無題百里基地の滑走路に、朝焼けが赤く滲んでいた。F-4ファントムⅡの轟音が空を切り裂き、神田はコックピットで操縦桿を握りしめる。後席にはナビゲーターの栗原が、冷静に計器を確認しながら指示を飛ばす。
「神田、右旋回、角度15度。高度維持しろ。ブレるなよ」
「おう! 俺の腕を信じな!」
二人の声は、ヘルメットのインカム越しにぶつかり合う。出会った当初は、まるで水と油だった。だが、幾度もの訓練飛行と任務を重ねるうち、互いの技量に敬意が生まれた。神田の果敢な操縦を、栗原の精密なナビゲーションが支える。F-4のコックピットは、いつしか二人の信頼の場となった。
夏の夜。基地の格納庫に、整備後のF-4が静かに佇む。神田は汗と油にまみれた作業服のまま、機体を眺める。そこに、栗原が現れた。いつも通り、整った顔に無駄のない動き。だが、今日はどこか様子が違う。
「お前、こんな時間に何だよ?」 神田が軽い調子で言う。
「……お前こそ、こんなとこで何やってるんだ」
栗原の声はいつもより柔らかく、どこか揶揄するような響きがあった。
「お前、最近妙に絡むな。俺のこと、そんなに気になるか?」
その言葉に、栗原の目が一瞬揺れた。航空自衛隊という男社会の中で、感情を押し殺すのは常だった。だが、栗原の胸に芽生えた想いは、抑えきれなくなっていた。
「お前……本当に鈍いな」
栗原が一歩近づく。格納庫の薄暗い光が、彼の顔を浮かび上がらせる。神田は言葉を失い、ただその目に吸い込まれる。次の瞬間、栗原の手が神田の肩に触れた。
「俺は……お前のそばにいる。それだけでいいと思ってた。けど、違う」
栗原の声は震えていた。神田は驚きながらも、なぜか心が熱くなるのを感じた。
「お前、なに……?」
「黙れ、神田。俺が……お前を、愛してるって言ってんだ」
それからの二人は、基地の片隅や夜の滑走路で、誰にも見られぬよう言葉を交わした。神田の熱い衝動と、栗原の静かな情熱が、互いを引き寄せる。だが、時代は彼らに厳しかった。周囲の視線、規律の重圧、そして何より、自分たちの想いが「許されないもの」とされる空気。
ある夜、訓練後の休憩室で、神田が栗原に呟いた。
「なあ、栗。俺たち、いつまで隠れてなきゃいけない?」
栗原はコーヒーを飲みながら、静かに答えた。
「……ずっと、かもな。この時代じゃ、そう簡単には変えられないだろ」
「くそくらえだ! 俺は、お前と一緒にいたい。それだけでいいだろ!」
神田の叫びに、栗原は小さく笑った。
「お前らしいな」
そして、そっと神田の手を握った。