バスタブに砂糖 たしかに蛇の悪魔ではあるが、蛇の習性をぜんぶ持ち合わせてるわけではない。そう何度も言っているのだが、なかなか納得してもらえない。
「冬眠されたら困る。もっと暖かいところにいた方がいい」
「だから、俺は蛇の悪魔だけど蛇じゃない。何回言わせる?」
そりゃあアジラフェルやその辺の人間よりは身体は蛇らしくだいぶスリムだし、びっくりしたらつい牙が出る。でも、二足歩行で服を着て、車を運転する蛇はいない。わかるだろ。
「心配なんだよ。ほら、もっとストーブの方へ寄って」
「ここでいい」
ストーブの近くに行くのは別にいい。問題は、そうすると読書中のアジラフェルから遠ざからないといけないことだ。せっかく店を閉めて、二人だけで暖かい部屋にいるのに。
「ホットワインでも作ってあげようか?」
「お前の作るのは甘すぎる。あとキッチンは寒いだろ、お前こそここにいろ」
「私は冬眠したりしない」
「俺もしない」
天使は諦めたようにため息をついて、俺の前に置いてあるグラスに室温で温くなったワインを注いだ。
「毛布を持ってこようか?」
「いい。なあ、大丈夫だって。そもそもまだストーブを焚くような時期じゃないだろ。十一月だぞ?」
アジラフェルが目をこちらに寄越したまま手だけでぱたぱたと机の上を探る。いい兆候だ。栞を探してる。ということは、もうすぐ本を閉じる。グラスの横にも積まれた本の山から適当に何かのメモを引き抜いて渡す。アジラフェルは受け取ったそれを一瞥してぞんざいに栞代わりにページに挟んだ。
「ありがとう」と短く礼を言って立ち上がるから、ソファに投げ出していた脚を畳んで隣にスペースを空けた。
すぐ横に腰掛けた天使は、じっと気遣わしげにこちらを覗き込んでくる。
「…………君が眠ってしまったらつまらない」
「退屈で眠ることはあるけど、それ以外ではない」
「寒くても?」
「そうだ。だから、お前が居るのに眠りにかまけたりしないよ」
そばにいるだけで退屈とは程遠い。こんなところで一冬眠って過ごすなんてあるわけがない。
天使は「そうか」と頷いて、「いや、でも」とまだなにか言いたげにする。
「なんだよ」
「君を暖めるのは楽しい」
「なに?」
「つまり、こうして大袈裟に世話をやいたり、存分に心配してあげるのがね。楽しいんだ」
俺の飲みさしのグラスにアジラフェルが手を伸ばす。「そうか」と言うとブルーの目が満足そうに細められる。
「昔観た映画で……君と一緒に観たんだったかな? ヒロインのバスルームが素敵だったんだ。よく光がさして、白っぽい浴槽のそばにたくさん植木が置いてあって、温室みたいになってた。君が気に入りそうだ」
「手入れが大変だろ、そんなの……なんで今風呂の話をした?」
「君をお風呂に入れてあげようと」
「勘弁してくれ!」
「どうして!私も一緒に入るし……」
「絶対そう言うと思った!そこだろ問題は!」
そんなの熱くてどうにかなっちまう!