1000年生きてる1000年生きてるパロ
「ねぇ大瀬さん、美術館とか興味ありません?」
ある日の昼下がり。冷蔵庫を漁りに行ったら後ろからいおくんに声をかけられた。いつもの「僕がご飯作るから!」みたいなグチグチを挟んでからの一言。まさかの美術館。いおくんの手には美術館のチケットのようなものが2つ握られていた。さっきからずっといおくんの手によってぴらぴら踊らされている。
「商店街のおばさんにもらったんですよ、いつもありがとねー、おうちの人と一緒に行きなー、って言われたからさ、ね?」
おそらくその人のの言った「おうちの人」というのは親御さんや兄弟のことを言っているのだろうが、この人は頑なにそうしようとしない。子供に絵の習い事をさせるなら美術系統に興味があってもおかしくないのではないか。商店街の人だってだってこんなクソ吉と行くなんて考えてないだろうに。
「ちょっとー、大瀬さん?何か言ったらどうなの?行く?行かない?」
いおくんの目は確実に「一緒に行くぞ、他に連れて行けるような人いない」と物語っていた。
確かに猿川さんは美術に興味が無さそうだし、ふみやさんは美術、って感じがしない。テラさんは美術品と美しさで張り合うし、理解さんは裸体画などを見て笛を鳴らしそうだし、天彦さんは………そういう所に解き放っては行けない気がする。それはクソも同じだが。でも、いおくんがせっかく誘ってくれたし、断ったら断ったで面倒なことになりそうなのでお供することにしよう。
「では、お言葉に甘えて」
「それでこそ大瀬さん!次暇な日いつですか?」
「クソはいつでも暇です」
「じゃあ次の土曜日ね!楽しみだね~~!!」
いおくんは僕にチケットの片割れを渡して、くるくる踊りながら洗濯物の方へと帰って行った。どうやらその美術館は最近オープンしたばかりのようだ。ここからも近いようだし、歩いて行けるだろう。割引券、と大きく書かれたチケットを大切にポケットにしまい、冷凍庫からバニラアイスを取り出して部屋に戻った。
「ええ~~、またその格好ですか?」
「いおくんだっていつものカッコじゃん」
いおくんはいつもの中華味のある服にトートバックを抱えて玄関の前でうずくまって待機していた。そしてよいしょ、と声をだして立ち上がり、僕と目線を揃えた。
「それじゃいきましょ、大瀬さん。お荷物お持ちしますよ」
「いいです、クソ吉なんで」
「もうそのクソ吉とかいうのいいって!飽きたから。僕が持つよ、重いでしょ?」
「ちょっと外に出るだけなんだから重いわけないじゃん」
「ああいえばこういう~~~~!!!とにかく、こっち奴隷だから。荷物持つ!!」
「こっちクソ吉なんで」
「奴隷なんで!」
「クソ吉なんで」
「奴隷なんで!!」
「クソ吉なんで」
「ちょっと君たち、僕これから仕事なんだけど。喧嘩するならよそでやってよね。テラくんの邪魔」
いつも通りの流れになるとテラさんが後ろから声をかけた。いおくんはこっちを睨みながら後退してテラさんの道を開ける。僕も自然と道を広げた。
「仲がいいのはいい事なんだけど、程々にしなよ~」
「「仲良くないです!!」」
僕たちの返答を聞く前にテラさんは扉の向こうへと消えてしまった。
「こちらチケットになります、あちらの受付でご提示ください」
割引券がチケット売り場の女性の手によって入場券に化けた。僕はいつもの流れでお供している人の後ろにつこうとするが、大瀬さんはそれを許してくれない。結局2人並んで歩く体制になった。歩いている途中もたくさん奉仕チャンスはあったが、大瀬さんは全く奉仕させてくれない。荷物も大瀬さんが持っているし、途中「いおくんのも持ちますよ」とか言い出していた。完全に奴隷を舐めているとしか思えない。受付の女性に入場券を渡して展示スペースへと入った。初っ端から大きな彫刻が僕たちの目の前に現れた。思わず息を忘れて見とれてしまう。パッと見の存在感もすごいが、細かいところまで精巧な細工が施されていてこの作品の全てを見渡すには丸1日かかりそうだった。大瀬さんの方をチラ見すると、僕以上に目を開いて彫刻に魅入っていた。集中を途切れさせて申し訳ない気持ちはあったが、僕は大瀬さんの肩を優しく叩いた。
