■ Izaack Gauss の一日|”Truth Between Cigarettes”AM 6:12|アパート・ブレーカー通り四丁目
窓の外がうっすらと白む頃、ようやくタイプライターの音が止まった。
「……で、次はどこから攻める?」
自問のように呟きながら、煙草に火を点ける。
ライターの火は震えていた。眠気か、それとも心のどこかが警鐘を鳴らしているのか。
机の上には、破り捨てられた原稿、真っ赤に修正された記事。
中には「載せられない」と言われたものも多い。
だが、俺にとって紙面はただの舞台装置だ。狙っているのは“その裏”。
AM 8:00|新聞社・第3編集室
「またガセを掴まされたら、今度こそクビだぞ、Gauss」
編集長の声を聞き流しながら、俺は机に片肘をついている。
コーヒーは薄いし、椅子はギシギシうるさい。だが、取材メモだけはいつも分厚い。
「昨日の通報だ。学校の職員が一人、名前を忘れて帰ったってさ。書類には記録が残ってる。顔も合ってる。でも本人だけが“自分が何者か”を分からない」
「記憶喪失か?」
「違う。“作られた記憶”ってやつだよ。そこに、意志がない」
編集長は呆れた顔をしていたが、俺はもう動いていた。
証言者、同僚、生徒。全て辿る。繋がらない線を、繋がるまで追いかける。
それが記者という生き物だ。
PM 1:35|ダイナー「Red’s」
サンドイッチを頼んで、手帳を開いた。
向かいに座るのは、情報屋の老婦人。教会で掃除をしている、噂好きな女だ。
「ねえあんた、この通りのパン屋ね、娘さんが“昨日と違う声”をしてたってのよ」
「なるほど。声が違う、ね」
「ええ、まるで“別の誰か”が喋ってるみたいだったって……ほんと、気味悪い」
情報と雑談の境界は曖昧だ。
だがこの町では、“違和感”こそが真実の在処になる。
「ありがとよ。コーヒー代は俺が持つ」
老婦人の手を軽く取り、ウィンク一つ。
色男ぶるのは性分じゃないが、時代の仮面ってやつさ。
PM 4:50|裏通り・旧郵便局跡地
証言のあったパン屋の娘と話をつけ、裏路地の影を追う。
昨日いた老人が、今日はまるで“別人のように”歩いていたという話が出たのだ。
「……どこまでが作り物で、どこまでが素か」
思考を巡らせる。脳裏に浮かぶのは、一人の配達員。
Francis Mosses。あいつの動きだけは、毎朝同じで、狂いがない。
だからこそ、たまに怖くなる。
あいつが模造だったとしたら、それはきっと“完璧な模造”だ。
PM 9:00|編集室・夜の部
タイプライターの打鍵音が、静かな編集室に響く。
誰もいない時間が、俺には心地いい。
『住人たちは皆、昨日と同じ顔をしている。
だがそのうち、誰かの笑顔が「昨日のもの」ではないと気づくだろう。』
打ち終わった原稿を置き、煙草をもう一本吸う。
目の奥が、少し熱い。
PM 11:47|帰路
帰り道、ふと角を曲がると、牛乳瓶の音がした。
Francisが、まだどこかで動いていたのか──それとも、別の“誰か”だったのか。
「……お前は、本物か」
答えは風に流れた。
明日もまた、紙の上で真実を探す。
それしか、俺にはできない。