バーソロミュー・ロバーツには一ヶ月ほど前から追加された日課がある。
朝の目覚めの紅茶の前、太陽が登って世界が明るくなり始めた時間に、コンコンと咳をして喉に引っかかっているモノを取り除く。
それは一枚、二枚の花びら。
水色と白が混じり合う、とても綺麗な空色で、強く摘めば破れてしまうほど薄い花びら。
それを壊れないように丁寧に扱って、普段はベッドの下に隠してあるガラスの瓶にいれる。
バーソロミューの手のひらほどの瓶。
ちゃぷんと透明な液体が三分の一ほど入っており、花びらはその表面に触れるとじわりと溶けて液体となっていく。
少しずつ少しずつ濃度を増した液体はやがてダ・ヴィンチとシモンに渡り、抽出して結晶化し、何かのアクセサリーとなってパーシヴァルを彩る予定だ。
その日が本当に楽しみだと、うっとりと瓶に口付けた。
花吐き病にバーソロミューが罹患したのは、二ヶ月以上前だった。
花吐き病はバーソロミューが嗜む同人誌にも題材として多数取り扱われており、それなりの知識はあった。だが所詮はフィクション上の知識。間違いもあるだろうと、バーソロミューはその花びらを普段腰に巻く赤い布に閉じ込めて、管制室へと急いだ。
管制室にいたダ・ヴィンチに声をかけ、花びらを渡して一日後。
解析できたと工房に呼び出された。
「花吐き病で間違いないね」
「そうか……」
「それでお願いなんだけど、花吐き病に罹患したサーヴァントは君が初でね。少なくともカルデアでは。なので、」
「あぁ、構わないよ」
ダ・ヴィンチの言葉を遮って了承する。
「被検体となりデータを提供させてもらうさ。ただしこちらも条件がある。二つほど」
一つ、研究に参加する者以外にバーソロミューが花吐き病に罹患した事を口外しない。
二つ、データをバーソロミューにも共有する。
契約は結ばれ、そこから約二十日。バーソロミューは被検体として花びらを提出し、エーテルで構成された身体のデータを提供し続けた。
「うん。データは充分量揃った。ありがとう。バーソロミュー。献身に感謝するよ」
ダ・ヴィンチが笑顔で言えば、バーソロミューもニパリと笑顔になった。
「これはあくまで相談なんだが、聞いてくれるかい?」
「うーん、あんまり聞きたくないけど、協力してもらったしなぁ、どうぞ」
「花吐き病。恋煩いの者が罹患し、花びらを吐きだす。花びらの量、形状、種類は個々による。カルデア第一号であるバーソロミュー・ロバーツは、青い花びらを一枚から三枚、朝に吐きだし、そして花びらの一枚につき叡智の猛火約0.8個、その身から経験値を失っている」
つらつらと、これまでに判明したデータを口にする。
「再度、種火による経験値の付与は霊基が受け付けず、現状、緩やかに霊基を縮小している。召喚された初期値まで戻り、そこからさらに経験値を失えば退去せるだろうという見立て。まぁそれはまるっと置いといて」
これまでの事は前置きにすぎない、なんでもない事のように語り、バーソロミューはダ・ヴィンチを見つめる。
「取り出した花びらは一枚、0.8種火程度の霊力を秘めている。それは吐き出した者の想いを秘めており、まどろっこしいな、つまりパーシヴァルととても相性の良い霊力の元となっているんだろう? ならそれを使って、パーシヴァル専用の装備を作れないかい? 礼装でもコマンドカードでも、微力でも彼の助けになるような何かに」
「…………」
「パーシヴァルはカルデアにおいてなくてはならない戦力だ。聖杯を転臨され、冠を戴き、マスターからの信頼も厚い。対する私は矮小で脆弱な霊基のしがない海賊だ。これから待ってるであろうマスターの旅路において、戦力は少しでも多いに越した事はない。前者の足しになるなら後者をすり潰すのに躊躇なんてしてはいけないし、君はそれを飲み込めるタイプだろう?」
「……」
ダ・ヴィンチは良いとも悪いとも言わず、その日は別れた。
後日、バーソロミューは小瓶を手渡される。花びらをその中に入れれば溶けて消え、後で魔力の塊として抽出して魔術道具になるらしい。
そう説明され、バーソロミューはとても嬉しそうに微笑んだ。