それでも恋なんだ 恋人らしい事とは?
それは日向と若島津、それぞれが胸に秘めた近頃の疑問である。
例えばそう、今こうして期末テスト対策の勉強をクラスメイトやサッカー部のメンバーとではなく、二人きりで行っているこの時間。これは恋人として過ごす時間と呼べるのだろうか。
「日向さん、今日の練習が終わったら勉強に付き合ってくれませんか?」誘い出したのは若島津の方からであるものの、日向を誘った理由はその時近くにいたのが日向だからである。もし、その場に居たのが別の親しい人間ならば若島津はその人物を自室に招いていた。
「あぁ。少しばかり監督と話しをしてから行かせてもらう」誘いを受けた日向としても、若島津からの提案だから受けたのでなく、ちょうど誰かと勉強をしようと思っていたからに過ぎない。
特別だから選んだ訳ではない。かと言って顔も名前も知らない誰でもいい訳ではない。何かを期待するように胸は踊らず、弾まない。それは一つの消しゴムを手にしようと、二人の手が重なっても同じだった。
ふと、二人の脳裏に今日の練習終わりにロッカールームで耳にした会話が再生される。
「お前、図書室で彼女と勉強してたよなっ?」
「オレも見た見た。手なんか重ねちゃってえ!」
「あ、あれは消しゴムを取ろうとしてだな……」
「おいおい、その辺にしといてやれよ。耳まで真っ赤になってんぜ」
聞く人によれば微笑ましく思えるエピソードが今、二人にも起きている。
恋人。その単語を連想するに時間は掛からなかった。消しゴムに向けられていた二人の視線が、互いの瞳に移る。
日向は思う。自身の手の甲に重ねられた若島津の手の指と指の隙間に自分の指を滑り込ませ、絡めて握ればそれらしい雰囲気になるのだろうか。
若島津もまた思う。ここで二人にとってのファーストキス以来の口付けをすれば、それらしい雰囲気になるのだろうか。
少しでも動けばどちらかが、否、同時に行動に出るのではないかという緊張感が部屋に漂う。しかし、呆気なくその雰囲気はドアから鳴るコンコンという音に打ち消された。
「失礼します。若島津さん部室にノート忘れて……、あっ」
ドサっと若島津の数学ノートが開きながら床に落ちる。その様子に若島津は部室で数学の範囲を聞かれてノートをカバンから出していたのを思い出し、探しても見つからないノートの行方が判明して「ありがとうタケシ」と声を掛けようとするも、その前にタケシは「お、おお邪魔してすみませんでしたっ!」と慌ただしく出て行ってしまった。
どうやら耳まで赤くしたタケシから見れば、自分達は恋人としての時間を過ごしているように映るらしい。タケシに向けられていた二人の視線がまた、瞳に移る。
「そう言えばタケシって成績の方は問題ないんですか?」
「あぁ、勉強も頑張ってるぜ。アイツにだけは、補習なんざに行く所を見られる訳にはいかんな」
手を重ねたまま、可愛い後輩の学業について語り合う二人に先程まで抱いていた疑問はもう、ない。その代わりに明日、タケシへどう声を掛けるべきかという話題へ発展し、それは「おやすみ、若島津」「おやすみなさい。日向さん」と、ドアが二人を隔てるまで続いた。