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    mozuzu

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    mozuzu

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    いおさるいお
    いお→さるの過去話

    7月下旬の逃避行本橋依央利は悩んでいた。
    最近自分が付きまとっている猿川慧が1週間に4回ほど、どこかへ姿を消すのだ。
    行方不明というわけでも無いらしく、いつもより少し遅めに施設に帰ってくるらしい。門限もギリギリらしいから施設のおばさんは心配だからやめてほしいね、と依央利に不安げに言っていた。
    依央利はその謎を解き明かすべく、猿川が長くそこに居座るであろう長期休み__夏休みに入ってから調査を開始することにした。
    それまでの数日、猿川をこっそり観察し、猿川の行動パターンをいくつか頭に入れておいた。目的地は一緒のようだが、毎回少しだけ通る道が違うのが少し気になる。猿川の目的地を見るのは調査当日の楽しみと決めているので、依央利は年頃のようにわくわくしていた。姉にはなんだか勘づかれているような気もするが、姉は塾なので着いてくる心配はない。依央利ひとりで決行する。
    その前日、遠足前の子どものように心臓がバクバクして視界もキラキラしてうまく寝ることが出来なかった。本当の遠足の前はこんなふうにならなかったのに。依央利はこの初めての感覚にも心躍らせた。
    明日の景色を楽しみにして。


    依央利は夏休み初日は一緒に遊ぼうと半ば強制で猿川と約束していた。近所の公園へ約束通りやってきた猿川は今更「猿川くん、明日公園で僕と一緒に遊んじゃだめだよ」という依央利の発言に反発してしまったことに気がついたのか、やっちまった、と悔しそうに顔を歪めた。それがいつも通りで面白くて依央利が笑ってしまうと笑うな、と怒る。そしておばさんに被らされたのであろう麦わら帽子を少し傾けて顔を隠してしまった。それがまた面白くて、可愛らしくて。でも依央利が知っている猿川はそれだけだ。何事にも反発してしまう生きづらい生き方をしている子。生きづらい生き方をしているという点で自分と似ていると感じてしまったのか、依央利はいつの間にか猿川に絡むようになっていた。だから猿川が学校をサボった日は配布物などは依央利が届けるのがセオリーだ。決して施設と依央利の家が近い訳では無いが、良い負荷になるため、その面では依央利は猿川に感謝をしている。少しだけ猿川から直接命令されたいとは思っているが。
    猿川と依央利の「遊ぶ」というのはただただ依央利が猿川に質問攻めをするというものだ。木陰とはいえジリジリと太陽の熱を返してくる地面から逃げずに留まって。初めのうちは答えてすらくれなかったが、今はたまに「お前は?」と聞き返してくれる。依央利は野良猫が懐いてくれたみたいな嬉しさを感じていた。実際そんな感じだが。

    夏真っ盛りの少し涼しい木陰の下でしばらく質問攻めを続けると、猿川が立ち上がった。
    このパターンは見たことがある。
    「俺このあと予定あんだよ。今日はここまでな」
    「へー、何の予定?」
    「……別に、お前に関係ねぇだろ」
    依央利はあそこに行くんだ、と確信した。
    「そっかあ。じゃあまた明日もここに来ちゃダメだからね、猿川くん」
    やはり猿川が反発して、ぜってー来てやる、と言い脇目も振らずに公園の出口へと歩いていった。
    依央利は猿川の背中を見送り、見えなくなってから動き始めた。そろそろと猿川を追いかける。すこし太陽は傾いてきたが、まだまだ暑い。2人だとあまり気にならなかったが、1人だと蝉の声がじわじわと耳の中に染み込んでくる。その声から逃げるように依央利は猿川のことを追いかけた。
    前と少し似ているが、やはり違う道を通ってあそこへ向かっている。猿川様子を見るに依央利の追跡には気づいてはいなさそうだった。猿川は鼻歌までも歌い始めた。しかし、依央利の耳の中には蝉の声が張り付いているばかりだった。猿川に集中して蝉の声から逃げるようにしたが、それは離れていかなかった。

