休日 ブーっというスマホの震えで目を覚ます。
着信は銃兎。
「はーい」
「なんだ、寝てたのか」
「今日休みだもん」
「これからそっち行く」
「はあー?今日はダメ」
「何かあるのか」
「みんなで映画いくから」
「みんな?兄弟とか?」
「そ」
「映画なら俺と見ればいいじゃないか」
「はあー???せっかくいち兄と一緒に行く約束したんだから邪魔しないでよね」
「それは次男坊も行くんだろ?」
「そうだよ」
「じゃ、一郎と二郎が仲良くオタ話してるのを引きつった笑顔で見守る役をお前は進んでやりに行くって事だよな」
「……そうだよ」
「そりゃご苦労な事だな。その映画は何時頃終わるんだ」
「昼過ぎ」
「そうか。じゃあ俺はこのまま寝るか。じゃあな」
「はーい。おやすみー」
電話を切る。
行く前からテンション爆上げのいち兄と二郎を横目で見ながら朝食を摂る。
「にいちゃん、映画の演出、テレビのやつより迫力あるかなあ」
「そりゃそうだろ。あの人が監督やってるから結構ド派手かもしれないぞ」
「あー楽しみだなー!」
なんかよくわからない話を二人でしていて、僕は静かに聞いている。一応一通り調べているし、原作もテレビシリーズもちゃんと内容はおぼえている。が、この手の人種はにわか知識を口にしたら最後徹底的に突っ込んでくる。特にバカが。だから敢えて口は挟まない。
映画に行く前にアニメショップに向かい推しグッズを物色するという。正直僕が行っても何も見るものはないので二人にただついていくだけだ。女子高生のようにキャッキャしている兄達に半ば呆れながら愛想笑いを終始浮かべる。
(はあ。ほんとに銃兎と一緒のが楽しかったかも)
断っておいてなんだが、好きなように振る舞える相手と一緒の方が楽だなと思う。
「なあ、三郎。お前はどうする?なんか買うのか?」
「あ、いえ。僕は大丈夫です」
「三郎は冷めてるからな」
「違うんだって!冷めたように見えて熱いんだって言ってんだろ。な、三郎」
「え?ええ」
いち兄がフォローしてくれるのはありがたいけど二郎の意見が正しいです、すみません。
兎にも角にも買い物を終え映画館。映画の内容は僕的には可もなく不可もなく。細かい事はわからないけど普通に面白かった。隣の二人はリアクションが大きくて少し恥ずかしかったが、まわりも似たり寄ったりの反応をしていた。お子様向けの作品ではないので周りも大きいお友達ばかりでアニメ好きな人達って感情が素直だな、と思ってしまった。
「めちゃサイコーだったな‼︎」
「あと五回は見に来れるね、にいちゃん!」
五回も来るのかよ、と思いつつ「そうですね」と相槌を打つ。
「あー腹減ったな。なんか食って帰るか」
「そうだね、にいちゃん!」
「……そうですね」
これはパンフ見ながら号泣パターンを外で繰り広げる地獄を覚悟しないと。
映画館を出る。いち兄と二郎は興奮気味に先に出て、その後ろを僕がついていっていたのだが、前を歩いていた二郎が急に止まって背中にぶつかってしまった。
「何してんだ!急に止まるなよ‼︎」
「おお、悪ぃ」
と言いながらもそのまま二人して立ち尽くしている。壁ができて前が見えない。
「おや、奇遇ですね」
ん?聞き覚えのある声。二郎の陰から様子を伺う。
「入間さん、こんな所で何してるんすか?」
「休みなので水族館に行こうと思いまして。皆さんお揃いでどちらへ?」
「オレらは映画観てきたんだよ」
「入間さんはこれから行くんですか、水族館」
「ええ。最近展示が変わったと雑誌に載っていたので」
「あー……急いでないなら一緒に昼飯食べませんか。三郎も退屈しないだろうし」
「はい。ではご一緒しましょう」
「えー!にいちゃん、なんでコイツも誘うんだよ!」
なんか僕の存在そっちのけで話が進んでいる。小声で二郎がこっちに振ってくる。
「三郎!お前なんか約束してたんじゃないのか?」
「してないよ」
