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    故郷から100光年
    👒🕒なのにこの時点だと二人とも出てこない / 新刊の進捗報告(サンプル公開) / ここから👒🕒になるんですか?

    故郷から100光年サニー号での食事の最中に、ウソップが泣き出したのは突然のことだ。だから、同じ食卓を囲んでいた一味の殆どはその出来事に驚き、心配したり困ったり戸惑ったりした。
    「大丈夫……、なんでもない。ちょっと、びっくりしただけで、」
     ウソップの目からはまだ涙が溢れていたが、彼はすぐにいつものなんでもない顔でそう言って、食事の続きに戻っていく。それを見ていた仲間たちは、一人は「本当に大丈夫なのか?」と心配し、一人は「無理すんなよ」と諭し、また一人は彼の様子を観察して……など、各々ができる方法でウソップのことを気にかけた。
    当のウソップはそのことに気が付いていて、努めて、普段通りに振る舞おうとした。
     それでも、ひとくち、また一口と目の前にある料理を食べ進めるごとに、彼の心は大きく揺れていた。それに、気づいていたから。麦わらの一味である仲間たちもまた、何事もなかったかのように振る舞い続けたのであった。
     それが彼らの優しさであり、積み重ねた時間よりもずっと深い絆の、この船でのあり方だったからだ。

    そうやって、イレギュラーこそあったもののいつも通りの賑やかな夕食は幕を閉じ、サニー号に乗る面々はそれぞれが自分の仕事をこなしたり、役目に備えたり、好きなことをしたりと思い思いの時間を過ごしていた時。ウソップが籠っている彼専用の工房の扉が、優しく二回叩かれたのであった。
    「どうした? 開けていいぞ」
     用件を聞く前にウソップがそう言ったのは、ウソップの性格によるものが多かったが、扉の前の人物にある程度予想がついていたというのも大きかった。
    何故なら、男連中の誰かしらであれば大抵はノックと共に扉の向こうから大きな声でウソップのことを呼ぶのだ。居るのか? だったり、、今話せるか? だったり助けてくれ! だったり、スゲーもん見せてやるよ! だったり。ノックだけだなんてお行儀のいいことをするのは女性陣のどちらかしか考えられなかったので、ウソップは珍しい来訪者が中に入り易いように、無意識的にいつもより明るい調子で喋っていた。
    「……お邪魔します」
    「なんだ、ナミか!」
    「突然悪いわね」
    「悪いことなんかなんもねェよ。そこ、座るか?」
     扉を開けた先にいたのは航海士のナミで、普段は気が強そうに見える彼女の表情から今回は幾らかの困惑の様子を汲み取れたので。ウソップはまず、テーブルの向かいの椅子を指さして、彼女が落ち着いて話をできる場を整えようとした。
    「ありがとう」
    「珍しいな、ナミが此処に来るの」
    「私も、久しぶりに入った気がする」
     木製の椅子に浅く腰掛けたナミは、記憶の中と現在の部屋の差異を探すように部屋の中を見渡した。しかし、ぐるりと取り敢えず見ただけでも色々なところが以前来訪した時と変わっていることを知って、そのどれも指摘することなく最後にはウソップの方を真っ直ぐに見つめた。
    言葉を発する直前、もう一度、最後に彼女は自分の言おうとしていることを整理して。それからようやく、ここに来るまでに何度も煮詰め続けた感情を口にした。
    「私、わかるの。今日の夜の食事の時、アンタが泣いていた理由」
    「ば、馬鹿野郎! 泣いてなんかねぇよ! あれはだな、前に聞いた面白かった話を思い出して、思い出し笑いを……」
     構えもなく恥ずかしい部分を指摘されて、ウソップは反射的に真実を隠そうと嘘をついていた。けれども、言葉の途中で、自分を見るナミの目があまり真っ直ぐなことに気がついて。
    「お前も……なのか?」
     言葉は途切れ、気づけばそう、溢していた。
    「ええ。私も、なの」
     核心には触れない物言いで、それでいて二人ともがそれぞれ、全てを理解していた。
    自分の体験したこと。身に降り注いだこと。それに対する驚きと動揺を、お互いが共有していることを分かって、二人はテーブル越しに目を合わせ続けた。
