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    物語はまだ途中
    zfsn 実写の設定を大いに含む / 新刊の進捗報告(サンプル公開) / 新刊これにて書き終わりました〜

    物語はまだ途中あんなことを言うと思わなかった、とサンジに言われたゼフは、サンジが立てる音で彼が刻む紫キャベツが、ゼフが求める大きさよりもほんの僅かに太いことを把握したので。先の言葉を一旦聞き流したままで、
    「そんなに太くキャベツを切る奴がいるか」
    と、呟いた。
    そうすると、ゼフの言葉を予想していたようにサンジは、「ピクルスにした時にちゃんと食感残すなら、このくらいの厚みが必要なんだよ」
    と言い返し、小気味良く包丁を動かし続けた。
    「で、どこで聞いたんだよ、あんな話」
    何回厨房を追い出そうとしても、傍に居続けるのを突き離そうとしてもどこにもいかない、こんなところに居るべきではないはずの青年が再び自分に話しかけるのを、残された仕込みを手際良くこなしながらゼフは聞いている。
    「……どのはなしだ」
    「緑髪の剣士の仲間に、看病するとき声をかけ続けろって言ってただろ。アレだよ。
    ああいう、気休めみたいなこと、ジジイが言うのが意外だったから」
    「気休めなんかじゃねェよ」
    折角栓を開けたことと、そしてきっと、他にも何か思うところがあって。少しずつウィスキーを舐めるようにして呑んでいるゼフを横目に、
    「そうなのか」
    とサンジはこたえる。
    「あいつらが、弱っている剣士の男に何もしてやれない、って気を落とさないように、ああやって言ってやったのかと思ってた」
    「おれは、無駄なことはしないし、人にもさせん」
    「それは……そうだな」
    ゼフはずっと昔から海賊で、コックで、船長だった。
    自分と船員と従業員、それから数多くの要素を天秤に掛けて、これまで選択をしてきた男だった。
    だから、彼の人生には無駄などないのだ。
    あの日、何かの間違いで出会って、救われてしまった自分以外は、と。思うサンジは胸の奥が痛むような気持ちになって、ゼフの口にするウィスキーを自らも煽りたくなった。
    「ジジイも、船員が意識無くしたときなんかは、海の歌とか歌ったのかよ」
    「……いや、」
    「だろうな」
    「なに笑ってんだ、チビナス」
    「笑ってねェよ」
    厨房に響く、ゼフが料理をする音楽のような音の中にいて、サンジは隠れて笑った。ゼフが機微のわからないような男たちのために唄ったりはしないのだという自分の考えが正しかったことが可笑しく、彼が自分と知り合う前からずっと、想像どおりの人間であったこともまた愉快だったのだ。
    「じゃあ、なんだ? ジジイも、あいつみたいに唄ってもらう側だったのか?」
    「喋ってばっかいねェでさっさと手を動かせ、チビナス。
    ただでさえあの小僧のことで遅れが出てんだ。チンタラ動いてっとブランチの営業に間に合わん」
    「御生憎様。こっちの準備は、これで全部終わりだよ」
    「終わったンなら片付けでもしてろ」
    「はいはい、オーナー様の仰せのままに」
    そんなことを言いながらも、もはや気持ちここにあらずという状態で業務用の冷蔵庫を開けるサンジを見て、今度はゼフが隠れて笑う番だった。
    気付かれていないつもりでいるのだろうが、ゼフにはサンジがこれから、何をするつもりなのかが手にとるようにわかった。
    この子どもは、どうせ、麦わら帽子を被った少年の船に戻って、彼らのため食事を振る舞うのだ。
    看病に付きっきりでなにかを食べる時間も気力も、そんな余裕さえない駆け出しの海賊団のために。わざわざ出向いてなにか簡単なもの、例えばサンドウィッチやおにぎりを作るのだ、とゼフは思った。
    食べやすくて、栄養があって、相手に気を使わせるほど凝ってはいないもの。否、今回はきっとおにぎりなのだろうな、と。ゼフは考えて、サンジの背中を見る。
    あの小僧たちは昨日バラティエでパンをたらふく食べていたようだから。だからきっと、バランスを取っておにぎりを選ぶのだろうなと思ったところで、ちょうどサンジが米を鍋に盛り始めたので、ゼフの口角はさらに上がってしまったのであった。
    「なに笑ってんだよ、クソジジイ」
    「笑ってねェ」
    「じゃあボケてんだな。ジジイなんだしもう先も長くねェだろ」
    「おれはボケんし死なん。あと百年生きる」
    「言ってろ」
    そんなことを言いながらも、サンジが次々と手に取るものは全て、ゼフが想定したものであった。
    勿体無いからと剣士の手当てに使った上物のハマチを中心に、サンジが組み立てる献立はゼフの想像の範囲を決して出ることはなく、だからこそゼフは、そんなことで今さら自分とサンジがこれまで過ごしてきた時間の長さを実感したのだった。
    そして、その時間の終わりが近づいていることも、終わりを迎えないといけないこともひしひしと感じていて、それら全てを言葉にする難しさに顔を顰めて、ウィスキーを大きくひとくち飲み干した。
    何も言わないで出て行こうとして、でもなんとなく気まずくて「出かけてくる」と去り際にお前は言うのだ、とゼフは心の中で溢した。食道を熱い酒が通る感触を意識でな ぞりながら。実際に聞こえてきた、
    「出かけてくる」
    という言葉に、短く ああ、と返しながら。
    こんなにもこの子供のことが自分はわかるのだ、とゼフは思った。
    そしてきっと、サンジが思っているより自分は彼のことを知ってしまっている、と。去り際の背中に一瞥だけくれながら、ゼフは、あの背中がもっと小さかった頃を、思い出す。



