ずるい人今日も彼の帰りは遅いだろう。
深夜の1時頃だろうか。INオフトゥンしていた私はドアの開閉音と階段を上る音で目を覚ました。その音の主は今日の晩御飯のとき不在だった天彦さんで確定だ。
天彦さんはWSA。その仕事柄なのかたくさんの人とふしだらな関係を持っている。不肖ながら私、草薙理解もそのたくさんの人のうちの一人だ。
でも、私からしたら彼は「たった一人の大切な恋人」だ。彼からしたら「関係をもつ大衆の一人」であるに違いないが。ここまで私を狂わせといて昨日も今日も知らない誰かと夜を共にしている。そもそも多数の人とふしだらな関係を持っているということ自体が秩序を乱している。人類のリーダーとして正しておくべきことだろう。
でも、これはそういうことではない。
なんだか違う。正したいというのは真実だが、正すだけでは良くない気がする。
もやもやとした気持ちを抱えたまま、布団を頭の上まで引っ張った。こうなったのも私を狂わせた天彦さんのせいだ。
何もかも、天彦さんがわるい。
「天彦さんのバカ………」
そうつぶやいても、バチは当たらないだろう。
「理解さん、今日の夜にご予定などございますか?」
出た。来た。ふしだらの与一。
一瞬断ろうかと思ったが、昨日の謎のモヤモヤが少し晴れるかもしれないと思い直した。
「特にありません。……けど、ふしだらなこと、でしょうか、やっぱり」
やはりまだ慣れない。顔が熱くなるのを感じて、顔を背けてしまった。セクシー、と艶やかな声で言い、顔を火照らせている彼は本気でそう思っているのかあくまでもお世辞なのかはわからない。でも、不思議と心が昂る。WSAの称号をもつ……自称ではあるが、そんな人にセクシーだと認められるのは栄誉的な事ではないだろうか。
「もちろん、そうですよ。準備はまだ1人ではできませんか?」
準備。行為をする上で受け入れる側に必要となるもの。1番最初の夜に一晩中かけて教えてもらった。なんとなくできるが、天彦さんにやって貰った方が楽だし気持ちいい。
「できはするんですが、上手くできなくて…コツを教えて下さると嬉しいです」
「了解しました。この天堂天彦、腕を振るってお教えしましょう」
「さすが先生!ありがとうございます。……その、ところで………先日の夜は何を?お帰りが遅かったようですが」
本当に秩序が乱れていたら、少しだけでいいから正しておこう。理由などとうにある。秩序を守ることなど当然のことだからだ。
「先日は………言うなれば仕事、でしょうか」
「どのようなお仕事ですか?そんな夜遅くまでなど大変でしょう。ブラックじゃないですか」
すると天彦さんは妖艶に微笑み、私の耳元に口を近づけた。息がかかり、思わず体がビクッと震えた。
「大丈夫。何も心配することはありません。今夜、わかりますよ」
どろりと蜂蜜が耳の中に溜まっていくような声。私はこの声を以前にも聞いたことがある。恐らく昨日、一昨日と天彦さんと夜を共にした人もそうだろう。その他にもたくさんの人が聞いたことあるに違いない。
なぜならそういう“仕事”だから。
もちろんいい気がするわけではない。でも恋人として理解ある人の方が好まれるだろう。
だがら私はWSAの仕事に理解がある人のフリをしている。
天彦さんと一緒にいるにはそれしか無いと信じているから。
コンコン、と扉が叩かれた。そして音の先から天彦さんが出てくる。もう夜も更けて普段だったらもう既にINオフトゥンしている時間だ。ベットの上に浅く腰かけている私の頬に手が当てられ、お互いの顔が近づく。そしてそのまま____
いつもだったらの話だが。
私は空気に流されず、天彦さんの頬をぶっ叩いた。平手で。
思いっきり頬を張られた天彦さんは頬を押さえ目をぱちくりさせている。
「あの、理解さん?私、何か悪いことしたでしょうか……?」
分かっていないのかこのエロガッパ。恋人がいながらも淫らな肉体関係を複数の人と持って。仕事とはいえおかしいだろう。そもそも本当に仕事なのか?
「天彦さん、そこに正座してください。私が今から何を言うかわかりますか?」
「いえ……ちっとも」
素直に正座したはいいもののなんだこの人は!本当に秩序なっていない!ここで正しておかねばこの先この人にとってもこの人と付き合っていくことになるであろう人にも害が及んでしまう。この草薙理解が迷える子羊に手を差し伸べてあげようではありませんか!
「天彦さん。昨日と一昨日、何をされてたんですか。仕事、だけではなく!具体的に、お願いしますよ」
仕事だ、と言いかけたが、そんな暇も与えず言葉を続けた。
「昨日と一昨日は……別の人ですが、夜のお友達と体でお話し合いをさせていただきましたね」
「言葉を濁さず言わんかこのエロガッパ!!セフ………ふ、ふしだらな関係のもの達とセッ……せ、性行為に及んだんだろうが!!!」
私も少しだけ言葉を濁してしまった。こんな秩序ない言葉、口に出すだけでも死刑レベルだ。しかもこの私に言わせるなんて、この人はどういう魂胆なんだ。いちいちセクシー、と顔を緩ませないでほしい。
「理解さんからしたらそうかもしれませんね。でも実は違うんです。ふしだらな関係……あの方々と私はセフレではなく、れっきとした恋人同士です」
頭が止まった。恐らく心臓も止まっただろう。体の臓器が動きを一斉にやめたような心地がした。再び血液がどくどくと流れ始めた頃には、頭に血が上りつめていた。
「なっ……何を言ってるんだ貴様!!!!複数人の人と恋人?!そんなことがあってたまるか!!!秩序が保たれていない!!!今すぐそんなことやめなさい!!!!!」
体のままに動き、胸ぐらを掴んでしまった。顔も先程と同じくらい近づいている。ここで退いたら負ける気がして、そこから動かなかった。
「そんなことできません!どのお方もそれぞれ違ったセクシーを持っています。それを1つでも手放そうなんて、天彦耐えられません!」
「そんなのセフレで………いや、ダメだけど!!全員が恋人である必要などないだろ!!恋人など、恋人、など………」
天彦さんの頬に水滴が落ちた。それはひとつ、ふたつとどんどん増えていく。それは私の目から落ちていくものだった。
私の頬に伝う涙を天彦さんが手で拭ってくれる。私は彼の手を両手で包み込み、腰から下の力を抜いて床に落ちた。
「恋人は、私一人では………足りませんか」
天彦さんは悲しそうに微笑んで、私のおでこにキスを落とした。
許してくれ、とは言いませんよ。と言いたげな目に、私はもう何も言えなかった。
それでも私たちは体を重ねるのだ。
天彦さんは数多くいる中の恋人として。
私はたった一人の大切な恋人として。
それはいつまで経っても変わってはくれないだろうが、続かないことを願うくらいは許されて欲しい。