳を向ける。
    「あなたを愛しているからです。」
    「…っ、そんなの、理由になってないだろ。オレは、自分が助かりたいだなんて思ってない。これは必要なことなんだ。勝手なことをしないでくれ。そんな契約は無効だ。…絨毯、急いで家に向かってくれ!」
    「いいえ、駄目です。絨毯さん。どうかこのままで。」
    「絨毯!」
    「絨毯さん。」
     交互に投げつけられる反対の指示に、前へ後ろへ、どうしたものかと迷っていた絨毯は、意を決してその布地を勢いよく揺らした。

    「「えっ」」

    ——端的に言えば、乗せている二人を真下のオアシス目掛けてふるい落とした。

     受け身をとる間も無く、派手な飛沫が上がった。誰もいない砂漠に大きな波音が響き渡る。人の背丈の倍以上はあるその深さに、ジェイドは人型を解いて人魚に戻るとカリムを抱え上げ、二人揃って水面から顔を出した。
    「…っぷはっ!」
    「大丈夫ですか、カリムさん!」
    「っあぁ、大丈夫だ。…びっくりした…」
     ジェイドは長い尾鰭をカリムの身体に巻き付けて沈まないように支えると、器用に岸まで泳いでいく。岸辺に這い上がって座り込んだカリムと、水の中から上半身を出したジェイドは呆然と顔を見合わせた。空飛ぶエイのようにたなびく絨毯の姿は、もう随分と小さくなっていた。
    「絨毯さん、戻って来てくれるでしょうか…。」
    「どうだろう。臍を曲げちまったかもしれないなぁ。」
    「そうですか。…もしも絨毯さんが戻って来なかった時は、またカリムさんが川を作ってくださいますか。」
    「え?」
    「いつかの時のように、あなたのユニーク魔法で砂漠に川を作ってください。今度は僕があなたを背負って街までお連れしますから。」
    「…ウィンターホリデーの時か。あれは、干上がった川があったから出来ただけで…」
     ふと、カリムの肩から力が抜けた。
    「…そうだな。その時は頼むよ。けどな、ジェイド。さっきの話は聞いてやれない。」
    「何故です?僕と生きるのがそんなに嫌ですか?」
    「そんな訳ないだろう。」
     ふにゃりと気の抜けた顔でカリムが笑った。
    「…ジェイドはさ、オレが結婚したことをニュースで知ってただろ?」
    「えぇ。」
    「アズールだって、オレがもう少しでとーちゃんの跡を継ぐことを知ってた。…オレさ、結構有名人なんだよ。」
    「そうですね。」
    「世界中の人に顔が知られてる。いくらオレが死んだフリをしたって、この顔で歩いてればすぐにバレちまう。そうなったら家族に…アジームに迷惑がかかる。ジェイドやとーちゃんの気持ちは嬉しいけど…やっぱり、きょうだいを危険にするかもしれないことは出来ないよ。」
     だからごめん、と項垂れるカリムの顎をジェイドがぐいっと掴み上げた。
    「それならば、顔を変えればいいでしょう。」
    「え?」
    「その美しい髪も、瞳の色も、肌の色も全て。変身薬であなたの容姿の全てを変えればいい。そうしたら誰にも気付かれません。」
    「そんな…」
    「あぁ、カリムと言う名前も知れ渡っていますね。それならこれも変えてしまえばいい。珊瑚の海風の名前にするのはどうです?」
    「ジェイド、」
    「その美しく響く声も目立ってしまいますか?これもアズールにお願いして変えてしまいましょうか。」
     なんてことない事のように言ってのけるジェイドをまじまじと見つめたカリムが、ポツリと呟いた。
    「…そんなの、もう…オレじゃないじゃないか…」
    「そう、あなたではありません。それならいいのでしょう?あなた自身ですらカリムさんでないと思うのであれば、他人にはなおさら分かるはずもありません。生きていても問題はないはずです。」
    「…そんな、めちゃくちゃなこと…」
    「めちゃくちゃで結構。人魚を人間の倫理観に当てはめてもらっては困ります。それともまだ何かありますか。他に、何を変えれば納得してもらえますか?」
     カリムのずぶ濡れになった髪から水が滴り、後から後からオアシスの湖面にいくつも波紋をつくる。
    「…ジェイドは、それでいいのか?だって、アジームでなくなって、髪も見た目も声も、名前も変わっちゃって…それでも…」
     カリムが食い入るようにジェイドを見つめる。

