一緒にランチ「ごめん、遅くなっちゃった」
久しぶりに遠出をしようと昨夜の電話で言われワクワクしてたら眠れなかった。起きたら待ち合わせギリギリの時間だし、頭寝癖で大爆発だし、着ていく服は決めてないしで大慌てで『遅れます』とメッセージを入れた。バタバタと部屋と洗面所とを行ったり来たりしていて「うるせえぞ!」といち兄に注意され「す、すみません」と言うと「三郎か。珍しいな」と言われてしまった。二郎だと思われたらしい……そんなに騒がしかったのかと反省しながらも「い、いち兄!こっちとこっちどっちがいいと思います?」と迷っていた上着をバッと見せると「お、おう……あ、左のがいいんじゃねえか」と圧倒されながら答えてくれた。
「そんなに待っていませんよ」
急いで助手席のドアを開けて中に入るとそう言って笑われた。車の中はいつものようにいい香りがする。銃兎とおんなじ匂い。毎日乗るから香水が移ってるんですかねって前に言ってた。仕事に香水振ってく警官なんて想像した事もなくてびっくりしたけど禁止はされてないんでってあっさり言うからそんなもんなんだろう。
「どこいくの?」
「そうですね。どこがいいですか」
「人のいないところ」
「ホテルですか?」
「……それはお前が行きたいとこだろ。そうじゃなくて」
「休日なんでどこも混んでると思いますけど」
「えー……じゃあ銃兎んちでいいよ」
「なんかいつも通りですね」
「だってどこも混んでるんなら行きたくないもん」
「あ。あーでも混んでるのは嫌なんだよな」
「なに?」
「赤煉瓦倉庫でフードフェスやってるなと思って」
「フードフェス?」
「なんでも肉とかハンバーガーの有名店が出るとか。昨日から警備強化だって言って大忙しでした」
「ハンバーガーか。うん、行こう!」
「警備強化なんで大混雑が予想されますが」
「お腹空いてるし買って帰ろうよ」
「車停めるところ遠いで……」
「警察車両のとこ停めさせてもらおうよ」
「駄目ですよ。職権濫用じゃないか」
「チッ!いつもは職権濫用ばっかりしてるくせに」
それでもさすが地元警察官の地理感覚で小さくて見落としがちな近くの駐車場にすんなり駐車した。
「うわ、人多い」
「だから言ったじゃないか」
車から降りて少し歩くと楽しそうに歩く人々の波。こんなに人が多いのにはしゃぐとかどうかしてるのかと思ってたのに「ずいぶんにこにこして。上機嫌ですね」と銃兎に言われ自分でもびっくりする。まあ、なんとなく、一緒に歩いたりとか、二人で何食べようかなとか、考えちゃうけど。
「そ、そんなことない!」
「そうですか?私は楽しみですけどね」
「え?お肉だよ?」
「……普通に肉は好きですけど。量は食べないだけで」
「いつも野菜ばっか食べてるからそんなに好きじゃないのかと思ってた。野菜なんてよく食べるよな」
「野菜の美味しさがわからないとはまだまだお子ちゃまですね」
むう!返された‼︎
「そんなむくれるな」
ハハッとまた笑われる。上機嫌なのは銃兎の方じゃないか。会場にはいろんなお店が並んでいて、お客さんもたくさんいてメニューと行列の塩梅を見てまわる。
「三郎、アイスあるぞ」
と指差され「どこ?」と無意識に反応しちゃったけどまだメイン食べてないし。
「だめ!ご飯先」
「その割には目はそっちに行ってるけどな」
だってアイス好きだし。
「そういえば今日首輪してないんだな」
「……チョーカーね。忘れた。なんで?」
「なんか落ち着かないと思って何が違うんだろって思った」
「間違い探しかよ」
行列に並びながら今日の朝の事を話す。
「寝坊したからバタバタしてて」
「寝坊したのか」
「え?」
「出掛けに依頼チェックでもしてたのかと思ってた」
