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    mikittytanaka

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    mikittytanaka

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    ジェイカリ。学生の間だけと期限を決めてお付き合いをしているジェイドくんとカリムくんが卒業式の日に別れるところから始まるお話。

    ずーっとこのお話が書きたくて色々いじくってたんだけど、書きたいところまでまだまだいけない感じなので途中まで。ジェイドくんとカリムくんが別れるところまで。

    #🐬ジェイカリ☀️

    いつかあなたと「オレもジェイドのことが好きなんだ。だから、すっごく嬉しい。」
     桜が花開きはじめたあの春の日。頬をほんのりとピンクに染めて、蕾が綻ぶかのようにはにかむカリムの笑顔を今でも思い出す。
    「——けど、付き合うには条件がある。卒業式の日に別れてほしいんだ。その先の未来を約束することはできない。オレは、アジームだから。…それでも良ければ、オレと付き合ってほしい。」

     人魚の一世一代の告白に条件を突きつけるとは、人間とはなんと傲慢なことだろうかと、その時のジェイドは驚いた。けれど、別に構わなかった。それならやめますというのも自分としては釈然としないし、何より卒業式を待たずして関係を終わらせている可能性は大いにある。この気持ちが一過性のもので、一度手中におさめてしまえば満足するかもしれないと、それならばそんな条件など何ら問題ではないと、カリムの手を取ったあの日。ジェイドは、あの日の自分の判断を後悔している。




