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    @sea_ocean_1

    FF14二次創作/エスヴリ

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    頭割り7開催期間中限定公開。
    10/31発行予定の「雨音の境界」の小説パートです。

    #頭割り7

    雨音の境界 1 低く垂れ込めた雲に包まれた森は、湿り気を孕んだ空気で満ちていた。叩きつける雨粒が、周囲を途切れることなく濡らし続ける。
     エスティニアンとヴリトラは、岩壁の陰に身を寄せ合っていた。自然が作り出したその窪みは、二人の身体をかろうじて隠せるだけの狭さで、雨の気配をぎりぎりのところで遮っていた。
     岩肌に描かれる濡れ色の模様が、もう何日も繰り返され、季節の境を知らせている。気づけば、この辺りも、静かに雨季へと歩みを進めているのだろう。
     エスティニアンは濡れた服の水滴を軽く振り払いながら、その窪みに先に腰を下ろし、ヴリトラの手を引く。
    ヴリトラは遠慮がちにその手に従い、エスティニアンの膝の上に座った。
    「…すまない」
     ヴリトラの声はいつも通り静かで落ち着いていたが、その瞳には微かな戸惑いが窺える。この状況下とはいえ、エスティニアンの膝に座ることに多少の気まずさを感じているのだろう。
    「気にするな。これが一番理に適っている」
     エスティニアンは短く答えると、小さな肩を軽く抱えた。その手は、少年の姿をしたヴリトラを守るかのようにそっと覆う。
     熱帯の気候を持つラザハンに於いても、雨が降り続けば気温は急激に下がり、湿気と冷えた風が肌にまとわりつく。
     ヴリトラが人形の身である以上、この程度の雨風が何の障りにもならないことを、エスティニアンはよく理解していた。けれど、それはエスティニアンにとって、目の前の存在を放っておく理由にはならない。
     濡れた肩越しに伝わるその静かな気配が、どこか儚げに感じられてならなかったのだ。
     地を打つ雨音が満ちる空気の中で、彼はそっと視線を伏せた。

     強い雨に包まれていながら、この岩陰のひと隅には、穏やかな音が降り積もってゆく。まるで誰かのため息のような、しとしととした気配が、辺りに細やかな響きを広げている。言葉の途切れた空間には、淡い湿り気を帯びた沈黙が漂っていた。

     やがて、ヴリトラがぽつりと口を開く。
    「エスティニアン、寒くはないか?」
     その問いには、何の裏もなく、ただ真摯な気遣いが込められていた。ヴリトラらしい、無邪気で温かな思いやりが、その言葉に宿っている。
     長きにわたり、ラザハンの民を守り続けてきたこの竜は、決して自分が守られる立場になどなるはずがないと無意識に信じているのだろう。
     その問いに、エスティニアンは静かに苦笑を浮かべる。
    思わず笑みがこぼれると同時に、どこか遠くを見つめたくなるような、微妙な感情が胸をよぎった。
    「この程度の寒さで俺が凍えるわけがないだろう」
     そう言いながら、彼はヴリトラの額に軽く手を置いた。
    その仕草は人間の子どもを案じる親のようで、ヴリトラは少しむっとしたような表情を見せる。
    「この身は人形なのだぞ、エスティニアン。気を回す必要はない」
     そう言うヴリトラの声は、少し動揺が混じっている。
    エスティニアンはヴリトラの言葉を受け流し、その肩を包み込むように引き寄せた。
     ただ一言、「そうだな」と、静かな声で返す。
     その言葉にヴリトラは小さくため息をつく。何を言おうとも、エスティニアンが気遣いをやめることはないと悟ったのだろう。
     そのため息に気づいたのか、エスティニアンは少しだけ目を細め、笑みを浮かべた。

     雨が窪みの縁を濡らす音が聞こえる。湿気を含んだ風が木々を揺らし、大粒の雨は甘い土の香りを押し流して行く。
     だが、二人が身を寄せ合う狭やかな岩陰は、穏やかで温かな空気に包まれていた。
    「……君は、なぜそこまで私を気遣うのだ?」
     困惑と興味を湛え、ヴリトラが問いかける。
    「そんなことを考える必要があるのか?」
     エスティニアンは視線を窪みの外に向けたまま答える。
    その言葉は、彼自身にとっても明確な答えがあるものではなかった。
     ただ、そうすることが自然であり、当然であるとしか思えなかった。
    「君は、不思議なヒトだ」
     ヴリトラは微かに笑みを浮かべ、穏やかな声でそう言った。
     その瞳には、柔らかな光が揺れている。
    「それはお前の方だろう、ヴリトラ」
     エスティニアンが短く返す。
     その声には淡い響きが混じり、どこか居心地の悪そうな表情が浮かぶ。
    「天竜がこんな場所で雨を避けながら、人と語り合っているんだからな」
     そう言うと、 エスティニアンも微かに笑みを浮かべ、ヴリトラの額にかかる濡れた髪をそっと撫でた。
     驚くほど優しいその手つきに、ヴリトラは思わず息を呑む。言葉を紡ごうとするが、何も言えなかった。
     ただ静かに目を閉じ、エスティニアンの胸に身を預ける。
     その瞬間、エスティニアンは、その存在の重みを確かに感じ取った。
     それは単なる身体の重さではなく、どこか深い場所で響き、ゆっくりと沈み込んでいくような、言葉にしがたい感覚だった。
     雨音がすべてを包み込む。二人の間に流れる時間が、どこか遠い世界の出来事のように思える中、濡れた石の冷たさと、互いの微かな息遣いだけが、ひとときの隠れ家に確かな現実感をもたらしていた。

     雨は変わらず降り続いている。
     竜と竜騎士ーーかつて、共に在った二つの存在。
     その往日を揺り覚ますかのように、降りしきる雨音の響きが、二人をそっと結びつけていた。
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