「……めっちゃバタバタして二郎に間違えられた」
「そうか。そりゃ災難だったな」
「いち兄も僕と二郎を間違えるなんてありえないよ」
「普段なら間違えないだろ。次男坊は落ち着きなさそうだからよっぽどバタついてたんだな」
「二郎はいつも家の中走り回って探し物してるからね」
「そうなのか」
「いつもいち兄にちゃんと用意しとけって言われてるよ」
話をしてたからか順番きたの割とすぐだったなって感じた。二段重ねのチーズたっぷりなハンバーガーと皮のついたワイルドなポテトが皿の上に乗っている。
「ほら、お前の分どっか席取っとけ」
「ねえ、テイクアウトじゃなかったの?」
「どうせなら外で食べたほうが美味いだろ」
「銃兎の分は?」
「すぐ来るだろ。席の確保お願いしますよ」
「はーい」
でも全然空いてない。キョロキョロしてたら「食べ終わったのでどうぞ」と二人でテーブルに座っていた女性に声をかけられた。「ありがとうございます」と言うとやばいやばい!と言われ、ニコッと微笑んだらキャー‼︎って声は出さず静かに叫ばれた。多分騒ぎにならないように抑えてくれたんだろう。「お静かにお願いします」とカバンに入れてたBusters Brosのステッカーを二枚渡す。え!まじ!うれし!と静かに手を振って去って行った。
「お前、何渡してんだ」
様子を見ていたのか自分のトレーを持った銃兎が呆れた顔で僕に問う。
「席譲ってくれたからコレあげた。なんかあったら渡せっていち兄から貰ってるから。」
席に座りながらBusters Brosのステッカーの束を見せる。
「一郎くんはサービス精神旺盛ですね」
「イケブクロだとこっち渡すよ。これも喜んでもらってもらえる」
萬屋ヤマダの名刺を出す。宣伝は欠かさずやれって言われてるから。
「こんなの持ってるのか」
「一応ね」
「一枚くれ」
「いいよ」
突然名刺を渡す事になって変な感じ。
「銃兎のは?」
「持ってない」
「え⁉︎」
「コレ、あるからな。提示だけだ」
と警察手帳を見せてきた。
「身バレする証拠なんてホイホイ渡すわけないだろ」
「意外……」
「そうか?中学生が名刺持ってる方が意外だけどな」
「サインも書いてやろうか」
「山田三郎って?テストじゃないんだから」
「ちが!ちゃんとしたやつ‼︎」
「……サインもあるのか」
「そりゃ、一応有名人だし」
「そんなもんなのか。俺はポスターとかにサイン書けって中王区で言われても普通に名前書いてるだけだけどな」
「……その時は僕もそうだけど……」
「?」
「じ、二郎とこの間『優勝したらサインとかくれって言われるよな』って二人で作ってた……」
「へえ。じゃあ優勝しなかったお前が他人に渡すのは初めてってことか?」
「え……まあ……」
スッと僕の前に名刺を差し出される。書けってことかとバッグから筆箱を出すと「そんなの持ってるのか」とまた驚かれたけど無視してサインペンを出してサラサラっと練習したサインを書く。
「どう?かっこいい?」
「フッ、まあ、いいんじゃないですか」
半笑い……変なのかなぁ。
「君たち兄弟はいつも楽しそうですね」
サインを書いた名刺を指先で摘んで裏表見ながら銃兎が微笑む。
「ん?バカにされてる?」
「まさか。兄弟で毎日楽しそうに過ごしているなと思って。家が楽しいなんて久しくないですから」
「銃兎の楽しいとこどこ?」
「そうですね……あなたと一緒にいる時、ですね」
「あ、そういうのいいから」
「今のも本音ですけど、仲間と酒飲んでる時は楽しいですよ」
「それは楽しいだろ。仲間なんだから」
「それも楽しめるようになったのは最近ですよ」
「銃兎は気、張りすぎなんだよ」
ポテトを摘んで口に運ぶ。銃兎は大口開けてハンバーガーにかぶりつく。僕のより肉の量の少ないバーガーからはチーズが溢れ出てくる。