かくして意図せず四人でご飯を食べる事に。いち兄と二郎が隣同士、銃兎はいち兄の向かいで僕の隣。
「何しに来たの?」
「水族館に行くっていいましたよね」
「……」
いち兄はブレる事なく映画の話をし始める。二郎はいち兄と話しながらもちらちらこっちを見るので気が気じゃない。
銃兎がメニューをこっちに見せてくる。
「お前、何食べる?」
「何でもいいよ。銃兎が選んでよ」
「後でこれは嫌だったとか言うなよ」
「言わない。あ、でもそんなにお腹空いてないから」
「なんでだ。昼回ってるぞ」
「だってポップコーン食べたし」
「ああ。映画観てたんだっけな」
ガタン!とイスを引く音で僕が顔を上げると「水、持ってくる‼︎」と二郎が席を立つ。
「ハハ。あいつは気にしすぎなんだよなあ」
いち兄が笑っている。僕は何がなんだかわからない。
「俺たちに当てられたみたいだぞ、次男坊」
「はあ?普通に話してただけなのに?」
いち兄もにこにこしながら
「三郎があまりにも自然に話してるからだろ。他人には一線引くお前が素で話してるからな」
なんて言ってくるからなんか恥ずかしくなって来る。
その後二郎はこっちに意識を持ってこないようにいち兄とずっと映画の話をしていた。いち兄もそれに付き合っていた。僕は二郎が変に意識しているのがイヤで銃兎とも話さず黙々とご飯を食べた。
銃兎が全員分の会計を済ませた。いち兄はそのつもりはなかったようで最後まで自分が払うと言っていたが「年長者には花を持たせるものですよ」とかなんとか言って納得させていた。
「あーお腹いっぱい。じゃーね、銃兎。行きましょう、いち兄」
銃兎に別れを告げて家に向かおうとしたらフードをグッと掴まれた。
「何言ってんだ。一人で水族館はねぇだろ。一緒に行って来い」
「え?」
「にいちゃんの言う事は絶対だからな。三郎、楽しんで来いよ」
二郎は当然のように頷きながら余計なことを言う。いつもならその通りだけど、兄弟に見守られながら二人で行くのは気が引ける。しかも二郎のニヤケ顔がめちゃめちゃムカつく。
「で、でも僕今日夕食当番ですし……」
「あーいいって。俺がいるし、二郎はカレー作りゃ喜んで食うしな」
いち兄のカレー、僕も食べたいんですけど。
「ほら!お前、恋人待ってんぞ。早く行け!」
二郎がずーっとニヤニヤしてて気持ちが悪い。生々しいのは苦手なくせに揶揄うのだけは容赦がないのが腹立つ。
「いいですよ。今日は兄弟水入らずで過ごすおつもりだったのでしょう。お邪魔しました。では」
銃兎が会釈して去ろうとする。どっちに行ったら正解かわからず立ち尽くしてしまう。帰れば銃兎に対して罪悪感が残るし、行けば二郎に盛大に揶揄われるし。
「三郎。心配すんな。二郎は弟取られてやきもち妬いてるだけだから。行って来い」
いち兄が耳打ちしてきて、ポンと肩を押される。
「……はい」
銃兎の所まで走って追いつく。
「歩くの速いよ」
「お前がもたもたしてただけだろ」
「ほんとは水族館なんて行く気なかったんだろ」
「いや、水族館は本当に行くつもりで来たけどな。一人でって言うのがウソだな」
「あっそ」
「それよりお前あんな映画面白かったのか?」
「え?」
「俺は観てないけどポスター見た限りお前の好きそうな感じじゃないだろ」
「いいんだよ。いち兄が好きなんだから」
「そんなんじゃ疲れるだろ」
「別に。いち兄と一緒に出かけられるなら何でもいいし。二郎が邪魔なんだけど僕一人じゃいち兄と共通の趣味とかないし」
「そうかそうか。ブラコンは大変だな」
「うるさいなあ」
でもこんな会話の方が心地良いんだよな。兄弟とは違う安心感みたいなのがある。水族館も静かで落ち着く。海月の展示はとても綺麗だし、魚やペンギンを見ているだけなのに映画よりも楽しかった。
「さて、じゃそろそろメインだな」
「メイン?」
「ホテル」
「え……やだ」
「まあ、そう言うと思ってたがな。お兄ちゃんたちが心配するしな」