    「驚いたよな……?」
    「驚くなんてもんじゃないわよ。突然、殴られたようなものなんだから」
    「そうだよな……! おれも流石に、どうしたらいいのか分からなくなった」



    数時間前の食卓での出来事を、ウソップは思い出している。
    それは、一見、いつも通りの食卓だった。
    サニー号のダイニングテーブルには色彩鮮やかな食器が並べられていて、その上には皿に負けない彩りを放つ、沢山の料理が盛り付けられていた。当たり前で、何気なくて、かけがえがなくて愛しい普段通りの光景。
    腹を空かせた面々は、全員揃うのを待ってから船長の号令で、皿に手をつけた。ただひとり、いつもみたいに配膳とおかわり用の料理作りに取り組んでいる、彼らのコックのサンジを除いて。
     ウソップがまずフォークを伸ばしたのは、目の前にあったフィッシュアンドチップスの皿だった。テーブルマナーに通じているわけでもなければ、特別に何かを学んだこともないウソップであるが、普段の彼であれば食事の席では冷めやすいスープ類から飲むようにしていた。
    そんな平常がありながら、目の前にはウソップ用のミネストローネがあるのをわかっていてもなお、フィッシュアンドチップスに手をつけたのは。単に、彼が無類の魚好きであったからだった。
     昼間、彼がルフィとチョッパーと共に釣ったエメラルドフィッシュに衣をつけてカラッと揚げてあるそれを見ただけで、ウソップの空腹は加速した。この辺りの海域でしか獲れず、まさに夏島の冬の今が旬であるその魚が一味の食卓に並ぶのは初めてのことだった。
    見たことねェ魚が釣れたぞ! と緑と青の混じったような美しい輝きを放つ魚を手にキッチンに駆け込んだ三人に、その魚の名前を教えたのはサンジだった。
    「エメラルドフィッシュじゃねェか! へぇ、実物はおれもはじめて見るよ。もう、そんな海域なのか」
    「食えるのか?!」
     サンジの言葉に、それこそ食ってかかるようにルフィが尋ねる。
    「食えるさ。毒はないからな。こいつの分類だと多分……。お前ら、ちょっと待てるか?」
    「待てる!」
     サンジの問いかけに、これから何が起きるのか推測ができている三人は、元気よくそう答え、誰に促されるわけでもなく、並んでダイニングテーブルに座った。
    「よし、じゃあ。そこでお行儀良くしてろ」
    「は〜い」
    「早く〜」
    「ったく、まだはじめてもねェだろ……。おっ、見かけに寄らず、結構重いな」
     ルフィの手から魚を奪ったサンジは、どことなく嬉しそうにそう言った。それから、先ほどまで取り掛かっていた作業を暫し中断して、キャビネットからまな板と包丁を取り出した。
    調理台に向かって立つサンジが、腕まくりをする。
    そして、包丁を手にし、魚を締めた。
    「聞いていた通りだ」
     魚は、サンジの手の中でみるみるその色を失っていった。エメラルドフィッシュが宝石のような色で輝くのは、生きている間だけだった。
    エメラルドフィッシュは観賞用としても人気は高いのだが、特定の海域でしか獲れないという入手の難易度、生きられる温度が限られており調整を失敗するとすぐに死んでしまうことから、捕獲しても生きたまま運搬することがかなり難しく、コレクターの手に届くようなことは中々なかった。
    その上、エメラルドフィッシュの色彩は餌に由来するものだった。そしてその餌、プランクトンもまたその限定的な海域にしか生息しておらず、詰まるところは何かの幸運でエメラルドフィッシュを手に入れても、その美しい色は日に日に損なわれてしまうのだ。
     そんな性質のために、白いエメラルドフィッシュ、などという古い諺があるくらいだった。金額ほどの価値がないもの、という意味で、たまにゼフが使っていたのを、サンジは覚えている。
     すっかり白くなってしまった魚の鱗を取っていく。腹のところに切り込みを入れて、水で洗いながら手で内臓を掻き出す。
