『復縁しないと出られない部屋』
一文字ずつ色を変えたLEDのネオンが扉の上の壁を彩っている。
夜、もしくは薄暗い室内ならば、冗談でも『わぁ綺麗』なんて感想が浮かんだのかもしれないが、室内は昼のように明るく、せっかくのネオンの効果が薄れていた。
そんな部屋に気がつけば閉じ込められていたパーシヴァルとバーソロミューは、隣り合って立ち、そのネオンを見上げて、互いを見て、どちらともなく困ったように笑った。
その様子に仲違いや不和はみられず、親密で気安い雰囲気だ。
「うーん、これ、お節介な誰かさんの仕業だと思うかい?」
「そうだね……」
パーシヴァルは壁に手を当ててみたり、コンコンと叩いてみたりしてから、眉尻をさらに下げた。
「おそらく、カルデアのキャスターの術だね」
バーソロミューがちらりと部屋の隅に設置されたカメラに目線を向けてから、パーシヴァルに視線を戻す。
「君が廊下で別れを切りだすから、お節介な誰かに見られて世話を焼かれてしまったじゃないか」
「それは申し訳なく。だが貴方が約束を忘れてBARで日付が変わる一時間前まで呑んでいたせいでもあります」
「約束を忘れていたわけじゃないよ。その証拠に一時間前にBARを出て、君の部屋に向かっていただろう?」
「その後、ロビンに遭遇して日付がかわる五分前まで髪型を褒めちぎるという寄り道をしたのをお忘れか?」
「メカクレだからね、仕方がないね」
バーソロミューは肩をすくめると、改めてネオンの文字を見上げた。
「マスターだと思うかい?」
「……関わっていたとしても、積極的には動いてないのでは? “復縁”という言葉が強すぎる」
「確かに。強制はしなさそうだ。話し合って、ぐらいだろうね。とすると、円卓かな?」
「それは……」
ないと言いたかったのだろう。だが、その言葉は発せられる事はなく、パーシヴァルは困ったように苦笑した。
「違うと言い切れないな。そういう貴方のほうはどうなんだい?」
「うん? 海賊の事かい? 奴等が積極的に動いてるなら“復縁”なんてお上品な言葉じゃなくて、出られない部屋の王道お題をだしてくるさ。もっと過激かもしれない。あ、いや待て。ネオンは奴等っぽいか?」
ぶつぶつと考察しだしたバーソロミュー。
パーシヴァルは五分ほど待った後、「それで」と思考の海を泳いでいた彼を引き戻す。
「今、復縁するかい?」
パーシヴァルにしては軽く口調に、バーソロミューは唇を尖らせた。
「まだ一日ある」
「では次の“友達期間”を一日伸ばすというのは?」
「それもなぁ。別にマスターに危害が及ぶとか、カルデアが攻撃されているわけでもないんだ、いっそ“出られない部屋”を一日満喫するというのはどうだい?」
「私は積極的に賛成はできない。誰であれ、私達を心配してこのような部屋を制作してくれたんだ。部屋を出て事情を説明すべきだよ」
「私達は部屋に閉じ込められた身なんだがね。お人好しめ」
バーソロミューは呆れたように息を吐きだすと、「まぁそんなところも愛おしく、愛しているよ」とパーシヴァルの首に腕を伸ばして抱きつく。
「では可愛い私のシロクマくん、8回目の“破局期間”は終了、恋人に戻ろうか」
「えぇ。愛しい私の黒猫さん、9回目の愛の告白は二人っきりの時に」
触れ合うだけの甘いキスをすれば、ガチャリと鍵が開いた。
「心配かけて申し訳なかったとは思うよ」
どういう事かと聞かれ、悪びれる事なく海賊は語る。
「だがね、余計な心配はかけたくなかった私達の心情もくんでくれないか? 一ヶ月のうち四日間、別れて友達に戻っているんだ、とか、言わなきゃわからないし」
なぜそんなことをしているのか、と聞かれ、はじめははぐらかしていたバーソロミューだっだが、質問を五十回繰り返せば折れて白状してくれた。
「生前、私に浮いた話がないのは知っているかい? 事実どうかは知らないが、少なくともこの“私”は生前、誰とも恋に落ちた事がないと記憶していてね。それでも誰かに秋波は送られていたし、伊達男の矜持として、パーシヴァルをリードできると思っていたんだが、蓋を開ければ感情に振り回された。恋や愛があんなにも厄介だとは知らなかったよ。冷静な判断が熱せられ、自分が自分でないような感覚におそれをなして、だがパーシヴァルと離れるのは嫌で、情緒不安定になって愛想を尽かされてしまうだがと溺れかけた時に、パーシヴァルから提案があったんだ」
一ヶ月のうち数日、別れましょう
「最初はなぜそんな事を。別れたいのならそんな遠回しな事をしなくともとピストルとカトラスを振り回し、それでも説得されて始めの一回は一日だけど了承して、友に戻った。そうしたらわりと自分を客観的に見られて冷静になれてね。恋人だからあれをしなくては、これをしなくてはという思いも落ちついて、パーシヴァルは復縁の度に告白してくれるし、破局期間中は両片思いみたいな感じで楽しいし、別れても私を見てくれるパーシヴァルに安心したりして、これはアリかなって」
照れているらしく、口をモゴモゴさせて頬を赤くして語る大海賊。
迎えにきた騎士が顔をみせるなり、伊達男の顔になり、「じゃ、これから9回目の告白なんだ。これで失礼するよ」と言って、二人仲良く去って行った。