「そうですか?」
もぐもぐしながら首を傾げる。ハンバーガー食べてるのも大口開けるのも初めて見る。こんなに緊張感のない入間銃兎はあんまり他人には認知して欲しくないと思う心の狭い僕。
「……まあ、たまに息抜きで僕を呼べば」
「はあ」
気のない返事。なんにもわかってないんだろうな。こんな嫉妬バカらしいし知られたくもないからいいんだけど。
「お前、ハンバーガーに挟まってる野菜は文句言わずに食べるんだな」
僕そんなに野菜に文句言ってるのかと思わせる発言をされる。
「え?」
「生野菜……に限らないか。野菜見ると凄くイヤそうな顔してなんでこんなモノ食べるんだっていつも言うよな」
いつもなんて言いませんけどそう思われるくらいに嫌いなのは認める。
「ハンバーガーの中身取り除くって発想がなかった」
「不味くはないのか」
「別に」
このくらいの量で肉やチーズ、主張の強いソースが野菜のイヤな味を消してくれるし、そもそもレタスとかトマトとか素材のまんま食べるのがすきじゃないだけだし。
「まあ、食えるならいいけどな」
「どういうこと?」
「嫌いってベーッて出されるのは勘弁してほしいからな」
ニヤニヤしながら遠くの方で母親があやしながら食事をしている小さな子供と僕を見比べている。
「ハンバーガーに入ってる野菜は美味しいよ‼︎」
実際美味しいわけじゃないけど。
「僕の舌は繊細だから人体に危険な物は受け付けないだけだから。」
「おやおや言い訳も高尚ですね」
「銃兎だって餡子食べられないじゃないか」
「食べられないんではなく好きではないんです」
「僕だって好きじゃないだけですぅ‼︎」
言い合いしてプッと吹き出して笑い合う。
「くっだらな。銃兎がこんなくだらない話すると思わなかったよ」
「ラップバトルは気が張ってますからね。特にうちのリーダー様があの通り繊細なので」
「イラッとすることに敏感だよね、左馬刻。わざわざイライラしに行ってるようにみえるけど」
「地雷が多くてこちらはいつも大変なんですよ」
「銃兎は引っ掻き回して結局理鶯さんが左馬刻回収してるように見えるけど」
「物理的に回収させたら丸く収まるんですよ。なんせ元凶は左馬刻が動く事なんですから。要は左馬刻が動かなければ何も起こりませんからね」
「ひど‼︎自分とこのリーダーなのに」
「私はリーダーを崇拝なんてしてませんからね」
「僕だって崇拝はしてないよ。尊敬はしてるけどいち兄は追い越すし、ブッ潰したい身内みたいなのもできたし」
「身内みたいな?」
「そ」
「次男坊じゃないのか?」
「二郎はもう僕の相手じゃないね」
「お前、何の根拠もなく……」
「二郎の弱点知ってるし、精神崩せるもん」
「そういうことか。じゃあ二郎もそうなんじゃないか?」
「二郎はそこまで頭回んないからねー。それにその作戦が仮に過ぎっても僕にはできないんだよね、多分」
「え?何故ですか」
「ん?お兄ちゃんの意地じゃない?二郎そういうの強いし」
「二郎は正々堂々でお前は狡いってことだな」
「ええ⁉︎立派な戦略だろ‼︎」
「じゃ、俺か?」
「何の話?」
「身内みたいの」
「銃兎身内じゃないじゃん」
「ああ。プロポーズかと」
「は?は?え?」
急な恥ずかしい言葉にまともに返せなかった。
「ま、冗談だけどな」
「冗談なの?」
「それは俺が追々するから気長に待っとけ」
「…………うん」
なんだこれ
なんだ?うんて言っちゃったけど
「さーて食い終わったし混んでるから行くぞ」
惚けてた僕のおでこを銃兎がデコピンしてきた。
「さーて。うちでデザートでもいただきますかね」
と耳元で銃兎が囁く。
僕の休日は甘くとろける模様です。