シンデレラは12センチのナイキを履いて まるで二人にだけピストルの音が聞こえたみたいに、まるきり同じタイミングでカヅキとヒロは青信号が点滅し始めたスクランブル交差点に向かって走っていった。二人はガードレールを飛び越えてあっという間に人ごみに消えていく。さっき撮り終わった映像のラッシュを見ていた僕は一瞬何が起こったかわからなくてたじろいだ。
「速水くん達どうしちゃったのかな?」
僕の隣で一緒にラッシュを確かめていた監督もさっぱりだという風に頭を振って尋ねてくる。
「シンデレラに靴を返しに行ったんですよ。ほら」
はじめは何がなんだかわからなかったけれど、僕はすぐに二人が何をしに行ったのか理解した。
赤信号に変わった後の大通りにはさっきまであった人ごみが嘘のように誰もおらず、車だけがひっきりなしに行き交っている。車の向こう側から切れ切れに見える二人はベビーカーと若い夫婦を囲んで楽しそうに話していた。ぺこぺこと頭を下げて恐縮しきっている夫婦を宥めるようにヒロが手を振った。その右手には赤いスニーカーが握られている。手のひらにすっぽりと収まるぐらい小さなサイズだ。カヅキがヒロの背を軽く押す。ヒロは照れたように微笑んで肩をすくめるとベビーカーの前に跪いた。赤ちゃんは落とした靴にぴったりの小さな足をばたつかせる。ヒロはその左足をうやうやしく包んで爪先からスニーカーを履かせていく。
「素敵な王子様二人に構われてうらやましいお姫様だな」
「カメラ回したいぐらい絵になりますね」
事情を察してちらほらと集まったスタッフたちが口々につぶやいた。
僕は想像する。まずはじめに道路に落ちたカヅキが小さな赤い靴を見つけるところ。次にヒロがベビーカーを押す夫婦を見つけるところ。二人はきっと舞台の上みたいに目を見合わせて一緒に走り出したに違いない。カヅキは人ごみの中に紛れながら獲物を狙う狼みたいに姿勢を低くしてアスファルトに転がるスニーカーをさらっていく。ヒロはつむじ風になって人ごみの間を縫ってすぐに夫婦追いついたはずだ。競走しているみたいなのにアスファルトを蹴るタイミングは一緒で、何も言っていないのにゴールは決まっている。言葉が足りないんじゃない。いらないだけ。
それから、ヒロはそっと夫婦の肩に手をかけて声をあげる前に人差し指を口にあてる。信号の点滅する間隔が早くなると後ろからやってきたカヅキがみんなに声をかける。
「行こうぜ!」
僕もその場にいた気がするぐらいその声ははっきりと思い浮かぶ。
それからカヅキはスニーカーをヒロに手渡す。
これが僕の想像。回想に近いぐらい確信に満ちた想像だ。
屈託のないただいまという声を聞きながら僕は二人を迎えた。スタッフたちに軽く頭を下げながら二人は僕のもとに走り寄る。
「あのな」
「あのね」
同時に話始めようとする二人を制してウインクする。
「大丈夫! ぜーんぶわかってるから」
僕のウインクに呼応するように信号の明滅がまた赤に変わった。