「ねぇ、大瀬さん。これ何を表現してると思う?」
彫刻の作品名は「飛翔」。非常に在り来りな感じではあるがこの作品に合う最も名前はこれだろう。
「僕は………羽ばたいてる鳥に見えるかも」
「えー?ほんと?僕は手を伸ばしてる人間にしか見えないけど。」
「そうかな………でも、見る人によって解釈が変わるのもこういうのの魅力の一つだから。たくさんの解釈ができればできるほどその作品は綺麗に輝くんじゃないかな」
「それもそっか。確かにこの子はすっごく綺麗だもんね。」
彫刻のスペースを後にし、絵画のスペースに入っていく。昔絵の習い事を言われるがままにやっていたが、内容は全く覚えていない。だから技術面とかはよく分からないけど、絵の横のプレートに書かれている解説を見ることで作者が何を考えていたか、何を伝えたくて絵を描いたのかが何となくわかる。全て僕の妄想でしか無いが、苦しそうな絵もあった。その絵を見ていた大瀬さんは、どこかほっとしたような顔をしていた。大瀬さんは何を想って創作をしているのだろうか。気にはなるが、聞くのは野暮だというものだろう。
彫刻スペースを抜けて以来お互い1度も言葉を発さずに最後のスペースへとやってきた。この美術館の目玉の等身大花魁人形がおかれていた。花魁について詳しくは知らないが、緑を基調にした色鮮やかな着物を纏っていた。首元と足の部分が大きく空いていてとても扇情的だ。髪飾りも派手派手で、僕の首輪と少し似た物を着けていた。
「なんか、いおくんにそっくり」
急な大瀬さんの呟きに、「は?」と声が漏れた。
「いやいや、確かに身長は同じくらいかもしれないけどさ、どこが似てるわけ?」
「顔とか……あと、体格と首輪」
「見た目だけでしょ?僕みたいな奴隷そうそういないんだから。大瀬さんも僕を尊重するって意味でこき使ってよね。」
「そんなこといわれても………」
「でも、こんなとこで晒し者にされてかわいそうだね。よくわかんないけど親近感湧くなぁ。どこかに連れ出してあげたい感じする。しない?」
「ちょっとわかるかも。目が動きたいよーって言ってる気がする。親近感湧くのはきっと似てるからだよ」
「似てませんから!!僕は唯一無二の奴隷!」
君もそう思うよね、と人形に声をかけようと人形がしまわれているショーケースに近づいた途端、意識がふわりと浮かんだ。そして身体中に巡る、1000年生きてる証。僕はその圧に耐えられず意識を手放してしまった。
いおくんが倒れた。偶然にも僕の方に倒れ込んできたから周りの人は気づいていない。身長は僕と変わらないはずなのになんでこんなに重みがないのか。1人で運べそうな気もするがいおくんは意識がない。職員さんを呼んだ方が良いのだろうか。1人であわあわしてるうちにいおくんがモゾモゾ動き出した。
「いおくん、どうしたの?大丈夫?急に倒れちゃったけど………なんかあったの.…………」
顔を上げたいおくんの目にはくっきりと朱が入っていた。目の前にある花魁人形と同じ色、同じ形の。
「あんたは………わっちの父上でありんすよね?」
「ちっ……………え?」
口調が変わっている。それも花魁が使用する廓言葉に。横目で花魁人形を見る。先程とあまり変わった様子はないが、目に生気がない。さっきまではあんなに外に出たいと目で訴えかけていたように見えたのに。
もしかして、外に出たから?
