あくあし 葦人と阿久津のふたりは、目が覚めると見慣れぬ部屋に閉じ込められていた。時計も無ければ装飾品も何もない、無機質な部屋。そう、ここはご都合主義が通用する、いわゆる◯◯しないと出られない部屋である。さっきまで、寮の部屋で眠っていたはずなのに、と思いながら阿久津は試しにひとつしかない出入り口のドアノブを掴んでみるが、まったく動きそうにない。
「ッチ。何なんだ、この部屋はよぉ」
葦人にとって、機嫌の悪い阿久津と同じ空間に閉じ込められている状況など居心地が悪くて仕方がない。なんとか脱出する方法を見つけなければ、と焦っていると、部屋の中央に電子モニターが降りてくる。画面には、『相手を◯◯◯◯させないと出られない部屋』と書かれていた。
「え、なんや? なにをさせないと出られへんの?」
「……っはー。なんで俺がこんな面倒なことに巻き込まれなきゃなんねーんだよ、」
明らかな苛立ちを滲ませた深いため息が空気に溶けていくたびに、葦人はびくりと体をちいさくする。モニターがもうひとつ増え、今度は『ヒントとして、今まで相手に◯◯◯◯した回数を表示する』とテロップが映し出された。『阿久津:一五四回、青井:二七回』、これは阿久津が葦人に対して今までに一五四回、何かをしたという数字を表す。
「えっ! 桁が違う? 一体、これって……阿久津さんがそんな頻繁に、俺になにをしとるんや……」
「…………」
阿久津には、この数字に心当たりがあった。やけに関わろうとしてくる天然パーマの底抜けに明るい葦人に対してこの回数分、常日頃から思うことがあるからだ。しかし、確かに心当たりはあるのだが隣でしゃがみ込み、うーんうーんと唸っては頭を抱えている後輩に絡むのも面倒なので、黙って様子を眺めている。
ひとりは答える気がなく、もうひとりは悩みに悩んで一向に解答に結びつかないため、最初に現れたモニターの画面が切り替わる。そこには、『相手を◯◯ッとさせないと出られない部屋』とさらにヒントが与えられていた。
突然、なにか閃いたようで葦人が立ち上がる。
「……っあー! 分かった!」
晴々とした、ドでかい声が響き渡る。そしてなぜかニヤニヤと含んだ微笑を頬に浮かべながら、葦人は屈強な身体を見上げた。
「っもう、阿久津さんってば、ムッツリスケベですね!」
「あ?」
ピキッ、と阿久津の額に青筋が走る。
「あの数字、俺にムラッとした回数ッすよね!」
こちらの反応など微塵も気にせず陽気に回答を続ける声に、さらに目つきが鋭くなる。
「でもいまからあんたのこと興奮させるならどうしたら……」
表示されている阿久津の数字が、二回分増えた。あれ、なんで増えてるんですか?と首を傾げる相手に対し、阿久津は冷たく吐き捨てる。
「相変わらずテメェのアホ加減には呆れるぜ」
言葉の槍で突き刺された葦人は怒りで毛を逆立てる。同時に、葦人の頭上にある数字も一回分スロットが回り、部屋の鍵が開いた。
「え、あれ、なんで部屋が開いて……」
後半の呟きに反応もせず、阿久津は早々と部屋を後にする。慌てて追いかける葦人が室内を振り返ると、頭上にあるモニターには『相手をイラッとさせないと出られない部屋』と表示されていた。