    「オレの事、好きだって言えるのか。」

     その必死の形相に、ふと卒業の翌朝のカリムを思い出した。オレを忘れないでくれと泣きじゃくったカリムの姿を。
    「…僕は時々、あなたがひどく哀れに思えます。」
     ぴくりとカリムの頬が痙攣した。ジェイドは鋭く尖った爪で傷つけないように気をつけながら人間ではあり得ない青白い手でそっとその頬をつつむ。
    「カリムさんはご自分の境遇を恵まれていると思ってらっしゃるでしょう。確かに物質的にみればそうなのかもしれません。けれど僕にしてみれば、あなたは可哀想な方です。惜しみなく最高級品を与えられるかわりに人間の妬みや憎悪を一身に引き受け、豪勢な食事は毒味がなければ口をつけることもままならない。常に悪意に晒されて、昨日まで隣にいた人物がいつ裏切ってもおかしくない毎日…普通なら気が狂ってもおかしくありません。それなのにあなたはあなた自身を失わなかった。他人を恨むこともせず、気味が悪いほどに全てを許し続けた。」
     本当に、理解し難い存在だ。ジェイドが同じ立場に生まれたとして、カリムのように考えることは絶対にあり得ない。他の誰だってそうだ。環境の違いだけではすまされない、カリムがカリムたる所以こそが、ジェイドを魅きつけてやまない。
    「僕は、カリム・アルアジームとしてあなたが持つものに一切の興味はありません。…むしろ、あなたがアジームの人間でなければとどれだけ願ったかわかりません。」
     アジームという名が持つ富や名声に群がる人間のなんと多く、そして醜いことか。ジェイドにはその気持ちが分からない。何よりも美しいものは、そこにはないと言うのに。彼らが散々に踏み躙り、傷つけてきたものこそがカリムの持つ宝だと言うことに何故気付かないのだろう。
    「どれだけ美しいイレモノを用意しても、中身が伴わないのでは意味がありません。僕が欲しかったのはカリムさんの魂。他には何もいりません。」
     またひとつ、湖面に水滴が落ちた。カリムの瞳から溢れた涙だった。
    「あなたのお父様も、きっと同じお気持ちです。例えどんな姿になっても、あなたに生きて欲しかった。だから、僕たちに協力してくださったのです。——カリムさん。どうか、僕と一緒に生きてください。」
     カリムの瞳から流れた雫は湖面に幾重にも輪を描いて広がり、その波がジェイドの身体に当たっては少しずつジェイドの心に温かな火を灯していく。カリムの腕がジェイドの首に回り、ギュッと強く抱きしめられた。
    「…オレも、ジェイドのこと愛してる。一緒に…生きて行きたい。」
     人魚には高すぎるその体温に、触れた皮膚が燃えてしまいそうに熱い。けれど離すつもりはかけらも無かった。ジェイドもカリムの背に手を回し、そのままオアシスに引きずり込んだ。ばしゃん、とまた大きな飛沫があがる。息継ぎもままならないほど、激しく唇を重ね合わせた。互いがここにいるのだと確かめるように何度も何度も。