    八十五日の遭難の後、ゼフはしばらく目を覚まさなかった。
    長期間の空腹、出血、痛みに伴うショック、体力の低下など、あらゆる要因が絡み合い、ずっと意識を失ったままだった。
    その間、ゼフはタールの海を泳ぐような微睡みの中にいたことを覚えている。
    手足の感覚はなく、身体中を暗くて重いものがまとわりつくような煩わしさがあり、光は見えるものの目を開けることが出来ない。意識があるようですべての輪郭がぼやけていて。そして、時折外界の音だけが聞こえる、静かな地獄のような場所に彼はずっと居た。
    そこから、起きあがろうとしても身体は動かず、目覚めようとしても瞳は開かなかった。
    そしてそのうち、この闇のような微睡みに、全てを任せてしまおうかと思うようになっていた時だった。
    光が降り注ぐように、声を聞いたのだ。
    それは、少女とも少年ともつかない、高く良く響く子どもの声だった。
    ゼフはそれが、自分と一緒に岩山に打ち上げられた子どもの声であることがすぐにわかり、安堵した。
    あの子どもはちゃんと助かり、目を覚ましたのだと安心した束の間、ゼフは、その子が歌う声を聞いた。
    小さな、震える声で、子どもは歌っていた。海の歌のような、子守唄のような、不思議な歌だった。
    それはゼフにとってはじめて聞く歌であったが、生憎子守唄に対して人生でほとんど接点を持ってこなかった彼にとって、それが有名なものであるのかどうか判断する基準は何もなかった。
    子どもは、リズムを取るように、赤子をあやすように歌いながら小さな手でゼフの手の甲を叩いた。そして、歌が終わると、また最初からおずおずとそれを歌い始めるのだった。
    その日、ゼフは久しぶりに眠った気がした。
    全身に纏わりつく暗い闇のような、重い何かを意識することなく、眠り込んだ彼が見たのは子どもの時の自分自身の夢だった。
    海賊になるくらいなので、ゼフの育ちはいいとはとても言い難かったが、それでも彼が十代になる前に失った母親は、眠れない彼のために子守唄を歌ってくれるような女性であったことを。ゼフは今更思い出して、とても懐かしい気持ちになった。
    それからだった、だんだんと、彼の朦朧とした意識が形を成していくようになったのは。