    「オレと踊ってくれないか?」

     卒業式が終わった夜、NRCでは盛大なプロムが開催された。初めは男だけでプロムなんてと馬鹿にしていた生徒たちも、豪勢な食事とゴーストたちの生演奏、明日からは会うことはないかもしれない級友たちとの最後のイベントだと次第に意気込んで、今ではホールは大いに沸き返っていた。そんな中、片割れのように次々と友人の手を取ってはダンスを楽しむ気にも、卒業後には上司になる予定の幼馴染のように食事を楽しみながら友人と談笑をする気にもなれず、ジェイドは一人壁際の椅子に座り込んでいた。踊り疲れたのか、同じように壁際で休憩をしている生徒もちらほらいたので特におかしなことではなかったが、しかしその冷め切った瞳は明らかに華やかなプロムの場から浮いていた。
     そんなジェイドの前に人影が立ち、視界にスッと褐色の手のひらが差し出された。ジェイドのよく知る手だった。何度も指を絡めあった、美しい手。普段から豪奢なブレスレットを嵌めているが、今日はまた一段と煌びやかだった。手首にはほっそりとした金のリングが幾重にも巻かれ、ひとつひとつに色とりどりの宝石が散りばめられていて、軽く身じろぐだけでシャンデリアの明かりを眩く反射していた。服装も熱砂の国の伝統衣装を元に肌触りの滑らかな絹の生地で仕立てられており、白を基調として金の刺繍で花々が彩られていた。一見シンプルにも思える衣装は真珠色の髪とよく馴染み、首元へ垂らしたピーコックグリーンのターバンを際立たせていた。その洗練された姿はまさに世界有数の大富豪の跡継ぎ、といったところだろう。
     そうやって視界に入ってきた手のひらと衣装を見るともなしに見つめていたジェイドが、のろのろと視線をカリムの顔に向ける。じっとジェイドの返事を待つカリムの顔は、どんな装飾にも負けず、いつもと変わらずに美しかった。もちろん衣装に合わせて化粧はいつもよりも派手に施されていたが、この喧騒の中にあって浮かれた様子もなければ、今日で恋人と別れる憂いも一切見受けられない。普段と変わらぬ笑顔で、身につけているどんな宝石よりも煌めく赤い瞳を細めて、ジェイドを真っ直ぐに見つめている。
    「嫌です。」
     ぷいとジェイドが顔を逸らした。
    「そんなこと言わないでくれよ。これが最後なんだからさ。」
    「嫌なものは嫌です。フロイドとでも踊ってくればいいじゃないですか。先ほどから派手に踊っていますよ。」
     ほら、と指差した先では、フロイドがまるでブレイクダンスのように長い足を大きく振り回していた。先ほどまで級友たちの手を取って楽しそうに身体を揺らしていたはずだがそれに飽きたのだろう、周囲の生徒たちはそんなフロイドを囃し立て、我も我もとその周りで自由に踊り始めるものもいて、その個々の主張の激しさはまさにNRC生といったところだ。
    「オレはジェイドと踊りたいんだ。最後なんだから頼むよ。ジェイド、結局一度もオレと踊ってくれたことないじゃないか。」
     重ねて言ってくるカリムをチラリと睨め上げる。
     ジェイドは、片割れのように得意とまではいかないが、アズールよりは大分まともに二本足を操ることが出来る自信はある。しかし、元々、踊ることがあまり好きではなかった。今日で別れるこの恋人は、ジェイドと違ってダンスが大好きだ。普段歩いている時でも軽やかなステップを刻んでいるかのようなその足は、楽しいことがあるとすぐにうずうず、そわそわと動き出してはすぐに中庭へと駆け出していく。カリムとよく言葉を交わすようになってから約一年と九か月、付き合うようになってからだと一年と半年。その間にジェイドは数えきれないほど踊るカリムを見てきた。しなやかで、まるでそのまま飛び立ってしまうのではと思うほど重力を感じさせない身体運びにどんなリズムにも合わせてしまえる軽やかな足。両手の指先まですらりと伸びたその美しい所作が意外で、正直にそう伝えると、幼い頃から舞踊を習っていたのだという。フロイドと一緒に踊ることもあれば、一人でくるくると華やかに回ることもあって、そんな時は近くを通る生徒を次々に引っ張っては最終的にはまるでミュージカルのワンシーンのように大所帯となることもあった。協調性にかけた生徒ばかりのこの学園でそんなことが出来たのは、ひとえにカリムの人徳だったのだろう。そのどれをもそばで見てきたジェイドは、けれど一度も一緒に踊ることはなかった。何度カリムに腕を引かれても、可愛らしくお願いをされても決して首を縦には振らなかった。カリムほど上手く踊れる自信がなかったし、何よりもジェイドには踊り出したくなる気持ちが分からなかった。嬉しいと身体がむずむずするだろう、楽しいとステップを踏みたくなるだろう、とカリムに言われても首を傾げるばかり。「気分が高揚すると、身体を動かしたくなるのですか」と問えばカリムは「こうよう…」とよく分からなさげにオウム返しにした後、考えることを諦めたのか「そんな感じだな!」と笑った。ジェイドには、気分の高揚がダンスに繋がるその回路がよく分からない。根本的に、自分とカリムは違うのだ。けれど、楽しげに踊るカリムを見ていることは好きだった。自分が踊るよりもよっぽど楽しいし、気分が良い。だから、ジェイドは一度もカリムと踊ったことがない。