花魁人形の中にいた誰かがいおくんの体を乗っ取った?それが花魁なら話は通じる。なんで?やっぱりそっくりだからだ。もうそれ以外考えられない。
「会いとうござりんした!どうして………あん時…………」
いおくん(?)は僕の体をぎゅっとして離さない。力もあまりないようで、通常いおくんと大差ないだろう。
「本ッ当に………嬉しゅうござりんす……………」
「あの………その…………えっと、どちら様、でしょうか」
いおくん(?)はぽかんと目を見張ると、少し納得したような顔をした。
「そうでありんすよね。急に体を乗っ取りんしたから………ごめんなんし。ここで話すのも少々おかしゅうござりんす。場所を変えんしょう。家はどこでありんすか?」
急にまくしたててくる。廓言葉言葉だからちょっとだけ反応が遅れてしまう。えーとえーと、と戸惑っているうちにいおくん(?)は出口方面へとしずしず進んでいた。まるで着物を着ているかのように。僕も急いで彼………彼女………?を追いかける。
「あの、なんとお呼びすれば………」
「そうでありんすね………紫苑、とでも呼んでおくんなし」
紫苑………さんは、綺麗な姿勢を崩さないまま、出口へと威風堂々と歩いていった。周りに若い衆や禿が見えてしまうくらいに後ろ姿は綺麗だった。
機械音を立てて自動ドアを抜けたあと、紫苑さんはピタリと歩みをとめた。
「ここ、どこでありんすか。前とは全く違いんす。案内しておくんなんし。よろしゅうお願いしんす。」
紫苑さんは僕の隣に下がると、手を僕の肩においた。僕を若い衆の手を肩に乗っけてる人だと思っているっぽい。さすがにそれは恥ずかしいのでやめてもらった。
そのあともゆっくり歩くのをやめてもらったり、ところどころ止まってファンサ(?)をするのもやめていただいた。
すごく綺麗な姿勢で普通に歩くその姿はその辺にはいないただの美人になった。花魁感は初めと比べてだいぶ抜けたが、これはこれで目立つ。こんな綺麗な人の隣にこんな不細工なクソがいる時点で天変地異すぎるため、縮こまってしまい、紫苑さんとは比べ物にならないクソ度合いになってしまっている。最悪だ。紫苑さんの美しさの邪魔しかしていない。これだから……
「父上、堂々としておくんなんし。わっちの隣を歩いているんでありんすよ」
自然と背筋が伸びた。この人の言葉は不思議と力を持っている。どんなものも捩じ伏せてしまえそうな力。どっしりとしているが儚くて耳にスルスル入ってくる。
急に紫苑さんが止まった。くるっと体ごとこちらに向け、満面の笑みで言った。
「お荷物、持ちんすえ!ご奉仕、させておくんなんし!」
何が「唯一無二の奴隷」だ。同じ思考回路の人がいるじゃないか。
いや、でもいおくんがふざけている可能性がでてきた。冷静になろう、冷静に…………
「あんたはこの子にも奉仕させんせんね。かわいそうでありんす。もっとこき使っておくんなんし。」
いおくん、よかったね。
君の理解者かもしれないよ。
「ずいぶん大きな家でありんすね……」
「あの、とりあえず僕の部屋で……いや、汚いし、クソまみれになるのでいおくんの部屋で………いやでも、人様の部屋にクソが入るのは………」
「つべこべ言わねぇでおくんなんし。あんたの部屋に行きんすえ」
紫苑さんは問答無用で家のドアに手をかけた。しかし昔の様式とは違うからか、頑張って横に引っ張っている。非常に可愛らしく、ずっと見ていたいくらいだが、可哀想なので前にドアを引いてあげる。するとそんなこと分かってましたけど?と言いたげな顔でこちらを見てきた。何も喋らなければ目に朱が入っているいおくんそのものだ。ムッとしている顔もそのまま。
紫苑さんは家の中に入った途端、階段に向かって走り出した。美術館を出た時の上品さは欠片もない走り方。焦って階段を駆け上がっている。それをぼーっと見つめていた自分も急いで追いかける。紫苑さんは、僕の部屋の前で止まった。肩を激しく上げ下げしながら呼吸している。そしてゆっくりこちらを向いて、扉を指さした。
「ここ、あんたの、部屋で……ありんすか?」
扉の部屋番号は203。正真正銘僕の部屋だ。
頷くと、さっき覚えたドアの開け方を使って僕の部屋へと勢いよく入っていった。
「ちょっ………汚いんで、出た方が…………」
彼は、泣いていた。
「ここでありんす。わっちが求めてやしたものは、ここで…………」
ガラクタの上で彼はこの世の何よりも美しく泣いていた。この瞬間をどんな時よりも待っていたかのように。
紫苑さんはドアのへりっぴに立っているこちらにズカズカ近づいてきた。そして僕を部屋の中へ連れ込み、ドアを閉める。
「戸を引いて開けんなら引いて閉めんでありんすよね」