    ついたのだろうか。猿川がよぉ、と声を上げた。
    気づかれないようにそーっと覗くと、依央利たちよりも遥かに大きい、中高生くらいのガラの悪い人たちがいた。男性も女性もいる。全員ピアスもあるし、タトゥーが入っている人もいる。依央利は呆然としてしまったが、なんとか誰かに見つかる前に身を隠すことが出来た。
    依央利の息は上がっていた。心臓もバクバクする。昨夜のバクバクとは違うものだった。冷や汗もかいている。蝉の声が血液と一緒に身体中に響きまわる。もし見つかっても猿川がいるから大丈夫だろうと思うが、見つかった時、自分は猿川にどう思われるのだろうか。そう考えるとその場から動くことは出来なかった。
    しばらく留まっていると、猿川の楽しそうな笑い声が聞こえた。他の人の笑い声も聞こえる。友達というのはあのようなものなのだろう。依央利と話している時、猿川はあんな風には笑わない。

    猿川にとって、依央利は何なのだろうか。

    そう1度考えてしまった依央利は逃げ出したくなり、立ち上がってしまった。
    「本橋?」
    猿川に声をかけられた依央利は時間の流れが遅くなったようにゆっくりと振り返った。
    猿川と目が合ったが、依央利はそのまま走って逃げてしまった。後ろから声がかかることもなく、ただ走り続けた。

    依央利は走り続けたが、先程の公園の少し前まで走ったところに石があり、それに躓いてしまった。地面に着地した膝をみると、じんわりと血が浮き上がってきた。それと同時に涙も浮かんだ。涙をアスファルトの欠片塗れの手で拭った。一日中太陽に暖められた地面は暑い。涙はなんとか堪えたが、泣きそうな気持ちはそのままだった。そこからは下を向き家の方向へ歩き始めた。
    おそらく依央利と猿川は「友達」では無い。共通の話題がある訳でもない、生まれた時から一緒な訳でもない。依央利の猿川への興味だけで成り立っている関係だった。猿川は依央利に対してどうも思っているのだろうか。話していると居心地がいいか、ただ鬱陶しいだけか。おそらく後者ではあるだろうが、そう思われていても依央利は全く傷つかない。むしろそうであって欲しいと願っている。依央利は「滅私・貢献・奉仕」「無我」という信念を持っていて、自分を奴隷として扱わせるための奴隷契約書を常に持ち歩いている。そのため、周りからは変わり者として扱われ、小学生特有の子どもの残酷さの標的にされていた。
    だから自分といると居心地がいいと言われたこともないし、思われたこともないだろう。仮に言われたとしても、いるだけでいいなんて負荷が足りないと考える。
    でも、それが猿川だったら。猿川に、居心地がいいと言われたら。お前が特別だ、と言われたら。
    依央利の心臓は高く跳ね上がった。顔の周りが暑くなる。じわ、と汗がかいてきた。
    ずるい、と思ってしまった。猿川と一緒に楽しく笑いあっていた人達に。
    依央利は猿川の特別になりたいのかもしれない。あの人たちよりも遥かに特別な存在に。「無我」の奴隷に初めて芽生えた欲求のようなものだった。
    気づいたら家の前へと立っていた。とりあえず明日の約束は守ろう。そう思って依央利はドアを開けていつも通りにただいま、と家族に声をかけた。


    次の日、昨日と同じ時間に公園に行くと、いつもより早くついたのか、ひとりでぼんやりしている猿川がいた。自分を待ってくれているのだ。依央利は急にドキドキし始め、いつも通りではいられないことに気がついた。何かと勘のいい猿川に気づかれてしまうかもしれない。自分の、奴隷あるまじき醜い欲求を。そして、昨日のことはどう思われているのだろうか。急に不安になってしまい、依央利は猿川に背を向けて帰路に着いた。
    その背中を猿川に見られていたことも知らずに。