     今日はどうしても過去を振り返ってしまう。感傷的になっているのだろう。自分にこんな一面があっただなんて驚きだ。カリムといると、自分ですら知らなかった一面が次々と出てきてしまう。…けれど、それも今日が最後だ。
    過去から現在の自分の前に差し出されたままの手のひらに思考を戻して、ジェイドは感情に任せて口を開いた。
    「今日で別れる恋人をダンスに誘うだなんて。僕はちっともそんな気分にはなれません。あなた、自分がどれだけ残酷なことをしているか分かっていますか?」
     なじるジェイドにカリムは苦く笑った。二年生の春に、ジェイドがカリムと付き合うことになった時、頬を染めてはにかんだカリムとはまるで別人のように大人びた表情だった。いつのまにこんな顔をするようになったのだろう。これからは、こうして知らないカリムが増えていくのだろうか。いや、それどころか知らないことも分からない日常が続いていくのだ。そう気づいてしまって、ジェイドはまるで鉄の塊を飲み込んだかのように胸がずっしりと重くなった。
    「…分かってるよ。学生の間だけって、オレの都合で決めたことだからな。本当にごめん。でも一回くらいは、ジェイドと踊ってみたかったんだ。…最後だからさ。」
    「最後だから?だから、ここで踊って思い出にして、はいさようならと別れられるのですか?僕はそんなのごめんです。」
     ジェイドの斬りつけるかのような鋭い言葉にカリムが息を呑んだ。
     初めは、ただの好奇心だった。得体の知れない生物を観察する気持ちで、二年のウィンターホリデーの後からカリムを目で追うようになった。それが段々と視界に入らなくても探すようになって、カリムに話しかけられると胸が高鳴るようになって。ひらりと観賞魚の尾鰭のように舞う白いカーディガンだとか、太陽の光を反射して真珠のように光る髪だとか、カリムの動きに合わせて耳元や手足で微かに響く音だとか、カリムを構成するあらゆる要素に目敏く反応してしまう自分がいた。乾いた砂が水を吸収するようにカリムはジェイドの心にあっという間に染み込んで、見る間に大輪の花を咲かせた。カリムが咲かせたその花は、枯れ落ちることなく今もジェイドの中にあるのに。
     カリムが愛しい。それと同じくらい、憎くてたまらない。この男はジェイドの全てを変えてしまったのに、そんなジェイドを残して行ってしまうのだ。着いてこいとも連れて行ってくれとも言ってくれない。本当は、ジェイドだって分かっている。ジェイドと共に来てくれたら、カリムは幸せになれる。けれど、カリムにとっての幸せのカタチはそれだけではないのだ。カリムがジェイドのことを好きだとしても、カリムにとって大切なものは他にいくらでもある。アジーム家の当主となりたくさんの家族に囲まれて天寿を全うする未来だってある。そのどちらをも幸せと呼ぶのなら、カリムは少しでも多くの人々を悲しませない方を選ぶだろう。ジェイドを選ぶには、カリムが捨てさるものが多すぎるのだ。天秤をジェイドに傾けることは、絶対にない。
     そのことに気づいてから、ジェイドが激情のままにカリムを奪い去ってやろうと思ったことは一度や二度ではない。そうなってもカリムはきっとジェイドのことを許してくれるだろう。けれど、それがカリムが望む幸せにはなり得ないことを分かっているから、出来なかった。人魚は本来自分本位だ。厳しい自然の中で自分の命を守るため、欲望を満たすために貪欲に奪って生きてきた。それなのに、カリムに対してはそうできない。自分よりも優先したいものが出来る日が来るだなんて、欠片も想像したことがなかった。
    「…すみません。こんなことを言うつもりはなかったんです。ただ、まだ感情の整理がつけられなくて。」
    「…いや、オレも…。」
     緩く頭を振るカリムに、ジェイドはふっと息をついて意識して口角を上げた。
    「カリムさん。僕はあなたのことを愛しています。もう会うことはないとしても、たぶん一生。あなた以上に僕の感情を揺さぶる人はいないでしょう。…あなたはどうでしたか。僕は、あなたにとっての特別になれましたか?僕との未来を思い描いてくれたことはありましたか?僕のことを好きだと言ってくれた気持ちは嘘ではないと分かっています。けれど、その気持ちはこれからあなたが出会う人にも向けられる程度のものだったんでしょうか。」
     カリムの瞳が揺れた。どんな答えが返ってくるのだろう。最後にカリムの本心が知りたいのに、ジェイドには、カリムに真実を語らせる術がもうないのだ。真っ直ぐにカリムの瞳を見つめながら、ジェイドはあの冬の日、宝物庫で己のユニーク魔法を使ってしまったことを心底後悔していた。あの日がなければカリムとこうなることもなかったと分かっているけれど、それでも思わずにはいられない。わっとホールに歓声が溢れた。フロイドか、他の誰かが何かの技でも披露したのかもしれないが、その歓声はジェイドの耳には届かず、ただ消えそうに小さく呟かれたカリムの声だけを拾った。
    「…ジェイドのこと、すごく好きだよ。ジェイドと過ごした時間はオレにとって宝物だ。感謝してる。だけど、オレはカリム・アルアジームだから。…お前との未来を描くことは出来なかった。本当にごめん。」
     少しでも相手を傷付けないための、未練を残させないための当たり障りのない別れの言葉。わかっていた。カリムはどこまでいってもこういう人間なのだ。ジェイドを少しでも傷つけないようにと穏やかに突き放すカリムのお人好しさが堪らなく辛かった。きっと、誰が相手でもカリムはそうしただろうから。カリムは優しい。ジェイドから見れば愚かなほどに。突飛な行動で周囲を振り回すこととあったけれど、他人のために驚くほど簡単に自分を投げ出すことが出来る人間だ。まるでカリムという“個”がないかのように自分が傷つくことを厭わず、人を傷つけることをとても嫌う。そんなカリムの在り方がジェイドには哀れで不気味で、ひどく寂しかった。
     ジェイドは、いつも利他的なカリムが自分の欲望や感情を優先したくなってしまうような、カリムの心に波を立たせる存在になりたかった。相手を傷つけることになったとしても、カリムが激情をぶつけることを止められないような唯一人の存在になりたいと、そう思っていた。けれど、ジェイドには出来なかったのだ。そのことを今、まざまざと突きつけられている。
     ジェイドはスッと立ち上がった。上手く笑えているだろうか。いつものようにカリムを見下ろしながらその手を取る。
    「やはり僕はカリムさんと踊ることは出来ません。美しく締めくくって、あなたの綺麗な思い出のひとつになんてなりたくない。」
     どんな出来事も綺麗に飾って美しい思い出にしてしまうカリムの魂に、そうはさせまいと爪を立てたかった。カリムがジェイドに飾り気のない本心をぶつけてくれることを望んでいたけれど、それが叶わないのならせめて。
    「あなたを愛しすぎたあまりにその手を取るのことできなかった哀れな人魚を想って傷ついてください。」
     カリムに、ジェイドがカリムを愛した証を刻みつけたかった。いつか癒えて消えてしまうものだとしても、今だけでいいから。そして、その後は。
    「そして——どうか幸せになってください。あなたの幸せを誰よりも願っています。…熱砂の国には明朝出立なさるんですよね。お気をつけて。」
     カリムが目を見開いた。その唇が何かを伝えようと動く。けれど、カリムが言葉を発する前にジェイドは背を向けて会場を後にした。
     カリムは、追ってこなかった。


