ぐみょうちょう◆
「志津摩できたぁ?」
声に呼ばれ慌ててリュックを背負い立ち上がると背中を引っ張られそうになるくらい重かった。
玄関で振り返る八木に追いつき隣に腰掛けハイカットのスニーカーに足を突っ込んだ。八木は隣で本革ブーツの紐を締めている。このブランドが好きなのか八木は似たような靴を何足も持っていたがどんどん手放して靴箱は一気に広くなった。いつしか志津摩もプレゼントしたいとタグを確認してホームページをみると家賃何か月分らしい値段に目玉が飛び出て諦めた。すごすごと手ごろだけれど志津摩にとっては奮発して買ったマフラーをあげると八木は子供のように喜んで毎年冬になると毎日一緒だ。今も八木が身に着けているもの中で恐らく一番安いそれを首に巻いている。
「冷蔵庫の電源抜いた?」
「はい!」
志津摩はにっこり頷いてまた部屋を振り返る。
持っていけないものも沢山あるけれど、八木がいるなら充分か。
「わすれものない?」
志津摩はまたうんうんと頷いた。八木にマフラーをしっかり巻き付け直される。おまけにジャケットをきっちり閉じられて眉を下げた。まだそんなに寒くないのに。電車は暑いし駅の中も暑いに決まっている。こんなに着こんじゃ汗かくに違いない。
しっかり紐を結んだらしい八木が立ち上がる。トランクを掴んで先に玄関を出てしまう。
志津摩はもう一度振り向いた。五年、ここに住んでいた。五年。
考えると長いような、あっという間だったような。
電気を消してしまった薄暗い部屋の中を覗き込んで何やらぼうっとしてしまう。
志津摩と八木の二人だけの家。まだいつでも帰って来られる状態だ。
「志津摩はよ! 電車のり遅れるー」
志津摩ぎょっとして玄関を飛び出した。
「昼なにくう?」
八木は志津摩の頬をなでなでと指で擦りながらドアの鍵を閉める。
「んー……なんだろうなぁ、八木さんのつくったおむらいす」
八木はくしゃくしゃと志津摩の頭を撫でた。
「今むりなこと言うなよ」
そして、ポストの中に鍵をほうりこんでしまった。
「えーとね、じゃあ、いつものとこ!」
八木はきょとんとして、眉を下げる。
「あそこ~? 行くとこねえときに寄るとこだろ」
志津摩はうんうんと頷いた。
「んーまぁ、たしかに食いおさめだな」
呟くとキャリーと志津摩の手を引いて八木が先に歩き出す。
志津摩は手を引かれその後をついていった。
後ろ髪惹かれる我が家をもう一度仰ぐ。
ここには五年かぁ。
よくもったなぁ。いろいろあったなぁ。
志津摩もいつのまにか、二十半ばもこえて。
八木もあっという間に三十路で。変わってない気もするけれど寝起きは悪くなった気がするし、すぐ風邪ひくし。ときどき腰が痛いとか言ってくる。まったくこっちのせりふ。
思い馳せると。やっぱりあっという間というほうが近いか。
「たのしかったなぁ」
地面にむかい呟くとすこしだけ視界が霞んだ。
八木にぎゅっと手を握りしめられ、そのままジャケットのポケットへ突っ込まれた。
八木の手はいつもどおり温かくて、すこし冷たかった。
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