チョココーティング バレンタイン。
それは男子たちがソワソワする日。
校舎内を練り歩いたり、放課後無駄に居残りしたりして声をかけられるのを待つ、そんな日なのだがしかし。
男子校であるナイトレイヴンカレッジには関係のない行事である。
「俺もチョコが欲しい……」
そんな呟きは各所から聞こえてくる。
本来は女子からなのだろうが、このさい義理チョコでも友チョコでも感謝チョコでもなんでも良いのだ。
街では1ヶ月ほど前からバレンタインフェアが開催されており、学内にもその噂が流れては溜息を付く。そんな日々の中でモストロラウンジからのメルマガが届いた。
『バレンタインフェア開催! チョコを使ったメニューご用意してお待ちしてます』
貰えないなら自分で食べれば良いじゃない? という事らしい。
可愛くラッピングされたチョコを自分で買って自分で食べるよりは、まだ人が作ったものを料理として提供された方が痛手は少ない。そう判断したり、単に甘いもの好きな者が集まったりでモストロラウンジ・バレンタインフェアは初日から賑わっていた。
「やっぱステーキよく出るなぁ」
「そんなにお値段安くないですのに」
肉にチョコ、という組み合わせのインパクトからかステーキが一番良く出るフードメニューだった。
今回のフェアメニューは殆どがフロイドの考案で、いつもの奇抜な思いつきが料理に生きた結果だ。当然フェア中は厨房の中心に立つことが多くなるだろう。
「フロイド、調子はどうですか?」
「今日は平気〜。でも明日からはわかんねぇ」
「では今日中にレシピを覚えなくては」
皆さんも頑張ってくださいね。そう厨房係に声をかけると元気な声が返ってくる。フロイドの調子が悪くなっても味がとんでもないことにならないように、マニュアルを作って皆で作れるようにしておくのだ。
フェアのメニューは色々ある。
分かりやすくデザートのチョコフレンチトーストやフォンダンショコラ、ホットチョコドリンク。
フードメニューは奇抜な物が多く、シーフードとアボカドチョコサラダ、チョコソースホタテのカルパッチョ、チョコカレーにチョコビーフシチュー、チョコレート肉味噌のパスタ、そしてフロイド一押しのチョコたこ焼きなどだ。
ソースや隠し味的に使うことが多いがどれもチョコの風味やコクは損なわれていない。
盛況なラウンジで厨房もホールも忙しく動き回っているそんな中、フロイドはちょいちょいとメニューにない物を作り始める。
餃子の皮の上に、チョコレート・ブルーチーズ・クルミを乗せシナモンパウダーをふる。
皮の周りに水をつけ、半分に包んだらトースターへ。焼き色が付くまで焼いて、黒こしょうを少々挽いてできあがり。
ブルーチーズとチョコレートの一口おつまみだ。
「はいジェイドあーん」
オーダーを伝えに戻ってきたジェイドの目の前に、いきなりおつまみを突き出しながらそう言うと、ジェイドは素直にパカッと口を開けておつまみを頬張った。
「おいひいれふ」
「うん、食ってからで良いから」
ムグムグと味わいながら感想を伝えてくるジェイドに笑って、フロイドはまだあるよと作り置いた皿を指す。
結構な数が作ってあり、ジェイド1人で食べきれない事はないだろうが多分これはスタッフ皆の分だ。
「交代で一個ずつね」
良い匂いを嗅ぎながら仕事に従事していたスタッフ達から歓声が湧く。それに反してジェイドはなんだか不満顔だ。
「足りない?」
ジェイドを捕まえて眉間の皺をうりうりと伸ばしながら、俺の分も食べていーよ? とまた差し出せば無言で食いつきつつジェイドはフロイドを抱きしめる。
「あなたの作ったチョコ、僕以外が食べるのが嫌です」
むすぅ。と稚魚のような膨れた顔で言うジェイドに思わず面食らった顔をしてから、フロイドは爆笑してしまった。
「そしたらフェアの料理全部じゃん!」
「それはそうなんですが……」
笑うなんて酷いです。とジェイドが泣きまねをする一方で、笑いすぎて涙を流しているフロイドは涙を拭いながら片割れの頭を撫でてやる。
「ジェイドには特別なチョコ食べてもらう予定だから我慢してー?」
「特別?」
「そー。ウツボの尾鰭チョコソースがけ。なんてどーお?」
耳元でこっそり囁かれて、その意味をしっかりと把握し、ジェイドは耳を赤くする。緩んでしまいそうな口元を手で覆って笑う。
「それは、とても楽しみです」
「あは。ジェイドすんげぇ顔してんよ?」
ホール行くなら顔戻してからにしなよー、と立ち去る可愛い片割れの背中に、覚悟して下さいね。と小さく告げてジェイドも仕事へと戻るのでありました。