     そのまま部屋に戻ったジェイドは、着替えることもせずただぼんやりとベッドに座り込んでいた。日付が変わる頃に戻ってきたフロイドは、そんなジェイドに何か言いたげにしていたけれども、結局は何も言わずにさっさとシャワーを浴びてベッドに潜り込んでしまった。暗闇の中、まんじりともせずただフロイドの静かな寝息を聞き続けて。気がつけば窓の外の海がほんのりと色付き始めていた。カリムは、今頃起きて故郷に帰る準備をしているのだろうか。それとも、もう立ったあとなのだろうか。この学園にもうカリムは居ないのかもしれないと思うと目頭が熱くなった。
     その時、部屋の扉からコンコン、と小さなノックが響いた。こんな日も登り切らない時間に、一体誰が何の用だとジェイドはやさぐれた気持ちでその音を聞いた。とても出る気にはなれなくて無視をする。普通は眠っている時間帯なので少しも不自然ではない。けれど、少し間を開けてもう一度控えめに扉が叩かれる。ふと胸が騒いで、静かに腰を上げた。ベッドが軋む音にフロイドが目を覚ましていないことを確認してからそっとドアノブを回す。
     目の前にカリムがいた。
    「こんな朝早くからごめんな。少し、話がしたくて。」
    「……。」
     てっきりあれきりになるものとばかり思っていたから、突然の事態に頭が回らない。ぼんやりとカリムを見つめていると、カリムの顔が泣きそうに歪む。唇を噛み締めたままその真珠色の頭を下げた。
    「…頼む。少しでいいんだ。オレに時間をくれ。」
    「…分かりました。」
     ジェイドはそっと廊下に滑り出て後ろ手にドアを閉める。まだ早い時間帯とはいえいつ誰が来るか分からない。とりあえず人気のないところへ、とモストロラウンジに足を向けた。

