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    kadota_zy

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    まきあき。青森星蘭戦後、秋山さんと槇村さんが連絡を取り合うまでの空白時間の小説です。

     青森星蘭高校との激闘を終え、秋山は何としてでも槇村に伝えたいことがあった。サッカーに賭ける想いは変わらない。それは試合を通じて十分に理解できた。しかし、まだ確認しておきたいことがある。大切に思ってきたからこそ、槇村と繋がっている糸を切らせたくはなかった。トイレに行ってくる、とチームに告げて集団から抜け出すと、青森星蘭高校が荷物をまとめているであろう場所をぐるりと見回す。冷めやらぬ熱気を抱えた観客たちからは、「優勝おめでとう」と労う声が秋山へ飛んでくる。会釈をしながら見慣れた背中を視界の隅に捉えると、秋山はすぐさま自動販売機の裏側へ駆け出した。
    「槇村!」
     槇村はひとりスタジアムの片隅で静かに泣いていた。試合終了後に崩れ落ちていた彼の周りには幾人ものチームメイトが集まっていたが、いま近くには誰もいない。人一倍、責任感の強い槇村のことだから自らひとりになりたかったのだろうと秋山は推測する。かつてのチームメイトがどこにいようが探し出してしまえる己の才能に、感心すらしてしまえる自分がいた。反射的にこちらを振り返った彼の目は赤く腫れ、頬は濡れている。名前を呼んだ人物が誰なのかを悟った槇村は、ちいさく「なんでお前がここに……」と唸った。そして秋山がなにかを言う前にと、踵を返してその場を去ろうとした。
     目を閉じていても、いま相手がどんな顔をしているのかが分かってしまう。分かってしまうからこそ、去ろうとする足を引き留める。
    「待てよ、槇村」
    「触るんじゃねぇ、いますぐ離せ」
    「ここまでわざわざ追いかけてきたんだ、そう簡単に離すかよ。お前の携帯の電話番号、教えろ」
    「…………」
     最高の場所で全力を出し切ってぶつかりあい、勝者と敗者に別たれたふたりの立ち位置。なにを言っても拒絶されてしまいそうな危うさを秘めている。
     真っ直ぐに自分を射抜いてくる勝者の瞳の熱さに、槇村は歯を食いしばった。教えることなどなにもない、ましてや交わす言葉など……。思えば思うほど、なぜか棘が刺さったようにジクジクと痛む心。煩わしさを振り解くようにして槇村は鞄の中からノートとペンを取り出し、用紙を千切って電話番号の書いたメモをぐしゃぐしゃに丸めて秋山に放り投げた。それはまるで複雑に絡み合った槇村の感情そのもののようだった。上手くキャッチしたメモを、秋山はしっかりと握りしめる。ちらりと見えたノートには、青森での練習内容がびっしりと事細かに記載されていた。秋山は沸騰しそうな血の通う拳をさらに強く握りしめ、死闘を尽くした相手へ声を張りあげた。
    「実家に帰ったら、電話するから出ろよ!」
     槇村からの返事はなかった。
     