    「…っ」

     唇も頬も染めたカリムが、潤んだ瞳でジェイドを見つめる。魔法を使わなくとも、その瞳からカリムの気持ちが十分に伝わって、思わず笑いが込み上げた。
    「僕はあの時、あなたに魔法を使えないことを心底後悔しましたが、今はあれで良かったと思っています。」
    「?ジェイド?」
     不思議そうに目を瞬くカリムが愛おしい。プロムの夜、カリムの真意を知りたいと思い、その唯一の術が残っていないことに絶望した。けれど、それで良かったのだ。そうでなければ、カリムがカリムの意思でジェイドに本心を打ち明けてくれることはなかったはずだ。あの朝のことがなければ、ジェイドにはこんな強行策は取れなかった。こんな風にカリムを抱きしめらることは二度となかっただろう。
    「…元々、あなたが僕の魔法を打ち破らなければこんな風にあなたに興味を持つこともなかったかもしれません。あのタイミングが必然だったのでしょうね。」
    「ごめんジェイド、何を言っているのかよく分からないんだけど…」
    「何でもありませんよ。ただ、僕がカリムさんに惹かれたことは運命だったのかもしれないと、そう思っただけです。」
     柄にもないことだが、本心だった。カリムと出会ってからのジェイドは初めての感情ばかりだ。これからもきっとそうなのだろう。
    「…そろそろ戻りましょうか、カリムさん。アズールとあなたのお父様が首を長くして待っていると思いますよ。」
    「…うん、そうだな。二人にも礼を言わないとな。」

     まだまだ問題は山積みだ。長期間身体を作り替える変身薬はカリムの身体に悪影響がでないように試作を繰り返さなければならないし、カリムの死の偽装について綿密に計画を練らなければならない。誰にも…特に魔法士のジャミルにバレないような精巧な死体を用意できるだろうかというところも悩みどころだ。けれど、絶対にどうにかしてみせる。密かに闘志を燃やすジェイドに、あっとカリムが声を上げた。
    「ジェイド、あれ!」
     カリムの指差す先を振り返れば、先ほど飛び立ってしまった絨毯がちょうど戻ってくるところだった。
    「タイミングがいいですね。」
    「な。絨毯のやつ、はじめから全部分かってたのかも知れないな。」
     まさか、と顔を見合わせた二人の笑い声に、機嫌良さげに絨毯が宙返りをした。


    ◇◇◇◇

     カリムの葬儀が行われたのは、それからさらに半年ほど経った頃だった。そのニュースは当主となる直前の悲劇として世界的に話題となり、カリムが死の直前まで企画に携わった花火大会は、各国からその死を悼む人々が訪れ過去最大の収益を叩き出したらしい。一時は毎日のように放映されたカリムのニュースも、一か月後にはカリムの弟が当主の座を次いだことが取り上げられるようになって、悲劇の長男の話題はあっという間に流れていった。世間とはこんなものかと、ジェイドは呆れ半分感心半分な気持ちだ。けれどこの調子だと、思っていたよりも早くカリムを元の姿に戻してやれるかもしれない。見た目だけでカリムを愛することはなかっただろうが、ジェイドがあの宝石のように美しいカリムの外見を好んでいたのも事実だ。今の姿は元のカリムの姿とは似ても似つかないもので、どうしても違和感は拭い去れない。カリムが今のままで良いと言えばそれでも構わないが…どうだろうか。まぁどちらにしろまだまだ先の話か、と気の早い頭を振った。

    「ジェイド!休憩中か?それ食ったら、一緒に買い出しに行かないか?」
     ぴょこりとスタッフルームの扉から、まだ見慣れない顔が覗いた。カリムさん、と声を上げかけて口をつぐむ。まだ新しい名前に慣れなくて、ふとした瞬間に呼び間違えてしまいそうになる。いっそ、フロイドのように何かあだ名でもつけた方がいいかもしれない。
    「構いませんが…今日の当番はフロイドでは?」
    「そのはずだったんだけど、眠いからディナータイムが始まる前に一眠りするって。」
    「まったくフロイドは…分かりました。少々お待ちください。」
     ため息をついたジェイドは、フォークで突き回すだけだった賄いのパスタを胃に治めるとコップの水をあおる。手早く食器を片付けながら、ふと、そう言えばカリムに早くに返せそうなものがもう一つあったなと思い出した。




