無題訓練後の飲み会で、酔った神田が栗原に絡んだ。
「なあ、栗。お前、なんでいつもそんな冷静なんだよ?」
栗原はグラスを傾け、静かに答えた。
「神田、お前が熱すぎるだけだ。誰かがブレーキかけないと、墜落するぞ」
その言葉に、神田は笑いながらテーブルに突っ伏した。だが、目が合った瞬間、二人とも何かを感じた。言葉にならない、胸を締め付ける何か。
その後、二人は官舎を出て、基地近くの小さなアパートを借りた。狭い部屋。畳の匂いと、窓から漏れる滑走路の光。そこは、二人だけの世界だった。
「なあ、栗。俺、こんな気持ち、初めてだ」
神田は布団に寝転がり、天井を見ながらぽつりと言った。栗原は本を閉じ、静かに神田の隣に座る。
「神田。俺もだ」
言葉は短いが、その声には深い覚悟があった。
基地では「男同士の友情」と見られることで、二人はかろうじて自分たちを守っていた。だが、夜のこの部屋では、誰の目も気にせず、互いの体温を感じることができた。
ある日、緊急スクランブルが発令された。領空侵犯の疑いがある機影を追う任務。神田と栗原のF-4は、夜の空に飛び立つ。敵機とのにらみ合いは緊迫し、栗原のナビゲーションが一瞬でも狂えば、命はない。
「栗、頼むぜ!」
「神田、いつも通りだ。俺を信じろ」
二人の息はぴたりと合い、敵機を領空外へ追い出すことに成功した。だが、帰投後、基地内の一部で「あの二人のコンビは異常だ」と囁かれる。友情を超えた親密さが、いつしか噂の種になっていた。
ある夜、上官に呼び出された栗原は、遠回しに警告を受ける。
栗原は黙って敬礼したが、心は乱れた。神田との関係を隠し続けることの重さ、そして愛する者を守るための葛藤が、彼の冷静な仮面を揺さぶった。
アパートに戻った夜、栗原は珍しく弱音を吐いた。
「神田。俺たち、このままでいいのか? この時代、俺たちのこと、誰も認めない」
神田は栗原の手を握り、力強く言った。
「栗、俺はお前がいりゃそれでいい。世間がなんだって、俺たちの空はここにあるだろ」
栗原は目を伏せ、初めて涙を見せた。神田はそんな栗原を抱きしめ、こう続けた。
「俺とお前で、どんな嵐も乗り越えられる。F-4みたいにな」
二人は互いを支え、基地での任務と恋を両立させた。昼は最強の戦闘機乗りとして空を駆け、夜は小さな部屋で互いの存在を確かめ合った。時代が変わるのを待つように、二人は自分たちの想いを信じ続けた。