     モストロラウンジのしんとした薄暗いホールはまるで時間が止まっているかのようだった。分厚い強化ガラスを隔てた向こうでゆったりと漂うクラゲや時折見える魚影だけが、時の流れを知らせている。改めてカリムと向き直る。そう言えば自分は昨夜のプロムの衣装のままだったなと今更気づいた。皺がついてみっともない状態になっている。カリムが最後にみる自分がこれか。昨夜は美しい思い出にして欲しくないと駄々をこねたくせに、それでもこんなみっともない姿を見せたくなかったと考えている自分に思わず苦笑が漏れる。
     カリムはすでに寮服に身を包んでいて、けれど化粧はしていなかった。年齢よりも幼く見えるその素顔は、一晩泣き明かしたかのように目元が腫れていた。無意識に手を伸ばしかけた自分がいて、慌てて腕を降ろす。カリムがなかなか口火を切らないので、かわりにジェイドが口を開く。
    「すでに熱砂の国にお帰りになったのかと思っていました。」
    「あぁ…うん。本当はもう出てるはずだったんだけど…ジャミルに言って、少し待ってもらったんだ。」
     カリムの手が強く握りしめられる。
    「昨日、ジェイドに言われたことを考えてたんだ。朝までずっと。」
     ジェイドの胸がまるでナイフを突き立てられたかのよう痛んだ。
    「…もういいんです。カリムさんは初めから卒業までの間という条件でお付き合いしてくださっていたのに、僕が勝手にひどいことを言って、未練がましくあなたのことを詰ってしまいました。本当にすみませんでした。」
    「違う!!」
     ジェイドが頭を下げるのと同時に、カリムの裏返った声がラウンジに響いた。声を荒げるカリムの姿を初めて見た驚きに固まるジェイドを気にも止めず、カリムは声を震わせて続けた。
    「ひどいのは、オレだ。ジェイドを悲しませたくないなら、最初から付き合わなければ良かったんだ。…オレは、アジーム家の長男だから。ずっと一緒にいることは出来ないってわかってたのに。」
     カリムの瞳から涙が溢れた。
    「あの日、ジェイドに好きだって言ってもらえて舞い上がっちゃったんだ。オレだけだと思ってたから。両想いなんだって思ったら、本当はダメだって分かってたけど、でも嬉しくて…だから、どうしても断れなかった。」
     一度溢れてしまえばあっという間で、堰を切ったように流れるカリムの涙は、首元を彩るターバンの色を見る間に濃くしていく。
    「付き合ってから、もっとジェイドのことが好きになった。優しくて、周りのことをちゃんと見ていて、面倒見がよくて。すごく格好良いし、オレのダメなところはハッキリ指摘してくれるし、でも頑張ったところは絶対に気付いて褒めてくれる。…オレ、ジェイドといると、どうにかなっちゃうじゃないかってくらい幸せなんだ。」
     カリムさん、と信じられない思いで呼びかけたジェイドの声は掠れていた。目を真っ赤にしたカリムがにっこりと微笑む。
    「卒業してからもずっと、ジェイドと一緒にいられたらいいのにって何度も空想したよ。熱砂の国で二人で暮らしたり、海の近くの港町に住むのも良いよなって。アズールにお願いして、オレを人魚にしてもらおうかなって考えたりしたこともあるんだ。そう出来たらいいのにって…オレは、アジーム家の長男なのに。こんな風に思うの、生まれてはじめてなんだ。こんな気持ち、ジェイドに出会って知ったんだ。」
     堪えきれずに顔を覆って嗚咽を漏らすカリムを、ジェイドは衝動のまま引き寄せた。朝の空気に冷やされたカリムの身体に少しでも熱が戻ればいいとキツく胸に掻き抱く。ジェイドのワイシャツをぎゅっと握り、胸元に頬をつけたカリムがくぐもった声で続ける。
    「…でも、出来ない。オレはカリム・アルアジームだから。オレには大切なひとたちがたくさんいる。これから大切にしていかなきゃならない人だって出来る。オレがアジームを捨てたら悲しむ人たちが大勢いるんだ。ジェイドのことを愛してるけど、それだけで他の全てを蔑ろにすることは出来ない。本当にごめん。」
    「…いいんです。仕方のないことなんです。」
     カリムの柔らかなつむじに口をつけてジェイドが囁く。本当は仕方がないだなんて思えない。このまま海の果てまでカリムを連れ去ることが出来たらどんなにいいだろうか。けれど、ジェイドには出来ない。カリムが悲しむ結果になることが分かった上で自分の欲望を優先するには、あまりにもカリムを想う気持ちが大きくなりすぎてしまった。あのカリムが、ジェイドにこんなにも真っ直ぐに感情をぶつけてくれている。どうしようもないと分かっていながら、それでも諦めきれずに湧き上がるカリムのその気持ちが、そしてそれをぶつけてくれることこそが、ジェイドが一番欲しかったものだった。だから、それで十分と思わなければいけなかった。ジェイドのシャツは、カリムの涙でびしょびしょに濡れて肌に張り付いていた。けれどそんなことはちっとも気にならなかった。
    「…本当は、この気持ちは一人で持ってようとしたんだ。オレはジェイドを選べないのに、こんなこと言ったってジェイドを傷付けるだけだって。早くオレのことなんか忘れて幸せになってほしいってそう思ってた。…ジェイドの言う通りだ。オレは昨日、最後にジェイドと踊って、それでこの気持ちを終わりにしようって思ってた。…けど出来なかった。終わりになんて出来ない。でもこの気持ちを一人で抱えて生きていくことも辛くて…迷惑かもしれないけど…ジェイドに知って欲しかった。」
     ほんの数十センチの距離で、赤と、金とオリーブの瞳が見つめ合う。
    「オレもジェイドのことを愛してる。誰よりも、ずっと。こんなオレのことを忘れないでくれ。ひどいこと言ってるって分かってるけど、ジェイドにだけは、オレのこと覚えていて欲しいんだ。オレも昨日お前が言ってくれたこと、一生忘れない。これからどんなに大切に思う人が増えたとしても、ジェイドほど愛する人はいないよ。ジェイドはオレにとって特別なんだ。…だからどうか幸せになってくれ。」
     ジェイドの金の瞳から一粒だけ涙が垂れ落ちた。カリムの頬に当たったその雫は、すぐに弾けてカリムの涙と混じり合って流れていく。
    「…もちろんです。カリムさんの気持ちを聞くことができて、本当に良かった。僕はあなたのその気持ちがあれば生きていくことが出来る。この先何が起きたとしても、僕があなたを思う気持ちは変わりません。カリムさんも、どうかそのことを心に留めておいてください。」
    「うん。」
     そっと唇を触れ合わせて、それから額をくっつけあって二人ぎこちなく微笑んだ。
    「…ごめん。オレ、涙と鼻水でひどい顔してるだろ。最後はこんな顔じゃなきゃ良かったな。」
    「それは僕だって一緒です。昨日と同じ皺のついたスーツ姿が最後だなんて。もっと早くいらっしゃることを教えてくだされば、ノリの効いたものを用意しておいたのに。」
     くすくすと密やかに笑い合う。
    「…大丈夫ですよ、たしかにあなたのその髪も肌の色も顔の造作も、僕を夢中にさせてくれますが。僕が愛しているのはあなたの外見じゃない。カリムさんの魂そのものを愛しているのですから。」
    「うん…オレも…」
     ジェイドとカリムは、お互いの未来の幸福を願いながら、もう一度だけ唇を合わせた。
     最後のキスは、塩辛かった。
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    mikittytanaka

