恋のはじまりとその顛末「“恋のはじまり”素敵な響きだ。得恋となるか悲恋となるか分からないが、確実に何かがはじまるのをその一文で表現している。だがねマスター。恋のはじまりとはなんだろうか? まだ恋におちてないとして、対象の人物達が出会った瞬間は恋のはじまりとは言えるのか? それはこれからはじまる恋の布石でありはじまりとは言えないのか? 好意を抱いた瞬間なのか? その好意もどの程度の基準をいうのか。曖昧すぎる。だからねマスター、もう少し探りをいれてからでいいのでは? 安易に話すべきではないと私は思うのだよ」
白い壁に白い柱。
広い空間の左右には白い長椅子が奥の壁と並行に等間隔で並べられ、椅子によって中央に開けられた道を通って奥にいけば、白い説教台があり、その後ろの壁には大きなステンドグラスが窓にはめ込まれている。
飾られている花も白という礼拝堂で、バーソロミューがよく通る声と口で一気に捲し立てれば、マスターの少女は「そうだねぇ」と言ってから宣言した。
「それはそれとして私知りたいから! 全力でこの特異点にのっかろうと思う!! この“恋のはじまりを語らないと出られない特異点”に!」
目を輝かせるマスターに、バーソロミューは彼女の名を悲痛な響きで叫んだ。
事の起こりはある女性の手に聖杯が転がり込んできた事からはじまる。
その女性は漫画でも小説でも恋愛が大好きで、特に登場人物達の“恋のはじまり”を見るのが好きだった。
そして常日頃から思っていた。漫画や小説のフィクションも面白いけれど、現実でも見たい。見るのが無理でも、話を聞いてみたいと。あ、どうせなら現在進行形で付き合ってる人達がいいな。そのへんの話も聞けたら楽しいし、最近、仕事が忙しくてやさぐれてるから、ラブラブなカップルがいい。相思相愛のカップルの“恋のはじまり”聞きたい。
聖杯は女性の願いを叶え、“恋のはじまり”を経験済みで現在進行形の相思相愛カップルを礼拝堂に閉じ込めた。
“恋のはじまり”を語れば解放され、礼拝堂から外に出られる。因みに礼拝堂の外はホテルが併設されており、海を臨む絶景でもあるのだそうだ。
その特異点を解決する方法は一つ、“恋のはじまり”を語り、聖杯の持ち主である女性を満足させる事。
「ではないよね!? そのレディをなんとかすれば解決ではないかい?!」
水を向けられた説教台の奥に立つ女性は、「あ、すみません。無理です」とペコリと頭を下げる。
「実は聖杯二個手に入れていて、一個はこの空間の維持に、一個は私の守るように使われていて、私には解除できないんです」
「これだけサーヴァントが揃っていれば……っ」
他の面々を見やるが、カップルで特異点にレイシフトした者が多く、すでに“恋のはじまり”を語り終え、チャペルの中や外で愛を語り合っていた。
語っていないのはバーソロミューだけ。
因みにマスターは聞き役として呼ばれたので、語る必要はないとの事。
「バーソロミュー、諦めようって」
マスターである少女はニッコリと微笑み、バーソロミューを説得する。
「この特異点にレイシフト適正があって、この特異点に閉じ込められてるって事は、バーソロミューもいるんでしょ? ラブラブな相思相愛の相手。私まっっったく教えてもらってないけど。最初期から召喚に応じてくれて、冬木から一緒に駆け抜けた仲で、一度は人類史を救って、白紙化された地球でもマスターとサーヴァントという垣根を超えて仲間として手を取り合ってきた私はまっっっっっっったく教えてもらってないけど、いるんでしょ? 教えたくないかもだけど、さきっちょだけでいいから。ほら、“はじまり”だけでいいから」
「拗ねてくれないでくれマスター! これには色々わけがあってだね!」
「言い訳はいいから、はじまり語ってよ」
「うぐぅ」
バーソロミューは痛そうに顔を歪め、「私が言いたいのはだね、他の方法をいろいろ試してみても遅くないのではということで……素直に話す必要はないというか、罠の可能性も……」と往生際悪く、言いつのる。
マスターはそんなバーソロミューを見て、うーんと腕を組んだ。
「そんなに言いたくないの? バーソロミュー」
「…………あぁ」
「なんで?」
「それは、」
「それは私から説明しよう」
礼拝堂の入り口に現れたのはレイシフトに同行していなかったはずの騎士だった。
壁や机、花までも白い空間。
鎧や髪の毛まで白い白光の騎士はとてもこの空間が似合っており、彼の為の場所と勘違いしそうになるほどだ。
