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    アルカヴェワンライ お題「月」
    あんまり細かく設定考えてない現パロ

    #アルカヴェ
    haikaveh

    月 現パロ社会人アルカヴェ『東口のバス停のとこで待ってる』
     届いたメッセージを頼りに、最寄り駅のエスカレーターを降りた。すし詰めになった人々のせいで、効いているんだかよく分からない車両の冷房より、風の方が若干涼しいことに気がついた。9月も半ばを過ぎ、この時間にもなれば、こうして涼しい風が吹くようになった。住宅地が中心のこの街では、どこかの夕飯の匂いが空気に混ざっている。
     東口を出て、正面にあるバスターミナルを見渡すと、ガードレールにもたれかかっている彼とすぐに目が合った。アルハイゼンを待つ十数分間、暇を持て余していただろうに、スマホを弄るわけでもなく、駅の方を眺めていたらしい。少し気まずそうに目を逸らした彼に向かって、まっすぐ歩いていく。
     今朝、カーヴェは遠方への出張のために、アルハイゼンより先に家を出た。アルハイゼンの弁当や当番の朝食を断って送り出したが、一人で齧るトーストも、コンビニで買った昼食も味気なく感じた。そんなアルハイゼンに、帰りは君と同じくらいに駅に着きそうだから、一緒に買い物でもしようとメッセージが届いたのが定時30分前のこと。それまでも一日が長く感じていたが、何度見返しても遅々として進まない時計の針には悶々とさせられた。1秒でも早く、カーヴェに会いたい。そんな思いで過ごした30分間だった。
    「おかえり、アルハイゼン。随分早かったな」
    「走ったら、いつものよりも一本早く乗れたからな」
    「えっ、ゆっくりでよかったんだぞ。ただでさえ疲れてるだろうに」
    「そんなやわな鍛え方はしていないし、早く君に会えたから、構わない」
    「な、」
     カーヴェが唖然としているうちに、空いている右手を取って歩き出した。走ったせいで滲んだ汗に張り付いていたシャツは心地悪く、電車に乗っている時間が長く感じられたが、今はもう気にならない。
     カーヴェの恋人になって久しいのに、カーヴェはまだ、直球なアルハイゼンの言動に慣れずにいる。彼がアルハイゼンの愛を受け止めて生きていくことを決めた時点で、これまでの皮肉を交えた物言いは意味を成さない。カーヴェもそれを知っているから、変に曲解することはせず、何も言わずにアルハイゼンの手を握り返した。
     ちらりと横を見れば、大事なクライアントだったのだろう、丁寧にまとめられた髪の隙間から、真っ赤に熟れた耳たぶが覗く。早く食べてしまいたい。が、まだ用事が残っているのが残念だ。カーヴェから送られてきた買い物リストを見るに、スーパーで事足りるものばかりだったが、切れた調味料や酒のストックなど、やたら重いものが多いことが気になった。
    「君、荷物持ちが欲しかったんだろう」
    「あはは……あのスーパー、近いけど、坂の下にあるだろ。さすがに重いものを買った帰りはきつくて。でも、君と一緒に帰りたかったのはほんとだぞ。学生時代もこうして待ち合わせをしたし、たまにはいいかと思って」
    「そんなこともあったな」
     同居していると、待ち合わせをする機会なんてほとんどない。普段の外出のタイミングもバラバラだったし、目的地が同じなら一緒に家を出ればいい。
     同居を始める前は、よくお互いの家を行き来したものだった。最寄りの駅や、大学の構内で待ち合わせをして、適当に食べ物や酒を買い込んで帰る。カーヴェは何かしらトラブルに巻き込まれてはアルハイゼンを待たせて、息を切らしながら待ち合わせ場所にやってきた。そう考えると、アルハイゼンの着く前に到着していたカーヴェは、あの頃よりも落ち着きが出てきたのかもしれない。
     今日の出張の話や、昼食の話をしながら、スーパーへ向かう。やはり君の作る弁当がいいと言えば、カーヴェはまたも顔を真っ赤にして照れた。当分はこうしてからかうのも悪くはないが、そのうち慣れてしまうのかもしれない。カーヴェと同じ家に住むことが当たり前になってしまったみたいに。
     