    DOODLE現パロでチャッキーパロな🐬☀️。チャッキー(チiャiイiルiドiプiレiイ)とカエルの王子様を足して5で薄めたようなお話。魔女の呪いで人形に魂を封じ込められてしまった🐬くんと出会う☀️くんのお話し。
    再録サンプル ピピピ、ピピピ…
     規則的に鳴り響くスマートフォンのアラーム音に、うぅん、と唸ったカリムの眉間に皺がよる。もう朝なのか、起きなければいけないな、朝ごはんは何にしよう、卵はまだあったかな。脳の半分以上は眠りに浸かったまま、ぽつりぽつりととりとめもない考えが浮かんでは消えていく。あぁ、けれどこの心地良いまどろみからまだ抜け出したくない。せめて、あと五分だけでも……。シーツを顎の下まで引っ張り上げ、ころりと寝返りを打つ。
     ピピピ、ピピピ…
     そんな気持ちとは裏腹に、覚醒を促すアラーム音は鳴り止まない。カリムは薄らと片目を開けた。とにかくアラームを止めなければ。スマートフォンはどこだろう。カーテンの隙間から差し込む光は部屋全体を照らすには程遠く、枕元をごそごそと手探りするもなかなか目的のものに当たらない。そういえば昨夜はベッド脇のサイドテーブルで充電したままだったかもしれないと思い出したカリムは、サイドテーブルへ手を伸ばそうと、仕方なく上体を起こした。その瞬間。
    19330

