プラリネショコラ クロウリーは彼の天使に贈り物をするのが好きだったが、それは専ら食べものか飲みもの、あとは花なんかだった。形に残るものを贈ったことはない。二人でつるんでいる痕跡がお互いの職場にバレたらよくないことになるし、アジラフェルはあまり嘘が上手くない。天使なのだから当たり前だが。
自分が関与できない分、天使の持ち物に敏感になった。本屋の内装でも、身につけてるものも、変わったらすぐにわかる。
「そのブックカバー新しいやつか」
そう言ってクロウリーが指さすと、アジラフェルは艶のある焦げ茶の表紙をつるりと撫でて「そう。かわいいだろ?」と機嫌よく返す。かわいいかは知らないが、好きそうなデザインだし、似合ってると思った。
気に入ったものを手元に置きたいのは誰しも同じだ。クロウリー自身も好みの品で生活を飾る心地良さを知っている。自分に馴染むものを見つける楽しみも、手に取るときめきも。
「お前らしい。良く似合うよ」
なぜか胸の奥にほのかに湧いてくるさみしさを宥めるようにカップの紅茶を含む。やわらかな香りのダージリンも天使の好みのものだ。隣の皿に並べられた花の形に絞ってあるメレンゲクッキーはクロウリーが買ってきたものだった。小さいのを一つつまんで口に放り込むと儚い食感が舌の上でほどけて消える。
「それで、もしよければなんだけど……」
「ん?」
「これを君にあげたくて……このブックカバーを見つけた時に一緒に買ったんだ」
びっくりして、思わずサングラスを外して二度見した。
ローストしたナッツのようなぽってりとしたブラウンは正直言ってあまりクロウリーらしくはない。革を持つなら黒に限る。けれど天使が差し出してくるそれを受け取らない選択肢はなかった。両手で受け取った革のキーケースをじっと見る。黙っているとアジラフェルが「ほら、君はいつもおしゃれだし、なんて言うんだ? スタイリッシュだけど、いつも持ってる車のキーはキーホルダーも何もつけてないだろ? あれもおめかしして持ち歩いたら楽しいんじゃないかなと思って」と言い訳じみたことを一気に話して、指先をもじもじさせた。
「……ああ、うん。もらっていいなら」
「もちろん」
「じゃあ、いただくよ」
本当はずっと天使が自分に選んでくれたものを眺めて、噛み締めていたかったが、アジラフェルがまだなにか言いたげにしているのでキーケースを手で包んだまま顔を上げて、目で促す。「その……」と躊躇いがちに言葉を選びながら視線はまっすぐにこちらを射抜いてくるのが眩しい。
「……今まで君になにか、贈り物をしたいと思ったことは何度もあって」
「ああ」
「でも、実際にあげたことがあるものっていったらあれだけだ。あの水筒をあげたのだって私は本意じゃなかった……だから、なにか他の、もっといいものをあげたかったんだ」
教会に入った時みたいに頬がぴりぴりと痺れて痛い。火傷したみたいだ。貰い受けたものが神聖すぎるのかもしれない。全部の指が抜け落ちたって絶対離さないが。
クロウリーはまたじっと手の中のキーケースに目線を落として、それからふと、あの時あいまいにした言葉を今日はちゃんと言おうと思った。
「ありがとう」
みっともなく震えた声だったが、天使はほっとしたように笑って「どういたしまして」と言った。
それから大体五〇年後に「ほら、このキーケースは正真正銘天使のものだ。だからこの車は私と君、二人のものだよ。そうだろ?」と駄々を捏ねられる羽目になるのをこの時の悪魔はまだ知らない。