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    NanChicken

    @NanChicken

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    NanChicken

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    これは支部に上げた「二重奏曲」の結末の一つのIF
    ハピエン厨の私自身のためのPルート
    二重奏曲はあのままの引き際で良かったので、これはここに置いておこうとおもいます

    読まないほうが良かったと後悔しない方はどうぞ。

    カーテンコール



     災害の多かった昨年、被害の大きかったこの小さな町に、いくばくかでも元気をもたらし、できれば寄附をしたいから、と大学を卒業した先輩に声をかけられたのは、そろそろ夏も終わろうかという時分だった。
     無名駆け出しではあるが、留学と複数の国際コンペでの入賞経験を経て日本に戻った俺にも、少しばかりの演奏の仕事が回ってきはじめていた。
     先に音楽プロダクションに所属していた同期を頼って、全国の小規模なコンサートイベントなどを回り、都会の市民オーケストラとの共演などにも、指名で呼ばれることが増えて来ていた。


     山鳥教授は来春で常任の教授の座を下りると明言していた。世話になった教授に顔を見せるため、俺は母校の門をくぐった。久しぶりに見た校舎の奥には、欅の巨木が見えていて、胸の鈍い痛みがまた疼いたが、俺はそれを押し留めて教授の部屋へ急いだ。
     その日そこに来ていた見知らぬ先輩は、俺の顔を見るなり立ち上がり
    「山鳥教授、彼はもしや?」
    と大げさな声を出した。
    「ああ、話題の人だ。和泉、よいタイミングで来たものだな。こちら10年前の卒業生、長谷部くんだ。田舎町に引っ込んでいるのが勿体無い良い喉の持ち主だよ」
    「はじめまして長谷部さん。俺を話題に?」
    「山鳥教授の最後の秘蔵っ子とOBの中で評判だよ」
     声楽のこの先輩がなぜ山鳥教授と親しいのかよくわからないが、とにかく俺はソファに腰を下ろした。
    「実は、チャリティコンサートを計画していて、ピアニストを探している。チャリティなので出演料は高く支払えないけれど、災害に傷めつけられた町の住民を勇気づけるには若くて元気のあるピアノの演奏が不可欠と思ってね。教授の力を頼って来たという次第」
    「それは名誉なお誘いで…ですが、もっと名のしれたピアニストのほうが、喜ばれるのでは?」
    チャリティならば多くの観客に足を運んでもらうほうが良いに決まっているし、それには名が通っている方が良い。
    「和泉」
    教授が先に答えた。
    「君があの町から誘われることには、きっと意味がある」
    「は?どういう意味です」
    教授はそれきり何も言わず、長谷部氏が熱心に誘ってくるので、俺はスケジュール調整をすることに決めたのだった。


    「うちの町まではちょっとした距離だし、もしスケジュールに余裕ができるようなら、恋人でも連れて来て観光して行くといい。まぁ大した見どころも無いが、景色だけは楽しんでもらえると思う。和泉君ほどの好男子ならば楽器が恋人というわけでもないだろう?」
     話の終わりに悪気なく言われた言葉は、今までもあちこちで聞いてきたものだった。
    「あー、そうですね…心に余裕があれば」
    適当な相槌で受け流す。いつもしてきたことだ。
    2、3度…いやもっとだったか、付き合って欲しいと正面から言われたことはあるが、俺の答えはいつも
    「悪ぃな。待たせてる人がいるんだ」
    と決まっていた。
    「嘘つき!あなたが誰かに連絡したりデートしたりしていたことなんてないじゃないの!そんなに嫌われてるとは思わなかったわ!」と腹にパンチを食らったりもしたが、嘘などついてはいなかった。
    会いたくとも、連絡先を知らないというだけのことだ。
     学校のある町を離れたあと、あの人が生まれ育った美濃地方の街へ一時戻っていたことはわかっていた。一時帰国した折に訪ねて行くと、そこはすでに引き払ったあとで、住民票はかつて実家があったという場所に置き去りになっていた。この過程で、あの人が、親の遺産を売り払った金で大学を卒業した天涯孤独の身の上であったことを知る。そこで手詰まり。それでも俺は、いつか迎えに行くと決めたことを曲げたつもりはなかった。


     とにかく季節はあっという間に過ぎて、あの町に降り立ったのは本番前日の午後。リハはあっさりと済んだ。長谷部氏は若いながらも町ではちょっとした顔らしく、明日は地元の音楽関係者なども招待しているのだそうだ。終演後に玄関ホールで少し愛想を振りまいてくれと頼まれる。正直な人柄だと思う。
     町を歩いてみれば、風光明媚な田園地帯というわけでもなく、鉄道の支線と僅かなバス路線に支えられた、都市からは距離の離れた場所にありがちな、高齢化が進んで人口が減少し続けているタイプの町だった。
     曲は長谷部氏の指定で、俺がこれまで避けてきたものだったが、名曲集に必ず入るこれをずっと避け続けることは出来ないと腹を括り、引き受けることにした。チェロとの合奏の提案は、原曲のまま弾きたいからと言って丁重に断った。練習の間は集中できたが、明るい曲にもかかわらず、弾き終わるたびになんとも言い難い憂いが残ったのには、少々手を焼いた。
     諦めたつもりはないが、見つからないあの人と過ごす未来を信じてきた自分の青年期が終わっていくかのようだな…と寂しくもあった。