    ゼフがまず思い出したのは、自分に声をかけ続ける子どもの名前が、サンジであることだった。
    小さな茄子のようにまあるい頭をした、生意気な子ども。白いコックコートを着て、オールブルーへの夢を語った、気の強そうな少年。
    その子供は今、ゼフの傍で絵本を読んでいた。
    あの日、ゼフの手に触れて小声で歌い始めたその日より、サンジはゼフの病室でずっと、歌ったり本を読んだりしていた。
    歌は童謡や子守唄と思われるものが多かった。その中に時折讃美歌のようなものが混じるのは、この子どもが乗っていた船が客船だからなのだろうか、とゼフは思った。
    本は、児童向けの絵本に児童書、レシピ本などが主だった。うそつきノーランド、みにくいアヒルのこ、海の戦士ソラ、はじめてのハンバーグ、もしもねずみにクッキーをあげると、やさしい献立。
    病院の図書室にでも置かれていたのであろうそれらの本を、サンジはゼフの隣で繰り返し、繰り返し読みあげた。
    時折、それらの中に『季節のお花』や詩集などが混ざるときがあった。そういう時は大抵、本を読むサンジを見かけた、病人やその見舞いに来た人間が、これもどうぞ、と自分の本を提供したからであった。
    こうして、サンジは少しずつ種類を増やしながら、ゼフの隣で歌ったり、本を読み続けたりしたのであった。
    子どもにしてはきちんと字が読める、というのが、サンジの朗読を聞いていたゼフの印象だった。
    難しい形容詞やあまり聞かない慣用句などが出てきてもサンジは、理解して本を読めているようだった。あの年齢から働いていた割に、教養があることをゼフは不思議に思ったが、それだけだった。
    ゼフは目を覚ますことはできなくて、何かを思っても問いかける言葉はなくて、世界と彼の間には厚い膜のようなものがずっとあったのだ。
    それを通り抜けるものは、時折右腕の血管を通して身体に流れていく冷たい液体と、小さい金色の髪をした子どもが、歌い読むささやかな声だけだった。



    ゼフが子守唄をすべて覚え、サンジが読みあげる本の次の文章を暗んじることができるようになった頃。物語の途中で、サンジが唸った瞬間があった。
    「ぜんぜん、ダメじゃねェか……」
    ここまで強がっていた子どもの弱音に、ゼフの中にある水が波打つような、そんな感覚を覚えた。
    だからといってどうしようもなかった。
    今のゼフには、足だけではなく身体そのものがない。だから、なにもこの子に伝えることはできない。
    「きっと、聞こえているから、そばにだれかがいるってわかるから……声をかけつづけろって言われたけど……。ずっと、なんにも反応も、なくて……」
    あたたかいものがゼフの指先に触れて、彼はそれが、子どもの涙なのだということがわかった。
    その涙が第一関節に沿って流れるのを感じながら、いつの間にか、自分の感覚がこんなにも元に戻っていることにゼフは驚いた。
    「なにか……なにかあたらしい、とくべつなはなしを、すれば……」
    自分と世界とを隔てていた厚い膜や殻のようなものはもうどこにもなくて、自分に寄り添うようにしている、サンジの体温が熱いくらい近くに感じだ。
    そして、その小さな手を握り締めないといけないような気がしていた。そんな権利も関係も、自分にはないというのに。
    「むかし、昔。遠い、北の国に」
    静かに泣いていた子どもは、やがて、ゼフの指を握りしめたままでゆっくりとはなしを始めた。
    涙の色が浮かんだ声は、淡くて壊れそうなくらい寂しくて、でも、とても優しい。
    「ひとりの、おうじさまがいました」





    おうじさまの国では、強いことがとても良いこととされていました。おうじさまのお父さんである国王様が、そう決めたからです。
    そして、おうじさまは良くない子供なのでした。
    おうじさまには、三人の兄弟とお姉さまがいましたが、王子様だけが弱くて、戦えなくて、泳げませんでした。
    だから、王子様は、みんなより、ずっと、ずっと良くない子供でした。

    けれど、王子様はそれを、気にしていませんでした。
    王子様にはお母様がいたのです。とても優しくて明るい、まるで宝石のようにうつくしいお母様でした。
    王子様は、お母様に会うと、自分は愛されていると感じました。
    お母様は王子様が弱くても、小さくても、戦うことができなくても、柔らかくても、泳げなくても、走るのが遅くても、怖がりでも、いつでも、大好きよと言ってくれました。
    お母様には病気があって、王子様はなかなかお母様に会うことは出来ませんでしたが、それでも、お母様がいてくれるだけで王子様は幸せでした。

    しかし、王子様の幸せは、長くは続きませんでした。
    お母様が、病気で亡くなってしまったのです。
    王子様は悲しくて、悲しくて涙を流しましたが、王子様の国では泣くことは許されませんでした。
    泣くことは、弱い人間がやることだからです。
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