パーシヴァルは説教台の前で話し合っていたバーソロミューとマスターの前まで歩み寄ると、バーソロミューの右手を掬い取る。
「ダ・ヴィンチ殿に頼み、私もレイシフトさせてもらった。どうかバーソロミュー、私に私の“恋のはじまり”を語る許可を」
「え! パーシヴァルだったの!? え!? いつから!?」
マスターが騒ぐ中、バーソロミューは苦虫を噛み潰した顔をする。
「……言いふらさないという約束を反故にするつもりかい?」
「いいえ。特異点解決の為、私の“恋のはじまり”を語るだけだ」
「…………好きにしたらいい、が、あの件は私も納得済みだから必要以上に自分を責めないように。あぁそもそもはじまりだから、語る必要はないからね?」
バーソロミューは条件を提示すれば、パーシヴァルは「はい」と微笑み頷いた。
「あれは私が日々が大きくなるバーソロミューの想いを伝える術を持たず、泥酔するという失態をおかし、バーソロミューの部屋に行き押し倒して、」
「こらパーシー!!!!」
礼拝堂を震わすぐらいの大声に、マスターは耳を塞いでバーソロミューってこんなに声でるんだぁなんて少し場違いな感想を抱いた。
「いいかい!? “恋のはじまり”!! 付き合うきっかけではない!! だから余計な事は言わない!! それとマスター!!」
バーソロミューは余裕のない顔でマスターと、見守っているであろう管制室に向かいフォローする。
「押し倒されてからは私がリードしたからね! ノリノリだったからね! 両片想いだったというわけさ! なのでけっして! 無体を働かれたわけではない! そこらへんいいね!? パーシーにも翌日土下座されたし! 私達の中ですんでる話なので!!」
「……あ、なるほど。パーシヴァルを悪者にしたくなくて、付き合うきっかけを隠してたの?」
マスターが問えば、バーソロミューは口を閉ざす。
沈黙は肯定という事だろうか。
マスターが「了解」と言えば、ホッとした顔を浮かべるバーソロミュー。
その後、パーシヴァルは「ドバイの海で夕焼けに染まる彼を見た時、この美しい人を私だけのものにしたいと思ったんだ」と、“恋のはじまり”と独占欲を語ってくれる。
それを聞いた特異点を作り出している女性は、涙を流し親指を立てた。
礼拝堂から出られるようになったパーシヴァルが、「さぁバートも」とバーソロミューを促す。
バーソロミューは「あー」だとか「んー」だとか、「えーと」だとか言って、視線を彷徨わせて、冷や汗をかいた後、「レディだけに語るのではだめかい?」と説教台の奥に立つ女性を見やる。
それに女性が答える前に、マスターとパーシヴァルが反応する。
「え! 聞きたいんだけど!」
「私も知りたい」
「……と、おっしゃってるので」
だけどねぇと渋るバーソロミューに、マスターが右手を掲げる。
「令呪をもって……」
「勿体無い事するんじゃない! 今後必要になるかもだろう」
慌ててマスターを止めれば、バーソロミューは、その、とパーシヴァルから目を逸らし、ボソボソと小声で語る。
「腰に回す手とか、肩や腕に触れてくる指先とか、尻や脚に注がれる視線に、意外に俗でムッツリなんだなと、そのギャップにキュンと……」
しんと沈黙が礼拝堂に落ちる。
冷や汗をかき誰とも目を合わせようとしないバーソロミュー。
パーシヴァルは目を見開いて恋人を凝視し、やがて目がスッと冷たく細まり、口元が弧を描いた。
「バーソロミュー」
「……はい」
「それは恋人となった前かな? 後かな?」
私は恋人になる前は触れるのをおさえていたと記憶しているのだが?
パーシヴァルの抑揚のない声に、バーソロミューの冷や汗が増え、顔色が悪くなっていく。
「い、今はちゃんと好きで愛してるからって、抱き上げてどこに連れていくつもりだい!? え、このチャペル、ホテルも併設してる? そっかーって待ってくれパーシヴァル! 私としてはマスターや第三者のいる場所で穏やかに話し合いたいのが!!」
パーシヴァルに抱えられたバーソロミューが礼拝堂から去っていき、声が遠くなっていく。
完全に聞こえなくなってから、女性がマスターに提案した。
「満足したので貴方に聖杯渡せば特異点、なくなっちゃうし、もう少し持ってようか? 少なくとも二人の話し合いが終わるまで」
「ありがとう。じゃあ希望者募ってパジャマパーティでもよっか」
マスターと女性も礼拝堂を出ていき、二日後、特異点は修正された。