    夏休みは始まったばかり。そして、猛暑も始まったばかりだ。日に日に暑くなっていく空気をかき分けながら依央利は施設へと向かっていた。昨日約束を守らなかったことを猿川に謝りたい。昨日、一昨日よりも蝉の声が耳にべっとり張り付く。嫌な気分だが、もう耐えるしかないのだろう。
    施設につくと、猿川はいないと伝えられた。いつもの公園に行ってくる、と言っていたらしい。依央利は走って公園へと向かった。もしかしたら自分のことを待ってくれているのかもしれない。自分のことを許してくれたのかもしれない。そんな望みをかかえながら、公園へとたどり着いた。昨日と同じ場所にある猿川の背中に、猿川くん、と声をかけてしまった。
    振り返った猿川は、依央利の顔を一瞥し、また前に向き直った。そしてそのまま話す。
    「なんで着いてきたんだ」
    一昨日のことだろう。
    「猿川くんのこと、知りたかったから」
    「本橋には関係ねぇだろうが。お前は俺の何なんだよ?」
    依央利の心臓がぎゅっとなる。自分は猿川の何なのだろうか。そんなの自分が聞きたい。
    「わかんない、けど……僕は猿川くんのことがとっても気になるみたい。猿川くんが僕のことをどう思ってるかは分からない。きっと煩わしい奴だって思ってるよね。でも僕は君から離れたくないからね?君みたいな負荷まみれの人初めてだし。」
    「負荷ぁ?何言ってんだテメェ。ともかく、あれに懲りて俺に関わるのはやめろ。変なのに目をつけられちまうぞ」
    「いいよ」
    猿川の目が見開かれた。完全にイかれている奴を見る目だった。それでも、本橋依央利は止まらない。
    「猿川くんの近くにいられるならそんなのどうでもいい。本当に。なんだかんだ言って、絡まれたら猿川くん助けてくれるでしょ 」
    「は?ぜってー助けねーし」
    依央利はこれ以上いっても反発するだけだろうな、と思い反論するのをやめた。でも、自分の主張は絶対に曲げない。
    「………………猿ちゃん、どこにいっても着いていかせてね」
    「なんだその呼び方。気持ちわりぃ。着いてくんなら好きにしろよ。」
    蝉の声が二人の間を通り抜けていった。




    その時の蝉の声は、今も尚、依央利の脳内に張り付いていた。
    毎年、暑い季節になると依央利は初めて「猿ちゃん」と呼んだ日のことを思い出す。名前の呼び方だけでも特別にしたかった子供心だ。それが成人した今でも続いている。習慣とは恐ろしい。
    「いお、今日の晩メシなんだ?」
    そして、猿川もいつの間にか依央利のことを「いお」と呼ぶようになっていた。依央利はすっかり低くなった幼なじみの声に振り返る。
    やは「今日は餃子とレバニラ炒めだよ。猿ちゃんが大好きなやつね!」
    猿川は暑い日に熱いのを食べるのは……とか何とか言っているが、依央利はやはり気にしない。手元のレバニラにオイスターソースをどばどば入れる。猿川に味見をするか尋ねると、素直に小皿を受け取って菜箸で器用にレバニラを盛り付けた。
    ふと、あの時の鬱陶しい蝉の声が依央利の耳に蘇った。
    まるで猿川から蝉の声がするかのように。
    依央利はあの時の気持ちを猿川に伝えていない。伝えずとも猿川といればその欲求はどこか満たされているように感じるからだ。猿川もおそらく察しているだろうし。
    でも、気持ちはまだ変わらない。一生変わることは無いだろう。

    「ねぇ、猿ちゃん」
    「あ?んだよ」
    猿川と肩を並べていた依央利は猿川の方へと向き直った。

    「どこにいっても、着いていかせてね」

    猿川はきょとんとしたが、何かを思い出したように笑っていった。

    「ぜってー嫌!ついてくんな!」
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