ランニングするボイバグ アラームによって眠っていた意識が呼び覚まされる。ボイドールはパッと目覚めてアラームを止める。時計を見ると5:30。かなり早い時間に思えるが、今日はバグドールと共に朝からランニングの約束をしているのだ。まだ寝ようとしているバグドールの布団を強引に剥ぎ取る。
「ゔっ……寒いぞボイドール…後5分だけ…」
「ダメです。さぁ、着替えてください。外に出ますよ」
「ぐ…嫌だぁ……」
バグドールをベッドから引き摺り下ろし、動きやすいようジャージに着替え、はぐれた時のためにスマホを持って外に出る。朝の街は静かで空気も澄んでいる。
「絶好のランニング日和ですね、さぁいきましょう」
「何でだよぉ……」
ボイドールがとっとと出発してしまうのを見てバグドールを渋々出発する。ボイドールは陸上部に所属しているのもあって足が非常に速く、スタミナもある。対してバグドールは走る事が殆どなく、足も然程速くない。むしろ遅いくらいだ。スタミナもあまり無い事から、体育の授業は少し苦労するようだ。
「はぁ、はぁっ………」
出発してまだ数分と経たないうちに、もうバグドールの呼吸は乱れていた。ボイドールもゆっくり走ってはくれているのだが、いかんせんバグドールの体力が追いつかない。じわじわと距離を離されていく。
「ちょっ……待て…ボイドール……」
もう随分遠くに行ってしまったボイドールに聞こえるようにと必死に声を張るが届かない。もう足元もおぼつかなくなっていた。
「待てよぉ、ボイドールぅ……!!」
いよいよボイドールの姿が見えなくなってしまった。こうなってはもう追いつけないとバグドールは諦めて歩き出す。脚が痛く重い。いつもよりもゆっくりとしか歩けない。仕方なく、スマホのGPSアプリでボイドールの居場所を追いかけていく事にした。
「……おや…?」
淡々と走っていたボイドール。ふと振り返ると後ろの方で走っていたはずのバグドールの姿が見えなくなっていた。どこかで力尽きてしまったのだろうとUターンしてバグドールを探す。GPSを見るに少しずつではあるが進んではいる。どこかで合流できるはずだと来た道を戻って行くと、あまり時間はかからずバグドールと合流できた。
「はぁ…はぁ……おま……っ、速すぎ、だろ……」
「…すみません、それ程とは…」
「……もう帰る。走れない」
「…はぁ…わかりました、今日はこれで終わりにしましょう」
「…おう」
ボイドールは拗ねたように不機嫌そうなバグドールをまた引っ張って家に戻っていく。
「アナタ、やはり体力が著しく足りないようですね。このままだと毎日ランニングになりますよ」
「………は?」
バグドールの表情が引き攣る。毎日ランニングとは彼にとって死を意味する言葉なのである。毎日こんな思いをするのは、何としてでも避けたい事態だった。
「い、嫌だ!ボクはやらんぞ!!ランニングは1人でやってくれ!!もうボクのランニングは今日で終わり!!」
「ランニングが嫌なら別のトレーニングですよ?腕立て伏せ、スクワット、反復横跳び…」
「うっ………」
次々と挙げられていくトレーニングの数々に、バグドールはクラクラしていた。しかし次の一言で、気持ちが大きく揺らぐ事になる。
「トレーニングを毎日続けるなら、多少の糖質も許しますが…どうしますか?」
「っ……!!」
「軽く運動するだけで、アナタが好きな甘いものも気兼ねなく食べられますよ?」
「…………」
バグドールはついに黙ってしまう。怒られずに甘いものを堪能するか、それとも甘いものを我慢して身体の苦痛を和らげるか。暫くの沈黙の後、バグドールは絞り出したような声で結論を出した。
「………少しだけだからな…」
「そうと決まれば、明日からトレーニング開始ですね。手始めに縄跳び100回と…」
「っ!?ま、待て!ちょっとだけって言っただろ!?」
「具体的な量が指定されておりませんので、ワタシの物差しで量は決めますよ」
「っ、この…!!」
わかってるくせに、と怒り出すバグドールと悪戯に笑うボイドール。夜明けからすぐの透明な空が、今日の始まりを告げていた。