■「Fog and Cream」──1955年、早朝の配達路地にて「おや、また新聞に煙草くずが挟まっていたようですね。あなたの仕業ですか?」
Francisの手がしなやかに灰を払う。
まだ朝焼けも滲まない5時過ぎモーテル裏手の細道にて。
「へぇ。気づいたのか、やっぱり。あんた……いっつも無駄に目ざといんだよな」
Izaack Gaussは煙草をくわえたままくつろいだ様子で空き瓶に腰を預けていた。
コートの襟を立て夜勤明けのだるさを隠そうともせず。
「配達は“整って”いるべきです。少なくとも、朝食時にあなたの悪癖まで添えたくはない」
「へぇ……牛乳の中に俺の煙草が混じるぐらいが丁度いいんじゃないか?味気ないあんたに、ほんのちょっとスパイスってやつをな」
「それは“毒”では?」
「かもな。毒味がてら呑んでみるか?」
Francisはそれに眉一つ動かさず。
「あなたは夜通し働いて、そのまま一人で毒を吐きに来たわけですね。ずいぶん効率のいい動線です」
「違ぇよ。……牛乳の“におい”が、ここらで一番まともだからだよ。人間の匂いがする」
「……嬉しい感想です」
「皮肉だよ。もっとも、牛乳配ってるあんたが一番人間味ないけどな。何考えてるか分かんねえ。いつ見ても笑わないし」
Francisは黙って牛乳瓶の蓋を整える。
「感情を見せることと、持っていることは別問題です」
「それ、感情ないやつが言いがちだぞ」
「あなたは、感情があっても他人を苛立たせることに労を惜しまないですね」
「記者だからな。“怒らせてナンボ”。」
「なるほど。それにしては、随分とお疲れのようだ」
一瞬、Izaackの手が止まった。
煙草の火がわずかに揺れる。
Francisは続ける。
「怒られることに慣れた者の目は、もっと強いものです。今のあなたは、ただ“擦れている”ようにしか見えません」
沈黙。
煙草の火が、しゅ、と細く消える。
「……なるほど。あんたにしては上出来な言葉だな。喧嘩売るセンスも磨いたか」
「私は、いつも売るつもりはありません。買っていかれるのは、そちらの問題です」
Izaackはひとつ笑い、ポケットから新しい煙草を取り出す。
ただし火はつけない。加えるだけだ。
「……面白くないやつ。ほんとに、あんたみたいな奴がいるから、この町は壊れずに済んでるのかもな」
「私は牛乳を配るだけです」
「その“だけ”が一番怖いって、分かってんのか?」
Francisは目を細めた。
「あなたも同じですよ。“書くだけ”で、この町の誰より多くを壊せる人だ」
ふたりの間に流れるのは、牛乳の甘いにおいと、
消えた煙草のかすかな残り香。
言葉の応酬の中に互いの“歪さ”と“正気”が漂う朝だった。