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    irikopippi

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    irikopippi

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    薄利多売の投接吻見目の麗しい若いおとこの繰り出す、薄利多売の投げ接吻。
     一つ投げれば左から黄色く、もう一つ投げれば右から黄色く。おんな達の悲鳴にも似た声で粘膜の色をした天幕のビロウドが波打つ。重く立ち込めるようなその赤い色から月島は目を逸らした。
    「こんなものの、何がいいんだ」 
     鯉登は梯子をこともなげに降りて、月島の差し出す手ぬぐいで乱暴に汗を拭う。たったそれだけのことで、おんなたちはむず痒がるように首をすくめ、将校さま、鯉登さま…と囁く声がさざなみのように天幕の空気を震わせる。月島はおんなたちの呼吸の一つひとつで酸素が薄くなるように感じた。
    「さぁ、わかりかねます」
     見目の麗しいおとこは何をしてもおんなたちの視線を集めるらしい。月島は遠い世界の出来事のようにそのかしましい声を聞きながら舞台袖へと向かう。
    「接吻といったって、投げただけで、触れた訳でもないのに」
     月島が幾重にも重なる幕の暗い隙間に足を踏み入れた時、またしても、きゃーっ、と絹を裂くような悲鳴が湧く。振り返ると鯉登が口元に手を添えニヤリと笑っていた。見目の麗しい若いおとこの繰り出す、薄利多売の投げ接吻。月島は不意にグッと眉根に力が入るのを感じた。
    「少尉殿…あまり過ぎると、軍の威光に関わります」
     月島は薄がりをずんずんと進むと、鯉登と自分の着替えを探すために並んだ行李の蓋を乱暴に開けてゆく。馬具の入ったもの、垢じみたスワローテイル、色褪せた打ち掛け。饐えた汗と垢の匂いの中に白粉の甘ったるい香りがして、立ち上るおんなの匂いに月島はバタン、と蓋を被せた。鯉登はばさり、と地面へと衣装を脱ぎ捨てる。
    「でも気分がいい」
    「ではご勝手に」
     月島はその傍若無人な態度に、胸の中で小さく舌打ちながら襦袢を渡し、軍服を渡す。軍刀を掴むとガチャ、と耳障りな音がした。
    「そう、気分がいい」
     愉悦を含んだその声を睨むようにして見上げると
    「お前がそんな顔をするのが」
     と、形のいいくちびるがすうっと薄く開いて歪むのが見えた。天幕よりも赤く。その薄い皮膚の下に流れる血潮。
    「仰っている意味がわかりません」
    「触れない接吻など、連中にいくらでもくれてやる」
     月島は知っている。見目麗しい若いおとこのからだの中で、その血の色を映すくちびるが一等熱いことを。
    「なぁ、月島」
     笑うようにして近づいた吐息の湿度と温度に。くだらない、と月島はつぶやいて挑むようにぐっと目を瞑る。
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    irikopippi

    PROGRESS12月の新刊サンプル❶です。
    原作軸・壮年・転生と様々な鯉月とご飯の話です。
    絶賛作業中につき、サンプルは変更の可能性があります。
    作業進捗として読んでくだされば幸いです。
    読んだよ、の一言が頂けるととてもとても励みになります!感想でも好きなページでもフレーズでも、お気軽にお聞かせください。
    ▶︎マシュマロ
     https://marshmallow-qa.com/irikopippi
    菜の花を食べる話 素足で踏む濡れ縁はまだ氷のように冷たい。庭の片隅へと寄せた雪は温度のある朝日の中で少しずつその険しい稜線を緩やかにしている。鯉登は一度グーンと伸びをして、寝巻きの袂に手を突っ込んだまま庭へと降りた。
     昨春にこの家で暮らし始め、夏には草が伸びるのを見て、秋には芋を掘り、冬は雪が覆うのを見た。ようやっと、もしくはあっという間に季節は一巡した。全くの平穏無事とは言えないにしろ、なんとか迎えた春だった。 金塊争奪戦後、何はなくとも、とりあえず身を置くために家を借りた。元は長く空き家になっていた借家だったが、月島が忙しい間を縫うようにして細々と手を入れたおかげで、住まうには申し分のない様子となった。だというのに、当の本人である月島はさっさと別の場所へと間借りを決めてきたという。
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    irikopippi

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    ファミレスの話 いらっしゃいませ!
     自動音声というのは、はっきりと聞き取りやすく、そして明るい。
     鯉登は二枚目のドアを強く押し開け、踏み込んで店内を見回す。カフェ[[rb:風 > ふう]]、といえば聞こえはいいが毒にも薬にもならないようなインテリアで統一されたファミリーレストラン。隅のソファー席、オレンジ色の丸いペンダントライトの下で月島が軽く手をあげてみせるのがみえた。鯉登は二週間ぶりに見るその姿に眉を顰める。心なし、痩せたような気がする。
    「すまない、待たせた」
     月島はグラスに半分残ったアイスコーヒーを端に寄せて、鯉登のスペースを作ってくれる。水滴が丸く机に跡を残している。
    「今、来たところですよ」
     月島の横に置かれたボストンバッグが目につく。随分年季が入っているようで、持ち手のコバが毛羽立っている。もう長いこと一緒に住んでいるというのに、見たことがなかった。
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