    アラは勿論のこと、内臓も無駄にはしない。捨てられることの多い内臓であるが、毒のない魚であれば、鮮度の高いものはきちんと食用になった。血抜きをした後に食べてみて、癖がなければ食卓に、苦味が強ければ酒のつまみにでもしようと決めて、サンジは臓物たちを銀のボウルへと取り分ける。
     続いて、流水で魚を洗い、内外の血溜まりや鱗を洗い流す。
     そこからの仕事ぶりは早いものだった。包丁を手にしたあと、ウソップからすれば瞬く間に、チョッパーからすれば一瞬、ルフィからすればあっという間に、サンジはその魚の処理を終えた。
    「まずはシンプルに、刺身と……」
     そしてそこからも、やはりサンジの手際は良かった。
    刺身、煮付け、塩焼き、湯引き、たたき、照り焼き、唐揚げ、と。様々な方法で少しずつ、魚の姿を変えていった。
    「よし、食っていいぞ。まだいろいろ作るから、ゆっくり食えよ」
    「わかった!」
     それらがひとつまた一つとテーブルに並ぶたびに、腹を減らした三人は箸を伸ばしてうめぇ、ウメェと喜んだ。
     一匹の魚は少しずつ、様々な料理になっていく。三人がひとくち食べられるだけの量の料理がのった、小さい皿が机には次々と並んで。それはまるで、子どものための晩餐会のようだった。
    「どうだった?」
    「ウマかった!」
    「そうかい。なら良かった」
     一匹の魚がすべて調理されて。それらは速やかに三人の胃袋に回収されていった。作業が一通り終わっても、サンジのキッチンは整っていた。物は調理をはじめる前と比べて格段に増えていたが、作業場は汚れてもいなければ乱雑な印象もない。
    そんなキッチンの真ん中で、一息ついたようにサンジは煙草を吸い始める。
    「じゃあ、どれが一番、好きだった?」
     彼らがこの質問をされるのは初めてではなくて。もう幾度となく体験した、好きな瞬間を迎えた三人は、顔を見合わせて笑った。

    長い航海を共にしていると、どのクルーも、船員同士の個人的な関係性や経験といったものを所有していた。ブルックは時折ロビンから本を借りて、返す際にお互いの見解を述べながらお茶をすることがあった。
    ナミは,酔うとブルックに演奏を強請ることがあった。そして、彼が喜んで彼女のための音色を奏でると、楽しそうにそっと歌うのであった。
    ゾロとルフィは、時折ナミに、彼女の描いた海図を見せてもらうことがあった。この島はあそこよ、猫の形をした山があったところ、など、ナミが指差し説明するのを聞いて、三人は思い出話に花を咲かせる。
    ゾロは、トレーニングの際に、自分を眺めるチョッパーを見かけると、重りになるからと背中や腕や頭にのせてやることがあった。
    チョッパーは、ウソップの育てる植物の肥料や健康状態、適度な農薬について相談に乗ることがある。そんなウソップに、道具の改良や発明のアドバイスを求めるのがフランキーで。では、フランキーが、工作のために籠りきりになると、
    「今日はとびきり、星が奇麗なのよ。ずっと部屋の中に居ては勿体ないわ」
    と言って、ロビンが外に連れ出すのであった。
    そうして、時折、ロビンが読書に夢中で時間を忘れたときは、ルフィが彼女の手を引いて、
    「サンジの飯を食い逃したら勿体ねぇぞ!」
    と、仲間たちの集まる食卓へと連れて行くのであった。
    そういう、特別な関係性を誰もがもっていた。
    その中でもサンジは、役割柄、取り分け多くの、秘密と呼ぶには大袈裟で内緒と言うには特別なやり取りを各個人と有していた。
    それは殆ど、キッチンで行われる。
    夜中に目覚めた時。仕事が一息ついた深夜。見張の交代となる早朝。見たことのない食材を見つけたとき。小腹がすいたとき。どうしても食べたいものがあるとき。何か、無性に寂しいとき。サニー号のキッチンを訪れると、特別だぞ、と言って自分のためだけの一皿が振る舞われた。
    誰しもがその経験をしていた。サンジと自分の、特別な、なんでもない時間。
     ウソップとルフィ、そしてチョッパーにとっては、この、初めて見る魚を釣ったときに、サンジが一通りの調理方法を試して、どれが一番好きだったかと尋ねる時間がそうなのであった。彼らだけの秘密。四人きりの内緒。
     だから、三人は笑い合って、