花魁の真髄がこめられたような不敵な笑み。背筋から背徳感がぞくぞく走った。
「あんな、父上……わっちな………」
リアル目と鼻の先だ。あともうちょっと、あともうちょっとで…………
「う、えぇええぇええぇぇええぇえ?!?!?」
彼と僕の間に一気に空気が増えた。両者とも驚いて目を見開いている。
よく見たら目から朱が消えている。表情も紫苑さんがするとは思えないほど崩れていて驚愕を見事に表現している。そして、耳から頬まで全部真っ赤っかだ。
「なっ、お、大瀬さん?!何しようとしてんですか?!ていうかここ家?大瀬さんの部屋汚!掃除していい?」
いつものいおくんだ。掃除に関してはやんわり断っておく。
「何って………いおくんこそ、何してたの?ふざけてた訳じゃないんだよね」
「あの人形なんなの?勝手に大瀬さんに奉仕しようとしてさぁ!奉仕させてあげてって言ってたのはありがたいけど僕の体で勝手なことしないで欲しいんだけど!しかも、今、あの人形と大瀬さん何しようとしてた?」
「ぇと………わ、わかんな」
「キスでしょ?わかんないフリしないでよね。」
「だって、理由がわかんないし………」
食い気味に犬のように吠えていたいおくんが、急に表情を変えた。たちまち空気が冷えていく。いおくんの目が泳いでいる。いおくんと紫苑さんの間に何かあったのだろうか。
「何か、知ってるの?」
いおくんは俯いて喉から絞り出したような声を出した。
「僕が意識飛ばしちゃった時、その……花魁さん?の記憶が流れてきてさ、この人が経験してきたこと全部見せられたの。強制だけどね。だから……その、これは、本人から聞いた方がいいと思う。僕も、この人と同じだから。」
話しきったいおくんは立ち上がってドアの方へと歩いていった。
「じゃあ大瀬さん、僕が寝てる時ならこの人とお話できると思うから。今日、僕大瀬さんの部屋で寝るね」
迷わずにドアを引いていおくんは階段を降りていった。
いおくんだけでも寝るスペースを作っておこう、そう思った。
みんなで夕飯を食べ終わって自分の部屋に閉じこもっていると、日中の宣言の通り、いおくんはクソのクソ部屋へと入ってきた。
みんなの前にいるときは紫苑さんに入れ替わることも無かったため、いおくんの自由は守られているようだ。
「僕、まだ眠くないんだよね。やることは全部やったんだけど奉仕したりないっていうか……なんかやることあります?」
いつもこうだ。暇なら自分のことやればいいのに。いおくんに生ぬるい目線を送ると、僕の考えを感じ取ったのか、ぶすっと顔を膨らませた。
「どーせクソ吉だからー、とか言って奉仕させてくれないんでしょ?分かりましたよ。大人しく寝ますから。ゆっくりこの人と話してくださいね」
いおくんは僕の隣にちょこんと座り、肩に頭を乗っけて目を瞑った。焦っていおくんの頭を落としそうになってしまったが、何とかそれは避けた。いおくんの目が少し開いて睨まれはしたが。それからしばらく経って規則的な寝息が聞こえてきた頃、いおくんの体ががもぞもぞ動き出した。目には朱が入っている。紫苑さんだ。
「あの子、自我が強うござりんすね。体を乗っ取れんせん。」
僕もそう思う。無我とか言っといて自我しかない。嘘つくのやめたらいいのに。
「安心しておくんなし。わっちにあんな自我はありんせん!」
そんなことを言っている時点で同じ香りがする。きっと紫苑さんも自我まみれの自称無我奴隷なのだろう。ただの花魁口調のいおくんじゃないか。
「ちょっと、無視しねぇでおくんなし!絶対わっちが奉仕しんす」
「わ、わかったから………さ、その、さっき、なんであんなこと……」
「あんなこと?さぁ、なんの事でありんしょう」
絶対分かってるやつだ。
「じゃあさ、いおくんと入れ替わる直前なんて言いかけたんですか」
紫苑さんが目を細めた。目だけは笑わずに口角をあげて目を細めている。目の中に光は一滴もなかった。
「いい質問でありんすね。あれは今の時代の愛の伝え方でありんすよね、違いんすか?」
「えっ、や、そう、だけど…………紫苑さん、は………」
「紫苑と呼んでおくんなんし」
「し、紫苑………は、僕のこと、知ってた……の?」
「ええ。父上でありんすもの。」
ちちうえ?ちちうえって、お父さんに上の父上?それってお父さんって意味だよね?父上?
「まぁ、人間の寿命を考えるとあんたはわっちの父上の子孫かそっくりさんでありんしょうな。紛らわしいこと言ってごめんなんし。でも、本当に、父上に………」
よかった、クソの血を分けていたわけでは無さそうだ。そもそもそんなことをした記憶が無いし相手の人がクソまみれになってしまう。そんな事があってたまるか。