    迎えた本番。開演は夜。は夜。
    わかりやすいテーマで統一するという長谷部氏のコンセプト通りに、愛にまつわる曲が演奏されていく。
    俺は愛の挨拶を上々の出来にまとめ上げ、余韻を残しつつ譜面を持って立ち上がる。
    視界のはしに、俺とほぼ同時に立ち上がった客の姿が映った。疎らに起こる拍手の中、その客はこちらにゆっくりと会釈し、ホール中段にある出口に向かった。その淡い紫色の巻毛を、俺が見間違うはずがなかった。
    拍手に答えるのもそこそこに、雑に頭を下げると、上手の袖幕に飛び込んだ。
    「長谷部さん!俺このまま帰ります!」
    「君、この場はどうするんだ!」
    いつの間にかカーテンコールの拍手は大きく響いていた。
    「お任せします!一生後悔したくないんで!」
    そのまま走り出す。
    音響盤の後ろのスタッフの横をすり抜け、楽屋側の廊下から玄関ホールへの通路を駆け抜け、仕切りのロープは飛び越えた。
    ホールスタッフが眼を向いていたが構っている暇はなかった。
    玄関の外へ出て左右を見渡しても、もう姿は見えない。
    どこだ。考えろ!帰る客はどっちへ向かう?
    ふと見ると、併設の駐車場入口の表示。
    そこか!
    コンクリ打ちっぱなしの駐車場の階段を二段飛ばしで駆け下りる。
    クルマの出口はどっちだ。
    俺が出口に立ち塞がるのと、小型乗用車のヘッドライトが出口を照らしたのはほぼ同時だった。
    急ブレーキが響き、大きく揺れて車が止まる。
    まだコンサートは途中。他に動いている車は無かった。
    息が上がって声は出ないが、広げた両手は降ろさなかった。
    やがて、ヘッドライトが消え、エンジンが止まった。
    運転手は動かない。
    俺はゆっくり歩み寄り運転席の窓をノックした。間違いない。見つけた。あの人を。
    返事はない。
    もう一度ノックする。
    ドアがゆっくり開いた。
    俺はしゃがみこんでその人の右腕を掴むと、こう言った。
    「なぁ…あんた、自分専属のピアニスト、雇う気はないか?」
    その人、歌仙は俺を見た。懐かしいシルエット。変わらぬ甘い声で返ってきた言葉は
    「契約期間は、一生でいいのかな…?」
    「もちろんだ!」
    涙の抱擁とキスで契約は成立し、俺はこの人のところに永久就職することになったのだ。


     古風なマネージャーはいま俺のスケジュール管理に奔走してくれているが、デジタル機器の扱いにいつまでも慣れずにいる。
     山鳥教授の退官祝いの席で、俺たちはチェロとピアノの二重奏を披露し、教授には「君のあの執念では、きっと探し出すだろうと思っていたよ」と笑われた。
     君を轢き殺していたら僕も生きてはいられなかったよ、と今でも歌仙には酔うと小言を言われるが、命をかける価値はあったと思うぜ?
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    Replies from the creator

    NanChicken

    MOURNING手入れバグ回の、漫画にならなかった部分の切り落とし詰め合わせ供養。単純に時系列で並べ直してあります
    いつかの遅刻組本丸
    審神者がいます
    文章の切れっぱしを単純に時系列にしただけで、小説にもなっていませんが、漫画の前後のことが入ってます。読まなくても良いあれこれ。
    ある数日間の余録審神者は決して大人しく泣き寝入りする男ではなかった。かつて、この本丸への途絶したルートを、力づくで再開通させた男である。
    一報を入れた古今伝授には、「すぐ修理させるから歌仙の身体の安全を確保しろ」と伝えた後、政府の設備管理サポートを行う部署へ猛然と食って掛かった。
    決して安くはないコストを負担して、他の本丸ではそうそう受け入れないという政府純正の定期メンテナンスを受けてきた。このトラブルの少し前にも保守点検が行われ、完了報告を受け取っているのだ。
    「とにかく一番腕の立つ技師を寄越してください。ボンクラは要らない。前回のメンテでどこか狂ったのは明らかでしょう。
    大事な初期刀を失うような事態が、政府の手落ちで起こるなんてことが許されるはずもない。我々審神者は軍属とはいえ一国一城の主。国家賠償の訴訟も辞さないつもりでおりますが?」
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