    「これ!」
    と、それぞれが好きだと思った皿を指差すのだ。

    あの時は大丈夫だったのに、とウソップは思った。
    「ウソップ?」
    「あ、悪い……。考え事していて、」
    「私と話している最中に?」
    「だから、悪かったって!」
     どこから話そうかと悩んでいたウソップは、この話はナミにしないでおこうと決める。隠し事をしたい訳ではなかった。意地悪をするような気持ちも微塵もない。
     ただ、四人の内緒の時間を、そのままにしたかったのだ。
    「まぁ、いいわよ。あんなことの後だもの、動揺する気持ちもわかるわ」
    「……ありがとうな。で、今日の夕飯の話だよな」
    「ええ」
    「おれは、目の前に出されたフィッシュアンドチップスを食べたんだ。昼間に釣り上げたエメラルドフィッシュを、大きく切って揚げてあって、いかにも旨そうに見えた。
     サンジの作る料理なんて幾らでも食べてきたし、アイツのつくるフィッシュアンドチップスを食べるのもこれがはじめてじゃない。もう、何回だって口にしてきているのに。……今日の料理は、これまでとは違った」
     ウソップの頭の中で、記憶が、勝手に再生された。視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触覚。記憶は五感と強く結びつくものだから、それらがフルで稼働した食事の記憶は、ひどく高い精度でウソップの前に再上映される。
     フォークを刺した時の柔らかさ。舌にのせた時のあたたかさ。一口噛み締めた時に溢れた味わい。同じくして自分に押し寄せた、感情。
    「……あれは、おれのおふくろの味だった。
    寸分の狂いもなく、同じ、味がした」
    口の中に広がる風味。噛みごたえ。溶けていく衣。
    そう、同じなのはなにも、味だけじゃなかったのだ。
    「何もかも、一緒だったんだ。記憶の中にあるおふくろが作ってくれた料理と。味だけじゃなくて、焼き加減も衣の厚みも、食感も、ぜんぶ一緒だった。……おれですら、食べるまであの味を、忘れていたのに」
    話 すことで、落ち着いたはずのウソップの心が、また波うちはじめる。先のように泣き出すほどではなかったが、それでも、平常を保てるほど冷静にはなれなかった。
    「私もよ」
     その、揺らぎを。落ち着かせたのは、ナミの優しい言葉だった。
    「私も、同じ経験があるの」
     共感。共有。同調。揺らいだ人間を、最も落ち着かせる言葉と共に、ナミはウソップの瞳を覗き込んだ。
    「でも、そんな覚えは……」
    「ちょうど、ウソップが見張りか、買い出しとかで居なかった時だと思う。……私が、たまに作る料理、あるじゃない?」
    「鴨肉のやつか?」
    「そう。鴨肉のローストの、みかんソースね」
    「それだ。あれ、結構美味くて、おれ、好きなんだよな」
    「ありがとう。アンタの要望ならいつでも作ってあげるわよ。もちろん、お金は貰うけど」
    「絶対そう言うと思った」
     いつもと違う場所で広げられる、いつも通りの会話に。ウソップはゆっくりと、普段通りの彼に戻っていく。
    「……それをね、サンジくんが作ったことがあったの。美味しかったから、自分も作ってみていい? って、聞かれて。私、何も考えずに……。ううん、サンジくんの、人が作ったあの料理が食べたくて、彼にレシピを渡したの。
     そしたら、その日の夜よ。すぐにサンジくんはレシピを使ってくれたわ。出てきたのは、見慣れた、鴨肉のローストにみかんソースを添えてものだった。サンジくんのことだから、もっとアレンジをするものだと思っていたけど。私の前に出されたのは、いつも私が作るのと同じ、シンプルな料理だった。
    だから私、きっと、彼がレシピ通りに作ってくれたんだと思ったの。そうして、見慣れたものを食べる気持ちで、口に運んだわ。
    後は、アンタの想像通り。今日のウソップと、全く同じ目にあった。突然泣き出す私を見て、アイツら皆慌てちゃって……。病気なのか、とか、毒でも入っていたか? って、揃いも揃って大騒ぎ。その向こうで、バツの悪そうな顔で、サンジくんが私を見ていて。涙が溢れてそれどころじゃなかったけど、本当、ぶん殴ってやろうかと思ったわ。そんな顔するくらいなら、こんなことするんじゃないわよ、って」 