     オアシス・メーカーは、アズールの期待以上のものだったらしい。
    「これは素晴らしいですよ。本当にいくらでも水が出せますね。ブロットがたまる気配も全くないだなんて…ラウンジで使用するだけなのはもったいないですね。これは本当にインフラが整っていない国で事業を始めるべきかもしれません。」
     オーナールームで書類を片手に目を爛々と輝かせるアズールに、ジェイドが首を傾げた。
    「富裕層向けのボトルウォーターの販売はいかがいたしますか?工場はいくつかピックアップしていますが…」
    「あぁ。」
     アズールが苦い顔をした。
    「その件については保留にしておいてください。」
    「おや、何故です?ラウンジで発売すれば一石二鳥だとそれはそれは意地汚く喜んでらしたのに。」
    「一言余計だ。…お前も飲んでみればわかる。」
     アズールがサイドテーブルから空のグラスを取り上げる。みる間に水で満たされたグラスが、どうぞ、とジェイドに差し出される。ジェイドは傾けられたグラスを手に取り、一口飲み下した。
    「…?アズール、これは…?」
    「正真正銘、オアシス・メーカーで出した水ですよ。」
    「しかし、味が違います。この水が不味い訳ではありませんが…カリムさんのものはもっとまろやかで口当たりが良かったはずです。」
    「その通りです。」
     深々と息をついたアズールが、思案げに腕を組む。
    「スタッフ何名かで試しましたが、誰もあの味を再現することが出来ない。水量については文句なしに完璧ですが、水質についてはこの通り。…もしかしたら、あれこそがカリムさんの“ユニーク”だったのかもしれませんね。とは言え、水量だけでも十分に元は取れますからね。」
     良しとしましょう、と言ったアズールの顔はちっとも良しとはしていなかったので、あのユニーク魔法は近いうちにアズールからカリムに永続的に“貸出し”がされることになるかもしれない。

     


    「…ジェイド?大丈夫か?」
     水に流したまま止まってしまったジェイドの顔をカリムが覗き込む。慌てて皿の泡を流すと、水を止めた。
    「えぇ、すみません。お待たせしました。買い物リストは持ちましたか?」
    「うん、持った。ちゃんとお金も預かったぜ!」
     子どものお遣いのように胸を張る様子が微笑ましい。カリムにとっては全てが新鮮なようで、ひとつ言いつけられるたびにはしゃぐその姿が可愛いらしく、もしかしたらフロイドもそれでちょいちょいとカリムを使うのかもしれない。…いや、あれは単にサボりたいだけか。
     早く行こうぜと張り切るカリムと連れ立って歩く。
    「今日の仕事はどうでしたか?僕はホールだったので一緒にいることは出来ませんでしたが、何か問題はありませんでしたか?」
    「うん、大丈夫だぜ。今日は芋を洗って、玉ねぎの皮を剥いてたんだ。この間はフロイドに剥きすぎって怒られちゃったけど、今日は褒めてもらえたんだ。」
    「そうでしたか。」
     良かったですねと相槌をうちながら、やっと手に入れることの出来た幸福にジェイドな柄にもなく叫び出してしまいそうだった。卒業したてのあの頃は、こんな日常を迎えられるなんて思わなかった。なんだかそわそわとして、じっとしていられない。身体中を駆け巡る喜びに、今にも身体が動き出してしまいそうだ。
     ふと、昔カリムに言われた言葉を思い出す。
    (——あぁ、このことだったのか。)
     ジェイドはクスリと笑ってカリムの前に手を差し出した。

    「カリムさん。僕と踊ってくれませんか?」

     姿かたちは違うけれど。ジェイドの言葉に目を丸くした後、笑顔を咲かせたその表情は、ジェイドの記憶の中のカリムそのままだった。
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    mikittytanaka