    mikittytanaka

    MAIKING🐬ジェイカリ☀️
    卒業式で別れるところから始まるジェイカリの続き。卒業から二年経ってアズールのもとを訪れるカリムくん。まだ続きます。
    *捏造カリム父がちょっと喋ります。
    *カリムくんに奥さんがいます。奥さんは出てきませんが、それなりのことを致してるんだなと察せられる言葉が出てきます。
    いつかあなたと2「カリム、考え直してみないか。他にも何か方法が…」
     この世に生を受けて二十年余りになるが、こんなにも憔悴しきった父親の顔を見るのは初めてだ。そんな父親の様子に心を痛めながら、それでもカリムはキッパリと首を横に振った。
    「いや、これしかない。」
     一度深く息を吸う。
    「——当主の座を継ぐ前に、事故死か、暗殺か…どちらにしろオレが死ぬしかない。とーちゃんだって本当は分かってるだろう?アジームのためを思うなら、これが一番だって。…もともと、この歳まで生きてこられたこと自体運が良かったんだ。思ってたより長くとーちゃんやみんなと楽しく過ごせてオレは幸せだったよ。」
     なんてことないように笑うカリムに、とうとう父は項垂れて両手で頭を抱え込んだ。カリムの死後、その死の秘密を一人で背負わせることになってしまうことが申し訳なくて、その背を労わるようにさする。けれど父もいつか分かってくれるはずだ。この方法以外にないのだと。
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    mikittytanaka

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    ずーっとこのお話が書きたくて色々いじくってたんだけど、書きたいところまでまだまだいけない感じなので途中まで。ジェイドくんとカリムくんが別れるところまで。
    いつかあなたと「オレもジェイドのことが好きなんだ。だから、すっごく嬉しい。」
     桜が花開きはじめたあの春の日。頬をほんのりとピンクに染めて、蕾が綻ぶかのようにはにかむカリムの笑顔を今でも思い出す。
    「——けど、付き合うには条件がある。卒業式の日に別れてほしいんだ。その先の未来を約束することはできない。オレは、アジームだから。…それでも良ければ、オレと付き合ってほしい。」

     人魚の一世一代の告白に条件を突きつけるとは、人間とはなんと傲慢なことだろうかと、その時のジェイドは驚いた。けれど、別に構わなかった。それならやめますというのも自分としては釈然としないし、何より卒業式を待たずして関係を終わらせている可能性は大いにある。この気持ちが一過性のもので、一度手中におさめてしまえば満足するかもしれないと、それならばそんな条件など何ら問題ではないと、カリムの手を取ったあの日。ジェイドは、あの日の自分の判断を後悔している。
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