    ウソップは、黙ってナミの言葉に頷いている。頷きながらも、通りで、と納得していた。彼が涙をこぼした時、仲間たちは心配こそしたが慌てる様子は見せなかったのだ。それが、こういう前例がこれまでにもあったからなのだと、ウソップは胸の中でひっそりと、納得していた。
    「でも、私ね。サンジくんのこと殴りたかったけど、同じくらい抱きしめたくもなったの。煩くなるから絶対にしないんだけど……。でも、ね。ノジコと何回試行錯誤してもたどり着けなかった、ベルメールさんの味にまた逢えたの。もう二度と、味わえないと思っていた、お母さんの料理の味。私、それが嬉しくて、すごく……嬉しくて。ほんの一瞬だけ、またあの人に逢えたような気になった。キッチンにベルメールさんがいて、こっちを見て、笑いかけてくれているような気がした……」
     ナミの目が潤むのを、ウソップは見ていて。気づかないふりをして目を逸らすべきか悩んだうえで、彼は、ナミの瞳をまっすぐに見つめることを選んだ。
    「わかるよ。おれも、同じ気持ちになったから」
     共感。共有。同調。いつも通りウソップがとびきり優しいことが、ナミはとても嬉しかった。
    「それにしても、あの男よ!」
     もう何度もその記憶を反芻して、揺らぐこともあるが、乗り越えた彼女が吹っ切れたようにそう言った。
    「サンジくん、あれを、全く悪気なくやっているからタチが悪いのよね!」
    「分かるぞ、ナミ……。サンジは、それぞれが好きなものを作ろうとしているだけの、ひたすらに善意でやったことだから、言うに言えないよな」
    「そうなのよ! 好みの味付けを探っているうちに、偶然、家庭の味に辿り着いただけだから、やめなさいとも言えないのよね」
    「……それにしても、すごいよな。おれ、おふくろが何つくってくれたとか、言った記憶ないのに」
    「そうよね」
     話がヒートアップしてきたところで、ウソップが部屋備え付けのポットから湯を出して、二人分のハーブティーを淹れた。夜に紅茶や珈琲を飲みすぎるのはよくないとチョッパーに言われてから、彼は、夕食以降の時間にはこのお茶を飲むようにしていた。
    花のような香りが部屋の中に広がる。差し出されたカップを、ありがとう、と言って、ナミが受け取った。
    「これ、美味しいわね」
    「……なら、よかったよ」
    「待って、当ててあげる。これ、サンジくんから貰ったんでしょう」
    「正解」
    「ああ、もう。全く!」
     ナミは大きくため息をついて、それから、
    「ちょっと待っていて!」
    と言い、部屋から出て行った。
    「お待たせ」
    その、僅か一分後に彼女はウソップの工房に戻って来た。高そうなワインを、一本抱えて。
    「早いな」
    「一番いいお酒を出して、って言ったら、すぐに出してくれたわよ」
    「サンジが?」
    「そう」
     結果的にまた彼の用意したものに辿り着いたわけだが、ナミが満足そうなのでウソップは言及しないことにした。透明な、足の高いグラスに白いワインが注がれていく。そして、二人はグラスを向けあって、二人きりの晩酌を開始した。
    「サンジくんはね、なにを好きだと言ったかも、よく覚えているけど。きっと、私たちがなにをどのくらい食べたか、とかも、よく見ているのよ」
     早速グラスを飲み干したナミが、次のワインを注ごうとする。それより、僅かに先にウソップがボトルを掴んで、ナミのグラスを半分ほど、満たした。
    「ありがと。……もう少し、注いでくださる?」
    「これぐらいでお前が酔わないことは知っているけど、一応言っておくぞ。ほどほどにしておけよ、な?」
    「分かっているわよ。アンタこそ、強くないんだから吞みすぎないようにね」
    「……おお」
     今度はウソップのグラスに、ナミがワインを注いだ。そして、テーブルに置く間際に自分のグラスにもう少し酒を注いだので、それを見ていたウソップは、つい笑ってしまった。どこか寂しくて、でも、それすら仲間と一緒なら、楽しい夜だった。きっと酒なんてなくても、二人はこの調子で話せたのだろう、と彼も彼女も、思っている。
