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    60_chu

    @60_chu

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    60_chu

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    過去作

    ジョー仁

    さめる夜にはいっぱいの そうするとね、お母さまがつま先をくるんでくれるの。きゅって。手で。そしたらだんだん体がぽかぽかしてきて眠くなって、気づいたらもう朝なんだ。ねえ、兄さんは?兄さんはどうやってあたたかくしてもらってた?

     俺の実家は冬になれば隙間風が吹きすさぶような古臭いボロ家だったけどここまで寒くはなかった。寒いというよりは寒々しいと表現した方が適切だろうか。だだっ広い邸宅のだだっ広い部屋のど真ん中に置かれたやたらと豪奢なベッドに仁は一人で横たわっていた。羽毛布団に縫い付けられたフリルが大きすぎてベッドの中の仁は半分埋もれている。布の海に溺れたか弱い人形みたいだ。シルクだろう、艶めいたネグリジェをまとった仁の唇はいつも身に着けている薔薇の色をしていた。顰められた眉間には渓谷のような皴が刻まれている。お前はアイドルじゃろ。皴がきえんようなったらどうするんじゃ。そんな風に叫びたくなるぐらい。
    「そーすい。起きて下さぁい」
     なぜ起こそうとしたのかはわからない。ただ、このまま声をかけなければ二度と目を覚まさないのではないか。そう思わせるほど部屋は寒くて唇は青かったのだ。
    「ジョージ」
     こんな風に母音を震わせて俺の名を呼ぶ声はこの世に一つしかない。軽快に返事をしたつもりだったのに、喉は泥でも詰められたみたいだった。目の前の男はまだ眠り続けている。地面が揺らいだ。足元が崩れる。つま先をふんばって天井を見上げたつもりが、そこにあったのは見慣れた執務室の照明だった。
    「ジョージ」
     声のする方を振り向くと向かいのカウチの肘掛けに気怠そうに肘をつく総帥がいた。そこは寝室ではなく、俺はベッドの正面にもいず、革のソファーの上で体を半分クッションから落としながら寝そべっていた。
    「疲れているのなら今日は戻るといい。体調管理も――」
    「あ、いや、いえ」
     慌てて口元をぬぐう。涎は垂れていない。
    「ぜんっぜん、疲れてまっせーん! 足をあっためるとよく寝れるっていいますよねぇ。頭寒足熱? 的な?あはははは」
     腰元にかけられていたらしいタオルケットは毛の長いカーペットに落ちていて、大きな猫が丸まっているようだった。それを拾い上げて肩に羽織ると、俺はソファーの上で姿勢を正した。そういえば打ち合わせの最中だったのだ。
    「紅茶でも飲みます?」
     矢継ぎ早に飛び出す俺の台詞に総帥は珍しく首を縦に振ると、私が淹れると応えた。
     布のカバーをかぶせられたポットからまだ湯気が出るほどには熱をもった紅茶が注がれる。時間が経ち、色が出過ぎたそれは一杯目を口にしたときよりも苦かった。
    「やはり苦いな……」
    吐息のような声で呟くと総帥はカップをソーサーに戻した。
    「ジョージ」
    「はいっ」
     藍色の瞳が細められて次第に瞼に隠されていく。すっかり目を閉じた総帥は夢の中の姿そのものだった。ただ紅茶で湿った唇だけが生気の証となってこれが夢ではないと教えてくれる。
    「子どもの頃、寒い夜に一人で眠ったことはあるか」
    「は」
    「いや、いい。忘れろ」
     総帥は分厚い生地のマントを片手で捌くと腰を浮かせた。俺は仁の質問の意図と答えを探すことに必死だった。ファンの望むものを当てるときのように。人付き合いに正解はないなんて言うけどそんなことはないのだ。正解はある。何も望まずに他人に触れようとする人間はいない。人は誰しも自分に都合のいい魔法の鏡を求めるのだ。「白雪姫が一番です」なんて答える馬鹿の鏡は望まれやしない。
    「俺は」
    息を深く吸った。腰を据え直した総帥の瞳が薄く開かれる。俺の方を静かに見ている。きれいな男のひとじゃねえ。そう高い声で褒めた幼馴染の言葉を思い出す。そうじゃ、きれいなんじゃ。法月仁はどんなにきたないことをしていたってきれいなんじゃ。夢の中ではついぞまみえることのなかった青い瞳が何を求めているのかわからなかった。
    「俺の部屋は冬はずっと寒くて……」
    ふん、と鼻を鳴らした。薄い壁の自分の部屋にはもう何年も帰っていない。それでも俺は続ける。
    「両親は工場、ああ、いえ、えっと。仕事で夜も家にいなかったりして」
    「それで」
    「だから、だから……そうですね。ありますよ。一人で眠ったこと。どーしても寒いって日は自分でこうやって手に息を吹きかけて爪先を暖めてました」
    「そうか」
    「そうです」
     仁は眉間の皴を和らげるとなぜか脱力したようにソファに沈みこんだ。とりあえず間違ってはいないらしい。
    「なんでそんな昔のことを聞いたんです?」
    また仁は鼻を鳴らした。いつもならもっと理不尽な叱り方をされてもおかしくない質問だったと思う。応えない仁の代わりに俺が繋いだ。
    「ま、今がいいならいいですよね。このビルの中にいて寒くて眠れない夜なんてないですし?」
    それにここでの居場所は自分が手に入れた場所なんだから。俺も。仁も。誰かに与えられたお仕着せじゃない。
    「淹れ直したら、もう一杯飲んでいくといい」
    「そーすい、ありがとうございます」
     仁がよく眠れますように。さっきの居眠りで見た夢みたいな顔でベッドに横たわることがありませんように。俺達は冷えた体を自分で暖めることができるんです。俺は湯気と香気を肺いっぱいに吸うと瑞々しく生まれ変わった紅茶を飲み干した。
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    60_chu

    DOODLE過去作

    Pと諸星きらりちゃん

    THEムッシュビ♂トさん(@monsiurbeat_2)の「大人しゅがきらりあむ」に寄稿させていただいた一篇の再録です。佐藤心、諸星きらり、夢見りあむの三人のイメージソングのEPと三篇の小説が収録された一枚+一冊です。私は諸星きらりちゃんの小説を担当しました。配信に合わせた再録となっております。
    ハロウィンのハピハピなきらりちゃんとPのお話になっております!よろし
    ゴーストはかく語りき シーツを被った小さな幽霊たちがオレンジと紫に染められた部屋を駆け回っている。きゃっきゃっとさんざめく声がそこにいるみんなの頬をほころばせた。目線の下から聞こえる楽しくてたまらないという笑い声をBGMに幽霊よりは大きな女の子たちは、モールやお菓子を手にパーティーの準備を続けているみたい。
     こら、危ないよ。まだ準備終わってないよ。
     そんな風に口々に注意する台詞もどこか甘やかで、叱ると言うよりは鬼ごっこに熱中し過ぎないように呼びかけているって感じ。
     あ、申し遅れました。私、おばけです。シーツではなくてハロウィンの。私にとっては今日はお盆のようなものなので、こうして「この世」に帰ってきて楽しんでいる人を眺めているんです。ここには素敵な女の子がたくさんいてとても素晴らしいですね。
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