     今日は人手があるからとリストにないものもあれこれと買い込もうとしたカーヴェと軽い口論になりながらも買い物を終える。荷物持ちとしての責務を果たそうとしたが、カーヴェの要望で持ち手を片方ずつ持つことにした。僕だけ手が空いてるのは寂しいだろ、と回りくどい言い方をする。涼しい店内を出たばかりだからだろうか、お互いをくるんだ空気が生暖かい。自分で言ったことに勝手に照れて流れていく汗を見て、唾を飲み込む。冷えたビールがぬるくなってしまう前に、先程よりは脚を早めて歩いた。とはいえ、上り坂ではかえって疲れただけかもしれない。それでも、お互いに足をとめなかった。
     ようやくマンションに辿り着いて、玄関の扉を閉めるや否や、カーヴェの唇を奪った。適当に置いた荷物から、買ったばかりのビールが転がっていくのを横目に、深く深く口づける。抱き寄せたカーヴェの体は少し汗ばんで、舌は熱い。抜けきらない体の火照りに夢中になっていく。短い息継ぎのあと、また口付けようとしたら、カーヴェが顔を逸らした。
    「アルハイゼン、だめだ……買ったもの、冷蔵庫に入れないと。あと……シャワー、浴びてからがいい……」
    「……いいだろう。だが、シャワーには一緒に入る」
     カーヴェはなんとなく、この後の展開を察したような顔をして、それでも何も言わなかった。きっと、彼の想像した通りになるだろう。冷蔵庫に食材とビールを入れたあと雪崩こんだ風呂場では、お互いに満足するまでキスをして、欲を吐き出しあった。汗を流しに来たのか、汗をかいているのか、よく分からない。最中に舐めたカーヴェの首筋からは、塩の味がする。降り注ぐシャワーのの温度を調節しても、まだ体にこもる熱が残っているような感覚があった。
     結局、もう立っていられないとカーヴェが弱々しく呟くまで、行為を続けた。そのことに文句を言われながらも、髪や体を洗い、タオルで包んでドライヤーをかけるところまで、アルハイゼンが面倒を見ることになった。とはいえ、特に苦にはならない。カーヴェがアルハイゼンにされるがままになっている時がいっとう好きだ。冷房のない脱衣所ではドライヤーの風にまた汗が滲みそうになって、温風と冷風を交互に切り替えなければならないのが億劫ではある。
     カーヴェを先にリビングに連れていったあと、手短に髪を乾かして戻る。ソファに横たえたはずのカーヴェは、足が回復したのか、冷えたビールを片手にベランダに出ていた。放っておいたら勝手に酒盛りを始めることなんて分かっていたが、咎めるようなアルハイゼンの視線に、我慢できなかったんだよ、とカーヴェは肩をすくめた。アルハイゼンもビールと、買ったばかりのおつまみを持ち出して、ベランダに出た。
     やけに明るい月が出ていた。カーヴェはこの月を見るために、外に出ていたようだった。
     周りには高い建物が少ない分、風がよく通って、思ったよりも涼しい。中途半端に残るドライヤーの熱が冷めていく。缶のプルタブを開ければ、夜の闇にカシュッ、と小気味いい音が溶けて消えた。喉を伝って胃に落ちる清涼感は、たしかに心地いい。
    「今日は満月らしいぞ。あんなに大きく見えるなんて、もうすっかり秋らしいな」
    「日中の最高気温は30度前後まで上がるようだが」
    「はは、まだ秋は遠いか。でも、しばらくはいいかもな。暑いくらいがビールも美味しいし」
     アルハイゼンが開けたつまみにかじりつきながら、缶を煽って喉を鳴らす。月明かりに生白く映えた肌が艶かしい。とはいえ、散々吐き出したばかりなのだから、そんな欲も夜の四十万に溶けていった。
     彼の言うとおり、この時期でなければ、こうして冷えたビールを片手にベランダで月を見上げることは無いだろう。アルハイゼンもつまみを齧った。コーナーの前であれこれ吟味をしただけあって、今日のビールにちょうどいい。 
    「引っ越すか」
    「は?」
     唐突にそう切り出したアルハイゼンを、カーヴェが見つめてくる。あの大きな月から宇宙人が飛んできたかのような顔だ。
    「この家も悪くはない。治安はいいし、必要最低限のものは揃っている。だが、職場からは遠い。君はスーパーの立地にも不便しているんだろう?」
    「はあ?……待て。君、引っ越すつもりで、さっきいらない調味料は買うなとかなんとか言ってたのか」
    「そうだが」
    「僕はほとんど在宅だから、そんなに仕事に支障はないけど……君の職場の近くとなると、結構いい値段になるんじゃないか」
    「金ならある。君がデザインした家を建てるか?」
    「馬鹿言うな、この都市の地価を舐めるなよ。僕も君も、まだそんな身分じゃないだろ。でも、いずれはな」
     なんでもないことのように言って、カーヴェはベランダから街を見下ろした。家々に灯る明かりに、それぞれの生活がある。この街の平穏さを好んでいる。が、それはこの街にしかないわけではない。
     いずれは、とカーヴェは言った。それが容易なことでは無いことは、きっと彼が一番分かっている。それほど遠い未来に、アルハイゼンとの生活が続いていると信じていることが分かっただけで、この問いかけには十分な意味があった。
    「勝手に決めるなよ。僕も一緒に選ぶからな」
    「ああ」
     一緒に暮らす家なら、双方に理がある方がいい。カーヴェの趣味とアルハイゼンの趣味はとことん合わないので、家探しは難航するに決まっている。それでも、アルハイゼンが決めた家にカーヴェが住み着いた今の状態とは、また違う生活になるのだろう。
     まだ月を見上げて惚けているカーヴェとの距離を詰めて、白く照らされた頬にキスをした。カーヴェがぱっと身を捩らせて、頬がみるみるうちに赤く染まる。からかわれたと気づいたのか、ビールでアルハイゼンの腕を小突いてきた。
    「君ねえ……もう、しないからな」
    「ただ、キスがしたくなっただけだ」
     どんな生活でも、隣に君がいればいい。アルハイゼンも並んで月を見上げた。穏やかな真白い光は、アルハイゼンの考える平穏の色をしていた。
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