    「……さっきのナミの話なんだけどさ、考えてみれば、思い当たる節がある。
    サンジがおれの弁当のサンドイッチ作るとき、いつもツナマヨとハムチーズの割合が多いんだ。おれはその二つが好きだから嬉しかったんだけど、サンジに、なんでおれがこの具が好きだって知っているんだ、って聞いたことがあって。そうしたら、だってお前その二つばっかり食っているだろって言われて」
    「ああ……。小さいサンドウィッチが大皿に並べられて、各々好きにとっていい形式のご飯の時、あるものね。ツナマヨに関しては、正直私も、アンタが好きでよく食べているイメージあるけど……」
     それもそれで恥ずかしいな、と。少しだけウソップは照れた気持ちになる。
    「けど、サンジは飯の間は基本的にキッチンの方にいるだろ? いつもなにかしていて、ゆっくりおれたちと飯を食っていることってまずないから、じゃあ、いつ見ているんだよって」
    「それは……そうね。お肉の焼きかたに関しても、同じよ。サンジくん、基本的に焼き加減をどうするか聞いてくれるじゃない? でも、聞かなくてもだいたいわかっているのよ。それぞれがどのお肉を、どのくらい焼いたものが好きなのか。だから、聞いてからあんなに早く、料理を運べるのよ。だって、もともと出来上がっていて、最終確認で聞いているだけなんだから」
    「通りで……」
     話しているうちに、思い当たることや、類似したケースが次々と出てきて、ふたりの話は尽きなかった。驚いたこと。笑ったこと。怒りそうになったこと。不思議に思ったこと。そして、泣いたこと。ありきたりなはずの食卓には、実のところ、様々な感情と体験が詰まっていた。
    「今日の飯食っているときに、初めて気づいたんだけどよ。サンジが作った料理、付け合わせのポテトもおふくろが作ってくれたのとそっくりでさ。不思議に思って、なんとなくほかの奴の皿を見たら……。あいつ、全員に違う形でポテト用意しているの、お前知っていたか?」
    「そうなの? ああ……言われてみると、確かに……。チョッパーが細いポテトを手で掴んで食べていて、私のとは違うな、って思ったかもしれないわ。けど、あれはチョッパーの口が小さいからなんだ、って」
    「それが、なんと違うんだ!」
     夜は深くなる。部屋の中にはずっと、ハーブティーの花のような香りが漂っている。遠くで、大きな獣が吠えるような声がした。海獣の鳴き声は、流氷がぶつかる音と似ている、とナミは思う。恐ろしいのに、どこか、切ない音だった。
    「チョッパーのためだけに細いポテト用意しているんじゃなくて、フランキーのはポテトチップスになっていて、ブルックとロビンのは揚げるんじゃなくて焼いてあって、ゾロのとおれのでも、切り方が違う」
    「そうなの? じゃあ、ルフィのは?」
    「あいつには全種類盛ってあった」
    「……そうくるのね。なんだか、正解、って気がするわ」
     今度は、ふたり揃ってため息を吐いた。ワインボトルの中に、もう酒は残っていなかった。まだまだこの夜会を続けてもよかったが、ふたりの間には薄く、終わりに空気が近づいていた。
    「こんな風に言ったけどさ」
     ワインを飲み終えて、ハーブティーに手を付けていたウソップが、適温まで冷めたそれを飲んで、呟いた、
    「結局、これって全部、サンジのいいところなんだよな」
    「そうね」
     ほんのりと甘い、蜜のような風味のお茶を手に、ナミは頷いた。
    「サンジくんは……料理が好きで。そして、私たちが大好きなのよ」
     船が揺れる。風の音がする。鼻の香りの代わりに、夜の清潔な香りが部屋を埋め始めていた。
    「私、思うんだけどね。これは、勝手な推測だから、正しいだなんて少しも思っていなんだけど」
    「なんだよ、言ってみろって」
    「サンジくんには、多分、家庭の味がないのよ。これが一番で、正解なんだって、刷り込まれたものがない。だから、自分にとってのおいしいものをつくって出すんじゃなくて、その人にとっての一番おいしいものを作ろうとするんじゃないのか、って。私ね、そんなことを思うの。……なんて、こんなのは全部私の想像で、コックはみんな、そういう生き物なのかもしれないけどね」