    DOODLE現パロでチャッキーパロな🐬☀️。チャッキー(チiャiイiルiドiプiレiイ)とカエルの王子様を足して5で薄めたようなお話。魔女の呪いで人形に魂を封じ込められてしまった🐬くんと出会う☀️くんのお話し。
    再録サンプル ピピピ、ピピピ…
     規則的に鳴り響くスマートフォンのアラーム音に、うぅん、と唸ったカリムの眉間に皺がよる。もう朝なのか、起きなければいけないな、朝ごはんは何にしよう、卵はまだあったかな。脳の半分以上は眠りに浸かったまま、ぽつりぽつりととりとめもない考えが浮かんでは消えていく。あぁ、けれどこの心地良いまどろみからまだ抜け出したくない。せめて、あと五分だけでも……。シーツを顎の下まで引っ張り上げ、ころりと寝返りを打つ。
     ピピピ、ピピピ…
     そんな気持ちとは裏腹に、覚醒を促すアラーム音は鳴り止まない。カリムは薄らと片目を開けた。とにかくアラームを止めなければ。スマートフォンはどこだろう。カーテンの隙間から差し込む光は部屋全体を照らすには程遠く、枕元をごそごそと手探りするもなかなか目的のものに当たらない。そういえば昨夜はベッド脇のサイドテーブルで充電したままだったかもしれないと思い出したカリムは、サイドテーブルへ手を伸ばそうと、仕方なく上体を起こした。その瞬間。
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    mikittytanaka

    MAIKING🐬ジェイカリ☀️
    卒業式で別れるところから始まるジェイカリの続き。卒業から二年経ってアズールのもとを訪れるカリムくん。まだ続きます。
    *捏造カリム父がちょっと喋ります。
    *カリムくんに奥さんがいます。奥さんは出てきませんが、それなりのことを致してるんだなと察せられる言葉が出てきます。
    いつかあなたと2「カリム、考え直してみないか。他にも何か方法が…」
     この世に生を受けて二十年余りになるが、こんなにも憔悴しきった父親の顔を見るのは初めてだ。そんな父親の様子に心を痛めながら、それでもカリムはキッパリと首を横に振った。
    「いや、これしかない。」
     一度深く息を吸う。
    「——当主の座を継ぐ前に、事故死か、暗殺か…どちらにしろオレが死ぬしかない。とーちゃんだって本当は分かってるだろう?アジームのためを思うなら、これが一番だって。…もともと、この歳まで生きてこられたこと自体運が良かったんだ。思ってたより長くとーちゃんやみんなと楽しく過ごせてオレは幸せだったよ。」
     なんてことないように笑うカリムに、とうとう父は項垂れて両手で頭を抱え込んだ。カリムの死後、その死の秘密を一人で背負わせることになってしまうことが申し訳なくて、その背を労わるようにさする。けれど父もいつか分かってくれるはずだ。この方法以外にないのだと。
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    mikittytanaka

    MENUジェイカリ。学生の間だけと期限を決めてお付き合いをしているジェイドくんとカリムくんが卒業式の日に別れるところから始まるお話。

    ずーっとこのお話が書きたくて色々いじくってたんだけど、書きたいところまでまだまだいけない感じなので途中まで。ジェイドくんとカリムくんが別れるところまで。
    いつかあなたと「オレもジェイドのことが好きなんだ。だから、すっごく嬉しい。」
     桜が花開きはじめたあの春の日。頬をほんのりとピンクに染めて、蕾が綻ぶかのようにはにかむカリムの笑顔を今でも思い出す。
    「——けど、付き合うには条件がある。卒業式の日に別れてほしいんだ。その先の未来を約束することはできない。オレは、アジームだから。…それでも良ければ、オレと付き合ってほしい。」

     人魚の一世一代の告白に条件を突きつけるとは、人間とはなんと傲慢なことだろうかと、その時のジェイドは驚いた。けれど、別に構わなかった。それならやめますというのも自分としては釈然としないし、何より卒業式を待たずして関係を終わらせている可能性は大いにある。この気持ちが一過性のもので、一度手中におさめてしまえば満足するかもしれないと、それならばそんな条件など何ら問題ではないと、カリムの手を取ったあの日。ジェイドは、あの日の自分の判断を後悔している。
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