銃兎は笑っているが理由が違う。別にイヤじゃないと思った自分が嫌だっただけだ。
「……」
「なんだ」
「やっぱ行く」
銃兎は驚いている。いや、だって人目ないとこ行きたいし。
「夕飯までには帰るからね」
「わかってる」
連れて行かれたのは怪しい通りのホテルではなくイケブクロでも高級なホテルだった。しかもチェックインは済んでてフロントで鍵を返してもらうだけだった。
「どういうこと?」
「夜勤明けでこっち来てひと眠りしたんだ。電話した時にはこっちにいたからな」
「はあ?最初から連れてくる気まんまんじゃん!」
「そりゃそうだろ」
パタンと扉が閉まる。部屋に入るなりキスされる。しかもこれも嫌じゃなかったんだよな…僕。
「なんだ。複雑な顔してるな。不満か」
「いや」
「ほら、こっち来い」
さっさとベッドに腰掛けポンポンとベッドを叩いて僕を誘う。言われるまま隣に座る。
「いやに素直だな」
「なんか僕にもわかんない」
銃兎の肩に頭を乗せる。兄弟でいるのが一番のはずなのに今の方が落ち着いているような。
「どうした」
「んー……」
朝からの事を考える…けどなんか思考がまとまらない、というか眠い。
「なんだ、疲れたのか」
「んー?んー……」
肩に頭を乗せたまま目を瞑ってかんがえ……
スースー
「はあ。随分と気を張って何してるんだか」
三郎の靴を脱がせベッドにきちんと寝かせ布団を掛ける。一郎と出かけるために一所懸命知識を詰め込んで、興奮してなかなか寝付けなかったんだろう。
(まるで遠足前の子供だな。平和そうに寝やがって)
持ってきたPCを開き仕事を始める。溜めていた書類の作成が余裕で終わるくらいの時間は起きる事はなかった。
「んー……ん?え?」
目を開けたらふかふかのベッドの中にいた。
「お、起きたか」
「え?あ、うん。ごめん」
咄嗟に謝ってしまった。というかなんだこの状況。
「そろそろ帰るか?ほら」
スマホを渡される。時間は午後六時。ここに来てから三時間⁈
「よく寝てたな」
「あ、うん?」
「スッキリしたか?」
「ん」
グーッとお腹が鳴る。
「なんだ腹減って起きたのか」
「ち、違う!ね、僕ずっと寝てた?」
「ああ」
「起こしてよ!せっかく……」
「せっかく?」
ボッと顔が赤くなる。一緒にいるのにと言いかけたからだ。
「エロいことしたかったのか?」
「ち、違う‼︎」
「疲れてたんだろ。休めて良かったじゃないか。俺も溜まってた書類片付けられたしな」
「でも僕寝てただけだし。ごめん」
「どうせ昨夜寝付けなかったんだろ、大好きなお兄ちゃんとお出かけだーって」
「う、うるさい!」
そうだけど。
「まあ俺は話しててもいいけどお前、時間大丈夫なのか?」
「え?あ、そうだ。えと……」
いち兄に電話をかける。ここから家まで歩いて帰ると時間がちょっとかかる。
「もしもし三郎です」
「おう、どうした」
「あの、これから帰ります」
「え?まだ六時過ぎだぞ。ケンカでもしたのか?」
「え?」
「いや、その、あれだ。遅くなるのかと思って、だ」
しどろもどろのいち兄。……反応が素直すぎる兄に苦笑しつつも
「あの、夕飯食べてから帰ります。もう作っちゃったかなと思って」
「お、おう。カレーだからどっちにしろ今日一日じゃ食いきんねーから安心しろ」
「遅くならないうちに帰ります」
「お、おう。別にいいぞ、遅くても」
理解ある言葉はありがたいけど裏の意味が見え隠れしてますよ、いち兄。
「じゃ」
「おう。楽しんで来いよ」
ピッと電話を切る。銃兎はやり取りを見ながらニヤニヤしている。
「……てわけだからご飯連れてって」
「はいはい。美味いと評判のリストランテはいかがですか、お姫様」
銃兎が悪戯に言う。この言葉のチョイス、嫌味な事この上ないな。
「僕は姫じゃない!行くよ‼︎」
銃兎の手を取って、早く!と急かす。
ちょっとしかない時間だから楽しく過ごそうよ、ね。