     ナミのマグカップの底がうっすらと見える。壁にかかった時計は十一のところで針が重なっていて、ウソップはそろそろナミが眠りにつく時間であることに気が付いていた。
    「いや、おれも、そうなんだと思う」
     共感でも共有でも、同調するつもりでもなく。ウソップもまた、ナミと同じ気持ちで、そう答えた。
     身の上の話をわざわざ語る船員たちではなかったが、幾らかお互いの過去について知っている部分は勿論あって。サンジとウソップは、ナミの姉から彼女の幼少期について話を聞いていた。ナミは、ウソップの育った村を訪れたことがあり、サンジの家族にも会ったことがあった。そして、サンジとウソップは、互いの共通点について話したことがあった。父親が偉大な海賊で、母親は幼いころに病気で亡くなったと話したウソップに。おれも同じだ、とサンジは言ったのだ。
    「付き合ってくれて、ありがとうね」
     ナミが、オレンジ色のマグカップを掲げて。ウソップも彼女と同じように、軽くなった自分のカップを手にした。
    「素敵な夜に、乾杯」 
    それは、ここに居ないサンジも含めた、寂しかった子供たちへの乾杯なのだと。そんな風にウソップは思って、最後に残った一口分の甘いお茶を、飲み込んだのであった。
     そうして、グラスのぶつかる軽くて明るい音とともに、ふたりの夜は幕を下ろした
     
    「おかえりなさい」
     部屋に戻ったナミを歓迎したのは、すでに寝る準備を終えたロビンだった。
    「なんだか、楽しそうね」
     ベッドの上で、優雅に本を開く彼女を見て、そうなの、とナミは答えた。すると、ロビンは本を閉じて、それがまるで彼女に起きた出来事であるかのように、嬉しそうに笑うのであった。
    「ごめん、私のために、電気つけておいてくれたのよね」
    「いいえ。ゆっくりしていたら、こんな時間になっていたの。それに、なんだかまだ、眠くならなくて」
     ロビンのさりげない優しさが嬉しくて、ナミもつい微笑んでしまう。
    「私はもう少し起きているつもりだから、ナミ、今のうちにお風呂に入ってきたら?」
     ランプの光に照らされて、ロビンが言うのを、ナミは心地よい子守歌のような心持で聞いていた。
    「そうね。……でも、この時間なら、サンジくんが入りたいかも。それに、少し話したいこともあるし、」
    「大丈夫。きっと、今日は遅くなるわよ、彼」
     ロビンが首を傾げてそう言って、彼女の言葉を聞いたナミは、その言葉が正しくなることをなんとなく、確信した。
    「ルフィがキッチンにいるのね?」
    「ええ」
    「なら、きっと大丈夫ね」
     ずっと、心の隅にあった心配がほどけて消えて、ナミは安心する。
    「じゃあ、ロビンの言う通り、私はお風呂に入ってくるわね」
    「いってらっしゃい、ナミ」
    そうして、彼女が着替えやタオルを手に取ろうとしたとき。ふっ、と、頭をよぎったものがあった。ナミは身を屈めて、彼女のための白いロッカーの一番下、箱にしまった一枚の紙を引っ張り出した。
    二つに折られた紙は、四隅に花が描かれた便箋だった。そこには、丁寧な字で、レシピが綴られていた。
    鴨肉のロースト、みかんソース添え。レシピの記述の最後、便箋の一番下には、今日はごめんね、と小さな文字で書かれていた。そして、なにかを迷ったように、字を書いて、消した幾つかの形跡の最後には。要らなかったら捨ててください、と記されていた。
    「……捨てられるわけ、ないじゃない。バカ」
     ナミはまた、その手紙を半分に折って、仕舞おうとする。そうして、祈るように小さな箱を抱きしめる彼女の背中を、ロビンは何も言わず、優しく撫でるのであった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
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