     数日後に実家へ帰省したあと、秋山は自宅の電話から槇村へ連絡を取ろうと受話器を持ちあげた。今ごろは寮部屋に戻っているだろうかと考えながら番号を入力し、呼び出し音を静かに聞く。数回の呼び出し音が、永遠よりも長く感じる。このまま相手が通話に応じなければどうすれば良いか考え始めたその時、「もしもし」と不機嫌そうな声が聞こえた。
    「俺だ、秋山だ」
     名乗れば、数秒の沈黙が流れる。
    「電話してまで話したいことって、なんだよ」
     要件を単刀直入に告げろと言いたげな声音だった。しかし、相手の声からもすこしの緊張が滲んでいた。離れていた心の距離を繋ぐようにして秋山は慎重に言葉を紡ぐ。
    「話したいことは色々あるけどよ、こうやって電話するのも久しぶりだな」
    「ああ……。俺が青森に行く前に通話したきりだから、三年ぶりか」
     ジュニアユースに属していたあの頃、自分よりも大きなゴールネットを背にふたり夢見ていた世界は、どこまでも美しかった。
     ふたりは幼い頃に重なっていた道、記憶の海のなかを電話越しに辿る。
    「……そっちにいた頃、俺とお前と、お前の弟の三人で、よくどっちが弟のシュートを多く止めれるか勝負したよな」
    「そーそー。懐かしいな。それで凛胆を拗ねさせたりして。三人でムキになって、ムカついて、日が暮れるまでサッカーして……」
    「……俺たちは、やってることは昔から変わらない。相手が自分より上手くいくと、嬉しいよりも先に悔しい気持ちが勝つ。昔からそうだった。同じ競技に人生を賭けてる以上、メディアを通じて必ずお互いの名前を見るだろう。ポジションも同じだしな。だからこそ、」
     仲良しこよしには、戻れない。
     槇村ははっきりとそう告げた。
     意地になっているわけではない。
     心の底から出た、本音だった。
    「そうだな……。俺は、槇村のことを置いていったとも、置いていかれたとも思っちゃいないぜ? Uー一八でお前の名前を見たときも、実際に青森と戦っているときも……お前の姿を見て、前に進んでるなと思った」
     どちらかが腐り、足を止めてしまえばきっと、決勝戦の対戦も叶わなかったはず。たとえどんな過酷な現実が待ち受けようとも死に物狂いで練習し、自分の可能性を諦めずに信じて続けてきたからこそ、いまこうして強豪チームの守護神としてそれぞれの居場所を得ている。
    「エスペリオンから居場所を失った俺は、前に進まざるを得なかった」
     お前の存在が俺を変えた、と槇村は言った。運命が変わるきっかけはお前の存在だったかも知れないが、変わりたいと強く願ったのは自分自身だ、とも口にする。
    「いまは青森に来たことに対して、すこしの後悔もない。むしろ来て良かったと思っている」
     歩んだ先にあった極寒の地、白銀の景色は、息をするだけで苦しく辛くとも、幼き頃に夢見ていた世界と同じようにどこまでも可能性に溢れていて、槇村にはひたすら美しく思えた。秋山という立ち塞がる壁がなければいまの反骨精神と強さを持つ俺はいないと、槇村は断言できる。成長するにつれて膨らんでいく本心を、たったひとりの唯一無二の存在へ宣言する。
    「秋山。お前は俺にとって、永遠のライバルだ。次は負けないからな」
     ライバル宣言を受け、秋山の口元には微笑がこぼれた。意地でも関係を繋げてやろうとさえ思える大切な相手から、かけがえのない存在であると認められたことへの嬉しさが、胸に満ちていく。
     "仲良しこよし"には戻れない。これからは、互いを互いに刺激しあう永遠のライバルとなる。時には手を取り合い、時にはまた死闘を繰り広げるような。
    「そうだな。俺にとっても、お前は永遠のライバルだ」
     声に出して耳に聞き入れるたびにしっくりくる響き。槇村にも思わず笑みがこぼれた。
    「久しぶりに、秋山と電話できてよかった」
     今夜の電話を切れば恐らく、しばらくは連絡を取ることはないだろう。お互いに目指すべき場所があり、守るべきチームがある。目的を果たすためには、練習に身を浸すしかないのだから。「じゃぁ、切るぞ」と言いかけた槇村の言葉を遮るようにして秋山が言う。
    「で、次いつ会えるんだよ?」
    「~~───っ!」
     見えなくとも受話器越しに表情が分かる。きっと槇村は今、眉毛を釣り上げてなんとも言えない顔をしているのだろうと思えば幼少期から変わらぬリアクションに秋山は豪快に笑った。
    「ははは! 相変わらず冗談が通じない野郎だな~」
    「切るぞ! じゃぁな!」
     ブツッ、と音声が途切れた受話器を秋山はしばらく眺める。
     青森と東京、距離と交通費を考えれば高校生の自分たちにとってはすぐに会う予定など立てることはできないとすこし考えれば分かるはずなのに。よほど電話できたことに思考も心も満たされたのだろう。
    『久しぶりに電話できてよかった』
     最後に言い放った槇村の言葉が、静かな水面に波紋が広がるように、秋山の胸の内側で美しく反響している。受話器にゆっくりと置く秋山は、心の靄が晴れきったように笑っていた。
    「俺もお前と同じ気持ちだぜ、槇村」
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    kadota_zy

    DOODLEまきあき。青森星蘭戦後、秋山さんと槇村さんが連絡を取り合うまでの空白時間の小説です。
     青森星蘭高校との激闘を終え、秋山は何としてでも槇村に伝えたいことがあった。サッカーに賭ける想いは変わらない。それは試合を通じて十分に理解できた。しかし、まだ確認しておきたいことがある。大切に思ってきたからこそ、槇村と繋がっている糸を切らせたくはなかった。トイレに行ってくる、とチームに告げて集団から抜け出すと、青森星蘭高校が荷物をまとめているであろう場所をぐるりと見回す。冷めやらぬ熱気を抱えた観客たちからは、「優勝おめでとう」と労う声が秋山へ飛んでくる。会釈をしながら見慣れた背中を視界の隅に捉えると、秋山はすぐさま自動販売機の裏側へ駆け出した。
    「槇村!」
     槇村はひとりスタジアムの片隅で静かに泣いていた。試合終了後に崩れ落ちていた彼の周りには幾人ものチームメイトが集まっていたが、いま近くには誰もいない。人一倍、責任感の強い槇村のことだから自らひとりになりたかったのだろうと秋山は推測する。かつてのチームメイトがどこにいようが探し出してしまえる己の才能に、感心すらしてしまえる自分がいた。反射的にこちらを振り返った彼の目は赤く腫れ、頬は濡れている。名前を呼んだ人物が誰なのかを悟った槇村は、ちいさく「なんでお前がここに……」と唸った。そして秋山がなにかを言う前にと、踵を返してその場を去ろうとした。
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