Love me Tender 家に帰ると、同居人が廊下で行き倒れていた。
僕はため息をひとつ吐くと、ことさらゆっくりと廊下に伏せた彼のもとへ歩いていく。室温はそう高くもない。熱中症などの心配もない。ゆさゆさと肩を揺すってやれば、ううん、と唸り声があがった。
「生きてるか」
「……ぎりぎり」
「腹は?」
「減った……」
俯せになった黒いかたまりが、よろよろとこちらへ手を伸ばす。避けてやろうかとも思ったが、あえて冷たい手を受け止めた。どうせ今回も限界まで堪えてぶっ倒れているのだ。いい加減学習したほうがいい。
「……飲んでいいか」
「まあ……契約だからね」
ほら。とネクタイを外し、首元を寛げてから抱き上げる。廊下の奇怪なオブジェと化していたヒトの形の異種生物は、やっとこさ自発的に首を持ち上げて僕の首筋に嚙みついた。
こいつは、俗にいう吸血鬼という存在だ。数か月前に僕の前に現れて、それからなんやかんやすったもんだの末に居候として落ち着いている。僕としても、こいつの能力は非常に便利であったので、居住地と定期的な血の提供で折り合いをつけた。
がぶり。太い牙の刺さるこの瞬間だけ、捕食される痛みが走る。血を吸いだされてしまえば、痛みは不思議と消えるのだけど。必死に血を飲むこいつは、吸血行為が苦手であるらしい。積極的に血を飲もうとしないので定期的に行き倒れては僕がこうして手ずから与えてやるはめになる。
「君さあ、そろそろ危ないと思ったらちゃんと言いなよ。毎回倒れられると迷惑だ」
素知らぬふりで血を飲み続ける頭をぺしりと叩いた。満足したのか、最後に吸い上げてから傷口を舐め上げる。これでそれ以上の出血が止まるというのだから、不思議な生き物だ。
「あんまり、明智の血をもらいすぎるのも悪いし……血、まずいし」
「人の血を飲んでおいて毎回文句つけてんじゃねえよ」
「大丈夫だ、これまで飲んだ血の中で一番明智がうまい」
「こんなに嬉しくない一番もないね」
はあ、とまたため息を吐いた。抱え込んでいた体を離せば、しゃっきりした顔で彼が起き上がる。質の悪い笑みを浮かべ、血の色をした唇を軽く舐めて、こちらをじっと見つめた。
「さて、明智。俺は倒れることを踏まえて準備していたんだが、アフターケアは必要か?」
吸血行為の副作用として、痛みと同時に生まれる催淫作用がある。それは飲まれるだけ効果を強めて、酩酊させるように蝕んでくる。それを誰よりわかっている彼は、それでも僕に選択肢を委ねてきた。腹の立つやつ。それでも、役に立つからと言い訳をしてこいつを手放さない僕も仕様もないのだろう。
「そこまでが君の食事だろ。さっさとベッド行くぞ」
「了解。優しくしろよ、ダーリン」
「君次第だね、クソ野郎」
「そこはハニーだろ」
久しぶりの吸血でテンションが上がっているらしい彼の口数が減らないので、上がった体温分の熱を叩きこんでやるべくキスをした。